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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第7章 復活の女神
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第76話 誰が為に

「アンヴォス殿! アンヴォス殿ってば!」

 冥民調本部施設内にある食堂。

 ビギナズは机に突っ伏して眠っているアンヴォスを激しく揺さぶっていた。どんなに声をかけても揺すっても起きる気配がない。

「アンヴォス殿ーっ!」

 耳元で大きく叫ぶ。まばらにいる構成員や、カウンター奥にいるおばさんの注視を浴びた。

 ようやくアンヴォスはかすかに動き、ゆっくりと上体を起こした。ため息を吐き、顎を引きながら背もたれに寄りかかる。

「ビギナズ……どうした……」

 アンヴォスは眠そうな顔をして、間の抜けたことをビギナズに尋ねた。

「どうしたじゃないですよ。もうみんなとっくに広場に集まってますよ」

 ビギナズは呆れて言った。これから広場で死んでいった戦士達の魂が悪霊とならないよう、弔いの儀を執り行うのである。そこで、儀式の前にアンヴォスが弔いの詩を歌うことになっているのである。

「そうか……そうだったな」

「そうだったなって……どうしちゃったんですか?」

「いや、別に。じゃあ、行くか」

 アンヴォスはだるそうに立ち上がり、立てかけてあるギターを拾って食堂を後にした。ビギナズもそれについていく。その間も、アンヴォスはどこか上の空な調子が目立った。


「戦いに散った命は、深い安寧の中に眠り、この地の豊穣を約束する。等しく彼らは神の与えし役目を果たさんと――」


 城下町の外れにある冥民調の青空集会場に戦士達が集合していた。

 その中で、ギターの切ない、弾みをもって零れ落ちるような音色と共に、アンヴォスの透き通るような声が青空集会場に浸透していく。


「――その旅は新たなる世界を目指すものであり、落とされた種が芽を吹くように――」


 ビギナズがウィーナに従って冥王城に向かってから数日が過ぎた。

 ヘイト・スプリガンの魂を浄化させるための作戦だった。戦況が悪くなったときにウィーナによってビギナズは逃がされた。それはヴィクトの望んだことであるとウィーナから聞かされた。

 その後、ビギナズは城下町を抜け出して故郷へ帰ろうとした矢先、ヘイト・スプリガンが冥王となった影響で、冥界中で悪霊が暴れだす事態に至った。そのため、故郷に帰るための船も欠航となり、動きが取れなくなってしまった。

 冥民調に身を寄せて悪霊と戦おうと思ったが、ヴィクトの援助要請を断って道具だけ渡した冥民調に力を貸す気にもなれず、逃がしてもらったウィーナ達にまた合流するのも彼女らの好意を無駄にするような気がしてはばかられた。

 結局、足止めを食らっている間に世話になった宿の護衛を買って出て、数日を費やした。


「――鎮魂の鐘が死者の耳を打ち、生きる者の祈りは音色に乗って大地に染み渡る――」


 どうやら騒乱は収束したようで、冥民調はこの戦いで死んだ戦士達を弔う儀式を行うということを知った。場所は青空集会場。この宿からは近い場所だった。ビギナズは参加することにした。

 ビギナズは、何か予定があると、約束の時間や開始時間よりも異常に早く到着するよう行動する妙な癖がある。青空集会場に向かったが無論誰もおらず、彼はそのまま冥民調に歩みを進め、そこでワルキュリア・カンパニーの構成員・中核従者アンヴォスと再会した。


「――この空は闇である。その闇こそ我らの帰る場所――」


 アンヴォスの口から、ヴィクトもレンチョーもニチカゲも死んだということを聞かされた。更には、ワルキュリア・カンパニーが崩壊した後、冥民調の首脳部がファウファーレの入れ知恵により、混乱に乗じて現体制に反旗を翻したことも聞かされた。

