第67話 何を償い、誰に償う
シュロンの死体が消えていた。
その報告は、メクチェートに不安を、フィーバに大きな動揺をもたらした。
慌ててフィーバがハッシャーに問いかける。
「死体が消えたってどういうことだ?」
「もうなくなってたんです。あそこに」
「本当になくなってたのか? 見間違いじゃないの?」
フィーバが質問を重ねる。
「間違いありません。この目でしっかりと確認しました。影も形もなくなってたんですよ」
「本当に見間違いじゃないんだな? 死体が消えてたんだな?」
「はい」
「念の為もう一度確認してきてよ」
フィーバのその言葉を受け、ハッシャーの片方の目尻がピクッと震えた。表情全体も引きつる。
「いや……。無理です」
「何でだよ? もう一度ちゃんと確認した方がいいじゃないか」
「無理です! 行けません!」
「だから何で無理なんだ。訳を言えよ」
フィーバが苛立った様子で詰問した。
「シュロン殿が生きてて、屋敷の中をうろついているかもしれません。会ったら殺されます」
ハッシャーの泣きそうな言葉を聞いて、メクチェートはあの大広間にバラバラに散乱したゲッケンの死骸を思い出した。もし彼女と遭遇したら、自分達もゲッケンと同じ運命を辿ることとなるだろう。
「そ、それじゃあフィーバ殿様子を見に行ったらどうです? ほら、ここは中核従者殿が上司として率先して」
「いや、無理無理無理! 行けない! 無理! 殺される!」
フィーバが顔を真っ赤にして拒否した。ウエスタンハットを押さえ、激しく頭を振り乱しながら躍起になっている。酷い動揺ぶりだ。
「ほら、やっぱフィーバ殿だって怖いんでしょ」
ハッシャーの軽蔑の眼差しがフィーバに向けられた。
「ああーどうしよう、どうしよう」
フィーバがメクチェートの方に向いて弱々しく言った。
「待て、とりあえず落ち着いて冷静に考えよう」
メクチェートは椅子に座ったまま腕を組んで、思案を始めた。
とりあえずシュロンが復活したという最悪のケースを想像して考えるべきだろう。禁呪を紐解いて圧倒的な力を手に入れ、ウィーナに対して牙をむいたシュロンだ。先程戦ったサクスとどちらが強敵かは不明だが、まず自分達で勝てるような相手ではないだろう。
ならばどうするか。ここで動かずじっとしているか、ウィーナを何とか外に連れ出すかだ。しかし、あの強大な魔力を持つシュロンが禁呪で更に強くなっているのだ。そう簡単に逃がしてもらえるかは甚だ疑問だ。
「ああー……。こうやって怖がってても仕方ねえかあ。うう、でもな~。今日で俺の人生が終わるかもしれないって考えると……。ああ~どうしよ、どうしよ、メクチェートーッ!」
フィーバがうつむいてぼそぼそと独り言をつぶやく。そして、ややあって「俺とハッシャーでジャンケンして、負けた方が偵察しに行くか」とぼそりと切り出した。
「だから、ここは上司が率先して行ってくりゃあいいじゃないッスか! それに何でメクチェート殿は外すんですか」
ハッシャーがフィーバに食ってかかる。
せっかく一度は拾った命。彼も死にたくなくて必死のようだ。
「そりゃしょうがないだろ。だってメクチェートにもしものことがあったらウィーナ様の毒を治療できる奴がいなくなってしまうからな。ここは大して戦力になってねえ俺達でジャンケンでしょ」
フィーバが自分の両膝をがっしりとつかみながら両肩をいからせ、ウィーナの方へ視線を向けた。仮死状態の彼女は両目を閉じ、無表情で、静かに眠っていた。
「だから何で俺なんですか。ここはフィーバ殿が行ってくるべきじゃないですか」
ハッシャーが反論する。
「ちょっと待って。様子を見に行く必要はない。シュロン殿はウィーナ様を狙って動くだろう。だとしたら、ここで待っていればいずれ出会う」
メクチェートが口を挟み、言い合っている二人を制止した。
