第56話 流血の果て
こうも場面転換する話を書くのは初めてだった。小説には適さないなぁ。
下界・イケメンコの城――。
「イケメンコ。あなたが戦う必要はないわ」
頭の中でメルーリアの言葉が響く。優しい声だった。
足元、床下から何かの気配をハイムは感じた。咄嗟に部屋の隅に走り出したのとほぼ同時に、ハイムがいた場所から真っ黒なうねうねとした触手のようなものが何本も噴き出てきた。ウォーンの足元にも同様であった。彼は飛び上がって触手を回避し、襲い掛かる触手を剣で薙ぎ払う。
部屋の隅へと疾走するハイムの足首にぬるりとした感触が走る。床下から触手が音もなく出てきた。足首を取られ転倒しそうなところをバランスをとって姿勢制御し、手の空いている片手でクナイを投げつけると、足首を締める触手は一瞬動きを止めた。
すぐにハイムは部屋の壁に飛びかかり、魔力を足先に凝縮させ、忍法『グラビティ』を唱えて自身にかかる重力の向きを変化させる。
壁に立ったハイムだったが、直後足元から先程の触手が大量に出てきて両脚の自由を奪い、手首に絡みつく。完全に動きを封じられた。
ウォーンは体中を青白く光る力強いオーラで包んでおり、真っ黒な謎の触手の浸食を一切受け付けていない。
「ハイムさん!」
ウォーンがハイムに向き直り、遠距離から剣を振ると三日月形の衝撃波が繰り出され、ハイムの足に絡みつく触手を消滅させる。
しかし、一瞬にして第二、第三の触手が壁から出現してすぐにハイムを捉える。四方八方、安全な場所はどこにもない。
「無駄ですよ。ハイム様。この城も、外の世界も、川から草木、更には大気に至るまで全ては私の肉体の一部です。どこにも逃げることはできません」
頭の中でメルーリアの声が響いた。どうする? どうすればいい? ハイムは体を締め付けられる痛みに顔を歪めた。ヴァンパイアの体を捨てたことが今更ながら悔やまれる。
一方、ウォーンにもハイムを助ける余裕はない。ハイムは見た。ウォーンの持つ剣がまるで風化した化石のように粉塵と化して、音もなく消え去ってしまったのを。何でもないのにどうしてだろうか。
「これは?」
ウォーンが驚いた様子でイケメンコを見る。
「……私は錬金術で全てを創造する力を得た。そして、全てを無にする力もだ。やろうと思えばお前を剣のようにすることもできた」
「まさか、これほどとは」
ウォーンは言いながら、触手に囚われたハイムに視線を流す。無念そうな表情だ。
そこでハイムは気付く、ハイムを見るウォーンの足先や手の先が黄金に変化しつつあるのだ。
「こ、これは!」
ウォーンが悲鳴のようにそう叫んだ後、抵抗しようとする。しかし、黄金に変わった四肢は彼の意志を受け付けない。完全な静物と化しているのだ。
イケメンコがやったのか、メルーリアの仕業か、ハイムにはそれすらも理解できない。
「メルーリア様に牙を剥いた罪は重い。ウォーン殿も、その女も」
イケメンコは何もしていないように見えた。何かの魔法か呪いの類を使ったのだろうか。ウォーンは体中を凄まじい力を感じるオーラで包んでいるが、それでも遮断できないらしい。一瞬にしてウォーンの体は頭と胸部を残して黄金となった。
「ハイムさん! まさかこれほどまでの力とは。申し訳ありません!」
ウォーンはそう言葉を遺して苦悶の表情のまま、一体の黄金像となってしまった。
そのときだ。ハイムの手首に絡みつく触手がしめつけの力を増し、手に握りしめているチェンジバトンが手から離れようとする。
ハイムは一か八かで、頭の中で念じ、チェンジバトンの効力を発揮した。
◆
冥王の城・儀式の間――。
決着のついた儀式の間において、ロシーボ、キヌーゴ、その他の兵士・神官達が怯えた目でヘイト・スプリガンの堂々たる巨体を見上げ、アツアーは腕組をして、静かに直立している。
ヘイト・スプリガンは儀式の間のど真ん中にあぐらをかいて座り込んでおり、居丈高な表情で小柄なロシーボを見下ろした。
「で、テメー。イケメンコを連れてくるってのは本当なんだろうな?」
「も、もちろんです。必ず連れてきますのでもう少々お時間を頂ければと」
