第81話 戦場の専売特許
「さあ、反逆者ファウファーレの処刑を行うのはこの方です! どうぞ!」
シュートの呼びかけと共に、何者かが平原の遥か向こうから、砂煙を上げて猛ダッシュでやってきた。
その男は、まるで山のように大きな、異常なまでの肥満体の男であった。
頭髪も眉毛もない、深く皺の刻まれた表情からは強い殺意を感じた。
「紹介しよう、君の対戦相手、デブギルド所属のニックだ」
そう言ってカーブがファウファーレに視線を流した。
「デ、デブギルド……」
何だろうかそのギルドは。いや、今はそのようなことはどうでもよかった。何としても生き延びなければならないのである。
しかし、次第にファウファーレの精神力は尽き始めていた。心が折れ始めていた。絶望的な状況なのだ。
「処刑開始だ。やれニック! 我らをはめようとした者には死だ!」
シュートの指示を聞き、ニックは豚のように鼻を振るわせて、野太い笑い声を上げた。ファウファーレの背筋に寒気が走った。
「これは最高の相手ですね~。グッフッフッフ!」
ニックは唇を釣り上げて、黄ばんだ前歯を存分に見せつけた。そして、俊敏な動きで三角錐の結界の中に入り込み、ファウファーレを見下ろした。
「足掻いてみせなよ……。最後まで」とカーブ。
「可哀想だけど、そうされても仕方ないことをしたわけだから」とスライダー。
「お、おのれ……。簡単に死んでたまるか。こんなところで……この私が……」
ファウファーレはか細い声で、何とか自分を奮い立たせた。最後のひと時まで、リアルが助けに来てくれることを望みにして。奇跡が起きて状況が好転することを信じて。
「グッフッフッフッフ~!」
「ハアアア!」
ファウファーレは掛け声を上げて自分を奮い立たせ、槍を構えて脂肪の塊のような敵に攻撃をしかけた。ここで屈すれば、絶対に運は離れる。この絶望的な状況下にあって、ファウファーレはあえて自分から火中に身を投じた。
しかし、ニックは非常に戦いづらい、不快な相手だった。
ファウファーレの槍は隙だらけの相手を幾度となく捕えるが、弾力ある分厚い脂肪の鎧によって弾き返されてしまうのだ。まるで強力なスライムを相手にしているかのような感覚であった。
魔法で攻撃しようにも、全て跳ね返された。ニックは戦う前に、あらかじめ体中に魔法を反射する性質のある特殊な油を全身に塗りたくっていたのだった。どうりで体中がテカテカに光っていたはずだ。ファウファーレは油まみれの敵に、気持ち悪さを覚えた。
攻めあぐねるファウファーレを見て、嗜虐的な笑みを浮かべるニック。
「グッフッフッフッフ。どうやって料理しましょうかね~?」
ニックが舌なめずりをする。
「くそ……。気持ち悪いデブめ……」
無意味なことは百も承知だが、苦し紛れの言葉が出てしまった。
結界の周囲で、シュートは馬鹿にしたような表情で、カーブはニヤニヤ笑いながら、スライダーは興奮した様子でこの戦いを見物している。とても不快で腹立たしかった。
ファウファーレは、再び槍を構え、魔力と闘気を穂先に集中させた。そして。
「ハアアアッ!」
四本の脚で地面を全力で蹴り、相手に肉薄して、喉元を貫こうとした。
しかし。
「ニックどぇえええええす!」
ニックは凄まじいスピードで地面を転がり、ファウファーレに正面衝突してきたのだ。
「ああっ!」
対弾性のある丸い形態と回転で得る遠心力。それがファウファーレをはね飛ばした。体制を崩し地面に倒れこむファウファーレ。
高速回転したまま、ニックは跳躍した。
そして、そのままファウファーレの足元へ。急転直下。
「しまっ……」
起き上がる暇もなく、巨大な肉塊が衝撃と共に後脚をすり潰す。
「キャアアアアア!」
後脚に激痛が走る。今までの戦闘では味わったことのないような痛みだった。
「入ったあ! っしゃああ!」
カーブの景気のいい掛け声が耳に入る。
「来たああああっ! 部位破壊!」
スライダーの生き生きとした声も聞こえてきた。
「あああ……」
後脚を潰されて立ち上がることができない。先程の体当たりで、頼みの綱の魔槍・艶麗雷舞も手元からこぼれ落ち、ニックの向こう側だ。
「グッフッフッフッフ」
ニックが嗜虐的な笑みを浮かべて、顎にたまった贅肉をタプタプと揺らした。
「ヒャッホー! ニクニクニックニックック~!」
スライダーが興奮した様子で意味不明な歌を口ずさんだ。「何だその歌」とカーブ。
