表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第7章 復活の女神
74/98

第73話 アメリカーン・ドリーム

 ウィーナと、彼女が率いるウォーン、ジョブゼ、ロシーボは冥王の城の玉座の間にいた。

 城は数日前の武力衝突でところどころが崩壊しており、兵士達が必死になって修繕作業を行っているところだった。その復旧作業の下では、ついこの前敵対していた正規軍と反乱軍の区別は最早なかった。

 大神官キヌーゴの『王位継承』の儀式によって、アメリカーンはヘイト・スプリガンことカマセーヌから王位を改めて受け継ぎ、再び冥王の座を取り戻した。

 冥王の座を譲り渡したカマセーヌは、新たなる冥王自らの手によって再び死者へと戻り、安らかな眠りについたということだった。

 大神官キヌーゴは、今回の反乱の首謀者であった。しかし、儀式を執り行いアメリカーンを冥王の座へと戻した功績や、多数の将兵や神官達の助命嘆願によって死罪は免れた。そして、冥王から『名誉大神官』の称号を賜ったという。現在、名誉大神官の執務として、城の庭園の草むしりや、皿洗いや洗濯などの雑用をやらされているそうだ。所謂懲罰人事であろう。彼の場合、命が助かっただけでもありがたいというべきか。

「ヘイト・スプリガンの一件、解決した。報酬の100万Gを頂こう」

 ウィーナは冥王に言った。これだけの報酬があれば、協力してくれた部下達や、死んでいった者達の遺族に十分な額を渡すことができる。

「マイハニー! 生きて会えてグッジョブデース!」

 冥王は、王位を継承したことにより王族の言葉づかいに戻っていた。

「前置きはいい。さっさと報酬を寄こせ」

 冥王はウィーナのぶっきらぼうな態度に多少面食らった表情を見せ、肩をすくめた。

「いいでしょう。バリアナ!」

「ハッ!」

 冥王の呼びかけに応じて、執政官のバリアナが小切手を持ってこちらに歩み寄ってきた。肌が鱗に覆われた半魚人のような女性で、死んだ諜報部の恥骨の後を引き継いで依頼人になった人物だ。

「ご苦労さま。あなたのおかげで冥界は救われたわ。ひとまずね」

 バリアナはその大きな眼をぎょろりと輝かせて分厚い唇で微笑み、小切手を差し出した。

 ウィーナは小切手を丁寧な手つきで受け取り、鎧の内側にしまった。

「ああ。ひとまず、な」

 ウィーナの頭の中に、ハイムの報告から聞いたリアルという名が想起された。

 しかし、それも少しの間だった。すぐに頭を切り替え、ウィーナは鎧の内側から鍵を取り出し、バリアナに手渡した。彼女から借り受けた時空の塔の鍵のレプリカである。

「鍵を返す。助かった」

「ありがと」

 ウィーナとバリアナはお互い笑みを交わした。

「OH! ハニー! ミーにもスマイルプリーズ!」

 冥王がだだをこねる。

 駄目だこいつ。変わってない。

 ウィーナは溜息を漏らした。

「……私の用は報酬を受け取ることと、新たな依頼の提案だ」

 ウィーナは話を切り出した。冥王もおふざけモードからにわかに真剣な顔つきになる。周囲に控える兵士や神官、玉座の側に控える大臣を初めとする重臣や諸侯の面々、執政官達も険しい表情だった。

「新たな依頼、デースか……」

「冥王よ、『リアル』についてどう思う?」

 ウィーナの率直な問いに対し、冥王はしばし沈黙した後、重々しく口を開いた。

「残念ながら、分かりまセーン。バット、このアメリカーンの目の届かぬように冥界でここまで大規模な企てを立てたということは、只者ではないと思っていマース」

「フン、情けないな。側近の四天王に反旗を翻されるのも、むべなるかなと言ったところか」

「あんた、ちょっと言い過ぎだよ!」

 ウィーナの物言いに対して、玉座の脇に立つ冥王四天王のひとり、アツアーが苦言を呈した。普段は自由で飄々とした男のようだが、他の部下も大勢いる手前、公な場でのこのウィーナの物言いは流石に看過できなかったのだろう。

