第43話 脳筋バングルゼ
ファウファーレが手をかざすと、洞窟の中より十匹程度の、光り輝く蝶がやってきて彼女の周りをひらひらと舞う。旋回する蝶を纏いながら彼女は目をつぶり「そう、分かったわ。ありがとう」とささやくと、蝶は一瞬にして霧散し、音もなく消え去った。
他三人の視線がファウファーレに集中する中、彼女は目を開き笑顔を作る。
「私の蝶が調べたところ、洞窟の中はたくさんの罠が仕掛けられていて、鎧を守る穴の主はとっても強いらしいの。あなた達では危険だわ」
リザルトとトリオンフに目を向け、彼女は優しげに微笑んだ。
「いや、何と言うか、俺達が力不足っていうのがちょっとよく分からないんですけど」
リザルトが抗議した。
「じゃあ何で呼んだんだよ」
トリオンフが、隣に立つリザルトにぎりぎり聞こえるくらいの小声で愚痴った。
「あなた達は、私達が朝になっても戻らないようなら、委員会に戻って事の次第を報告して」
ファウファーレが空に浮かぶ真っ赤な冥界月を指差した。
「あれが沈んでも帰ってこなかったら」
ファウファーレが付け加える。
「バングルゼ殿、それでいいんですか?」
洞窟の入り口前で今か今かと待っているバングルゼに、リザルトは問いかける。
「こんな洞窟、俺一人で十分だ。お前達は全員ここで待ってろ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、バングルゼはリザルト達に背を向け、洞窟の内部に向かって歩みを進める。
「待って、バングルゼ先輩。私の蝶が道案内をするわ。どこに罠があるか分かった方がいいでしょ? それに、リザルト達より私の方が戦闘でもお役に立つわ」
ファウファーレが滑らかな動作で両腕を広げながら、バングルゼの後を追う。すると先程の光る蝶が二匹、三匹と姿を現し、宙を翻った。
ファウファーレとバングルゼが並ぶ。リザルトやトリオンフも決して身長が低いわけではないが、荒々しく力強い巨体を持つバングルゼと、白馬の下半身に美麗な女性の上半身を有するファウファーレの悠然とした姿。そのコンビは迫力を帯びてリザルトの目に映った。
「俺は『達』ですか……」
再びトリオンフが小声で愚痴る。
「やっぱり俺達も」
「行ってらっしゃい! 自分達は待機してますんで、どうか二人ともご無事で!」
リザルトが言いかけたのを、隣に立つトリオンフが腕を突き出して遮り、言葉を挟んできた。
バングルゼはそのまま一瞥もせず、ファウファーレはこちらに振り返り、妖艶な笑みを浮かべて軽く手を振り、洞窟の奥へ消えていった。
「行ったな……。ダンジョンの内部を探索できるなんて、便利な魔法を使うもんだ」
トリオンフが目を細めて洞窟を見つめながら言った。
「何で二人で行かせた?」
リザルトがしかめっ面で腕を組む。
「待ってろって言うんだから、言う通り待ってりゃいいじゃねーか」
トリオンフはさもそれが当然とでも言いたげである。彼は黄色の分厚い鎧をきしませながら地べたに座り込んだ。
「バングルゼ殿もファウファーレ殿も、協調性がねえなあ……」
そう言いながらリザルトは赤竜レッドアローに手で合図を送った。レッドアローは四本足でリザルトの側へと歩み寄る。
「いや、バングルゼは普段協調性あるよ? いい人だもん。アレだ。なんかバングルゼの奴、怒ってねぇ?」
トリオンフは座った姿勢から、今度は地面に寝転んでしまった。それを見たリザルトも、レッドアローと共にトリオンフの横に座り込んだ。
「ファウファーレ殿に仕切られてるからだろ。ファウファーレ殿がウィーナ様の意思を代弁して、俺達のまとめ役に収まってるもんだから」
「そんなとこだろうな。あの女は人に協調ばっかさせて、自分は協調性ないから」
リザルトとトリオンフは、その他大勢の従者と共にウィーナの下を離れたが、逃げたわけではなく、取りこぼすとワルキュリアカンパニーの経営に影響を及ぼす大口の依頼をレンチョーの指示の下で優先してこなしていた。
