第83話 ウィーナ様の為に
何とか相手の弱点をつかめればいいと思ったが、それは期待できそうにない。
そもそも弱点がある相手とも思えないし、このギリギリの状況下では純粋な攻防の動作に全神経を注がざるを得ない。戦術的にも属性的にも弱点を探すような暇がない。
「ハアッ!」
ウィーナが右手を頭上に掲げて念じると、リアルの周囲に魔法で形成した無数の剣が召喚された。右手を振り下ろすと同時に、敵を貫かんと突っ込んでいく。これも強力な無属性攻撃魔法だ。
リアルは涼しい顔つきで赤い剣を振るう。全く無駄のない、一つの数式の回答とも言えるような効率的な動作で、全ての剣を叩き落とす。
確かに、この機械じみた動きは極めて人工的なものであり、自然の造形美とはまた違った、一種の約束された機能美を匂わせていた。
ウィーナは右手に魔力を込め凝固させ、手を覆うような魔力の手刀を造形した。
ウィーナはその手刀を構えてリアルに突進。冥王も大鎌を携え随伴する。
「きえええええっ!」
「うおおおおっ!」
ウィーナと冥王の獲物がリアルに襲い掛かる。リアルは遥か天空に上昇して距離をとった。
二人もそれに反応し、リアルを追跡。
「挟みうちにしマース!」
ウィーナは冥王に目配せし、自らが搦め手となるべく軌道を変える。
リアルは急に反転して冥王に正面から剣撃を叩き込まんとする。迎え撃つ大鎌。
赤と黒の衝突により、再び爆発。
ウィーナはオーラで全身を覆い、それを防護幕にしながらリアルの背後を取り、手刀を振り下ろす。
リアルはまたしても一切の隙がなかった。背面を向いたまま赤い剣でウィーナの手刀を受け止める。
しかし、ここまではウィーナの予測の範囲内だった。
つばぜり合いを行っているまま、ウィーナは先程滑り落とした愛剣に念じた。主の命に従い敵を貫けと。
次の瞬間、聖剣ジークが爆発的な推進力をもって天空を駆け上がってきた。そして、後ろ姿を向いたままウィーナの剣を受け止めているリアルの腹を貫いた。
リアルの背中から愛剣の切っ先が顔を出す。
「何?」
リアルは痛みを感じるそぶりもなく、背後を向いた。
その瞬間、ウィーナは両手を重ね合わせ更に魔力を集中させ、手刀の規模・破壊力を倍増させる。腕に巻き起こる鋭い稲妻。
「はああああっ!」
巨大な手刀を、渾身の力を込めてリアルの緑髪に叩きつける。
リアルは会心の一撃を脳天にぶち込まれ、その身は鎧ごと真っ二つに割けた。
その肉体の断面は、血も骨も臓物も露出しない、虚無を象徴するが如き、闇の深淵があるのみであった。
女神の背筋に寒気が走った。
「ガッデム!」
復帰した冥王が分割されたリアルの片方を、鎌で細切れに切り刻む。
そして、すぐさま手に魔力を注ぎ込んで闇のエネルギーを形成し、もう片方に向けて発射。もう片方も闇に飲み込まれ消滅していく。
ウィーナは敵の完全な消滅を確認しながら下降し、聖剣ジークをキャッチした。
次の瞬間、遥か上空から無数の光の矢が降り注いだ。
「ぬううう!」
「くっ!」
ウィーナと冥王はすぐさまバリアの魔法を展開して流星に備えるが、無数の弾丸のような強烈な星のつぶてはバリアをも打ち砕き、二人を痛めつけた。
鎧が砕け、手足に激しい擦り傷ができる。体中をハンマーで殴打されたような痛みが走り、食いしばった口元から一筋の血が伝う。
ひとしきり降り注いだ流星は光の軌道を宙に描きながら二人の眼前に集合してき、再びリアルの形となった。
真っ二つに割かれた鎧は着用しておらず、上級の貴族が着るような、白を基調とした礼服に身を包んでいた。
「この世界の死者の王と、勝利の女神の力とはこの程度なのか。こんなことでは最適化の時を待たずして、この世界は滅びるだろうな」
リアルが冷たい表情で言い放つ。
「フッフッフ。まだまだ勝負はこれからデース」
片腕の傷をかばいながら冥王が言った。