「……仰る通りデース。これは全てミーの責任。だから、今回の一件もミーがショルダーを付けマース」

「ショルダー?」

 時々、冥王の言葉は意味不明なフレーズが飛び出す。こんなことなら王の座を引きずり降ろされたままの方がよかったのではないだろうか。面倒臭い。

「片を付けるって言いたいんでしょ」

 ウィーナの横で跪く(ウィーナは立って冥王と対等な立場で話しているが、他三人は流石にそれでは頭が高いので、跪いている)ジョブゼが、小声で補足してきた。

「ハニーの部下達がやってくれたリレー作戦! ハイパースーパー感謝してマース。しかし、ここから先はこのアメリカーン自らの手で収めマッス」

「なるほど。王の威厳を保ちたいということか」

「NO。ミーが自分でやればタダですから」

 冥王の言に対し、ウィーナは少しだけ表情を曇らせた。

「冥王。お前にもし万が一のことがあれば全ての死者が集うこの世界はどうなる?」

「我はこの冥界において全知全能の王。万が一などあり得ぬ」

「喋り方」

 ウィーナはすかさず指摘してやった。

「OH! ミーはこの冥界において」

「言い直さんでいい」

「トーニーカークー! ユーは戦わなくてOKデース! それにユーは未だ女神としてのパワーの戻らぬ身。どうしてフューチャーの妃をみすみす危険に晒しマースか?」

「下界が戻った。すぐにでも力は戻る。下界の民の声を聞き届けることができるあの指輪さえあればな」

「いいえ。マイハニーは、是非この城で、最強の騎士・アツアーの厳重な警護のもとで」

「必要ない。指輪を渡してもらおう」

「What?」

「とぼけても無駄だ。最後の神器。『破理はりの指輪』。お前が持っていることは調べがついている。私は、今日、今ここで、やっと女神に戻れるのだ」

 勝利の女神の三種の神器。聖剣ジーク、霊鎧(れいがい)サリファ、そして破理(はり)の指輪。

 女神の起こす奇跡を増幅させる指輪があれば、下界の人々の祈りを汲み取り、もとの女神に戻ることができるのだ。

 いよいよだ。半年ぶりである。いつもは極めて冷静なウィーナが、内から湧き上がる衝動と興奮を抑えられなかった。この半年、無力感に打ちひしがれてきた。今までの汚名、屈辱、周囲の人物からの借りを一気に返上できるのだ。

「I don’t know!」

 すっとぼける冥王。しかし、彼が持っているのは間違いない。ウィーナの部下には優秀な諜報員もいるのだ。

「ふざけるな! 渡してもらおう」

 冥王はしばし言葉を溜めた後、口を開いた。

「……確かに持ってマース。我々で発見しました。何かの折には返そうと思ってマーシタが」

「私の指輪だ。返してもらおう。そしてリアルは私が倒す」

 ウィーナは毅然とした態度で言い放った。周囲がざわめき出す。

「……そ、それは、婚約指輪ということでいいのデースか!」

 冥王の口からとんでもない発言が飛び出した。

「……よく聞こえなかったぞ。今何と言った?」

「リアルを何とかして、この冥界に秩序が戻った暁には、ユーを我が妃に! それでいいなら渡しマース!」

 巨大な冥王は、巨大な口から唾をまき散らしながら必死に言った。

 周囲のざわめきが一層大きくなる。

「はあああああああ!?」

 ウィーナは叫んでいた。

「ウィーナ! あなたが好きデース! ミーの伴侶となってクダサーイ!」

「はああああああああああっ!?」

 女神の力を取り戻す最後の関門として、冥王が立ち塞がった。

「冥王、それは公私混同というものだ。恥を知れ」

 ウィーナは苦々しげに切り出す。完全に足元を見られてしまった。

「お願いシマース!」

 冥王は巨大な掌を広げ、腕を前に差し出した。すると、柔らかく明るい光がその掌に立ち込める。光はやがて収束され、掌には一つの指輪が置かれていた。

 冥王は巨体をゆっくりと揺らしながら、玉座から立ち上がった。すると、彼の体はみるみる内に収縮し、活動時の人間大の大きさになる。

「冥王」

 同じ高さの目線になり、彼の目を見て思わず声が漏れる。

 そして、冥王は静かにウィーナの前に歩み寄ってきた。

「さあ、これを」

 差し出された破理の指輪。シンプルなシルバーのリングに刻まれた天界のエルツォット語の呪文。本来の主を前にしたからだろうか、指輪は心なしか躍動ある輝きを帯びて見えた。

 周囲は緊張の沈黙に包まれた。いつも斜めに構えているジョブゼすら、この状況には閉口せざるを得ないようだ。

 ウィーナは目をつぶって考えた。この男は人格的に好きになれない。自分好みの女を親衛隊などと称して侍らせているのも気に食わない。何より、彼女自身の心の中に、冥王に対する恋愛感情がない。

