第35話 漆黒の姫君
キャラ付けで主人公に「きええええええいっ!」って言わせるの、やめりゃよかったな。
あれからウィーナは、意を決して今いる治療所を後にし、両軍が激突している城内へ駆けつけた。
城門周辺では冥界の戦場に流れる血の臭いが一段と強くなり、闇の空間に舞い散る砂塵が、兵士の持つ松明で照らされていた。
城内で敵と斬り合う者、城門や中庭で魔法を打ち合う者、また空で戦う者、その上下内外からの怒号がウィーナの耳を震わせる。
彼女は正規軍の中の一戦士となり、戦場に溶け込んでいた。先に城内に侵入した冥王と合流すべく、剣を抜き突き進む。
城内一階の大広間へ続く冷たい石造りの広大な回廊は、累々と死体が転がり、剣と盾が打ち合った際に生じる火花が、そこかしこから飛び散っていた。
正面から飛来してきた矢を、彼女は戦場で培った反射神経を持って、その剣で二本、三本と打ち払う。そして、直後に槍を構えて挑んできた敵兵の動きを見切り、剣で槍を打ち払い、相手の鎧の装甲が薄いつなぎ目の部分を狙い、腕部を斬りつけた。
槍を落とし苦痛にうなる敵の悲鳴を聞くと、彼女はすぐに周囲への警戒を強くして正面に走り出し、途中で立ち塞がる剣を携えし獣人の兵士を、一刀の元に袈裟斬りにした。急所を斬られた敵から血しぶきが上がり、獣の眼を見開いたまま床に突っ伏す。
左の方角から、地を這うような怒声が上がると同時に、二、三人の正規軍兵士が吹っ飛ばされてきた。
見ると、背丈が二メートル半は軽く超える巨人が、己の身長ほどもありそうなハンマーを台風のように振り回している。
ウィーナは迷わず、その巨漢兵士に突っ込んだ。
こちらの殺気に気づいた相手は、ウィーナの脳天に向けて、既に犠牲者の血で彩られているハンマーを振り下ろす。
しかし、それより紙一重で早いタイミングで、ウィーナは高くジャンプした。そして、敵の喉に剣を深々と突き刺す。巨漢は、断末魔のハンマーを一回転させ、地響きを上げて倒れた。
こちらが敵を倒した瞬間を狙ったか、ウィーナに向かって右から矢が飛んできが、彼女は涼しい表情で、矢を剣で払い落した。
「くっそう! 女あーっ!」
右を向いたら、矢をこちらに放った張本人と思われる、弓を携えた軽装備の敵兵がもう一度矢を放たんとする光景が見られた。
しかし、ウィーナは相手の弓を構える手つき、目線と体勢を観察し、矢の軌道を予測した。
足を無駄に動かすまでも、いちいち剣で払い落すまでもなかった。ウィーナは、上半身だけを横に反らし、右腕を少し上げると、撃たれた矢は彼女の脇の下を通り過ぎた。
「はあぁ!? 何だそりゃああーっ!」
敵兵士は怖れと驚愕の表情を浮かべ、弓を床に叩きつけ、腰の鞘から抜刀した剣を両手に握りしめ、こちらへ突っ込んできた。
「面白い」
ウィーナも剣を両手に握りしめ、敵兵士に正面から疾走する。
「きええええええいっ!」
彼女は相手に肉薄する刹那、集中力を高めるべく、まるで女性が恐怖におののいたときに上げる、甲高い悲鳴にも似た掛け声を上げた。
二人の体と剣が交差し、両者は背中を向け合わせる。
ウィーナの背後から、敵の悲鳴と血しぶきの音が聞こえた。手にはまだ相手の胴体を真一文字に切り裂いた感触が鮮明に残っている。
ウィーナは敵の死を確認すべく背後を向いたが、彼女の左腹部に鋭い痛みが走った。彼女もまた、敵の剣を完全に避けきれず、胴体にかすり傷を受けた。
ウィーナの鎧は胸と肩、手首しか守れない。彼女の左腹部は服が裂かれ、ゆっくりと血が流れ出る。彼女は傷口を左手で覆い、小さいうめき声を漏らした。
「黒髪の女騎士、援護する」
後ろから、低い声が聞こえた。
見ると、正規軍所属の識別マークをつけた、光輝く杖を持つ渋いオッサン顔の魔道士が回復呪文をこちらにかけてきた。すると、脇腹の傷は魔法によって塞がっていき、激しい運動による疲れも回復する。
そして、それと並行して四、五人の屈強な味方兵士がウィーナの左右を通り過ぎて敵へと突っ込んでいく。
「助かった!」
ウィーナは礼を言う。
傷ついた者を後ろに下げ回復させる間、他の者が前衛に回る。
打撃・魔法のバランスがとれているメンバー構成、そう、軍人で言えば小隊、冒険者で言えばパーティーの基本的な戦術だった。
「ウィーナ様!」
再び前に出ようとしたそのとき、突然背後から呼び止められてウィーナは後ろを向く。
そこいたのは、一人の女性だった。
明るい茶色の長髪を背中で結っており、体にぴっちりと密着した漆黒の忍者装束に身を包んでいるせいで、スレンダーな体系は一層際立って見える。
全てを闇に飲み込むような装いからは、両目の赤い瞳と、肩や手首、足元を覆うダークパープルのアーマーからのみ鋭い光を感じ取れた。