その後、状況の変化がただならぬものだと察して委員会に身を寄せたのだが、委員会に入ったのは時間的にリザルトよりトリオンフの方が先になる。
「俺達を組織化して、ファウファーレ殿は一体何をするつもりだ?」
リザルトが問う。
「さあ。ファウファーレはウィーナ様が存分に力を発揮できるように手助けがしたいだけだって言ってたけど」
「それで委員会メンバーの肩書きをもらう必要あるか? 大体、あれウィーナ様の許しを得てないだろ」
「だろうな。今の状況を考えてもウィーナ様はとてもそんなこと把握していられる状況じゃない」
トリオンフの言う通りだとリザルトは思った。ワルキュリア・カンパニーの代表取締役・ウィーナは、冥界政府執政部の依頼を受けて、冥界の運命を左右する作戦を指揮・実行している。委員会の動きなどにとても構ってはいられないだろう。
「そもそも、ただの管轄従者ごときが何で委員会からメンバーの肩書きを受け取って、さもウィーナ様の意思を代弁しているかのように振舞ってるんだ。ウチから出ているメンバーはそもそもウィーナ様とヴィクト殿の二人だ」
リザルトが言う。
「ただの管轄従者じゃない。ウィーナ様の秘書官で実質別格の扱いだった。もう最近じゃ、任務で出ずっぱりの幹部従者達を差し置いて、常にウィーナ様の側近くに仕えていた」
トリオンフが軽く反論する。
「それでも管轄は管轄だ」
「ああ」
トリオンフは軽くうなずいて、寝がえりを打ち腕枕を組み直した。防具が邪魔そうだ。
「誰かがまとめ役やるにしても、同じ階級で、キャリアも年季も上のバングルゼ殿がその役に就くべきだろう。お前やカネスタが付いていながら何でそんなスタンドプレー許してんだ」
「知らねーよ! 大体、今自分で言ったろ、何でウチのいち戦闘員に過ぎないファウファーレが委員会の中枢に入り込んでるか。つまり、前々から独自に委員会の、それも中枢への後ろ盾を作ってたってことだろ。メンバーの身分を与えたのが委員会の意向だとしたら、そんな奴にケンカ売ったらまずいだろ。俺もカネスタも、バングルゼだって、委員会から見たらワルキュリア・カンパニーの残党に過ぎねーんだよ!」
トリオンフがふて腐れ、吐き捨てるように言った。
「ハイム殿はそれを黙って見ていたのか」
「そこだよ。あのケンタウロス女のうまいとこは。奴が表舞台に立ち始めたのは、ハイムが執政部の依頼を受けて早々に出て行った後だ。で、ハイムはもうこっちには戻ってこない」
「それまずいだろ。そんな好き勝手やってても、委員会の意向で、ウィーナ様やヴィクト殿の意思を実現するためって大義名分がありゃ合法じゃねーか!」
「だからウィーナ様はハイムが呼び戻しに行ってる。聖剣ジークもそこで渡すらしい。とりあえずウィーナ様から指示もらわないと話になんねえ」
「ハイム殿はもう戻ってこないんじゃ? ウィーナ様一人で戦場を歩いてくるのか」
「フィーバと、あと名前分かんねーけど、平従者が一人ついていってる。そのニ人でウィーナ様の護衛をする。平従者は、あいつ。なんか小っちゃくて青い奴。頭に一本鋭い角がある」
「エイカンだ。平従者じゃ多分一番強い。フィーバより強い。でも戦闘馬鹿」
「そうか……。それにしてもウィーナ様、あんなに部下が集団退職しても作戦を実行するとは思ってなかった。俺はてっきりすぐ委員会に身を寄せるとばかり思っていた」
「俺もだよ。そもそも動ける奴全員動員するつもりだったのに、たった数名で時空の塔に突っ込むなんて。あのヴィクト殿が側についていながら、勝ち目も無しにそんな無謀なことするか? ほんと理解できねーよ」
リザルトはそう言って眉間にしわを寄せ、舌打ちした。
「事実、最新の知らせだとシュロンもヴィクトもレンチョーもニチカゲも死んだっていうからな」
「何だって!?」
トリオンフの言葉に対してリザルトが驚愕し「それどこの情報だよ」と言葉を続ける。
「城下町の正規軍陣所で、バリアナっていう執政官から俺が自分で聞いてきた。今はそいつがウィーナ様の依頼主ってことになってる」
「さっきの市街地での戦いの最中に聞いてきたのか」
