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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第8章 心なき者に心臓を
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第84話 トイレ掃除用のバケツは決戦の場を映す

 ウィーナ達が激しい戦いを繰り広げている頃、冥王城は喧騒に包まれていた。

 巨大な力のぶつかり合いが、冥界全体へと波及し、空は荒れ、大地が揺れる。そして、一時的にヘイト・スプリガンが冥王になったあのときのように、無数の悪霊が暴れまわっていた。

「出陣だ! 悪霊を抑える!」

 冥王軍の騎士達が兵士達を引き連れ、城の外へと飛び出していく。数日前の反乱の直後だということを思わせない、迅速な対応だ。

「何がどうなってんだ」

 ロシーボがあたふたしながら周囲を見回す。彼にはこの天変地異の原因が理解できていなかった。

「姉上と冥王、リアルの戦いが、この世界全体に影響を及ぼしているんです」

 ウォーンがロシーボに説明した。

「そうなの?」

「はい」

 ジョブゼは、険しい顔つきで無言のまま、腕を組んで壁に寄りかかっている。

「ジョブゼ」

 ロシーボが窓を見ながら声をかける。

「何だ」

「ウィーナ様大丈夫かな?」

「何で俺に分かるんだよ」

 そっけない言葉が返ってきた。

「まあそうでしょうけど……。加勢した方がいいかな」

 ロシーボが何となしに言った。

「どこで戦っているのか分からん」

 またそっけない言葉が返ってきた。

「俺のレーダーなら分かる。ずっと遠く」

「分かったところで俺達がどうこうできるレベルじゃねえよ」

 またまたそっけない言葉が返ってきた。というか、ジョブゼという男は大体このように不愛想であったことをロシーボは思い出した。

 不意に、壁にもたれかかっていたジョブゼは、体を起こして歩みを進めた。

 ロシーボは何となしにその様子を見ていたが、そのままずかずかと玉座の間から出ようとしているので、慌てて後を追った。

「どうする気だよ?」

「外で暴れている悪霊共を退治する」

 ジョブゼが歩みを止めずに言った。その言葉には力がこもっている。

「自分も行きます」

 ウォーンが腰の鞘を手で押さえながら、ジョブゼの後を追う。

「ロシーボ、お前も来い」ジョブゼがロシーボに振り向いた。「今は俺達にできることをやるべきだ」

「あ、ああ……。武器のチェックしてから行くよ。先に行ってて」

 ロシーボは背中に背負った武器バッグをゆすった。

「そうか」

「それでは」

 ジョブゼはそのまま前を向き直り歩みを進め、ウォーンはロシーボに一礼しジョブゼの後を追った。

 その背中を見送ったロシーボは、若干怯えた様子で部屋の隅へと向かい、窓から外の様子を見上げた。

 轟音と共に、暗い冥界の空を青色い稲妻が走り抜け、宙を舞う悪霊が照らされる。

「ウィーナ様……」

 ロシーボは呟いた。

「冥王様……」

 横から声が聞こえた。真紅の鎧。四天王のアツアーだ。グヮンモドキとミズキは死んだから、今は二天王とでも言うべきだろうか。

「アツアーさん」

「とんでもないことになってきたなあ……」

 訝しげな面持ちで外を見るアツアー。一筋の風が吹き、兜から覗く淡い青の前髪がなびいた。

「この冥界の王と、勝利の女神のダブルキャストでやってんだ。そんなのに本気出されちゃかなわないぜ」

「はい……」

「俺も戦いの様子はすげえ気になる。今爺さんをここに呼んでるところだ」

「爺さん?」

 ロシーボがオウム返しした。

「キヌーゴ名誉大神官様だよ。今さっき草むしりが終わってトイレ掃除しているらしいから」

 しばらくして、数名の神官達と共に、キヌーゴが玉座の間へとやってきた。

 煌びやかな法衣の上に、やけにミスマッチな掃除夫の作業着を羽織っている。杖の代わりにモップを、もう片方の手にはバケツが握られている。

「何じゃ何じゃ、まだトイレ掃除が終わっとらんのだぞ!」

 名誉大神官・キヌーゴがぶつくさ言っている。驚くほど掃除夫姿が馴染んでいた。

 アツアーがキヌーゴに歩み寄って言う。

「爺さん、映像魔法で戦いの様子を映してくれよ」