「その通りだ。そうやすやすと我らを滅ぼせると思うな!」
ウィーナも自分を奮い立たせながら言った。
◆
「ああ……ウィーナ様……。何とお美しい……」
それしか言葉が出なかった。
冥王、リアル、そしてウィーナ。
人の常識を超越した者達の戦いは、周囲の地形を崩壊させ、天変地異のような光景を作り出していた。
そんな光景の中にぽつんと一人佇む異形の人物。
六本の腕を持つ女性の上半身に、巨大は蛇の下半身を持つ女。シュロンだった。
圧倒的なオーラを出しながら、光を纏い剣を振るうウィーナの姿。シュロンはその姿に目を奪われ、陶酔の中にあった。
できることなら今すぐにでも加勢したい。
しかし、この姿では地を這うことはできても空は飛べない。あんなに遥か天空で戦っているのでは、援護する手段がない。
もっとも、仮に加勢が叶ったところで、自分の力ではあの戦いについていけないのは明白だった。余りにも次元が違い過ぎる。
ウィーナの支えになるため、このようなときにウィーナと共に戦場に立てるようになるために欲した力だった。
禁呪を紐解き、圧倒的な魔力と生命力を得た代償に変異した肉体。
それをもってしても、ウィーナの力には遠く及ばなかった。どれほどの忠誠を傾けても、女神には近づけない。むしろ、どんどん遠ざかっていくようにすら感じられる。
どれほど必死で追いすがろうとも、地を這う蛇は翼を持つ天使の元には届かない。
しかし、ウィーナが真の力を出して全力で戦うこの光景は、全て瞳に納めておきたい。
万感の思いでシュロンはウィーナの戦いを見上げていた。
今、この場で、本気のウィーナの戦いを見届けているのは自分だけだ。
ハチドリも、ヴィクトも、レンチョーも、ニチカゲも、ハイムも、ジョブゼも、ロシーボも、ウィーナの全力で戦う姿を見たことはないだろう。
今、自分がどれほど価値のある光景を眺めているのか。この女神の姿を見られる至高の幸福。
ここまで辿り着いたのは自分だけ。ウィーナの一番の部下はこのシュロンなのだ。彼女は強い自負を持った。
そのとき、上空で激しく繰り返される光と闇の爆発の中から、一筋の流星がシュロンの側へと墜落した。
シュロンの肌に清々しくも柔らかい、澄んだオーラが感じられた。ウィーナである。
「ウィーナ様!」
光が墜落した場所は、地面が大きくえぐれ、砂煙が巻き起こっていた。シュロンは急ぎ尻尾を這わせ駆けつける。
そこにいたのは、地面に背中を預け、体中に深手を負ったウィーナだった。兜は砕け、額から血を流し、腹部には血が滲んでいる。
「ウィーナ様! ああっ……」
「……シュロンか」
ウィーナが視線をこちらへと流した。相当体力を消耗しているのだろう。息が荒い。
「お待ちを」
シュロンは六本の手をウィーナにかざして念じた。回復魔法である。
ウィーナの傷はたちまちに治癒されていく。息も穏やかになっていく。
「ありがとう。助かる」
「あああ……」
目が潤み、思わず胸元で手を組んだ。女神に礼を言われる至高の悦び。ウィーナを神格化しているシュロンにとっては、自らの生きる意味と同義。
「だがシュロン。すぐにこの場を離れるがいい。巻き添えを食らう」
ウィーナが徹なる、しかし悲しげな顔つきで警告した。
「いえ、わたくしは最後までウィーナ様のお側に!」
「ならん。お前の力ではこの戦いに入ることはできない」
「分かっております。ですが」
「すまんがお前に気を使いながら戦う余裕はない。分かってくれ」
「構いません! わたくしはそのために力を得たのです!」
シュロンは感極まって訴えた。
「お前は空を飛べまい」
「今のように、近くまで来られたときには回復魔法も使えますわ。リアルにわたくしの呪いが通用しなくても、ウィーナ様や冥王様に援護や回復の魔法をかけることはできましてよ」