リザルトやトリオンフ、バングルゼ達は、霊鎧サリファを取りにここまで来る前は、冥王軍正規軍と委員会の共同戦線に組み込まれ、暴走する悪霊の退治や市民の避難誘導に奔走していた。
「そうだ。だって幹部従者が誰もいねーこの状況で、頼みの綱のバングルゼはファウファーレの言葉を鵜呑みにしてウィーナ様の為、ウィーナ様の為ときてる。自分で情報を収集しようって気が、全っ然ねーんだもん。カネスタの野郎もその辺の補佐ができてない。戦うことがウィーナ様のためだと思って、働いてる気になってやがる」
「そもそも、俺が来る前に、ファウファーレ殿とバングルゼ殿とお前とカネスタとフィーバで何かこれからについて相談したのか?」
リザルトが指を折って頭数をカウントしながら問いただす。
「そんな暇あるわけねーだろ! 市街地があんな状況になってから、その対応で俺もお前も出ずっぱりだったしな。ただ、ファウファーレはヴィクトが委員会に送った書状を預かってて、ウィーナ様は霊鎧サリファを取り戻すことを望んでいるからすぐ確保しなければならないだの、当面の方針についてはあいつの口から出てきた」
「そう、その書状は知ってる。俺はファウファーレ殿に連れられて本部のフンニュー副委員長に会ってきたんだ。それで洞窟にサリファ取りに行こうってことになって、その書状はファウファーレ殿が預かってんだ」
市街地戦では、リザルトもトリオンフもバングルゼも、同じく委員会に身を寄せた平従者達を率いて、委員会所属の各組織・ギルドの戦士達と協力して戦っていたが、ファウファーレは委員会の本部に入って一切戦わず、他の主要な委員と共に指令を出していた。
一番後輩であるファウファーレの命令で、立場的には中核従者のリザルトやトリオンフやカネスタならともかく、バングルゼも戦わされるのは滑稽な話だった。
「ハイム殿が聖剣ジークを手に入れるのに何年もかかったんだ。ファウファーレ殿が委員会で現状の対応に当たっている片手間に、同格の神器であるサリファを手に入れてみせたら、もう委員会はハイム殿よりファウファーレ殿の方が優秀だと認識するだろうな。ファウファーレ殿はウィーナ様の代理って立場を利用して委員会で台頭しようとする気か? 何が目的なのか……」
リザルトが不満そうに言った。委員会にとっては内輪の役職、幹部従者だの管轄従者だのは関係ない。利益をもたらしてくれる者を頼りにするだろう。
「だからわざわざ手伝うこともねーだろって話だ。あの脳筋はそこんとこを分かってない」
トリオンフはバングルゼのことを脳筋呼ばわりだった。
「ウィーナ様はなぜ、一度は取りに行くことを禁じた洞窟に俺達を行かせるんだろう……」
リザルトが視線を落とし、ため息をついた。
「こんな状況だ。ウィーナ様はもう女神じゃない。なんかデカイ事をするには、神器は必要になってくるだろう。自分の身を守る鎧なんて特にだ」
トリオンフがそう言ったのを最後に、二人は会話をやめた。
しばらくの沈黙が場を支配し、遥か遠方からの魔物の遠吠えのようなものだけが耳に入ってきた。
◆
洞窟の内部、バングルゼとファウファーレは闇に包まれた通路を進んでいた。
ファウファーレが魔法で明かりをともしているおかげで、先へと進むことができる。
「そもそも、灯りになる物も持たずに、どうやって一人で入っていく気でした?」
ファウファーレが問いかける。
「そう言えばそうだった」
バングルゼは肩にバトルアックスを担ぎながら、さらっと言った。
「いいんですよ。先輩は戦ってくだされば。面倒な準備は全てこのファウファーレがやらせていただきますから、どうかご存分に力を振るって下さい」
「そうか、お前はいい奴だな」
しばらく通路を進んでいくと、道は左右に分かれていた。
ファウファーレが立ち止まると、左右の道から先程の光り輝く蝶がやってきて、彼女の周りをひらひらと舞う。
「バングルゼ先輩、ここは左です。右には罠が仕掛けられています」
「そうか」
