第42話 冥界民間軍事契約組織調整委員会
城下町・マネジメントライデン事務所――。
「ひとまずこの辺りの悪霊は掃除できた。取り残された人達も委員会や冥王軍に引き渡した。そしてこれが、不履行状態だった依頼を達成した証文だ、頼む」
そう言ってカウンターに沢山の書類を置いたのは、ウィーナの部下である管轄従者(幹部と中核の間)、バングルゼだ。
身長は実に二メートルを超え、歪曲した角が二本生えた力強い猛牛の顔を持ち、肩部に棘のような装飾を施した分厚い威圧的な印象を受ける鎧を身につけ、背中には巨大なバトルアックスを背負った筋骨隆々の男である。
カウンターを挟んでその書類に目を向けるのは、メイド服姿で、眼鏡をかけた黒髪の前髪パッツンの女性、チューリーである。ウィーナが組織の経営を外部委託しているマネジメントライデン専従のメイドだが、実はウィーナの命を受けて潜入している中核従者で、マネジメントライデンの内情を監視する役目を持っている。
しかし、その逆の役目も果たしている。彼女はウィーナの悪霊退治稼業『ワルキュリア・カンパニー』の内情をマネジメントライデン側に流すこともしていた。果ては冥界民間軍事契約組織調整員会、通称・冥民調の業務も一部こなしており、そちらにもマネジメントライデンやワルキュリア・カンパニーの情報を真偽問わず取捨選択して流しているトリプルスパイである。
ウィーナはチューリーがトリプルスパイであることを見抜いており、チューリーもウィーナに看破されていることに気付いているが、チューリーが情報を漏洩することで、短期的には組織にとって不利益を招いても、長期的には有利に転じることを理解しているため、ウィーナは薬にも毒にもなり得る存在・チューリーをそのまま使っていたのだ。
そんなチューリーの本性をバングルゼは知る由もなく、ただのマネジメントライデンのいちメイドとしか認識していない。
「お疲れ様です。確かに頂きました。これはピエールさんにお渡ししておきます」
チューリーがにっこりとほほ笑み、トントンと書類を揃える。
「残念なのは魂をウィーナ様に鎮めてもらえず、力づくでねじ伏せるしかなかったことだが」
バングルゼがそのいかつい顔つきをしかめて唸った。
「どうしてバングルゼ殿はウィーナ様に加勢しないのですか?」
チューリーが問う。ウィーナの作戦に加勢しないのであれば、他の部下達と同じようにさっさと職場を去ればいいのに、バングルゼを初めとする一部の従者は、普段通りの通常業務を粛々とこなしていた。
「レンチョー殿が言っていた。本当にウィーナ様の為を思うのなら、不履行の依頼をきっちりこなしてワルキュリアカンパニーを回していくことこそが重要だと。そして、レンチョー殿はハチドリ殿がヘイト・スプリガンの件について説明するために戦闘員を集めたときも、一人黙々と顧客の為に仕事をしていた。レンチョー殿はそのとき、ウィーナ様をそんな危険な任務に行かせるわけにはいかないからお諌めするつもりだって仰っていた。俺は、あの人の、そんなプロ意識に胸打たれたんだ」
チューリーは思う。この人は表面的な部分しか見ていない。正直、レンチョーなんてろくな男ではない。そんな奴に胸打たれるなんて、人の本質を見ようとする意識がないと吐露しているようなものだ。
「その忠誠心、頭が下がります。……それで、これからどうするつもりですか?」
「ファウファーレとリザルトが、ヴィクト殿が遺した書状に従い、委員会のフンニュー副委員長に接触している。俺も合流し、ウィーナ様が委員会に入る下準備をするつもりだ」
「ファウファーレ殿が……」
「ファウファーレが手土産に、ウィーナ様の力の片鱗、霊鎧サリファを取りに行くって言っていた。俺も微力ながら力を貸すつもりだ。俺が力になれることといったら戦闘ぐらいしかないからな」
バングルゼが猛牛よろしく、鼻息荒く説明した。
あの鎧が眠る、冥界のはずれに位置する不毛の地にひっそりと口を開けた洞窟。危険なので、ウィーナはその洞窟の探索を禁じたはずである。もう霊鎧サリファなどいらないと。もちろん、そんなことをここで言ったら、なんでメイドに過ぎない自分がそんなことを知っているのだという話になってしまうが。