「……お前のその献身は、私だけの為なのか? 数日前の冥王城で、なぜ深手を負ったジョブゼを治してやらなかった?」
「そ、それは……」
ウィーナの指摘にシュロンは息を飲んだ。力を失ったウィーナに絶望し、自分が女神に成り代わろうと野心を持ったときであった。
「いや、今は言うまい。とにかくだ……」
そうウィーナが言いかけたとき、黒い流星が天空から落下し、地面を大きく弾いた。
「ぐおおおおおおおおおっ!」
野太い悲鳴が木霊する。冥王だ。ウィーナが舌打ちする。
「シュロン。冥王が危ない。回復してやれ」
ウィーナが言う。
「ウィーナ様、それでは……」
「好きにするがいい。但し心配してやる余裕はないぞ」
「かしこまりましたウィーナ様! ああ、光栄ですわ!」
シュロンは冥王の落ちた所へ急ぎ尻尾を這わせる。そのとき。
「我ら次元十闘士!」
シュロンの目の前の空間が光に包まれ、老若男女一様に揃った十人の戦士達が立ち塞がったのだ。
「異形の者よ。リアルの邪魔はさせんぞ。我らが相手になろう」
「あの禁呪を解読したのですか……。これは興味深いですねえ」
「だけどあなたなら私達で十分よ。リアルが相手をするまでもないわ」
十人の戦士達が各々の武器を構えた。シュロンは十人分の殺気を肌身に受ける。
「シュロン!」
ウィーナがシュロンの元へと駆け寄った。
「ウィーナ様の足手まといにはなりませんわ! この者達の相手などわたくし一人で十分! ウィーナ様はリアルを!」
シュロンは迷いなく宣言した。いよいよこの戦いに自分が貢献できる場面がやってきたのだ。
「分かった。シュロン、死ぬなよ」
そう言い残して、ウィーナは背中に神々しい光の翼を展開し、リアルに向かって飛翔していった。
シュロンは十人の敵を見回しながら全身から溢れる魔力を解き放った。今こそこの力を存分に発揮するとき。
「わたくしは……この美しい肉体に生まれ変わって、ウィーナ様の眷属に昇華するのよ! そしてわたくしは永遠にウィーナ様のお側に!」
「時間がねえ! ゴチャゴチャ言ってねえでやるぞ!」
次元十闘士の一人が発したその台詞を皮切りに、シュロンの最後の戦いが始まったのだった。
「もう迷いはない……。わたくしは、今度こそウィーナ様のために!」
◆
「きえええええっ!」
シュロンの回復魔法によって傷と体力を回復したウィーナは、聖剣を手に再びリアルとの斬り合いを演じた。
分かったことがある。先程バラバラになったリアルは光となって再生した。
しかし、彼から放たれる力のオーラは確実に弱まっている。こちらも消耗するが、相手も確実に消耗していく。
決して不毛な攻撃ではなかった。確実に相手にダメージは与えている。
そして。剣の腕は――。
光のような速さで繰り広げられた斬り合い。その最中、ウィーナの斬撃がリアルの脇腹に叩き込まれた。
リアルの礼服を斬り裂き、刃はその身に到達した。
「ぐうっ!」
リアルが初めて顔を歪めた。
それも束の間。リアルの赤い反撃の刃がウィーナに襲う。剣を重ねて防御するが、攻撃に比重を置き過ぎたためにプレッシャーを受け止めきれず力の干渉によって吹き飛ばされた。
そのとき。
(ああああああああっ! ウィーナ様あああっ!)
頭の中でシュロンの声が響いた。
(シュロン!)
ウィーナも思念で返信する。
(ウィーナ様! 申し訳ありません、もうこれ以上は……)
心の声は消え入りそうな、悲痛なものだった。
(シュロン、もういい、逃げろ!)
(もう、全ての力を搾り出してしまいましたわ……。ウィーナ様、あなたにここまで、何もかもを捧げられるのは、わたくしだけですのよ……)
(ああ。シュロン。お前は私の一番の部下だ。その忠誠、他の何者にも比類なきものだ。本当によくやってくれた)
(ありがとうございます。ああ、あああああっ! ウィーナ様あああああっ! 光栄ですわあああああっ! キャアアアアア!)