ロシーボは愛想笑いを浮かべ、腰を低くして言った。
「それを待つまでもないさ」
アツアーがしれっと言った。
「え?」
ロシーボはアツアーに注目する。
「もうすぐ傷を回復させたアメリカーン様がここに合流する。そうしたらすぐにキヌーゴの爺さんに儀式を始めてもらって、冥王の座をアメリカーン様に戻す」
アツアーがキヌーゴを見て言った。キヌーゴも黙って頷く。
「でもさ、散々トチッてたみたいじゃん。大丈夫なのかよ?」
「俺達が地下室でミズキ相手に戦っていたときに、ここで同じ儀式が行われていたろ?」
「あっ……、確かに」
「難しいのは『ヘイト・スプリガンの圧倒的な力をミズキに継承させる儀式』なんだ。冥王継承の儀式はそれより何倍も簡単さ。大神官キヌーゴ様の力にかかれば割と簡単にできるんだ」
「なるほど、じゃあもうすぐ……」
ロシーボの言葉に対してアツアーは頷いた。いよいよリレー作戦の大詰めである。
ロシーボはしばらくキヌーゴと協力して、ヘイト・スプリガンの怒りが爆発しないように、彼をなだめすかしていた。
すると、ハイムからの通信が来た。
『ごめん、代わって!』
有無を言わさず、一瞬にしてロシーボの体が光に包まれた。
◆
下界・イケメンコの城――。
ハイムは瞬時に光に包まれ、その場から姿を消した。彼女をしめつける触手は縛る対象をなくし、空を切る。
そして、代わりにそこに現れたのは工兵服姿の小柄な男、ロシーボであった。
「ゲ、ゲゲエエエーッ!」
目の前に広がる不思議かつ壮絶な光景にロシーボは絶叫した。全く自分の置かれている状況が分からない。
「誰? あなたは?」
頭の中で女の声が響いたと当時に、ロシーボは体中を触手にがんじがらめにされていた。
『数秒耐えて!』
通信機からハイムの声が聞こえた。
「うわあああっ! 分かったぜーっ!」
無意識に出た声は自分でもあり得ないと思う位に裏返った。
◆
冥王の城・儀式の間――。
「うおっ!?」
突如ロシーボと入れ替わりで出現したハイムに対し、キヌーゴは驚きの声を上げる。
「どうしたんだ一体?」
アツアーが言った。彼はハイムのことを先程の戦闘で知っている。
目立った外傷はないが、かなり消耗しているように見受けられた。
「この中で一番強いのは?」
ハイムが周囲を見て声を大きくして言った。
「そりゃワシじゃろう。ワシが最強じゃ!」
キヌーゴがにやにや笑い、Vサインをして威張って言った。
ハイムはすぐにキヌーゴにチェンジバトンを投げつけた。瞬間接着薬のおかげで、彼の法衣にバトンはべったりとへばり付いた。
『ロシーボ、交代!』
ハイムがロシーボに通信回線を開いた。
「おわああっ!?」
キヌーゴが光に包まれて姿を消し、代わりにロシーボが出現。ロシーボは「ああああっ! ビビッたあああっ!」と叫んで床に仰向けに倒れ込んだ。
◆
下界・イケメンコの居城――。
「うおっ!? 何じゃこりゃあ!?」
キヌーゴは眼前の光景が理解できず、混乱していた。ここは一体どこなのだろうか、そして、こいつらは何者なのか。
気付いたら壁から出てきた触手に体中を締め上げられていた。
「今度は誰ですか? 構いません。あなたもこの国に、この私に命を捧げなさい」
キヌーゴの頭の中で声が鳴り響いた。訳が分からないがとにかく戦った方がよさそうだ。
「ダークネスウェーブ! 全てを闇に溶かせええええっ!」
キヌーゴが詠唱すると彼の体から凄まじい闇の波動が放出され、全ての触手を消し飛ばし、部屋の奥の方に立つ中年の騎士風の男も吹き飛ばした。
「何だと?」
中年の騎士風の男はすぐにキヌーゴのダークネスウェーブから立ち直り、キヌーゴに向かって黄金色に光り輝く巨大な波動をその手から放射してきた。
「何だかよく分からんが! この冥王四天王が一人、大神官キヌーゴに喧嘩を売るとは無知にも程があるわい! だりゃああああっ!」
キヌーゴの杖からも漆黒の波動が放出される。両者の波動が中心でぶつかり、せめぎ合いになった。
「くっ。こ、こいつ……!」
中年の騎士がキヌーゴの凄まじい魔力に顔を歪めた。何とかして押し返そうとする。