「やはり、ウィーナ様をここから連れ出すしかないですかね? メクチェート殿はウィーナ様を他の場所へ転移させたりする魔法使えないんですか?」
ハッシャーは藁をもすがる様子であった。確かに、悠長に構えている猶予はないだろう。
「できたらとっくにやっている」
メクチェートは顔をしかめて答えた。この場にいる全員を一瞬で他の場所にワープさせるような魔法など彼には使えなかった。
そのとき、ウィーナの寝室の中央に、突如として光が発せられた。
「うわっ!」
フィーバが声を上げる。
光は円形に広がっていき、絨毯に回転する魔方陣を描き出す。
「来る!」
メクチェートは強い魔力がすぐそこまで迫っていることを肌身に感じた。サクスなど問題でない、遥かに強大で、禍々しい気配を放つ底知れない魔力だった。
「くっ!」
突如、ハッシャーが身を反転させて部屋の出口へと疾走し、そのまま廊下へと姿を消した。押し寄せるプレッシャーに耐えきれず逃亡してしまったのだ。
「ハッシャー!」
逃げるハッシャーの背中を見送ったフィーバが叫んだ。そして、悔しそうな表情で歯を食いしばり、メクチェートに目を移した。メクチェートは表情を一切表に出さず、ただ無心に、床に広がる魔方陣を見据えていた。
フィーバが部屋の出口へと走った。そして、廊下へ飛び出す前に再びメクチェートに振り向いた。苦しそうな顔つきをしている。
「お前はどうする?」
フィーバの問いかけに対しメクチャートは沈黙の回答を送った。この場を動かぬという意思表示。
魔方陣の上に、光に包まれた巨大なシルエットが出現し、メクチェートの視界を遮る。
フィーバの足音が廊下に響き渡り、すぐに遠ざかっていく。その音が消えたとき、メクチェートの眼前には一体の女性の魔物が存在していた。
滑らかで透き通るような白い肌、煌びやかな宝石をあしらった、胸周りや脇腹の一部に張り着いただけの衣装を纏った扇情的な女性の上半身。その肩口からはそれぞれ三本の腕が並列して生えている。
下半身は鱗の一つ一つ全てがエメラルドそのものであるかのように光り輝く大蛇。人の姿をしていたときは下ろしていた髪の毛を髪留めで結い上げている。
床下から広がる魔方陣の光に反射して、彼女を彩る腕輪や首飾り、髪留めなどの宝石や、艶のある尻尾の鱗が星空のように煌めいた。
精巧な人形のような整った顔立ちをこちらに向け、長い尻尾をゆっくりと蠢かせるその様相は、一目見た者を圧倒させ、背筋を凍りつかせるほどの美しさとおぞましさを秘めていた。聞いた話では、ロシーボに顔を何度も刺されて死んだとのことだったが、顔はおろか体中のどこにも傷らしい傷はなかった。魔法で治療したか、自然に肉体が再生したのであろう。
思わず固唾を飲んだ。メクチェートは眼前の存在が、先程戦ったサクスなどよりも何倍も恐ろしい存在だということを理解した。その上、サクスと戦ったときのような奇跡にももう期待はできない。
見下ろすシュロンと見上げるメクチェート、数秒の間、重い沈黙が場を支配した。
そして、シュロンが静かに口を開いた。
「……あなたは逃げなくてもよかったの? あの者達のように」
「私にはやらなくてはならないことがありますので」
ウィーナの毒を浄化して、復活させること。そして、たとえ何者が相手であろうとウィーナを死守すること。それができるのは、もう自分しかいなかった。
「ウィーナ様を仮死状態にしたのね」
「はい」
シュロンは、一目見ただけでウィーナが完全に死んでいないということを見抜いたらしい。彼女の固かった顔立ちが少しだけ綻び、安堵の様子が見て取れた。
「よくやったわ。メクチェート」
シュロンが腰を滑らかにくねらせると、それに連動して尻尾もゆったりと床を這い進む。徐々に両者の距離が狭まっていく。
「ここから先に行かすわけにはいきません」
メクチェートがシュロンに杖を向ける。
「何もかも知っていますのね」
「はい。話は聞いています。あなたが今日の夕刻、この屋敷で何をしたのか。全て知っております」