その、絶叫のような思念を最後に、シュロンの気配が完全に消えた。死んだのだ。
「心にもないことをよくもまあ言えたものだな」
リアルが呆れたように言った。
「また人の心を覗いたのか。あまりいい趣味ではないな」
「お前はあの女に崇拝されるのを面倒に思っていたのだろう?」
リアルに図星を突かれたのを、ウィーナは鼻で笑い飛ばした。
「なに、身を挺して盾となってくれた部下に対して、当然の礼を尽くしただけのこと……」
「そうか」
そのとき。突如リアルの言動に変化が生じた。
「待て! お前らで冥王に敵うと思うか! もういい、退くんだ!」
その独り言のような台詞には、焦りの色が出ていた。先程の次元十闘士に向かって言っているのだろう。
「待て! あとは俺一人でやる! 退けっ!」
それきり、リアルは黙った。一瞬だけ悲しげな表情を見せたようだが、気のせいかもしれない。
「お互い先走る部下を持つと苦労するな」
ウィーナはリアルに言い返してやった。
「部下ではない。仲間だ」
初めて、相対する敵の金色の瞳に光が宿った。そして「お前にないものだ。孤独な女神にはな」と続けた。
思わず聖剣を握る手に力が入った。その通りだ。ウィーナの後ろに付き従う部下は大勢いても、横に並んで、共に歩く仲間のような者はウィーナにはいない。
だが、それも女神の宿命だ。欲したところで、どうなるものでもない。
「ほざけ!」
ウィーナは再びリアルと斬り合うべく剣を構えた。
しかし状況は流転する。
「フハハハハハ! ハーッハッハッハッハアアア!」
高らかで大胆不敵な笑い声と共に、冥王が合流したのだ。そして、彼はウィーナの横に並んで、再び彼女と共に敵と相対したのだ。
手に持つ大鎌は鮮血を滴らせていた。そして、彼の周囲には合計十個の生首が、縦横無尽にぐるんぐるんと渦巻いている。
「冥王……」
駆けつけた仲間。
リアルが苦々しげに唸る。
「Yeah! Yeah! Yeah~! ハーッハッハッハッハ! お久しブリブリにグッドなテイストのソウルを頂きましたよ! それも十人分!」
冥王が腕を広げ気合を入れると、今まで感じたことのないような邪悪で禍々しい闇のオーラがどくどくと放出された。
そして、周囲を渦巻く次元十闘士の生首は肌や目玉がただれ落ち、頭蓋骨となった。だがそれも一瞬で実態を失い、輪郭もおぼろげな怨念のようなものに変貌する。
「遅いぞ」
ウィーナが冥王にそっけなく言った。しかし、その狂気を孕んだ禍々しき冥王の力に、確かな安心感が芽生える。
「ソーリー! でもおかげで強いソウルをこんなに取り込むことができました! ラッキーデース!」
「ボルーペン、スキャーナ、ゼロテーヴ、パンチ、サイダーン、シュレーダー、ブリンター、オリッキ、ホチキス、ファクス……! やってくれる」
失われた同志の名を言い連ねるリアルの表情には、明らかな怒りが見て取れた。
「どうした? 心がない割には随分と悔しそうだが」
思わずウィーナの口元がほころんだ。
「ほざけ!」
先程ウィーナが苦し紛れに言った台詞を、そっくりそのまま返された。
三者の力が、再び唸りを上げて激突した。
・フンニュー
獣人タイプの冥界人。冥民調の副委員長で、指導者層の一人である。太った中年の豚の獣人で汗っかき。
運営委員の中では、ワルキュリア・カンパニー側の派閥に属しており、ウィーナやヴィクトの支援を行っていた。
ヴィクトがリレー作戦で委員会に協力を求める際に頼った人物である。
ファウファーレが偽造したヴィクトからの手紙に「霊鎧サリファを取ってきてほしい」と書いてあり、フンニューはそれを信用してバングルゼやファウファーレ達に鎧を回収しに行くよう命じ、図らずもファウファーレの片棒を担ぐことになってしまった。
事の真相に気が付いたときは時すでに遅しで、委員会の中枢に怒鳴り込んでダッシらの陰謀を糾弾したものの、敢え無く身柄を拘束されてしまった。
その後、委員会を制圧しにやってきたシュロンによって助けられ、委員会の陰謀の全てをシュロンに伝えた。




