第60話 諸行無常
青年の指の合図により、上空に稲妻が走った。
すると、再び空に巨大な陽炎が立ち込め、もうひとつの巨大な顔のビジョンが現れた。角の生えた肌の青い、凶悪そうな顔である。
「はーっはっはっは!」
その者は冥界中に響き渡るような高笑いを上げた。
「何奴だ貴様は!」
上空に映るイケメンコの顔が問う。
「我が名は冥界神ハ・デス! この冥界の真の支配者となるものなり」
新たに出現した顔は声高らかに名乗りを上げた。
「な、なんだって~!」
周囲にいる神官、兵士一同は驚愕のあまり叫んだ。
「アメリカーン様! 冥界神とは? あそこにいるのは冥界の神なのですか?」
さすがのアツアーも目の前の超常の光景に動揺し、アメリカーンに尋ねた。
「いや、私も知らん。初対面だ……」
アメリカーンはいかがわしい者でも見るような顔つきで首をかしげた。
「ええっ?」
アツアーは不安になり空を見上げた。相手が勇者だろうが神だろうが、いざとなったら自分とキヌーゴでアメリカーンや周囲の者達を守らねばならない。
「その冥界神とやらが一体何をしに私の前に現れた」
イケメンコが言う。
「いい気になってうかれているようだな、おめでたい奴よ。こうなったのも全てはこのハ・デスの計算通りだったとも知らずに」
ハ・デスはイケメンコの方を向き、不敵に言い放った。
「何? 貴様の計算通りだっただと! それはどういうことなのだ?」
「馬鹿め! これから死ぬ者に教えても意味があるまい! ただこれだけは言っておく。所詮貴様は私の掌の上で踊っていた哀れな操り人形に過ぎなかったのだ!」
「笑わせるな。万能の力を手にしたこのイケメンコは何者をもってしても操ることなどできぬ。たわ言も大概にしろ」
「もはや貴様は用済みだ! 死ねええええ!」
ハ・デスが叫んだ。
「待て! おいリアル、見てないで助け……ぎゃああああ! 馬鹿なああああ! このイケメンコが! このイケメンコがあああああ!」
何がどうなったか知らないが、空に映るイケメンコがいきなり悲鳴を上げ、悶絶した。
すると、空のイケメンコのビジョンは青白い炎に包まれ、苦悶の表情と共に消し飛んでしまった。
一体何が起こっているのか全く持って理解不能で意味不明だが、どうもイケメンコは死んだらしい。
「フハハハハ! ハーッハッハッハア!」
ハ・デスの笑い声が響き渡る。
「ハーッハッハッハア! ハーッハッハッハア!」
まだ笑っている。
「ハーッハッハッハア! ゲフンゲフン! ハーッハッハッハア!」
何がそんなにおかしいのかよく分からないが、ハ・デスはいつまでも爆笑していた。
「ハーッハッハッハア! ハーックション!」
長い。
「ハーッハッハッハア!」
その様子に言葉も出ない一同。
すると、部屋の入り口付近に立っていた緑の髪の青年が、再び指をパチンと鳴らした。
「フハハハハハハー! グワーッハッハッハッハ!」
ハ・デスの笑い声にかぶさり、もう一つの笑い声が聞こえてきた。
「キヌーゴ様の回復、またまた完了しましたー!」
神官が三度キヌーゴを回復させた。しかし、立ち上がったキヌーゴの表情は精気が抜けたように暗いものだった。自慢の長い顎ヒゲが、敵の激しい攻撃によってチリチリになってしまっていた。
一方空では、消滅したイケメンコの映像とほとんど入れ違いで、また別の人物の顔が映し出された。また凶悪そうな顔だった。
「貴様あ! 何者だ?」
冥界神ハ・デスが問う。冥界神でも知らないことがあるらしい。
「我が名は大狂帝ポンチ! この冥界の真の真の支配者じゃあ!」
「な、な、なんだって~!」
周囲にいる神官、兵士一同は驚愕のあまり叫んだ。
「何い? 真の真の支配者だとおお!? え、何? 真の支配者のこのハ・デス様よりもっと真の支配者ってこと?」
ハ・デスも驚愕の表情を見せた。
「いかにも……。何も知らんとはおめでたい奴よ。貴様は我が壮大なる野望の為に利用されていたに過ぎない。貴様がここにいるのも、全て私が裏で糸を引いていたことなのだよ」
大狂帝ポンチと名乗った者は、鷹揚な態度で言った。
「何だと! 貴様の野望とは何だ!」
「死んでいく者に教えたとて仕方あるまい!」
「裏で糸を引いていたとはどういうことだ?」
「くどい! 死んでいく者に教えたとて仕方あるまいと言っておろうに! 最早貴様は表舞台から降りてもらおう! 死ねいいいいいい!」
ポンチの叫びと共に、ハ・デスは先程のイケメンコのように苦悶の表情を浮かべ始めた。
