第52話 庭に狂い咲くは桜ではなく二輪のDQN
冥界の空は朝が来ても薄暗い。
でもそんな空とは対照的にボクの心は晴れやかだった。今日はこのサクスとウィーナ様にとって記念すべき日となろう。なぜなら愛し合う二人の間に立ちはだかる障害が全て取り払われ、晴れて結ばれるときがくるのだから!
新しい体に備わった翼で、風を切って空を飛びながら、邪魔な悪霊達をなぎ伏せて行く。以前では考えられない素晴らしいパワーだ。ファウファーレ様は素晴らしい。修行なんかしなくってもこんなに強くなれる方法を知っているのだから。
いよいよ下にウィーナ様の屋敷が見えてきた。ウィーナ様がこの中のどこかにいるはずだ。ボクは屋敷に向かって急降下した。
そのときである。目には見えないが、何か壁のような物にぶつかったあと、強い力によってボクの体は弾き飛ばされた。ボクの体に青白い光を放つ稲妻のようなエネルギー波が伝導し、全身に針で刺されたような痛みが走った。
一体何なんだよムカツクなあ! 結界でも張ってんのか!? さすがは敵も用心深い。
そんじゃいいよ。堂々と正面玄関から入ってやる。ボクは空からの侵入を諦め、屋敷の正門に降り立った。ウィーナ様はボクがこの手で救い出す。そして、ボクはウィーナ様を公私に渡って(ココ重要)お守りし、ウィーナ様と一緒に暮らすんだ。ウィーナ様に釣り合うために手に入れたこの体と強さだ。誰にも文句は言わせない。ボクにはその資格がある。
決してウィーナ様の体目当てとか、下心とか、そんな下劣な感情ではない。強化処理を受けて力を手に入れたのも、ウィーナ様を力尽くで支配下に置くためとか、もっと端的に言えばただウィーナ様とヤリたいだけとか、そんなエロいことが目的じゃなく、ウィーナ様を色々な脅威から守るためのものなんだ!
そうだ、そもそも考えても見ろ。ボクが半年前、魔界と契約してパワーアップしたときも、リザルトのチンカス野郎がボクを懲戒解雇にしろとか意味不明なことをほざいたけど、ウィーナ様はボクをかばって三ヶ月の減給で許してくれたんだ。ウィーナ様は確実にボクに気がある。そうだ、ウィーナ様はむしろボクが愛の告白をするのを待っているに違いない! 相思相愛じゃないか! なのにボクをクビとかリザルトマジでどんだけチンカスなんだよ!
いいさ、あの頃はかなわなかったけど、パワーアップした今のボクはチンカスリザルトなんかより十倍は強いだろう。あんなチンカス、ボクが内臓引っかきむしってグチャグチャにしてやる。
さて、今後のビジョンに思いを馳せるのはこの辺りにして、そろそろ始めようか。
正門にも結界が張られているようだ。一体どうしたものか。
そのときボクは正門の奥に一人の門番らしき人物が立ち番をしているのを発見した。上下鎧姿、盾とメイスを持った赤い肌で一つ目の男。あれはキッカイセーだ。門の前で突っ立っているしか能のないチンカスだ。所詮ボクの敵ではない。
何だお前? お前は門の前で突っ立っている為に生まれてきたのか? 名前を『キッカイセー』から『門の前で突っ立っている』に改名しろっつーの! って言うか、目でけーよ、キモ! しかも武器がメイスとかダサッ! 新体操でもやってんのかテメーは。剣とか使えよ。あー、考えるとなんか段々腹立ってきた! キッカイセーめ。チンカスの分際でボクをこんなに怒らせて。お前だけは絶対に許せない!
「どちら様でしょうか?」
門に歩みを進めると、こちらに気付いたキッカイセーが声をかけてきた。
「ボクはサクスだ。ウィーナ様をお守りすべく参上した。入れてほしい」
「サクス? サクスって、あのサクス? 嘘つけ。全然違うじゃないか」
キッカイセーがボクの体をジロジロ見ながら言った。
「ボクはサクスだ! ボクは強化処理を受けて生まれ変わった。姿も力も。どうだ。この美しい体。素晴らしいだろう」
両手を広げて、美しい自分の肉体をキッカイセーに見せつけた。キッカイセーのチンカスは嫌な顔をしていた。
「そんなアホな話信じられるか。お前さては、サクスの名を騙る別人だな!」
こいつ雑魚の癖に生意気抜かしやがって、もういい、ぶっ殺す。
門に入ろうとすると、再び結界に弾かれた。体中に先程の痛みが走る。門にも結界を張るなんて非常識にも程がある。これではボクが中に入れないじゃないか。
「この結界は悪霊のような邪悪な存在を防ぐ力がある。まっとうな冥界人なら普通に入れるはずだ。見たところ悪霊ではないようだが。さてはお前、何らかの邪法に手を染めた者だな? んん~?」
結界の奥では、キッカイセーがあからさまにこちらを不審がっていた。ふざけるな。ボクをそんな目で見るな。
「だから言っただろ。ボクは強化処理を受けてパワーアップしたサクスなんだよ! お前達の仲間じゃないか。結界を解いて中に入れてくれ」
「邪悪な者をウィーナ様の屋敷に入れるわけにはいかん!」
キッカイセーがメイスをこちらに向けて言い放った。
「ボクは仲間だろ。ウィーナ様の為にせっかくパワーアップしてきたっていうのに」
面倒な奴だ。つべこべ言わずお前は結界を解きゃいいんだ。そうしないと殺せないだろ。
「お前が本当にサクスかどうかなんてどうでもいい。禍々しい邪法で力を得たような、いかがわしい奴を入れるわけにはいかん! 行け、あっち行け!」
ボクの怒りは頂点に達した。一体何なんだこの分からず屋は! まるで話が通じない。さてはこいつウィーナ様をいいように操ろうと目論んでいるな。おのれ許せん、天誅を与えてやる!
