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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第4章 ファウファーレという女
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第44話 黒い報酬

 バングルゼとファウファーレは洞窟の奥深くへと進んでいった。

 途中、多くの分岐点があり、いよいよ迷宮の様相を呈してきた。ファウファーレが案内役になりバングルゼにトラップのある場所を教えたが、ことごとくそれは間違っていた。バングルゼはあらゆる罠に引っかかり、どんどん体力を消耗していった。

 罠にかかったときはバングルゼもファウファーレを叱責するが、彼女が悲しげな顔をして反省の態度を示すと、相手が女性ということもありどうにもそれ以上厳しくは追及できなかった。

 さらに奥へと進み、燭台で明かりがともされた広間に出ると、15匹、20匹ほどだろうか。大小さまざまなモンスターが二人を取り囲み、一斉に牙をむいた。バングルゼはトラップで体力を消耗していたが、巨大なバトルアックスを振り回し、モンスターを軽々と一掃した。

 モンスターの悲鳴と共に赤や青の鮮血がバングルゼに飛びかかり、まるで雨のように彼の頭上から防具に伝達し、滴り落ちる。赤と青の血液は混ざりあい、紫色の血糊となって彼のバトルアックスの刃を彩った。

 周りが静まり返り、彼の吐く荒い吐息だけが耳に響き渡る。

 そこで気が付いた。ファウファーレがいない。

「ファウファーレ」

 バングルゼが辺りを見回しながら声をかけるが、自分以外で広間に存在するのは魔物の死屍累々のみ。まさか魔物に捕まって、連れていかれてしまったのだろうか。

 そんな心配をよそに、背後から硬質な蹄の音を聞いた。そういえば、こんな洞窟の中で馬の蹄の音を聞くのは初めてだったかもしれない。バングルゼがそんなことを考えながら振り向くと、ファウファーレが進行方向側の通路から走ってきたのを確認できた。

「どこに行ってた?」

「ごめんなさい。ちょっと奥へ行って先の様子を確認してました」

 ファウファーレが走って乱れた髪を手櫛で整えながら言った。

「二人っきりで行動してるんだ。こんな洞窟でバラけたら危険だぞ。それに、ちょっとこっちを手伝ってくれてもいいじゃないか」

「またまたー! こんなザコあいてに先輩がやられるわけないじゃないですか。それに、外で待たせてるし、それぞれができることをやってた方が効率的ですから」

「そうか?」

「そうですよ。私、先輩を信頼してるからこそ、安心して戦いをお任せしてるんです」

 ファウファーレはバングルゼの大きく、無骨な手をそっと両手で包みこんだ。

「さあ、この調子で穴の主も倒しちゃいましょう。もう正しい道は調べました」

「……また罠があるんじゃないだろうな。さっきみたいなピラニア地獄はごめんだぞ」

「はい」

 バングルゼは熱を帯びた自分の手に添えられている、ファウファーレの褐色の冷たい、爪を綺麗にマニキュアで彩った手を、失礼にならないように軽く退けた。

 そして、バトルアックスをしっかりと持ち直し、進むべき道を見据えた。


 最後の最後、穴の主に通じる道に関しては、ファウファーレはミスなく正しい道を教えてくれた。進む途中ファウファーレが、実は魔法の蝶で周囲を探る魔法はまだ未熟で、うまくいかなかったことをバングルゼに告白した。

「気にするな。あの程度の罠、俺にとっちゃどうってことない。食らったのが俺だけでよかった」

「ありがとうございます。今後は一層努力して、この魔法も完成させようと思います」

 洞窟の最深部にやってきた。

 姿を現した穴の主は、深緑の鱗にその身を覆われた、巨大な翼を持つドラゴンであった。

 穴の主の鎮座する間は、まるで火山の火口のように天井が筒抜けになっており、真上を向くと冥界の夜の、漆黒の空が見える。

 ドラゴンの堂々たる巨体は、ダンジョンの財宝を守る敵として相応しい威厳を持っており、吹き抜けの天井は、狭い通路を通れない彼専用の出入口となっているのだろう。

「せっかくここまでこれたのに、二人ともやられちゃ話にならん。こいつは俺が片付ける。お前は鎧を探せ。この近くにあるはずだ」

 女を危険に晒していては戦士の名折れである。バングルゼは一歩前に踏み出した。

「わ、分かりました」

 ファウファーレは背中に携えた天使のような純白の翼を広げ、宙を駆けるように上空へ飛翔した。

 同時に穴の主は洞窟を揺るがすような咆哮を発し、鋭い爪をバングルゼに振りかざす。バングルゼはバトルアックスでその巨大な腕を受け止めた。

「ぐっ……。うおおおーっ!」



 バングルゼの渾身の力のこもった掛け声がファウファーレの耳にも入ってきた。彼女は上空から霊鎧サリファを探すべく翼を羽ばたかせて、同時に上から戦いの様子も確認していた。