 そして、死んだはずのシュロンがウィーナの命令によって委員会を制圧した。因果なものである。ウィーナは今、何をしようとしているのだろうか。


「――安らぎの魂へ、捧ぐ祈りを調べに乗せん」


 弔いの詩は終わった。

 アンヴォスは静かにギターを置くと、脇に待機していた神官達が急ごしらえの祭壇(というにはあまりに粗末で適当な作りであったが)に上がった。

 神官の呼びかけに従い、ビギナズは、この戦いで命を落とした全ての戦士達のために、彼らが悪霊にならず安らかに眠るように、祈りを捧げた。


「ビギナズは何で弔いの儀式に参加しようと思ったんだ?」

 儀式が終わった後、アンヴォスに声をかけられ、冥民調の食堂で一服することになった。そこで、出し抜けにアンヴォスはビギナズに問うた。

「何でって……うーん……。そりゃあ、この冥界を守るために死んでいった人達に対する礼儀っていうか」

「なるほどなあ」

 アンヴォスはもっともらしい顔して、小刻みにうなずいた。彼の青い髪も小刻みになびく。

「アンヴォス殿だってそうですよね? 儀式の冒頭の詩を買って出るんですから。素晴らしい詩でした」

 ビギナズはアンヴォスの朗々とした先程の詩を思い出した。

「残念だけど、俺はこっちだ」

 そう言ってアンヴォスは革袋を取り出してテーブルに置いた。中に金貨をのぞかせている。

「あ、ああ……」

「金のためさ」

 金のため。

 真面目な性格であるビギナズは、アンヴォスの物言いに対して納得できなかった。

 彼の死者を思う気持ちを信じたくて、フォローを含む言葉をかける。

「確かに、お金はもらうでしょうけど、いい詩でした。きっと死んだバングルゼ殿達も浮かばれるはずです」

 ビギナズの言葉を聞いて、アンヴォスは眉間にしわを寄せ、露骨に不機嫌そうな顔を作り、コップの水をぐいっと飲む。

「よせって。仲間を思う気持ちがあればファウファーレ殿に逆らってる。俺は無関係を貫いたんだ。みんなが殺されてんの黙って見てたんだよ」

「でも、恥じ入ることではないと思います。アンヴォス殿はファウファーレ殿の直属だったし、他の皆さんのように表だって逆らうことはできなかったんじゃないでしょうか」

 アンヴォスの話によると、ファウファーレに逆らおうとしたバングルゼやカネスタ、ゴーカクはみんな殺されてしまった。リザルトやトリオンフも殺されかけたらしい。

 もしビギナズがアンヴォスの立場だったら、殺されるのが嫌で逃げ出していたかもしれない。誰がこの人を責められるだろうかと、ビギナズは思っていた。

「別に恥じ入ってなんかねーよ」とアンヴォス。気まずそうに視線をそらしたので、思わず「すいません」と返した。すると、にわかにアンヴォスはこちらに向き直った。

「でも、そう言ってくれちゃうんだ! お前はいい奴だな! やっぱり! うん! いい奴だ、偉いな、偉いっ!」

 アンヴォスは気分が高揚したようで、嬉しそうにテーブルに身を乗り出し、ビギナズの肩をバンバンと叩いた。

「は、はい……」

 どう反応していいか分からず、思わず引きつった笑いを浮かべる。

「お前を見込んで頼みがある」

 急に改まった態度でアンヴォスは語りかけた。

「何でしょう?」

「剣を交換してくれないか?」

 アンヴォスは腰に下げている大小二本の鞘のうち、長い方を取り出してビギナズに手渡した。両手に金属の重量がのしかかる。

「これは、『ストテラ6号』ですか?」

「いや、『7号』」

「な、7号!? そんなもの受け取れませんよ! 自分の安物とじゃ釣り合わないです!」

 ビギナズはびっくりして首を振った。

 何せ、ストテラ7号とは冥界の刀工の中でも最高峰である、ミファイ地方のビビライ衆の職人勢が、とても長い時間をかけて鍛える名剣中の名剣である。

 6号までは高級品として武器屋でも売っているが、最上級の7号ともなれば、刀身は純度100%のストテラ鉄となり、それを鍛えられる腕を持つビビライ衆はごく少数に限られる。それゆえ、年間生産できる7号は数本と言われている。市場に出回るはずもない。

 純粋なストテラ鉄で作られた太刀は、どんなに敵を斬り殺しても血糊がこびりつくことなく、永遠に刃こぼれせず切れ味が鈍らないという。

「いや、この剣は長すぎて俺にはあんまりしっくりこないんだよ。お前の剣のがちょっと短めでいいんだよな」

 アンヴォスは飄々とした態度で言う。

「いやいやいや。おかしいですってそんなの。それに自分は大した腕じゃないし、釣り合いませんって」

「……この剣は、ある任務を達成させたときウィーナ様から賜ったもんだ」

 アンヴォスは白く細長い指で、鞘の根元を指さした。

 そこにはビビライ衆の銘柄に加え、ウィーナの紋章が刻まれていた。ウィーナが直々に彫ったらしい。

「凄いですね……」

「殺されていく仲間を我が身可愛さに見殺しにした奴にとってはな、勝利の女神から賜った剣は荷が重い。それに、ストテラ7号はその切れ味故にこれまで多くの剣豪を人斬りに狂わせてきた業の深い剣だ。お前のような優しい奴ならむやみに人を斬らないだろう。この剣はビギナズのような奴に相応しい」

「いや、そんなことないですって」

 なおもビギナズは拒否した。こんな高級品を自分の安物の剣と交換できるはずがない。

「いやいや、ほんとにいいから! ちょっと借りるぜ」

 そう言ってアンヴォスは素早い手つきでビギナズが立てかけていた剣を奪い取った。

「ちょ、ちょっと!」

「その剣はお前にやる! あと、これも持ってけ!」

 アンヴォスは弔いの詩で歌った報酬が入った革袋を取り出し、ぐいとビギナズに押し付けた。

「何で……」

「そんな綺麗な心で、あいつらに祈ってくれた礼だ。お前になら全部やれる」

「心? アンヴォス殿、あなたは……」

 金のためじゃなかったのだろうか。彼の言動と行動は矛盾していた。

 この人は、何かを決断したのだろう。剣の交換も断れぬ自分に、その決断を思いとどまらせる器量があるとは思えず、言葉が詰まった。

「じゃ、そろそろ行くわ。これ俺の分の払いな。もうちょっとそれ食ってろよ。じゃあな」

 アンヴォスはテーブルに銀貨を二枚投げた後、力強く立ち上がり、素早くビギナズの剣を腰にさした。

 そして、喧しい声が響く食堂を颯爽として去り、廊下の雑踏へ消えていった。

 ビギナズは、かける言葉も見当たらぬままその背中を見送ることしかできなかった。

 定期便が出次第、故郷へ帰ろう。

 そして、この剣は大切なものを守るためのみに使おう。

 ビギナズはそう思った。


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