仮に話したとしても、バングルゼは疑問に思わない可能性が高いが。
「バングルゼ殿、あなたは純粋な方ですね。本当にうらやましい。私にないものを持っていて」
「はあ? いきなり何だ? 改まって」
「ウィーナ様のため、組織の為、冥界の為。ご自身のその逞しい腕力を拠り所に、力を振るうことに一点の曇りもない。私は、恥ずかしながら、ときどき自分が何をやっているのか分からなくなることがあります」
「……何だかよく分からんが、まあ、なんだ? 頭で考えるばかりじゃなく、とにかく行動あるのみだ。言葉は嘘になるから嫌いだ。手を動かし、足を動かしてナンボってもんよ」
チューリーは微かに微笑んで頷いた後、重々しく口を開いた。
「ただ、僭越ながら忠告させて頂きます。そのひた向きさ、純粋さは時に敵を作ります」
「どういうことだ? 純粋だから周囲の連中から煙たがられるってことか?」
「いいえ。逆です。自分の利益のために、あなたの真っ直ぐな心を利用しようとする人達が友達の顔をして寄ってきて、あなたの耳に奇麗事を囁くのです」
「俺の周りにはそんな奴いないけどなー」
「バングルゼ殿はシュロン殿の一件を聞いていませんか?」
「シュロン殿に何かあったのか?」
「いえ……。バングルゼ殿。あなた達の仕事は戦闘行為という命のやりとりです。そういう世界で生きる者達の心は一筋縄ではいきません。具体的に誰とは、私の立場からは申し上げることはできませんが、います。あなたのすぐ側に。狡猾な獅子身中の虫が」
「……分かった。よく胸に留めておく」
「必ず帰ってきて下さいね。この前の爆笑できるって話、まだオチを聞いてませんから」
限られた時間の中、対照的な二人は、思わず同じように微笑んだ。
◆
城下町・冥界民間軍事契約組織調整委員会本部――。
会議室で、委員会の幹部十数名が議論を交わしている。
「悪霊の様子はどうなっている?」
一番奥に座る、オールバックの髪形で口髭を蓄えた鎧姿の騎士風の男、ダッシ委員長が顎を指でさすりながら言う。
「ハッ、正規軍の働きもあり城下町の北側はほぼ鎮圧。南側への住民の避難もほぼ完了しています」
冒険者ギルド所属、ドーニンテン委員が言う。
「ただし、悪霊の鎮圧に手を焼いて反乱軍との戦況は思わしくない。早急の知らせによりゃあ、アメリカーンが自ら陣頭指揮をとって城へ入ったらしいな。あと、四天王アツアーは正規軍側に付く態度を明確にした」
そう言ったのは、シーフギルド所属、セーガ委員だ。
「あんな妙ちきりんな大巨人を冥王なんかにしたアメリカーンと執政部の責任だ。やはりもう王宮なんかに任せてられん」
魔術師ギルド所属、エニクス委員が苦虫を噛み潰したような表情を作った。
「あ、ちょっと待って、もう一つ知らせ! ハイムがウィーナの身柄確保に成功したって。ワルキュリアカンパニーの手の者が護衛について、こっちに向かってるわ」
冥界流剣術道場所属、コナミー委員が慌てて口を挟んだ。
「フンニュー副委員長がヴィクト委員の親書を受け取り、同じくワルキュリアカンパニーのファウファーレという者に受け入れの手配をさせているところだ」
ウィーナと同じ商売をしている悪霊退治組織の構成員、ソーニ委員が補足した。
「彼女はもうとっくに準備を整えていたぞ。今はもう、最後の仕上げとしてウィーナが天界にいたころ身に着けていた鎧を回収するために動いている。しかし、彼女の手腕は見事だ。ヴィクトの用意した御膳立てをこうも効率よく利用するとはな」
何でも屋の店員、ガプコン委員が感心した様子で話す。
「全くだ。ウィーナはこれからの我々にとってなくてはならない存在だからな。例の件、地下新聞にリークする時期も具体的に決めておかないと」
諜報ギルド所属、ウェアスク委員がドヤ顔で言う。
「もう勝った気でいるんじゃないよ!」
そう声を張り上げたのは、迷彩服姿で角刈りの、横長の体格をした、巨乳の中年女性、委員会専従委員レディコマンドーである。
「ああああああっ! らっきょ食いてえええええっ!」
