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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第7章 復活の女神
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第75話 剣が奏でる嘆きの調べ

 気がついたら、ファウファーレは暗闇の中を歩いていた。

 武器である槍もなく、彼女は不安げな気持ちで四つの蹄を動かしていた。乾いた足音が闇に響く。

 しばらく歩くと、自らの蹄の音に混じって、何か土を掘るような音が前の方から聞こえてきた。

 暗闇の中に見えたのは、スコップを使って黙々と地面を掘っている男の姿だった。闇の中で青い髪が良く目立ち、吟遊詩人のような出で立ちである。腰には、長剣と短剣、二本の鞘を提げている。黙々と、夢中で穴を掘る様子はその容姿とは妙に不釣り合いであった。

 ファウファーレは男に近付いていく。

 彼の姿が段々と大きくなってきて、よく知っている人物だということに気付く。

 アンヴォスだ。

 委員会に身を寄せていたウィーナの部下の一人。中核従者なので、管轄従者のファウファーレよりは格下である。

 アンヴォスは好戦的な性格ではなく、委員会ではファウファーレの命令に従順で、特にバングルゼに協力することもなかった。そのためファウファーレが排除の対象とはしなかった人物である。無害な人物をわざわざ殺してリスクを大きくする理由はなかった。

「アンヴォス」

 ファウファーレは声をかけた。この何もない空間でできることと言えばそれぐらいしかない。

 アンヴォスはスコップに溜まった真っ黒な土を脇に放り、ファウファーレに顔を向けた。

「ファウファーレ殿、ご無沙汰しております」

 額の汗をぬぐい、スコップを地面に突き刺すアンヴォス。

「こんなところで……。何をしているの?」

 ファウファーレは尋ねた。

「はい。墓穴を」

「墓穴? 誰の?」

 アンヴォスは、暗く沈んだ表情でファウファーレに後ろを見るよう促した。

 ファウファーレは言われるままに背後を向く。

「ウッ……」

 彼女は背後を見た瞬間、驚きで目を見開き、背中の翼を縮ませ、口を手で押さえた。

 そこには、先程まで何もなかったはずなのに、バングルゼ、カネスタ、ゴーカク、チューリーが横たわっていたのだ。全員、ファウファーレの手で殺したウィーナの部下達だ。

 皆一様に目をつぶり、ぴくりとも動かない。

「驚かれることでしょう。酷いものです」

 アンヴォスは横たわる四人を眺めながら言った。

「これは、どういうこと……?」

 口から手を離し、ファウファーレはアンヴォスを見遣った。この男は、バングルゼ達を殺したのがファウファーレだということを知っているのだろうか。そもそも、ここはどこなのだろう。彼女は自身の置かれている状況がさっぱり分からなかった。

「みんな、悪い奴に殺されたんです。手伝って頂けますか?」

 アンヴォスは再びスコップを手に取り、墓穴掘りを再開した。

 ファウファーレは強く警戒しながらアンヴォスを見下ろした。彼が真相について知り得る立場とは思えない。バングルゼ達は公には、悪霊との戦闘で殺されたことになっているはずである。