「年寄りと甘く見るでないわああっ!」
最初キヌーゴは、相手の撃った波動の大きさ、そして感じられた魔力を推し量り、大体3割程度の力で反撃していた。だが、押し返されそうになったので、徐々にその魔力を強くしていく。
「ぐ、ぐうう!」
「ぬおおおおっ!」
「い、一体どういう状況じゃあ! とりあえず説明せんかい!」
「それも分からずにここに来たのかこのジジイがあああっ!」
「ただのジジイと思うな。ワシは冥界の竜神族の長であり、冥王が側近にして、冥界神教の大神官じゃああああっ!」
両者の波動が一進一退の押し合いをしていたが、ついにキヌーゴが押し返してイケメンコに闇の波動が直撃、大爆発を起こした。
「イケメンコ! おのれえええっ!」
頭の中で女の声が響くと、床下から大量の触手が現れ、部屋の奥に位置する女の上半身から凄まじい威力の雷撃が放出された。
「ぬんっ!」
キヌーゴは手に持つ杖を頭上に高く掲げると、彼を中心に激しい衝撃波が巻き起こった。触手は全て消し飛ばすことができたが、敵の雷撃の威力はそれを上回り、キヌーゴに直撃した。
「ぐわああーっ!」
◆
冥王の城・儀式の間――。
「キヌーゴの爺さんは状況を知らない。俺は参加者だ。俺が行く」
アツアーが、耳に装着している通信機をコツコツと指で叩いた。そして、ロシーボに向けて手を差し伸べる。
倒れていたロシーボは、上半身を起こしてアツアーにバトンを手渡した。
すぐに彼は光に包まれて姿を消した。そして、そこには体中に帯電してビクビクと痙攣しているキヌーゴの姿があった。
「あ、あうううう……。はひゃひなんほおお」
ろれつが回っておらず、何を言っているか分からなかった。
「キヌーゴ様!」
周囲の兵士達が慌てて介抱しに駆け寄ってきた。この男に死なれたら王位継承の儀式はできない。
◆
下界・(以下略)
キヌーゴが下界に行っている間に、ハイムから状況は聞いた。
アツアーは襲い掛かる触手を切り刻みながら、疾風の如きスピードでメルーリアの本体目がけて肉薄した。
「させぬ!」
眼前にイケメンコがワープしてきた。
アツアーは予測していた。メルーリアを狙えば、イケメンコは彼女をかばう。そうすればこちらとイケメンコとの物理的な距離を縮めることが可能である。
「思い知れ!」
イケメンコが目を光らせ、こちらを睨みつける。アツアーはミラージュソードを掲げ、敵の魔力をガードした。
「何!? 私の力が及ばない?」
「たあああーっ!」
アツアーが高速で冥界流剣術の真髄、人間の急所を確実に捉える『5連斬り』を繰り出し、イケメンコの剣と火花を散らした。
◆
冥王の(以下略)
ハイムはキヌーゴの法衣に接着しているチェンジバトンを力任せにはがした。
まだ接着薬の粘着力は維持されている。大丈夫だ。
『ハイム! 接近した!』
通信でアツアーの声が入ってきた。
『分かった! 交代ね!』
ハイムはバトンを手に取って、力強く場所の移転を念じた。彼女の姿が消え、アツアーがその場に出てくる。
「はいはい~。ちょーっと失礼しますよ~」
ロシーボは、どさくさにまぎれてメモリーナイフを抜き、ぶっ倒れているキヌーゴの手を取り、指先に少しだけ切り込みを入れた。
「はい、データコピー完了」
ロシーボがにんまりと笑う。
「おい、何をやっている貴様!」
キヌーゴを介抱していた神官が怒鳴った。
「すいません、これも作戦でして。寝返ったんだからこんぐらいはいいだろ?」
ロシーボが倒れているキヌーゴを見て言った。
「一体さっきから何やってやがる! 本当に連れてくるんだろうなあ!?」
ヘイト・スプリガンが再びイライラし始めた。
◆
下(以下略)
目の前に映った光景は、冷徹な眼差しでこちらに剣を振り下ろさんとするイケメンコの姿だった。
ハイムは脇に身を投じて剣を回避した。すぐに次の一撃が来て、光のような速さで繰り出された剣はハイムの胸を真っ直ぐに貫いた。
「これは……!」
イケメンコが貫いたのは、ハイムが装備しているダークパープルの鎧のみであった。鎧を脱ぎ捨ててアンダーウェアだけになったハイムの体が宙に跳躍する。これが鎧や丸太など、別の物を身代わりにする、忍法『変わり身の術』である。