「ぎゃあああ! 馬鹿な! このハ・デスが、冥界神であるこの私が、このような雑魚にやられるだと? ちょうど今表舞台に立ったばかりだと言うのに! 思えば我が人生、返す返すんぐおげええええぶわっ!」
遥か上空に浮かぶハ・デスの幻影が稲妻に包まれ、大爆発して消滅した。アツアーは、まるで一つ前の光景を繰り返し見ているような気分になった。
「一体何なんじゃこりゃあ!」
キヌーゴが目玉を飛び出さんばかりに驚き、空を眺めていた。
そのとき、アツアーは後ろの立つ謎の青年が、再び指をパチンと鳴らしたのを聞いた。
「ハハハハハ! ハーッハッハッハッハ! 実に素晴らしい余興であったぞ!」
再び冥界に響く笑い声。再び空に陽炎が発生し、今度は目と耳が大きい、巨大な犬の顔が映し出された。
「何者だ貴様は!」
ポンチの映像が問いかける。
「我が名は究極超魔帝チワワワ! この冥界の真の真の真の支配者なり」
チワワワはその貫録の感じられない顔とは裏腹に、荘厳な語り口であった。
「な、な、な、な、な、な、な、なんだって~!」
周囲にいる神官、兵士一同は驚愕のあまり叫んだ。
「笑わせるな! それならば私は冥界の真の真の真の真の支配者だ!」
ポンチが負けずに言い返す。
「……この期に及んでそのようなことをほざくか。おめでたい奴よ。貴様はこのチワワワの200億年の時を経て紡がれる壮大な計画の、ほんの些細な一ページに過ぎない矮小な存在なのだよ。今貴様がこうしてここにいるのも、全ては私の描いたストーリーだったというわけだ」
「200億年の計画だと!? 目的は何だ!?」
「愚かな……。死んでいく貴様に教えたところで意味もないことだ」
「何ぃ!?」
「いい役者だったぞ貴様は。よく手駒として動いてくれた。敬意を表し、このチワワワ自らの手で葬ってやろう。死ぬがいい!」
そうチワワワが言った瞬間、空に浮かぶポンチの顔の映像が炎上し、苦痛に顔を歪めた。
「ぬおおおおー! 馬鹿な! この私がこんな奴に! うぐぼええええ!」
「フハハハハ! 終わりだ!」
チワワワが勝ち誇る。犬よろしく息が荒い。
「おのれええ! ただでは死なん! かくなる上は貴様も道連れだああああ!」
ポンチが燃えながら叫んだ。すると、チワワワまで突如として燃え上がる。
「な、何い! ぬおおおおお! 馬鹿なあああ! この私がこんな奴に! まさかこんな奴に! 夢だあ! これは夢だあああああ!」
チワワワがポンチと揃って悶絶し始める。
「ぎょわわわわわわわわー! 我、朽ち果てるやん! 朽ち果てるやああああああああん!」
「びごわっしゅ! びごわあああああっしゅ!」
双方断末魔を上げ、二つの顔は同時に消し飛んだ。
「もうわけ分からん……」
兵士の一人がドン引きして言った。
唐突に始まった狂騒の唐突な幕切れ。
今までの騒ぎがまるで嘘であったかのように空は静まり返っていた。空を荒れ狂う悪霊達の姿も見えない。ヘイト・スプリガンが人間に戻ったからだろうか。
アツアーとアメリカーンははっとして、背後を見た。すると、先程までいた緑の髪の男は姿を消していた。まるで最初からいなかったかのように。
「……アメリカーン様。先程入ってきたあの者が」
「ああ、間違いない。本当に全て仕組んでいたのはあの者だ」
「自らの存在を我々に教えたのでしょうか」
「かもしれん」
二人は、そしておそらくキヌーゴも、突如として部屋に出現したあの青年の異質さを感じ取っていた。嫌な予感がする。
アメリカーンは周囲を見回し、先程の停戦の宣言のように、再び高らかに声を掲げた。
「これより冥王継承の儀式を執り行う!」
すでに観念していた反乱軍側についた神官達は、黙々と配置に付き、儀式の体制を整え、キヌーゴはアメリカーンの前に立つ。
そして、儀式のもう一人の主人公、人間カマセーヌが床に刻まれた魔方陣に向かって歩みを進めた。
「これでアメリカーン様が冥王に戻る……」
兵士の一人が奥の祭壇を見遣った。
「くそう。処罰は免れん。こんなことなら反乱の誘いなんかに乗るんじゃなかった……」
また別の兵士が悔恨の言葉を漏らす。
周囲の兵士一同、先程から落としていた肩をさらにがっくりと落とした。
そうだ。この儀式によってアメリカーンは冥王に戻る。アツアーが主君として使える冥王に。
しかし、安堵していられる状況ではなさそうだ。イケメンコやヘイト・スプリガンの更に背後にいる存在、その強大さにアツアーは嫌な予感をぬぐい去ることができなかった。
こうして、ヘイト・スプリガンの騒乱、それに付随して巻き起こったミズキの反乱は多くの犠牲を払って、一夜を股にかけた二日ばかりの内紛により終息したのである。
更なる黒幕の影を落とし――。