「さあ、これを」

 アンヴォスが指を差した方向を見ると、先程まで何もなかったはずの地面に、一つのスコップが落ちていた。

 しかし、ファウファーレはそれを拾わず、黙ってアンヴォスの横を通り過ぎた。

「ファウファーレ殿?」

 アンヴォスの土を掘る手が再び止まる。

「ごめんなさい。私、急いでるの」

 努めてそっけなくファウファーレは言った。自分で殺した連中の墓を作るなど気持ちが悪い。四人の死体を見ているだけで不安な気持ちが湧き上がってくる。

「行くところもないのにですか?」

 アンヴォスのその言葉に対して、ファウファーレの腕ににわかに鳥肌が立った。彼女の白馬の下半身を覆う体毛が震えた。

「……あなたに何が分かるの?」

 ファウファーレはアンヴォスをキッと睨んだ。

「行く当てもないのに心だけ急いだって……。ここで心の整理をしていきませんか?」

「はあ?」

 彼女の不安と苛立ちは募るばかりだ。

「六人分の墓を掘るのは大変なんです」

「六人?」

 ファウファーレは怪訝な表情を隠さなかった。闇に横たわる死体は4つのはずだ。

「ほら、まだこっちにも」

 アンヴォスが示した方を見る。サクスの死体が横たわっていた。死体は白目を向いて、おぞましい苦悶の表情のまま固まっている。

「嫌あっ!」

 たまらず悲鳴を上げた。死体が怖かったのではない。まるで自分の罪を目の前に突き付けられているような恐怖に襲われたのだ。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか。こんな奴でも一応は仲間なんですから。い、ち、お、う、はね……」

 アンヴォスは再びスコップを地面に刺し、サクスの骸まで歩みを進め、頭をぞんざいに踏みつけた。

「こいつはね、悪い女にいいように転がされて、あろうことかウィーナ様に手を上げた。ウィーナ様を手に入れるために、自分の体を改造して力を得た」

 アンヴォスはサクスから足を離し、刺すような視線をファウファーレに向けた。

「それで? あと一人は?」

 ファウファーレは警戒心を維持しながら尋ねた。この男、間違いなく何もかも知っている。この男も排除しなければならないのだろうか。ファウファーレは、まるで自分が深い底なし沼にズブズブとはまっていくような感覚に襲われた。一度仲間を裏切れば、延々と追手の手が伸びていく。全ては順調に進んでいたはずだったのに、サクスがウィーナを連れてこなかったせいで一気に旗色は悪くなってしまった。

 ファウファーレに不快な感情がふつふつと湧き上がってくる。

「あと一人はまだ決まってません」

「決まってない?」

「はい。ただ、候補はいますが」

「そう」

 槍を持たないファウファーレはいつでも戦えるよう、手に魔力を凝縮させた。

「六つ目の墓に入るのは、あなたか、俺です」

 アンヴォスは静かに腰の鞘から短剣を抜いた。

「ハッ!」

 ファウファーレは構わず敵に向かって両手をかざし、雷撃の魔法を放った。真っ暗な空間に光の亀裂が走る。

 しかし、そこにアンヴォスの姿はなかった。一瞬にして消えていた。

 ファウファーレは状況が飲み込めず、手をかざしたままの体勢で硬直した。

 にわかに、背後から笛の音が聞こえた。

 慌てて体を翻し、後ろに向き直る。

 アンヴォスが短剣の刀身を唇にあてがい、曲を奏でているのだ。彼の短剣は刀身の中に空洞があり、まるで笛のようにいくつもの穴が開いていた。不思議な剣だ。

 剣のような笛というべきか、笛のような剣というべきか。とにかく、彼の奏でる音色はとても悲しく、切ない調べだった。まるで、弱者の悲鳴のような、細くかすれて、人の心に訴えかけるような微かな音色。

 ファウファーレの後ろ脚に何かが触れた。首を振り向けると、倒れていたはずのバングルゼが目を見開き、ファウファーレの脚をつかんでいたのだ。

「キャアアア!」

 咄嗟にファウファーレは後ろ脚を蹴り上げ、バングルゼを振り払った。

 周囲にたくさんの気配が生まれた。

 周りを見ると、ゴーカクが、カネスタが、チューリーが、そしてサクスが、死体だったはずの者達が起き上がってファウファーレに迫ってくる。

「あ、あなた達、どうして! もしや悪霊になったの!?」

 ファウファーレが殺してきた者達は、生気を感じられない表情で彼女を見つめている。

 そのとき、耳に入る笛の音がやんだ。

「違いますよファウファーレ殿。これはあなたの心が生み出した、あなた自身の罪の意識なんですよ」

 カネスタとチューリーの向こう側で、アンヴォスは言った。

「何なのよ一体これは!」

 たまらずファウファーレは叫んだ。まさかアンヴォスは、ファウファーレの心の中に芽生えている罪悪感の存在を認めろとでも言うのだろうか。

 今更そんなことをしたところでどうしようもない。共に冥界の頂点に君臨するというリアルの話に乗り、『錬金術』の片鱗を受け取り、サクスの体を改造したのだ。ウィーナを排するため。もう後戻りはできない。行きつくところまで行くしかないのだ。