 しかし、冥界の危機が迫っているこの状況において、自分の感情を優先していいものだろうか。力と引き換えの婚儀。これも一つの政略結婚なのだろう。

 今は悩んでいる暇はない。まずは、道を切り開くための力だ。犠牲になるのは自分だけだ。他人に迷惑はかけない。

 ウィーナは瞼を開き、冥王の目を見つめた。少なくとも、彼の目には真摯な態度が見て取れた。だからといって、彼を信じる気にも気休めにもならないが。

 ウィーナは、静かに手を伸ばして指輪を受け取った。

「姉上!」

 後ろから弟の慌てたような声が聞こえたが、構わずウィーナは指輪を左手の人差し指にはめた。

 冥王は、ただ黙ってその様子を見据えていた。

「……今こそ、この破理の指輪を通し、信ずる者達の願いの力と声、我が魂、我が体に注ぎ込まん」

 左手を静かに、頭上に掲げた。指輪がにわかに、目を焼かんばかりの光に溢れた。そして、周囲には讃美歌のような澄んだ音色が響き渡る。

「うおっ!」

「こ、これは!」

 冥王とウィーナを除く部屋中の人物が、その光に動揺し、目を覆った。

「姉上の力が……。女神に戻ろうとしている」

 ウォーンの期待に溢れた声が聞こえてきた。

 ウィーナの体中に半年前の感覚が蘇って来る。王女メルーリアの夢の世界から解放された下界の民の思いが、ウィーナの体中に注ぎ込まれる。

 そうだ。私は女神だった。そんな台詞が頭を過った。

 指輪の光が消えていく。周囲の視界が開けると共に周りを支配する音色は消え、周りの喧騒が耳に入ってきた。

 気がつけば、ウィーナには本来の力が戻っていた。掲げた左腕を静かに下げる。

 ウィーナは大きく息を吸って、静かに吐き出した。そして、背後の部下や弟に向き直った。

「みんな、世話をかけたな。もう大丈夫だ」

「やった、やったぞー!」

 ロシーボがガッツポーズをしながら喜んだ。ウォーンも安堵に口元を綻ばせた。

 ジョブゼは、表情の変化に乏しく、何を思っているのかは計りかねた。

「新たなる冥界の王妃の誕生だ!」

 アツアーが高らかに宣言すると、周囲の大臣、執政官、更には護衛の騎士や兵士達も喜びの完成を上げた。

「マイハニー!」

 冥王が皺の刻まれた威厳ある顔に笑みを浮かべ、ウィーナの手を取ろうとする。

「待て待て!」

 ウィーナはその手をするりとかわし、冥王と距離を置いた。

「えっ……」

 きょとんとする冥王。周囲の歓声もしぼんでいき、一転して周囲は張りつめた雰囲気になった。

「これは、本来私の指輪を返してもらっただけだ。お前は拾った指輪を婚約指輪として渡すのか?」

「うっ……」

 にわかに冥王がたじろいだ。

「こういうのは自分の金で買うものだ。違うか?」

 ウィーナは、人差し指にはめた指輪を冥王に見せつけた。

「し、しかし。ぐぬぬ……」

 冥王は歯を食いしばった。

「お前飛べるか?」

「What!?」

「飛行魔法は使えるかと聞いている」

「もちろん。私を誰だとシンキングデースか?」

「指輪を買いに行くぞ。一緒に選ぼう」

「へ?」

 冥王が口をあんぐりと開けた。

「えええええっ!」

 後ろにいるロシーボが絶叫した。

「行きつけの店があるから、そこに行くぞ。オーダーメイドがいいな」

 ウィーナは冥王に挑戦的な視線を浴びせた。冥王はあまりに予想外なウィーナの反応に、情けなく口元を震わせていた。

「何言ってんのアンタ?」

 ジョブゼの呆れたような声が背中に刺さる。

「ジョブゼ! 言葉を慎めって!」

 慌ててロシーボが言葉づかいを注意した。

 そんなやりとりをよそに、ウィーナは部下の顔を見回しながら口を開いた。

「そういうことで、私はこれから宝石店に行く。すぐに戻るからお前らはここで待て」

「あああああ姉上!? 今行くって!? 冗談ですよね?」

 ウォーンが目を飛び出さんばかりに丸くして詰め寄った。

 ロシーボも狼狽するばかりだった。

 そんな中で、呆れたように冷めた態度を取っていたジョブゼだけが、はっと勘付いたように、固く結んだ唇を少しだけ浮かせた。

「ウィーナ様、まさか」

 ウィーナは一瞬だけジョブゼに対して笑みを見せ、冥王に振り向いた。

「行くぞ。共に」

 ウィーナは不敵に微笑んだ。もし本当に自分を妻に迎えたいのなら、共に命を賭けて戦ってくれるだろう。

 ウィーナの表情と言葉から、冥王はウィーナの言わんとしていることを汲み取ったようだ。

 最後の戦い。

「OK」

「よし」

 ウィーナは飛行魔法を念じた。背中に光の翼が出現する。力の戻った証。

 開いている窓を探し、そこから冥界の漆黒の天空へと全速力で飛び立った。「ウィーナ様!」とロシーボの声が聞こえてきたが、もはや振り返らない。

 外へと飛び立ってすぐに、冥王も迷いなくその後を追随してきた。

「言葉自体は本当デースか?」

 空を切って飛びながら、横に並んだ冥王が訪ねてきた。

 ウィーナは流し目で冥王を見遣り、鼻で笑った。

「拾った指輪を返されて婚約指輪と言われてもな」

 あえてどうとでも解釈できる返答ではぐらかし、ウィーナは冥界の果てへと飛んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