「させない!」
今度は頭の中ではなく、しっかりと耳に響くメルーリアの声。
槍のように先端が鋭くなった触手が地面から無数にわき出て、その全てがハイムに向かって襲い掛かる。
宙に飛びあがったのはまずかった。落下するときは体を自由に移動できない。
ハイムは腕を交差して、心臓をガードした。
そしてうねりを上げた鋭い触手の先端が、ハイムの脚を、腕を、腹を貫いた。ハイムの体は触手に串刺しにされて、触手に引っ掛かった体勢のまま、血を滴らせぶらぶらと宙に揺れる。
「がふっ……!」
激痛が体中を支配し、口から鮮血が吹き出る。しかし、よかった。チェンジバトンを握る力はある。そして、イケメンコはもう目の前。
「そこまでだ!」
イケメンコが瀕死のハイムに向けて剣を構え、止めを刺すべくこちらに走ってきた。
「に、忍法……シャドー……ボックス」
喉に詰まった血で声はかすれた。体は身動きとれなくても、影を司る魔力は残っている。
床の影が丸く、大きく口を空ける。そこから出てきたのは、ウィーナの部下である平従者・エストである。使い古した鎧姿で、青い瞳を光らせ、エルフのように鋭く長い耳が印象的な赤毛の男だ。フィーバ・エイカンの他に、もしものときの為にハイムが今までずっと自分の影に潜ませていた人物である。
シャドーボックスで力を使い果たしたハイムは力なく、手のバトンをスルリと滑り落とした。
エストはそれをキャッチして、しっかりとその手に握りしめる。
「だああああああーっ!」
エストは力強い掛け声を上げて、剣を構えて疾走してくるイケメンコに向かって突撃を敢行した。
「何ッ!」
イケメンコは上空のハイムに集中していたため、地上からエストが突如出現したことに気付くのに、一瞬の時間差があったのだ。
突っ込んでくるエストの存在に気付いたイケメンコは、咄嗟にその剣をエストに振りかざした。
「ぎゃああああーっ!」
両者がぶつかり合う。エストの絶叫と共にハイムの目に飛び込んできた光景は、イケメンコの剣で袈裟切りにされ、肩口に剣が深々と食い込んだエストだった。そして、そのエストから噴き出るおびただしい血と、彼が手に持つバトンの両方が鎧に付着したイケメンコだった。
『……今だよ。交代……』
息絶え絶えでハイムは通信を行った。
『了解!』
応えたのはロシーボ。
そして、直後、イケメンコの体が光に包まれて消えようとする。
「嫌ああああっ!」
メルーリアが悲鳴を上げ、再び大量に発生した触手がイケメンコを捉えようと押し寄せるが、すんでのところで彼は姿を消し、触手は虚しく空を切った。同時にエストが目を大きく見開いたままの表情で事切れ、床に倒れ込む。そして、倒れたエストの前に姿を現したのは、ドラゴンの形を模したアーマーに身を包んだロシーボであった。
「悪いね……付き合わせて……」
意識がぼんやりとし、目がかすれてきた。声は細くても、その声は通信機を通じてロシーボの耳には入っただろう。
ロシーボは悲しげな表情をし、串刺しにされたハイムと、死体となって足元に転がっているエストを交互に見遣った。
そしてロシーボは手に持つチェンジバトンを床に放り投げ、手に持つ銃を発射。
バトンを粉々に打ち砕いた。
・エスト
冥界の住人である妖精タイプの戦士で、ウィーナに仕える平従者である。
使い古した鎧を着ており、青い瞳を光らせ、エルフのように鋭く長い耳が印象的な赤毛の男。フィーバ・エイカンの他に、もしものときの為にハイムが今までずっと自分の影に潜ませていた人物である。
リレー作戦最終局面において、傷ついて戦う力の残っていないハイムが最後の力を振り絞ってシャドーボックスから召喚し、エストにバトンを託した。
エストはイケメンコに決死の突撃を敢行。見事、イケメンコの体にチェンジバトンを繋げることに成功するが、エストはイケメンコの剣で肩口を斬られ、血潮に染まり事切れた。
HP 190 MP 40 攻撃力 100 防御力 120 スピード 180
運動能力 130 魔力 100 魔法耐性 130 総合戦闘力 990