「ファウファーレ殿! 一刻も早く墓を掘り、彼らの魂を安らげねば。でないと、あなたの野心の犠牲になった彼らによって、あなたの心は食い潰される!」

 アンヴォスは再び短剣の刀身を口元に運ぼうとした。服の袖が下がり、真っ青な鱗に覆われた彼の手首が露出する。男のものとは思えない白魚のような掌の肌と細い指、手首の硬質な鱗。強烈なコントラストが短剣の刃と共に暗闇に輝く。

「その笛の音をやめろ!」

 ファウファーレは背中の翼を広げ浮遊した。そして、亡者達を飛び越えてアンヴォスに躍りかかった。

 しかし再びアンヴォスは姿を消した。その代わりに、距離を置いたはずの亡者達がその血まみれの体をファウファーレにまとわりつかせる。

「貴様ら! 来るな、触るなあああ!」

 ファウファーレは翼に魔力を凝縮させ、その場で羽ばたいた。翼から広範囲に渡って光の波動が放出され、亡者達を吹き飛ばす。相も変わらず悲しい調べは闇の中を流れ続ける。

「さあ、ファウファーレ殿! 彼らを弔いましょう。俺も手伝います」

 再び背後からアンヴォスの声。そしてファウファーレの目の前にはいつの間にかスコップが横たわっている。

「黙れ! 私はリアルに会いに行くのよ! 邪魔しないで!」

 リアルにさえ会えればまだ希望はある。それまでは何としても逃げのびねばならない。

「あなたの心は正反対のことを言ってますよ。私はリアルに見捨てられたってね! それでもまだそのリアルって奴にすがる気ですか!」

「あなたに何が分かるのよ! あなたに何が……」

「俺はあなたの中にいる。ここはあなたの心の中だ。俺にはあなたの心の声が全部聞こえる」

「私の、心の中?」

 どうりで真っ暗闇なはずだ。自分の心となれば納得がいく。この闇はファウファーレの心に相応しいものだった。

「ファウファーレ殿。委員会の追手が迫っている。死んでいった彼らを弔って、リアルのことは諦めて、遠くに逃げてくれませんか」

「何であなたがそんなこと言うの?」

「あなたには死んでほしくない。俺はあなたの、変わってしまった心を斬りたい。あのリアルって奴があなたを変えてしまった」

 そのアンヴォスの言葉を聞いて、ファウファーレは唇を歪めて笑った。

「お生憎様。私は元々こういう女なのよ。それはあなたが一番よく知ってるはずよ、アンヴォス」

「覚えてないですか? あのときのこと」

「はあ?」

「俺は任務のとき、あなたに命を助けてもらったことがある。あなたは誇り高く、美しく戦っていた!」

 もちろんファウファーレもアンヴォスを助けたことは覚えていた。しかし。

「忘れたわ。そんなこと」

 ファウファーレは振り払った。今更そんなことを話しても詮無いだけである。

「あなたの心は覚えてます。お願いですから、ここで心の整理をつけて、逃げて下さい」

「今更どこに逃げろっていうの? 私にはもうリアルについていくしか道はないの」

「俺と、では、駄目ですか?」

 アンヴォスは苦しそうな顔をして、言葉を絞り出した。

「あなた、何を言ってるの……」

 今更。

「俺があなたを守ります。あなたが以前の心に戻ってくれるのなら。いや、俺があなたの心を取り戻してみせる。あなたがたくさんの仲間を裏切って殺した人だったとしても構わない。俺はウィーナ様や委員会に追われることになったって構わない。だから!」