「だが、お楽しみはこれからだ。スペシャルゲストが来たようだぜ」
長男シュートが弟達に言う。
「兄貴、マジか?」
カーブが言うと、シュートは平原の、とある方角を指差して促した。スライダーもそちらに視線を向けるが、脚に激痛を抱えるファウファーレにはそんな余裕すらなかった。目に涙が浮かび、静かに流れ落ちた。悪い夢なら一刻も早く醒めてほしい。
平原の向こうからやってきたのは一台の馬車であった。馬車を引くのは冥民調の下っ端構成員。
馬車の御者を務める構成員は、手綱を引いて馬を止めた。
「どうも、お疲れ様です!」
「はいー、お疲れー」
結界を維持したまま、シュートが手を上げて応える。
「シュートさん、スペシャルゲスト到着しました!」
「あいよ! ご苦労さん!」
御者の構成員が馬車を下りて三つ子達に一礼し、馬車のドアを開けた。
「紹介しよう! 今日のスペシャルゲスト! 上級貴族のオッカー・ネ・モッチーノ爆爵です!」
シュートの声と共に馬車から降りてきたのは、先程ファウファーレが転がり込んだ屋敷の主であり、ファウファーレの愛人であり、城下町一の金持ち、オッカー・ネ・モッチーノ爆爵である。
「どうもどうもー」
爆爵は愛想よく構成員や三つ子に挨拶して、結界の前にやってきた。
「ど、どうして……?」
ファウファーレは驚愕し、爆爵を見つめることしかできない。
「では続いてのゲスト!」
シュートが声を続ける。
「なっ……?」
ファウファーレは思わず手に口を当てた。
「グッフッフッフッフ……」
ニックは攻撃の手を止め、地面に座り込むファウファーレを嘲笑していた。
「同じく上級貴族にして、モッチーノ爆爵の幼馴染、バライア伯爵ですどうぞー!」
シュートの紹介に合わせ、馬車からまた一人の男が現れた。
忘れもしない顔。彼もまたファウファーレの愛人の一人であり、彼女のために活動資金を拠出するパトロンであった。
それからも続々とゲストは登場した。執政官のパトリック、作家のベンドル、俳優のリュアス。皆、高い社会的地位を持つそうそうたるメンバーにして、ファウファーレの愛人達であった。
「何なの……あなた達……」
ファウファーレは脚の痛みも忘れ、勢ぞろいした愛人達に恨みを宿した視線を突きつけた。
「それでは、本日の処刑ショーのスペシャルゲストを代表して、モッチーノ爆爵にお話を伺いたいと思います!」
次男カーブが夕砕剣を地面に突き刺して、結界を維持したまま爆爵の隣へと歩を進めた。
「爆爵、どうでしょうか今日のショーは?」
「いやあ、楽しみですなあ。彼女には散々金払って、怪しげな壺まで買わされちゃいましたからね。しかも『愛してるのは爆爵だけです~。は・あ・と。キャッキャウフフ~』なんて言われましたが、実はここにいる全員同じことを言われていたというではないですか。ねえ、皆様方」
爆爵が他のゲスト達の方を見る。すると、愛人一同「うんうん」とうなずいた。
「しかも、話を聞くと、彼女は随分とお仲間を手にかけたということじゃないですか。誠に恐ろしい話ですなあ! 皆様方」
また爆爵が他のゲスト達の方に顔を向けた。愛人一同「うんうん」。
「今日は、ファウファーレに相応の報いが下ることを期待しています。どうぞニック殿、思いっきりよろしくお願いします!」
爆爵が結界に向かって言うと、ニックは「グッフッフッフー!」と鼻息の荒い、いやらしい笑い声を上げてゲスト達に手を振った。
「爆爵、今日は一曲披露して頂けるということで?」
カーブが言う。
「はい。自虐ナンバーを一曲!」
爆爵が内ポケットから、得意げに魔導拡声器を取り出した。するとバライア、ベンドル、リュアス、パトリックも魔導拡声器を片手に持ち、一列に並んだ。そして、仲良く拡声器を持っていない方の手で隣の者の肩を組み、一列につながった。
「それでは、歌わせて頂きます。自虐ナンバー『我ら穴兄弟!』」
「いよーっ!」
三つ子や御者が口笛を吹いたり、拍手をしたりして、やんややんやと囃し立てる。
「何なのよ……」
戸惑うファウファーレを横目にニックは下卑た笑いを浮かべていた。
「お~れた~ち穴兄弟! 白馬の名器に竿を突き立て~!」
五人の愛人達のコーラスはとんでもなく卑猥で低俗で稚拙な歌詞だった。しかし、腹が立つくらいに朗々として透き通った美声だった。
「嫌あああっ! やめてえええええ!」