「馬鹿じゃないの? 勝手にその気になってくれたわ」

 彼女は唇を歪めてほくそ笑んだ。



 戦闘は終わった。

 天井が吹き抜けの広間は、彼の吐く紅蓮のブレスによってそこかしこが溶けてくすぶり、黒煙が上がっている。その煙の中心に、バングルゼは息も絶え絶えに、血まみれになって立っていた。眼前には、太い首を切断され、胴体が分離した穴の主の死骸が横たわっている。

「先輩! やりましたね!」

 ファウファーレが嬉しそうな歓声と共に、上空から飛来してきて、ふわりとバングルゼの横に着地した。

 その胸には、まばゆい白銀の装甲を持ち、それでいてシンプルですっきりとしたデザインの鎧が抱えられている。これが女神ウィーナが天界にいたときに愛用していた鎧、冥界に追放されてから失われてしまっていた力の片鱗の一つ、霊鎧(れいがい)サリファに間違いないだろう。

「見つけてきたか」

 バングルゼは鼻息荒く、口元をほころばせた。

「先輩、その傷、大丈夫ですか?」

 バングルゼの鎧はあちこちが砕けもはやその意味を成さず、体中が切り裂かれ、皮膚ははがれ腕や足の肉も露出しているありさまだ。足もとに小さな血だまりができており、時間の経過につれてその規模は広がっていく。戦闘中で気になっていなかった全身の激痛が彼に襲い掛かる。

「これしき……」

 顔を強張らせて虚勢を張るが、もうこれ以上は戦えない。

 速やかに洞窟から撤収し、傷を治療した方がよさそうだ。

「先輩、私、回復薬を持ってます。これで傷を治して下さい」

 ファウファーレが優しい顔つきで、サリファを一旦地面に置いた後、腰に吊り下げた袋から、小さなビンを取りだした。

 そのビンには、墨汁のように真っ黒な色をした液体が満たされている。

 バングルゼの背筋が凍りついた。死闘を演じた後で激しく鼓動する心臓が、先程雑魚モンスターを倒したときに差しのべられたあの褐色の手で握り潰されたように収縮するような感覚を覚え、消耗していながらもしっかりと地面を踏みしめていた足元が視野の縮小に連動しておぼつかなくなってくる。

「さあ、先輩、一気に飲んじゃって下さい!」

 ファウファーレが人形のように形の整った、綺麗な笑顔で言う。

 その笑顔と対照的にどす黒い、ビンの内部に波打つ液体。こんな色をした回復薬、普通あるだろうか。毒ではないだろうか。

「お、俺は、薬なんていらん……」

 バングルゼは唇を震わせて、声を絞り出した。

「あら~、先輩、声が震えてますよ~? ほうら、遠慮しないで。これを飲めば楽になりますよ」

 ファウファーレは手にしたビンをバングルゼの眼前にちらつかせる。

 もう一度、彼女の顔に焦点を合わせ、バングルゼの疑念は確信に変わった。先程までの社交的に完成された表情をかなぐり捨て、冷徹な視線に、こちらを見下すように歪んだ邪悪な笑顔がそこにはあった。

 彼女の言う『楽になる』とは、バングルゼの全身に刻まれた傷の治癒ではなく、また別の意味だ。

 それを悟ったとき、バングルゼは言葉が出なかった。抵抗しようにも、自分は罠・モンスター・穴の主とのダメージでもう立っているのがやっとの状況。一方、目の前の敵はまだ無傷。怒りよりは、自身の愚かさに対する悔い、絶望感と無力感が溢れてくる。

「何でためらっているんですか? さあ、早く飲んで」

 表情の変化に合わせ、その口調も悪意に満ちた、攻撃的なものに豹変していた。

「分かった……。俺はお前を信じる。だから、俺は飲むよ。これ」

 命運が尽きたことを悟ったバングルゼは力なく微笑み、差し出されたビンを受け取った。

「ふふ、あなたの敗因は二つ。一つは、書状の内容を自分の目で確認しなかったこと。そして、致命的なミスはリザルトやトリオンフと別れ、私と二人だけになったこと。そして、それは外で待っている二人にとっても同じこと」