 アンヴォスの熱を帯びた語調とは対照的に、ファウファーレの心は冷めていた。この男の申し出には、何の惹かれる所もなかった。

「……悪いけど、少なくとも私は、人の心の中に土足で立ち入るような男なんてあり得ないから」

 ファウファーレは、周りの亡者達を見回しながら言い捨てた。アンヴォスは両目をつぶって大きく溜め息をつき、深くうつむいた。

 そして、顔を上げたとき、その表情は固く険しいものへと変貌していた。

「そうですか……。あくまでリアルを選び、冥界の、ウィーナ様の敵となりますか……。残念です。だったら、委員会の連中の手にかかるくらいだったら、俺の調べであなたを斬ります。心もろとも!」

 アンヴォスが再びあの短剣で音色を奏でる。曲が先程のものとは違うが、メロディーを支配しているものは一貫して悲しみであった。

 バングルゼが、チューリーが、カネスタが、ゴーカクが、サクスが、それぞれの武器をてに襲いかかってくる。

「くっ!」

 たまらずファウファーレは翼を羽ばたかせ上空に飛翔した。しかしサクスも背中の翼を広げ追いすがってくる。

「っつ、()ってええええええ!」

 突然アンヴォスの悲鳴が聞こえた。その瞬間、サクスの動きが止まった。ファウファーレはその隙を見逃さず、前脚を伸ばし急降下した。蹄をサクスの顔面に思いっきり打ち込み、地面に叩き落とした。

 アンヴォスの方を見ると、彼は演奏をやめて口を手で覆っていた。

()って、唇切った。うわ、めっちゃ血出てるし!」

 どうやらあの笛の剣を奏でているときに、刃が口に当たって出血したようだ。どうやら相当に扱いが難しい笛らしい。

「バッカじゃないのあんた?」

 ファウファーレは拍子抜けしてしまい、呆れて言った。

 だがそれだけでは終わらない。ファウファーレを襲っていた亡者達が、打って変わってアンヴォスに向かっていったのだ。

「しっかり吹けやこのドアホ!」

「そらこんな笛吹いたら口切るの当たり前やろが!」

 亡者達は何故か唐突に西部訛りのような口調でしゃべり出し、よってたかってアンヴォスをタコ殴りにし始めたのだ。

「ひゃああああ! 何で俺が攻撃されるのおおお?」

 ファウファーレはアンヴォスが亡者達にボコボコにされている様子をただ傍観することしかできなかった。

 そして、闇に覆われた心の世界のそこかしこに真っ白な亀裂が走り、景色は砕け散った。



 ファウファーレが目を覚ましたのは、オッカー・ネ・モッチーノ爆爵の屋敷の一室であった。どうやら、あれから疲れ果ててまどろんでしまったらしい。

 悪夢を見た。

 今回の計画で亡き者にした者達がファウファーレを追い回す夢だった。亡者達をけしかけてくるのはアンヴォスだった。

 そうとう精神的に参っているようだ。ファウファーレともあろう者が情けない。彼女はそう自分に言い聞かせて、体を奮い立たせた。

 そのとき、彼女の部屋にピンク色の魔力の蝶が壁をすり抜けて入ってきた。情報を収集する機能を持った蝶で、彼女の情報魔法の産物である。

 その蝶がファウファーレに語りかける。委員会がこの屋敷に追手を差し向けたと。

 なぜここがばれたのかは分からない。

 少なくとも分かることは、夢の中でのアンヴォスの警告は本当だったということだ。だとしたら、あの夢は、本当にファウファーレの心の中の出来事だったのだろうか。

 とにかく、ここにいたら危ない。

 リアルと共に歩まない限りは自分に残された道はないのだと自分に言い聞かせ、ファウファーレは屋敷を後にした。


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