羞恥心のあまり、ファウファーレは顔から火が出るような思いがした。目から再び涙が流れ、たまらず顔を覆う。しかし、歌詞の内容は、紛れもなく自分がやってきた行いであった。
シュートと馬車の御者はリズムに合わせて体を揺らし、楽しそうに手拍子を叩いている。
「あははははは! ぎゃははははは!」
カーブは腹を抱えて爆笑している。
「漢だあああ! 皆さん漢だああ! 正真正銘の冥界男子だあああ! 俺も穴兄弟になりてええええ!」
スライダーは握り拳を振るわせて、うるうると感涙していた。
「グッフッフッフッフ~。どうだ、自分が裏でやってきた淫乱なことを公衆の面前で晒される気分は? いい趣向だろう」
ニックが馬鹿にしたように言った。ファウファーレは涙で腫らせた目でニックを鋭く睨みつけた。
「どうして? どうしてここまでするの? 酷いわ!」
「だから言ってるだろう。これは我々の制裁なんだよ。お前の方がよほどえげつないことをやったろうが? 聞いたぞ。ウィーナんとこの連中を随分と殺ったそうだな~?」
「そ、それは……」
「それに、お前のきったねえ尻の傷を治してくれた仲間を殺し、さっきも空の上で随分と俺達の同志を殺ってくれたじゃねえか。シュートさん達が下で随分と拾い上げて救出してくれてたけど、それでも死んだよ。結構な……。グッフッフッフッフ」
ニックが、油まみれの出っ張った腹をペシペシと叩きながら言った。相変わらず野太い声には、強い嗜虐心と怨嗟に満ち溢れている。周囲には、相変わらず愛人達の卑猥なバックコーラスが響き渡っている。
「テメーがあれほどあっさりと仲間を殺し、冥民調を切り捨てて逃げたってことは、『ウィーナ量産化計画』は、俺達のためではなくて、自分のための計画だったんじゃねえか?」
「くっ……答える必要なんてないわ……」
か細い声しか出なかった。
「元々俺達を利用しているだけっていう気構えを持っていなけりゃ、ああもあっさりと仲間は切れねえ! テメーは計画が成った暁には冥民調を切り捨てる気だったんだよ! 俺達の目は節穴じゃねえ!」
言い終わるか、終わらないかの内に、ニックの丸太のような腕が唸りをあげた。そして、大砲のような勢いでファウファーレの顔をはたき飛ばした。
「あうぅ……!」
ファウファーレの上半身は崩れ落ち、唇の端から一筋の血が流れ落ちた。
「グッフッフッフッフ……。快感快感!」
ニックがニンマリと笑いながらこちらを見下ろした。ファウファーレに怒りがこみ上げる。
「黙れ……。節穴だったじゃない……。最後の最後まで、私の描いた通りに動いたくせに……」
「グッフッフ! いいねいいね! その強さがいつまでもつかな! グッフッフッフ!」
巨大な肉がファウファーレに押し寄せてきた。
「く、来るな! 来るなああああ!」
ファウファーレは、まだ動く前脚を振り上げて、近づくニックを何度も蹴りつけた。蹄を打ちつけた。しかし、分厚い脂肪に全ての衝撃は吸収される。
流石に、この段階にあってはファウファーレも自分が生きて帰れるとは思っていなかった。せめて目の前の醜いデブだけでも道連れにしてやろうと思い、最後の手段に出る。
近づくニックをぎりぎりまで引きつけて、肉薄とも呼べる距離になったそのとき。
ファウファーレは、真っ赤に光るマニキュアで彩った、両手の鋭く長い爪に魔力を流し込んだ。爪は、毒々しい紫にその色を変える。魔力でその爪に猛毒を宿す暗殺術だった。
「あああああっ!」
意を決して、猛毒の爪を振りかざした。鋭い爪が相手の脂肪に食い込み、深い引っ掻き傷を刻みつける。
しかし。
「グッフッフ。残念だったな。このニック様は、毒対策も万全なんだよ。女の暗殺者なんてこればっかだからな。芸がねえんだよ、芸が」
最後の毒爪もニックには通じなかった。
ファウファーレの目の前が絶望で真っ暗になっていく。
いつの間にか、バックのコーラスが終わっていた。五人の愛人達がこちらを興奮した様子で見ている。
「さて、今までのはほんの前座だ。これからが本番だ。ゲストの皆様、素晴らしい歌をありがとうございました。それでは、格別のショーをお楽しみ下さい。こんな光景、見る機会はそうそうないでしょうから」
シュートがゲストからこちらに視線を移したその眼には冷酷さが宿っていた。
「そう簡単には死ねないんだよな~これが! その脚、回復してあげるから。治せばまた壊せるんだから……」