「そう……」
シュロンは悲しそうな眼差しを向けた。禁呪に手を染めて異形化したおぞましい魔物がこんな悲しそうな表情を作り上げることに、メクチェートは不快感を覚えた。
「お引き取りを」
メクチェートが言い放った。
「そうはいきませんわ。ウィーナ様の危機ですもの。毒にも侵されているようですわね。わたくしなら一瞬で治療して差し上げられますわ」
「何を言うのです。ウィーナ様を呪術の生贄にして、自分が代わりに女神になろうとしたのでしょう?」
「その罪は……。あなたに許してとは言いませんわ。でも、今ウィーナ様のお役に立てるのはこのわたくしだという自負も持っていますの。今こそわたくしの力を、勝利の女神の復活の為に。さあ、メクチェート、お願いだからわたくしを通してちょうだい」
「何を今更虫のいいことをおっしゃるのです。ウィーナ様の治療であれば私にもできます」
「なら、なぜさっさと治して差し上げないの? 今もウィーナ様には毒が回っていて苦しんでらっしゃるというのに」
「生憎、私の力では毒を洗い流すのに時間がかかるのです」
「わたくしなら一瞬よ」
「シュロン殿、私の了解なんて取らずに、力づくで私を殺してここを通ればいいでしょう」
戦っても、絶対に勝てない。しかし、仲間を惨殺し、ウィーナの神の座を奪い取ろうとした者にこの道を譲ることはできない。覚悟はもうできている。
「わたくしに、これ以上罪を犯せと言うの?」
「さあ? そんなことは知らない。私は、ウィーナ様をお守りする役目がある。そしてあなたはウィーナ様に牙をむいた者。敵だ。ただそれだけです」
「そう。あなたの言いたいことは理解しましたわ。でも、わざわざあなたを殺さなくても、ただどいて頂くだけで十分ですのよ?」
シュロンの太くて長い尻尾がメクチェートに向かってゆっくりとにじり寄ってきた。
「せえええいっ!」
やるだけ無駄なのは重々承知だった。しかし、ウィーナ本人がシュロンを許さない以上、部下の自分の独断でシュロンを許すことなど許されない。そしてその者の力をむざむざと借りることなど。
メクチェートの掲げた杖が光りだす。植物属性攻撃魔法『フラワーブレード』。杖の先端に魔力を流し込むと、彼の周囲に魔力で形成された赤い花びらが吹雪のように幾重にも舞い散り、目の前のシュロンに向かって飛んでいく。
「貴重な魔力でしょう? 無駄なことはおよしなさい」
攻撃は全く通用しなかった。分かっていたことだが。花びら達はシュロンに襲い掛かったが、彼女の生身の肌に傷一つつけることができなかった。
「気に食わないなら、私を殺して進めばいいと言っている。あなたなら造作もないことだ。どうせもう、この屋敷で生きているのはあなたと私、そこにいるウィーナ様。もうそれしかいないんだ」
「ごめんなさいね。ちょっとどいて頂きますわ」
太い尻尾がメクチェートに押し寄せ、彼の体に絡まってきた。ぐるぐる巻きにされ、あっという間に体の自由を奪われるが、運よく片腕だけは尻尾の束縛から逃れた。
メクチェートは唯一自由に動く片腕を上に伸ばした。服の袖が下がり、緑色の肌をした腕が姿を見せる。露わになった彼の腕の肌は、まるで蓮の花の花托のように、ぶつぶつとした無数の穴で覆われていた。そして、その無数の穴から数多のツルが勢いよく放射され、シュロンの首を絞めつける。
そして、彼女を絞めつける触手が割け、そこから灰色の粘液で覆われた無数の蛭や蛆が姿を現し、彼女の肌を食い破って体内に潜り込もうとする。メクチェートが体内に飼っている蟲達。共生関係にあるパートナーである。
「ちょっ! 気持ち悪いじゃないの!」
シュロンは体中から魔力のオーラを全方向に発散させると、蟲もツルも一瞬の内に消し飛んでしまった。
「そういうのはおよしなさい! わたくし、虫とか蛇とか、そういうの本当に駄目なのよ!」
メクチェートに巻きついている尻尾の締め付けが若干強くなった。