「書状? この鎧を取りに行くこと自体、ウィーナ様のお考えになったことではないというのか?」

「さあね、死ぬ人に教えてもしょうがないでしょ? それより、私が敗因を教えてあげたんだから、こんどは先輩が教えてよ。あなたは、さっきから誰をかばってるの?」

 その質問を受け、とっさにバングルゼの脳裏に浮かんだのはここに来る前に自分に対して忠告をしたチューリーの顔であった。

「駄目よ先輩、そんな風に視線を泳がせたら、図星だって分かっちゃうわよ。私、今、適当に聞いただけなのに」

「何のことだ」

 バングルゼが焦りを感じる。おそらく、人生最後に感じる焦り。

「先輩がこの鎧を取りに行く件を知った後でリザルト、トリオンフ、カネスタ以外に誰かに会ったとすると、さっき依頼達成を報告しに行ったときぐらいよね。委員会とマネジメントライデン、両方に接点のある人物を洗えば誰か分かっちゃうかしら?」

「知らん、そんな」

「早く飲んでよ」

 ファウファーレが腕を組んで、冷めた視線でバングルゼを見下ろす。

 バングルゼはファウファーレを力強く見据え、震える手で、一気に真っ黒な液体を飲みほした。

「ウ、ウググウウウッ! ヴオオオオッ!」

 バングルゼは口から激しく吐血し、手からバトルアックスをこぼれ落とし、目を丸くむいて喉を押さえる。

「キャッキャウフフー!」

 ファウファーレが悶絶するバングルゼにおどりかかり、楽しそうにはしゃぎながら、前足で腹部に強烈なキックを浴びせた。

「ブゲボワアアアッ! ブバアアアアッ!」

「キャッキャウフフー!」

 地面に倒れ、血を吐きながら地面を転がるバングルゼにファウファーレは再び蹴りを浴びせた。

「ウ、ウウウウウウウウッ!」

「キャッキャウフフー!」

 ファウファーレはまだバングルゼを許さない。口から真っ赤な気泡をぶくぶくと放出するバングルゼを何度も何度も踏みつけた。

 気が付くと、バングルゼは仰向けに倒れ、白目をむいて微動だにしなくなっていた。



 洞窟の入り口で、リザルトとトリオンフは二人の帰りを待ち続けていた。

 最初は地面に寝転がっていたトリオンフも、それに飽きたようで、洞窟の入り口前で左右にうろついている。

「遅っせえな……。一体何やってやがんだ。まさか本当に月が沈むまで帰ってこねえつもりかよ」

 トリオンフがいら立ちながら言う。

 それを見たリザルトが、トリオンフの傍まで歩いてきて、若干抑えめの声で話を始めた。

「ところでトリオンフ、これは俺が冒険者ギルドにいたころの話なんだけど、仲が悪くて、お互いに嫌い合っていた二人がどういうわけか急にタッグを組んで、森の奥深くへと探索に出かけた。それで、戻ってきたのは一人だけだった」

「へえ」

「戻ってきた奴は、もう一人は魔物に襲われて死んだって言うんだけど、その話を聞いた誰もが思った。きっとあいつが殺して、森のどこかに埋めてきたんだと。でも、証拠なんてどこにもないから、そいつの言うことを信じるしかなくって、誰も咎めることはできなかった」

「何が言いたい?」

「もし、戻ってきたのがファウファーレ殿だけだったら」

 リザルトは、腰の左側に提げた鞘に自分の右手を静かに添え、トリオンフに視線を送った。

「待てって、俺達が身の振り方を決めるのは、ウィーナ様のご尊顔を拝してからでも遅くねーだろ。それに、今の段階でファウファーレが何か企んでいるっていう証拠なんて何もないだろ」

「面倒臭ぇ。斬った方が早い」

「だからファウファーレが何をしたがってるのかも分かんねえし、それがウィーナ様に、俺達に害をなすものなのかも分からん! 動きようがねえだろ。今奴を殺ったら俺達が委員会に、ウィーナ様に反逆したことになっちまうじゃねーか!」

「テメービビッってんのか?」

 慎重論を提示するトリオンフに対し、リザルトが鼻で笑う。

「だとゴルァ!」

 トリオンフが激昂し、リザルトの胸倉につかみかかった。

 そこでトリオンフは急に沈黙し、リザルトから目線をそらして、つかんでいる鎧の胸部装甲板から手を離した。

「……わりぃ、今は俺達で揉めてる場合じゃなかった」

 トリオンフがため息をついて謝罪した。

「いや、俺の方こそすまん。先の見通しが立たないときで、お前の意見の方が正しかったもんだから、つい熱くなった……」

 リザルトも自身の心中を正直に話し、謝罪した。

 そして、再び二人は話をやめて、ただバングルゼとファウファーレの帰りを待つばかりになっていた。

 どれほど時間が経過したろうか。

 洞窟から、人影が見えた。

 やってきたのは、ファウファーレ一人だけ。そこにはバングルゼの姿を確認することはできなかった。


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