「ボクは怪しい者じゃない。見ろ、このボクの美しい美少年の顔を。こんなイケメンに悪い奴がいるわけないだろ。さっさとウィーナ様に会わせろ」
「知らん! ここは通れん!」
「ウィーナ様は今、屋敷で何をやっているんだ」
「知らん」
「うわあああっ! ふざけるなあああっ! 入れろ! 入れろおおおっ! フウウウウッ!?」
目から涙が流れた。ボクは激しく号泣しながら、両手で門を覆う結界をドンドンと叩きまくった。その度に結界のエネルギーがボクを拒絶するかのように放出され、体を駆けめぐった。
「うわああああん! フワアアアッ!」
ウィーナ様はボクが守るんだ。こんな結界に負けるもんか、負けるもんか!
「やめろ貴様。騒ぐんじゃない。結界を叩くな!」
チンカスが何か言った。何言ってんだコイツ。
「ウィーナ様ああっ! どこ行っちゃったのおおっ! ボクが来たんだよおおおっ!」
「だ、駄目だこいつ……」
またチンカスがぶつくさ言いやがった。許せん。この結界さえなければこんな奴すぐさま抹殺するのに!
◆
サクスがウィーナの屋敷に入れず泣き叫んでいるとき、ケニーは庭の四隅に安置された精霊石の内の一つの前にいた。
メクチェートから手に入れた民間人の保護料金32万G。そして、ウィーナから得た精霊石四つ合計12万G。これで合計44万G。ぼろ儲けであった。
本当は、結界を張るために精霊石を購入したのはメクチェートであり、領収書も彼が持っているままだった。ウィーナから精霊石の代金を手に入れることができたのは、メクチェートが民間人の送り届けで外出していたのが幸いしたのだ。
金も手に入ったことだし、ケニーはこの辺りで退散しようと決め込んでいた。
裏庭からこっそり屋敷を出ようと思っていたが、まだ金目の物があることに気がついた。
精霊石である。精霊石はリンゴ程度の大きさであり。一つだけなら持って逃げることができる。無論、安置されている場所から移動させると結界は効力を失ってしまうので、一個しか持ち去るのは無理であろう。結界がなくなれば、途端に屋敷内部にいる連中に気付かれてしまうからだ。だから結界を持ち去ったらすぐにズラカってしまおう。ケニーはそう考えていた。
ケニーは目の前に安置されている精霊石を取り上げる。目の前を覆う結界はにわかに光を放ち、まるで割れたガラスの断片のように粉々に砕け散り、光の粒となって消え去った。ケニーはお構いなしに、すぐさま腰に差した鉄パイプを取り出し裏庭を覆う壁に向けて構えた。
「喧嘩上等粉砕殴打! うおりゃあああっ!」
掛け声とともに、オーラに包まれた鉄パイプが勢いよく振り下ろされた。
レンガ造りの壁は先程の結界と同じように粉々に砕け、ケニーが悠々と通過できるほどの大きな穴を開けた。
「へっへっへ、あばよ……」
ケニーはほくそ笑んで小声で捨て台詞を吐き、屋敷を後にした。
◆
「うおおおーっ! 入れろ、入れろーっ!」
サクスは相変わらず結界を叩き続けていた。泣き叫んで結界を叩く姿はまるで幼い子供がそのまま大人になったようである。キッカイセーもその様子を見て思わず尻ごみした。
「貴様のような奴ウィーナ様に会わせてみろ。とんでもないことになるに決まってる。さっさと立ち去れ、このスットコドッコイ!」
キッカイセーが語気を荒げる。しかし相手は一向に耳を貸す気配がない。
そのときである。サクスとキッカイセーを隔てていた結界が突如としてまばゆい光を放った。
「ヒッ!」
思わずキッカイセーは短い悲鳴を上げた。次の瞬間、結界は発光する無数の破片となって砕け散った。二人の間に壁はなくなった。両者の間に一瞬の沈黙。
「な、な、な、なななな何いいいいっ!?」
キッカイセーはびっくり仰天し、顔面から巨大な一つ目が飛び出した。
そして、サクスの鋭い爪を宿した手が、キッカイセーの喉元を容赦なくつかみにかかる。既にキッカイセーの両足は地面から離れていた。サクスは腕一本でキッカイセーの体を持ち上げていたのだ。
「ぐ、が」
「よくも、よくもクソザコの分際でボクをスットコドッコイ呼ばわりしたな? かくなる上は、正式な決闘で名誉を挽回するしかない。ボクはお前に決闘を申し込む!」
喉をつかむサクスの爪がじわじわとキッカイセーの肌に埋め込まれていく。血が静かに流れ落ちる。キッカイセーは盾とメイスを地面に滑り落とし、喉をつかむサクスの手首を両手でつかみ、ジタバタと両足で空を蹴る。巨大な目は見る見るうちに充血していく。