「フン……そういうことか。分かった」

 キヌーゴはさもありなんという風な顔つきで頷き、灰色に汚れた水で満たされたバケツを床に置いた。

 そして、モップを高く掲げると、ブラシ部分が魔力で青白く光り始めた。

「ハアアア……ドラゴンビジョン!」

 キヌーゴが呪文の名を宣言。すると、バケツから汚れた水が飛び出して、空中で粘土のように、平べったい円形を形作る。

 そして、その丸い水の板に、徐々に景色のようなものが浮かび上がってきた。

 周囲の騎士や兵士、神官、執政官、侍女、役人達――。

 玉座の間に居合わせたそれぞれが、水の映像の前に殺到する。「押すなっ! 腰が痛いわ!」とキヌーゴの怒声。

 もたもたしていて出遅れたロシーボは、一番後ろに立って、映像を食い入るように見つめた。

 目を凝らすが、画像はぼんやりと乱れていてよく見えない。

「キヌーゴ様、もっとはっきり映りませんか?」

 執政官のバリアナが言った。

「無茶言うでない。どんだけ離れていると思っとるんじゃ!」

 キヌーゴが深い皺が刻まれたその竜の顔に、血管を浮かび上がらせた。相当魔力を集中しているようだ。

 キヌーゴの頑張りが実ったのか、徐々に映像は鮮明なものになっていく。

 それに伴い、周囲も一層ざわめく。

 そしてロシーボは息を飲んだ。冥王が戦っている。真っ赤な剣を持つ緑色の髪の男が戦っている。これがリアルだろうか。そしてウィーナが戦っている。

「ウィーナ様」

 ロシーボの呟きは、周囲の喧騒に掻き消された。映像を見る者は、皆興奮して冥王の名を呼び立てる。

「ファッファッファッ! どうじゃこの名誉大神官キヌーゴ様の偉大なる魔力を! このような冥界の果ての映像もワシの手にかかればこの通りじゃ! 感謝するがいい!」

 キヌーゴが得意げに笑った。数日前、冥王相手に謀反を起こした者とは思えない態度だ。

 トイレ掃除したバケツの水に映る戦場は、マグマが流れところどころから噴火が起こっていた。大地の揺れも、ここよりよほど激しそうだ。音がないのが惜しい。

「速い、速すぎる……。キヌーゴ様スローで!」

「これが冥王様の本気の力か……。キヌーゴ様もっと引いて映して!」

「凄い、まるで次元が違う。キヌーゴ様冥王様映して下さい!」

「飛んで、あっ、落ち……、いや……全く見えん。キヌーゴ様今の映像もう一回流せませんか?」

「あばばばばばばーっ!」

 矢継ぎ早に注文が殺到し、キヌーゴは額に青筋を立てながら絶叫した。モップのブラシ部分に更なる魔力がみなぎる。

「ウィーナ様……」

 ロシーボは、目まぐるしく変化する映像を前に、必死でウィーナを目で追っていた。

 結局、ロシーボはその場を動かず、外の加勢には向かわなかった。


・オッカー・ネ・モッチーノ爆爵


 禿げ頭で小太りの中年男で、まばゆいばかりの金色の装飾が施された礼服に身を纏った上級貴族。冥界でもトップクラスの金持ち。容姿的にも性格的にも、コテコテかつステレオタイプな俗物成金(彼は元々金持ちの家に生まれたので成金ではないが)キャラである。

 冥界貴族の中でも、公爵より上の「爆爵」の爵位を持つ(爆爵>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵)。城下町の一等地に堂々たる屋敷を構えている、政治や経済に大きな影響力を持つ有力者の一人である。

 ファウファーレの愛人兼金ヅルの男達の一人で、彼女から「勝利の女神のパワーが宿る幸福の壺」を大量に買いこんで、もろにマルチ商法に引っかかってしまっており、彼女の有力な資金源となっていた。

 爆爵は冥民調と繋がりが薄いため、冥民調と決裂したファウファーレが逃亡先として彼の屋敷に転がり込んだ。

 爆爵はトラブルに巻き込まれるのを嫌って匿うのを断るが、爆爵自身は非力なため、無理矢理居座られてしまう。結局、爆爵の屋敷にも追手が迫った来たためにファウファーレは屋敷から逃亡した。

 その後、冥民調から、ファウファーレが他の複数の男性とも関係を持っていたことを知らされ、意趣返しとばかりに他の愛人達と共に冥民調からの誘いを受け、ファウファーレの公開処刑のスペシャルゲストとなった。

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