らっきょギルド所属、らっきょ大臣委員が唐突に絶叫したが、全員から無視される。
「アタシらの計画はここの戦いで勝利しないとおじゃんなんだよ! あんな小娘の作戦でヘイト・スプリガンやアメリカーンを排除できるなんて思ってるんじゃないだろうね!」
レディコマンドーの怒りに満ち溢れたその顔つきはメスゴリラそのものだ。
「うっひゃあああっ! ますますらっきょ食いてえええっ!」
らっきょ大臣がまた叫んだ。
「レディコマンドーの言う通りだ。まずはこの騒動を綺麗に収めてみせて、世論を味方につける。新聞屋の後押しなんてオマケみたいなものだ。民衆に、民間組織の力を見せつけ、国家の無能を証明し、自分達から俺達を支持するように仕向けることが肝要だ」
ダッシが周囲のメンバーを見渡たす。
「そのためには各々が自分の役目を果たしてりゃいいんだよ! 邪魔者は一人残らず血祭りに上げろ! 解散!」
レディコマンドーが号令をかけると、メンバー達は席を立ち会議室を去り始める。
「ちょま、おい、勝手に終わらすなよ!」
ダッシが面食らった面持ちでレディコマンドーに抗議したが、彼女は既にドアを勢いよく開け放ち、いの一番に会議室を飛び出してしまっていた。
◆
冥界の辺境・霊鎧サリファの洞窟近くの上空――。
冥界の薄暗い空を、真っ赤な鱗を持つ一匹のドライブドラゴンに三人の男が跨って、お世辞にも速いとは言えないスピードで飛んでいる。
乗っているのはいずれもウィーナの部下、竜騎士リザルト、バングルゼ、トリオンフ。
トリオンフは派手なイエローカラーの鎧に全身を包んだ、体格の良い、緑色の肌を持つ亜人タイプの戦士だ。中核従者で、リザルトと組んで依頼をこなすことも多い男だ。
「おい、もうちょっとスピードは出んのか!」
バングルゼが、先頭で手綱を引くリザルトを急かした。
「しょうがないでしょう! 俺のレッドアローは本来一人乗りなんですよ」
深紅のドライブドラゴン、彼の愛竜レッドアローは心底辛そうな表情で鳴き声を上げながら、よろよろと飛んでいる。
「ファウファーレ殿待っているだろうな」
一番後ろに座るトリオンフが心配そうに声を漏らした。
「言うな、男三人鎧着て三ケツしてりゃ、スピードなんて出るわけねぇ。大体ファウファーレ殿も、あんな立派な翼を持ってるんだから、どっちか一人乗せてくれりゃあいいものを!」
リザルトが愚痴るが、応える者はいない。
ようやくレッドアローが洞窟に到着した時、ファウファーレは腕組をしてリザルト達の到着を待っていた。
ファウファーレはウィーナの部下でバングルゼと同格の管轄従者である。上半身は、金髪を頭上で結い上げ、褐色の肌を持ち、胸を覆う白銀のビキニアーマーを身に付け、背中に天使のような純白の翼を携えた女性であり、ヘソから下の下半身は、白銀の体毛に覆われた馬である。
両手首や四本の足首に黄金のブレスレット、耳には多くのピアスを身につけ、首にかけたシルバーのネックレスが胸元で光る。
そして、二の腕、ヘソや腰の周りの肌には呪文のような文様の刺青が刻まれていた。
「遅かったわね」
到着した三人を見降ろし、ファウファーレは辛辣に言い放った。
彼女は、今いる四人の中では一番後輩だが、その優秀な能力を買われ、異例の速さで管轄従者に昇進した人物である。更に、幹部従者への昇進も確実視されていた。
「すいません」
不本意ながらリザルトは謝罪する。
「遅れてすまん。早速、洞窟に入って鎧を取りに行こう」
バングルゼが竜から降り、バトルアックスを構えて内部に入ろうとする。リザルトとトリオンフも後に続こうとして慌ててレッドアローから降りた。
「待って、行くのはバングルゼ先輩と私だけよ」
ファウファーレは黒く光り輝く蹄をカツカツと鳴らし、半人半獣の体を悠然となびかせてこちらへ歩んでくる。
「そりゃまたどうして?」
トリオンフがきょとんとして言った。
それはリザルトも同じ思いだ。全員で行けばいいではないか。
「あなた達じゃ力不足でしょ?」
両手を腰に当てて、ファウファーレはこちらを見下してきた。
「はあ?」
予想外の返答に、リザルトは顔をしかめた。