「うぐぐぐ……。あなた自身、下半身が蛇じゃないですか。なのに蛇が苦手っておかしいでしょうが!」
この状況下でメクチェートはツッコミを入れた。
「わたくしの尻尾はいいのよ! 鱗だってツヤツヤで綺麗じゃないの! 他の蛇は気色悪くって駄目なんですの! って、今はそんな話をしている場合じゃなくってよ」
シュロンはウィーナに向けて手を伸ばした。彼女の掌から、メクチェートのそれとは比べものにならないほどの強力な、神聖な癒しの魔力が発せられた。
こんな禍々しい姿の魔物に、自分の専門分野である聖属性の回復系統の魔法で後れをとったという事実。みるみる内にウィーナの血色がよくなり、メクチェートは少なからずショックを受けた。
「……それほどまでの力があって、どうしてあんなことをしでかしたんですか。あなたがずっとウィーナ様の忠実な部下として行動を共にしていれば、ウィーナ様が行っていた冥界を救うための作戦だってもっと有利に進められただろうし、何よりさっきの戦闘でもここまで仲間が死ぬことなんてなかった」
「そ、それは……」
シュロンが再び悲しげな顔つきをして、メクチェートを見遣った。
「まさか、ゲッケンを殺して、ウィーナ様や他の仲間達に襲いかかったことだけがあなたの罪とでも? 冗談じゃない。もしあなたが味方のままだったら、さっきのサクスなんて簡単に倒せただろう。あなたが大広間で倒れている間に、一体何人死んだと思ってるんですか? あなたさえいてくれたらこんなことにはならなかったのに。ウィーナ様もこんな毒に蝕まれることだってなかったろうに。あれほどまでに忠誠を誓っていて、誰よりも力を持った存在であるシュロン殿が、肝心のあなたが、一体どうしてあんな愚かな行為に走ったんですか? あなたの行為によって、直接的にゲッケンが、間接的にウィーナ様を含む大勢の仲間が死んだり窮地に立たされた。だから私は許せない。メクチェート個人として許せても、ワルキュリア・カンパニー中核従者としての立場ある限りあなたを絶対にウィーナ様に近づけることはできない」
「メクチェート。分かっていますわ。それは分かっていますの。お願い。許してとは言わないわ。わたくしが、ウィーナ様のお膝元に行くことを肯定して頂きたいだけなの」
「立場上私は首を縦に振れない。それに、それは私に尻尾で巻き付きながら言うような言葉ではない。と言っても、もはや私にははあなたをどうすることもできませんが。……好きにすればよろしいでしょう」
メクチェートは最早抵抗する気も失せていた。
「ウィーナ様……」
シュロンは、沈鬱な表情を維持したまま、ウィーナに繊細な眼差しを送っていた。そして、それから実に数分もの間、沈黙が続いた。シュロンは尻尾でメクチェートを縛ったまま、ずっとウィーナを見つめて何かを考え続けていた。メクチェートもどうすることもできずに黙っていた。
そして、ゆっくりとした動作でシュロンはメクチェートの方を向いた。尻尾の力が弱まっていき、するりとほどけた。自由の身となるメクチェート。
「メクチェート、毒は完全に消しましたわ。仮死状態を解くのはあなたにお任せするわね」
「どういう風の吹きまわしですか」
「わたくしはまだウィーナ様に顔を合わせる資格はない。わたくしは、一階の、大浴場にいますわ」
影を落とした様子でシュロンが言った。
浴室に何をしに行こうというのか。メクチェートは苦々しい思いを胸にシュロンを見上げる。
「こんなときにひとっ風呂浴びようってことですか」
「そんなところかしら。後は頼みましたわよ」
シュロンは尻尾をくねらせて、ウィーナの寝室を後にしようとする。何をする気かは知らないが、少なくとも言葉通り入浴しにいくわけではないだろう。
「転移魔法で行かないんですか?」
メクチェートが何気なく質問した。