バングルゼが左折してずいずいと進む。すると、バングルゼが踏みしめた地面がガコンと鈍い音を立て、下へとへこんだ。その直後、天井から巨大なトリモチが降りかかり、バングルゼの巨体を絡め取った。
「ぐわああっ! 罠だっ! トリモチの罠だーっ!」
バングルゼはトリモチが直撃し、床にへばりついてもがく。
「おい、ファウファーレ、何とかしてくれーっ! こりゃ凄げー罠だあっ!」
「きゃああっ! たいへーん! すぐに取ってあげますね」
ファウファーレがすぐに駆けつけ、前足の硬い蹄でバングルゼの体のトリモチが付着していない部分をガシガシと蹴り始めた。トリモチはなかなかはがれない。しかし、トリモチが付いている部分を蹴ったらファウファーレの蹄に汚いトリモチが付いてしまう。
「ぎゃああっ! 痛てててえええっ! しっかり取れええええっ!」
たまらずバングルゼは悲鳴を上げる。
「あら、なかなか取れないわね。それじゃあ」
ファウファーレは、くるりと後ろを向いて、バングルゼに渾身の力を込めた後ろ蹴りを打ち放った。
「それっ!」
「ぬおおおおっ!」
ファウファーレの自慢の脚力のおかげで、バングルゼの体を覆うトリモチははがれ、巨体は宙に舞い上がり、その勢いで天井に叩きつけられ、床に落っこちた。彼の周囲に砂埃が立つ。
バングルゼは糸を引いた体をよろよろと起き上がらせる。
「ファウファーレ、足で蹴るなよ! もっと丁寧に取らんかい!」
バングルゼがたまらず抗議した。
「あら、ごめんなさーい。そうだ、身体に残ったトリモチもお掃除しないと」
そう言って、ファウファーレは手から雷撃の魔法を放射した。至近距離でバングルゼに雷撃が直撃し、薄暗い洞窟が、にわかに青白い光で照らされた。そして、バングルゼの体に稲妻が目にもとまらぬ明滅を繰り返しながら駆け巡った。
「ぎゃあああっ! じびれるううう!」
雷撃が止むと、バングルゼの体に残っているトリモチは黒焦げの消し炭となり、ぶすぶすと煙をあげなから粉のように地面にこぼれ落ちた。しかし、彼の体も同じように黒焦げであった。
「どう、綺麗に取れたでしょ?」
ファウファーレが綺麗な笑顔をして言う。
「や、やり方を考えろ……。と、とりあえず、礼は言っておこう……」
「ごめんなさいね。私の蝶が右と左を間違えちゃったみたーい。ほら、先輩に謝りなさい」
ファウファーレがそう言うと、彼女の掌に止まっていた光の蝶がひらひらと飛び立ち、バングルゼの鼻の頭に着地した。
「ぬううううっ!」
バングルゼがうめき声を上げながら怒りで顔を真っ赤にして、鼻に止まる蝶を殴りつけようと、斧を持っていない方の拳を自分の鼻先に振るった。
しかし、すんでのところで蝶は鼻の頭から飛び立ち、バングルゼの拳は自分自身の顔面に直撃した。
「ぐわああああー! やっちまったー!」
自分で自分の顔面を殴ったバングルゼの鼻の穴から二筋の鼻血がだらだらと流れ出てくる。
「さ、先を急ぎましょう」
ファウファーレはそんな光景を全く意に介さず、踵を返し正しい道へと悠々と進み始めた。
「おい、ちょっと待て、待ってくれ」
バングルゼはしびれが残る体を奮い立たせ、慌てて彼女の後を追った。
・リザルト
冥界の住人である竜人タイプの戦士で、立場的には管轄従者と平従者の間に位置する中核従者である。
竜をかたどった鎧を装備した竜騎士であり、ウィーナの元に来るまで、剣術道場・冒険者ギルド・シーフギルド・槍術道場・魔術師ギルド・運送業・アサシンギルド・反政府レジスタンス・戦場ジャーナリスト・傭兵の仕事斡旋業と、実に10回も転職しており、相当に場数を踏んでいる。愛竜レッドアローに搭乗しての空中戦が得意。
広く浅く保有している戦闘スキルや各業界への広範囲な人脈が強みで、政府に傭兵ギルド以外の仕事斡旋を法的に認めさせた実績もあり、最初から中核従者待遇でウィーナにスカウトされた。
主君であるウィーナに対しても物怖じせずズケズケと物を言う。
HP 250 MP 150 攻撃力 250 防御力 180 スピード 170
運動能力 210 魔力 220 魔法耐性 140 総合戦闘力 1570