カーブが青白い魔力に手を光らせて、結界の中に回復魔法を放った。後脚の痛みがとれて、自由に動くようになる。
脚の自由が戻ったが、この結界の中では逃げようもない。また潰されてもがき苦しむだけだ。四本の脚が恐怖で震えていた。
「君が屑なら俺達も屑だ。いいねえ、悪だけの空間ってのは! 倫理観をうち捨ててケダモノになれるのは戦場の専売特許さ! この月砕剣も血を欲しがってるんだけど、まあ、それは後ほど。今はニック君にお任せってことで」
スライダーがウヒヒと笑った。不細工で異様な肥満体であるニックとは対照的に、整った顔立ちである。そんな三つ子の顔が欲望に歪んでいる様は、ニックとは別の性質の恐怖があった。
ここで。気力が。潰えた。
心が。折れた。
先程ファウファーレは、毒爪を振りかざしたときに覚悟を固めていた。
しかし、その覚悟も、一瞬にして消し飛んでしまった。
「嫌あああああっ! やめてっ! 助けてえええええっ!」
絶望と共に、理性を失った金切り声が結界に響き渡った。それは一人の女の破滅を告げる鐘であった。
徹底的な凌辱の中、ファウファーレはリアルへ助けを呼び続けた。念じ続けた。
耐え難き辱めの中で、彼女にできることはそれしかなかった。
しかし、リアルは来てくれなかった。ファウファーレが思い描いた、ウィーナの複製を量産し、冥界を支配し、リアルと共にこの世界の王になるという夢が音を立てて崩れ落ちていく。
次にファウファーレはウィーナに助けを求めた。自ら裏切ったウィーナに。
そして、喋る気力もなくなり、最後に心の中で助けを求め続けたのは、アンヴォスだった。
数日の後、城下町の大通りの脇を流れる川に、ファウファーレの死体が、凌辱の限りを尽くされ無残極まりない姿で浮かんでいた。
その惨たらしい様子とは対照的に、その顔は、恍惚の笑みを満面に浮かべ、快感に満ち溢れていた。笑顔で大きく開いた口からは、真っ赤な舌がだらしなく垂れ落ち、両の瞳は外側にぶれ、その焦点さえ定まっていなかった。
尊厳をかなぐり捨てたその淫乱な様相は、往来の人々に強い恐怖心を植え付けた。ファウファーレの死体に集まる野次馬達は、見はするものの、まるで腫れ物に触れるかのように積極的に言及することを避けた。
通報を受けて駆けつけた衛兵達も、仕事柄、このような現場に慣れた連中ではあったが、思わず顔をしかめたのだった。
・シュート / カーブ / スライダー
上記3名は冥民調親衛隊。ヒューマンタイプ。
委員会最強の戦士・レディコマンドーの実の息子達にして、そっくりな顔立ちをした3つ子の兄弟である。
シュートが長男で、カーブが次男、スライダーが三男。レディコマンドーの子供であるにも関わらず、揃いも揃って整った顔立ちをした美青年であり、よほど父親に似たのだと推測される。
委員会の中でも最強の母親に次ぐ実力を持つ魔法騎士達で、シュートは「陽砕剣」、カーブは「夕砕剣」、スライダーは「月砕剣」という魔剣の使い手である。ファウファーレは彼らをワルキュリア・カンパニーの幹部従者と同等レベルの強さと推測していたが、実際はそれを上回る実力を一人一人が持っている。
冥民調を裏切り、敵対関係になったファウファーレを始末するために、大勢の一般構成員や処刑人であるデブギルドのニック、果てはファウファーレの愛人兼パトロン達までも招待して彼女を包囲する。そして彼女が散々利用してきた男達の目の前で見世物にし、ファウファーレを精神的・肉体的に徹底的にいたぶり、凌辱の限りを尽くした挙句、その無残な亡骸を城下町の大通りの脇に流れる川に打ち捨てた。彼らの登場する話だけを見ると、彼らの行いが外道極まりないものに見えるが、ファウファーレ自身はもっと外道なことをしている点には留意すべきである。
(シュート)
HP 700 MP 400 攻撃力 800 防御力 550 スピード 550
運動能力 550 魔力 500 魔法耐性 450 総合戦闘力 4400
(カーブ)
HP 610 MP 700 攻撃力 370 防御力 370 スピード 500
運動能力 300 魔力 800 魔法耐性 700 総合戦闘力 4350
(スライダー)
HP 660 MP 200 攻撃力 500 防御力 800 スピード 700
運動能力 700 魔力 250 魔法耐性 540 総合戦闘力 4350