「いいえ。ウィーナ様のお屋敷の、この惨状を改めて目に焼き付けておこうと思ったの。あなたが言ったように、このわたくしがウィーナ様のお側にいたなら、決して敵にこんなことはさせなかった。そのことをこの胸に刻みつけておきたいのよ。血に染まった屋敷の床を、この長い尻尾でしっかりと這ってなぞることでね」
シュロンはたくさんの腕を軽く広げ、自らの尻尾を見渡して言った。
「はあ……そうですか……」
メクチェートが素っ気なく言うと、シュロンは廊下に姿を消した。
仮死状態を解いたら、ウィーナの体に生命の動脈が蘇った。毒が回っていたときの顔色の悪さは嘘のようだった。気持ちよさそうな寝息を立てながら、すやすやと安らかに眠っている。
今までぶっ続けで冥界を背負って戦ってきたのだ。しばらく、このまま眠って疲れをとってもらおうとメクチェートは思った。
メクチェートは一階の大浴場に向かった。血塗られた大広間の惨状を通り過ぎ、浴場へと近づくと、この世のものとは思えないような女性の金切り声が聞こえてきた。
明らかに、激しい痛みを受けての悲鳴だった。
メクチェートには大方の予想はついていたが、意を決して浴槽の扉を開ける。
「ああっ! きゃあああああああっ!」
浴室のタイルの床は真っ赤な鮮血で満たされていた。
シュロンはその身を鋭い棘に覆われた茨で絞めつけ、腕を、胴を、尻尾を蜂の巣のようにえぐり、貫いていたのだ。
「シュロン殿……」
「あああああああっ! あああああああーっ!」
目を丸く見開き、滝のように涙を流しながらシュロンは悲鳴を上げた。長い尻尾には、茨だけでなく、黒く重い楔までもが何本も打ちつけられていた。痛みに耐えきれず逃げ出さないよう、自ら尻尾に楔を打ち込んだのだろう。
茨の棘が彼女の腕や尻尾を貫通し、食いちぎっていく。腕がもげて床へ落ちると、分離した腕の一部は光に包まれて消滅した。同時に、シュロンの腕の断面からすぐに透明な粘液で覆われた新たな腕が再生し、再び茨に覆われる。
「きゃああああっ!」
「自らを呪いましたか……」
メクチェートが言った。苦痛に溺れている彼女にこの声が届くだろうか。
「そ、そうですわ……。かあああっ! だ、だって、ゲッケンが受けた痛みなんて、こ、こんなものでは、あああああああーっ!」
尻尾が棘に蝕まれてちぎれた。尻尾の肉片は光に包まれ消滅し、切断された断面からすぐに尻尾は再生した。再生した尻尾の上空にいくつもの魔方陣がにわかに現れ、それぞれ中心に楔が形成された。楔は急降下してブスブスとシュロンの太い尻尾を貫き、浴室の床に釘付けにしていく。
「きゃあああああーっ! し、死んでいった他の仲間の分まで、この痛みをっ! あああああーっ!」
思わずメクチェートは顔をしかめた。
「死ぬ気ですか!」
「じょ、冗談じゃありませんわ……。死ぬだなんて。禁呪漬けになった体はこんな程度じゃ死ねないの……。あうううっ! だ、だからこそ、罪を償ってウィーナ様の元に再び仕えるため……、ゲッケンや他の仲間達が味わった何百倍もの、痛みを……!」
シュロンが苦痛に悶えながら、血と悲鳴と共に言葉を絞り出した。
「すぐにおやめなさい! そんなことしたって罪を償ったことにはならない! それこそ自分の体を痛めつけて、自分を呪って救われようとしているだけの自己満足だ! こんなこと、ウィーナ様が望んでいるとでも思ってるんですか!」
メクチェートは声を張り上げて言った。確かに、彼はシュロンを許す気にはなれないが、だからといって、こんな不毛な行為に意味があるとは思えなかった。
「あ、あなたには、かっ、関係、ありませんわよ……! ああああああーっ! 嫌あああああっ!」
シュロンの体は棘に蝕まれ、再生、破損を繰り返し、鮮やかな血だけがさらさらと、川の流れのように浴室の排水溝へと流れていく。
「関係なくない! とにかく今すぐその魔法を解くんです!」