「ぐ……。ま、待て、待てっ!」
「さあ、バトル開始だ。存分に戦おう!」
サクスは左手を突き出し、鋭い爪でキッカイセーの眼球を貫いた。キッカイセーの潰れた単眼から血が吹き出て、上半身裸のサクスの青い肌を赤く染め上げた。サクスはそのままキッカイセーを地面に捨てるように放り投げた。
「ギャアアアア! 目が、目がああああっ!」
キッカイセーは顔を覆って、地面を転がり悶え苦しむ。
「さあどうしたキッカイセー。君の力はこんなものではないはずだぞ。ほら、君に眠っている真の力を呼び起こしてみたまえ! ヒエーッヘッヘッヘエ!」
サクスは両目をひん剥いて、甲高い声で笑った。
「さあ、次は君のターンだ。え、何もしない? ふーんそうなんだ随分と余裕だねこのチンカス野郎があああっ!」
サクスは地面を転がるキッカイセーに腕を振り下ろす。キッカイセーの左手に命中し、腕はもぎ取られた。腕の断面から血が滝のように噴き出る。
「ギャアー!」
さらにキッカイセーは悲鳴を上げのたうちまわった。
「あはははは! あーっはっはっは! 凄い、凄いよウィーナ様! 戦闘って、戦うってこんなに楽しいことだったんですね! ボクワクワクしてきたよ!」
命を賭しての戦いがこんなにも刺激的で快感だったとは。なぜ強化処理を受ける前はこの喜びが分からなかったのだろうか。サクスは疑問だったが、とにかく今は楽しかった。
「グウウウウッ!」
「人がいい気分なのに随分うるさいねえ……。空気を読めええええっ!」
サクスは地面に転がるキッカイセーに両手を構えると、強烈な闇の波動が放射され、キッカイセーに直撃した。
キッカイセーを中心に真っ黒な爆風が巻き起こり、彼は闇に溶解するかのように消滅してしまった。
「キッカイセー……。お前のようなザコ丸出しの存在はこうなる運命なんだよ。それに比べてボクはどうだ。この美しい容姿、強大な力、そしてウィーナ様への純愛! ボクが主人公でウィーナ様がヒロイン。キッカイセー、お前は小説のごく冒頭であっさりと主人公にやられる名もない雑魚敵の一人にすぎないんだよ! ヒャーッハッハッハ! 待ってて下さいウィーナ様!」
サクスはズカズカと屋敷内部に向かって歩みを進める。
門にはキッカイセーの腕だけが残った。
・ケニー
冥界の住人であるヒューマンタイプの戦士で、ウィーナに仕える管轄従者である。
黒い鎧を装備し、サングラスをかけ、髪形はリーゼントである。背中には「喧嘩上等」と書かれたのぼり旗を掲げている。武器は鉄パイプで、必殺技の「喧嘩上等粉砕殴打」は分厚い壁を一撃で粉々にするほどのパワーがある。
その悪そうな風貌通り、性質の悪い人物であり、性格は非常に悪い。自分より弱く、立場の低い者には徹底して強く、ウィーナのような目上の人物には媚びへつらいやたらと忠実さをアピールする。リレー作戦でウィーナは屋敷を留守にしたが、一部非番だった従者は職場の状況がよく呑み込めておらず、とりあえず屋敷に集まってウィーナの帰りを待っていた。ケニーはその従者達の中で最高階級者であったが、肝心なときには自分では何もせず、サボッていた。
自身の立場を笠に着て、職権乱用や責任逃れを行うため、部下からは殊更嫌われていた。部下のメクチェートが自身の判断で民間人をウィーナの屋敷に避難させたことを槍玉にあげ、徹底的に避難し、民間人から保護料金を巻き上げ、メクチェートに民間人を追い払うよう命令した。更には「いつでも自由自在に病になれる」特殊能力を使用してその件に関するメクチェートの追及を逃れ、ベットで寝ていた。
その後、ウィーナが戻ってきたら自分が屋敷を守るよう指示をしたと申告してメクチェートの功績を奪い、メクチェートが結界を張るために自腹を切って購入した精霊石も自分が買ったと主張し、ウィーナから代金をもらっている。
挙句の果てには、その精霊石を奪って屋敷から逃亡。結果、屋敷の結界は消滅し、門番をしていたキッカイセーを間接的に死に追いやっている。一連の騒動を利用してまんまと大もうけすることに成功した。
HP 290 MP 100 攻撃力 330 防御力 300 スピード 250
運動能力 290 魔力 200 魔法耐性 240 総合戦闘力 2000