「無理ですわね。うぐっ……! 罪を犯した者に、ふ……相応しい、責め苦を与える『裁きの術』……。もう、わたくしにも止められませんの……」
シュロンにも解除できないということはメクチェートにも解除できるはずがない。
「さ、さあ……。さっきの、あなたの体の中の蟲達を……。わたくしの傷口に……潜り込ませなさいな……。キャアアアーッ! 痛いっ! 痛いいいいいっ! わっ、わたくしが憎いのでしょう……?」
「ひとつ言っておきますが、私個人としてはあなたに何の恨みもない。ただ、ウィーナ様の部下という立場上、あなたを許すわけにはいかないということです」
メクチェートはもがき苦しむシュロンを見上げて冷徹に言った。
「嫌あああああっ! あああああああっ!」
「何て愚かなことをしたもんだ。あなたが償う相手である仲間達はみんな死ぬか逃げるかしてしまった。ウィーナ様ですら気付いていない。そうやって独りよがりの贖罪をして何の価値があるっていうんですか? 何を償い、誰に償う!?」
「あ、あなたが……。ウィーナ様の命を救った、あなたが、このわたくしの姿を見ている……」
「さあねえ。私には何も見えませんよ? それに、ウィーナ様の命を救ったのは私じゃだけじゃないんですけど? フィーバ、ハッシャー、チャピオ、ユーイ、マクシミリアン、ワナンバー、キッカイセー、ケニー殿、冥王軍の特務部隊の方々、大納言アズキ、みんなそれぞれ命を賭けて、できることをやりながら貢献してたんですけどねえ。まあ、ウィーナ様に襲いかかって、仲間によって倒されて、ずっとあの広間で倒れていたあなたには分からないでしょうけど」
メクチェートは言った後で、ケニーだけは何の役にも立っていなかったと思い直した。シュロンとケニー、メクチェート個人としてどちらがより許せないかと言われれば、ケニーの方が許せない。犯した罪の凶悪さはシュロンの方が断然上。一方でケニーのやったことは小物臭くて、こすずるくて、みみっちいことこの上ない。しかしメクチェートにとって許せない度合いはケニーの方が上であった。これはもう、理屈の問題ではなかった。
「あ、あなたが、がはあっ! 見てくれている……。メクチェート……。ウィーナ様を、頼みましたわ……」
「もしこれだけのことをして、仮にウィーナ様があなたを許さなかったら、あなたはその身勝手な感情を爆発させて、ウィーナ様を喰い殺し、自分の命も断つんでしょうね。……それでは」
メクチェートは踵を返し、浴室を去った。廊下を歩いている最中、何度も彼の背中にシュロンの響き渡る悲鳴が突き刺さった。
・ハッシャー
冥界の住人であるヒューマンタイプの戦士で平従者。
安物の鎧を装備して、頭にバンダナを巻いた中肉中背の冴えない風貌の男。
ヘイト・スプリガン事件の際、非番だった戦闘員の一人。
メクチェートと共に、屋敷に避難させた民間人を冥王軍に引き渡しに行った。その為、サクスによる屋敷襲撃直後の殺戮劇を運よく回避している。
取り立てて強い戦士ではないが、サクスが一連の戦闘で大ダメージを受けていたのと、死んだメメントモリ隊が装備していた超高級装備・オリハルコンの剣と盾を拾っていたこともあり、ところどころで活躍を見せた。戦闘時は冷静で慎重。基本的には上司の指示を仰いで動こうとするが、咄嗟のときは独自の判断で行動する機転も持ち合わせている。
サクスとの戦闘では勇敢に戦い、フィーバを盾で守るなどしていた。しかしその後、死んだはずのシュロンが生きていて屋敷をうろついているらしいことを知ると士気が下がってしまい、フィーバの無茶な命令に対し、死ぬのは嫌だと反抗していがみ合いを始めた。
それでもぎりぎりまでウィーナを助けることを考えていたが、シュロンがハッシャー達の前に現れたことで、恐怖に耐えられず屋敷から逃走してしまった。
HP 50 MP 60 攻撃力 80 防御力 90 スピード 60
運動能力 30 魔力 50 魔法耐性 80 総合戦闘力 500