「お前は……ハイム」
「ご無沙汰しております。ウィーナ様」
彼女がハイムと呼んだ女性は、ウィーナの幹部従者であった。数年前から、ウィーナの失われし力の片鱗である「聖剣ジーク」を探し当てるという任務を負い、旅に出ていた人物である。
「まさか、戻ってきていたのか」
元々彼女は冥界の住人ではなかった。
魔界で名を馳せる最高位のヴァンパイアの王女という華々しい生を受けたハイムだったが、同時に「魔界のヴァンパイアを全て滅ぼす」というお告げと共に生を受けた呪われた子でもあった。
本来、すぐに殺されるはずだったが、彼女の生みの母親の手引きにより、魔界の忍びの里へ送り込まれ、世間の目から隠されて、忍びとして育てられる。
彼女が成長した際、忍びの里の頭目から自らの出生と運命を告げられたハイムは野に放たれ、魔界で永遠とも思われる勢力争いに明け暮れていたヴァンパイア達を次から次へと滅ぼしていった。
最後に、自らを生んだ家を滅ぼしヴァンパイアの歴史に終止符を打ったハイムは、己の呪われた運命を断ち切るため、そのときたまたま出張で魔界に来ていたウィーナに直談判した。
ウィーナは、ハイムの願いを聞き届けた。
上司の女神に依頼して、ハイムの魂をヴァンパイアの肉体から分離させ、冥界へと送った。そして、冥界の王者、アメリカーンの手によって老いと寿命を持つかりそめの肉体を与えられたのである。
その後、皮肉にもウィーナ自身が冥界に落とされることになった。
かくしてウィーナとハイムは再開を果たし、以後、ハイムはウィーナの影として様々な任務に携わることになったのである。
「聖剣ジーク、確かに手に入れました」
ハイムは背中に携えた剣をとり、ウィーナに手渡した。
それは、かつて天界にいたときのウィーナの愛剣であった聖剣ジークに他ならなかった。握力大魔王を倒した罰として冥界に落とされた際、この剣も失ってしまっていたのだ。
「見事だ……。よくやってくれた」
数年ぶりに戻ってきた聖剣の手触りをウィーナはその掌で感じ取った。ウィーナの体に何か懐かしい力がみなぎってくるようである。
『ウィーナ様、こちらロシーボ。現在18階、たくさんのモンスターと戦っていますが、まだ大丈夫です』
時空の塔からロシーボからの通信が聞こえてきた。
ウィーナも耳の通信機を操作し、ロシーボに回線を開く。
『了解した、引き続きこまめに状況を報告しろ』
『分かりました、失礼します!』
通信を終えたウィーナはハイムに向き直る。
「こんな最前線に来たのは、この剣を届けるために?」
ウィーナはハイムに問う。
ハイムは、己の任務を全うすることに凝り固まったプロフェッショナルだ。しかし、見つけた剣を届けるためにわざわざこんな戦場の真っただ中までやってくるだろうか。
それに、ウィーナがここにいることを知っていたということは、執政部から使わされてきたとしか思えない。
「……恐れながらウィーナ様。あなたにはこの戦場から身を引き、冥民調と合流していただきたいのです」
ハイムが静かに切り出した言葉の内容は、ウィーナの予想通りであった。まさかウィーナの部下であるハイムを説得に出してくるとは。
「今、私は作戦の指揮をとっている最中だ。それに、今の逼迫した事態を分かっているのか?」
反逆を起こしたミズキが、この城の最上階で儀式を行い、ヘイト・スプリガンが手にした王位と、その圧倒的な力を継承しようとしているのだ。それを阻止するカギとなるリレー作戦は何としても続行しなければならない。
そして、その作戦と並行して、冥王の正規軍が儀式の間への突破口を開くべく城内で激闘を繰り広げているのだ。
もはや後には退けない。
「全ての戦局、情勢は理解しております。……そして、ウィーナ様がなすべきこと、私がなすべきことも。リレー作戦に関しては、私が引き継ぎます」
ハイムの口調からは力強い意志が感じられた。
「今はこの流れに乗って、反乱軍を抑えねばならない」
冥王自ら敵陣に突入し、正規軍の士気は上がっているのだ。
「お言葉を返すようですが、仮にミズキやキヌーゴをここで倒しても、もうそれだけでは事態は収拾しません。ウィーナ様こそ、城下町の動きに薄々危険を感じ取っているのでは?」
「くっ……」
痛いところを突かれた。自分が死に場所をここに決めたことを見破られているようだ。
「それでも、私がここに残ると言ったら?」
ウィーナがそう言った瞬間、目の前からハイムが消えた。
すると、ウィーナの喉元に短刀が突き付けられている。既にハイムは、ウィーナの背後に回り込んでいたのだ。
頬に、一筋の汗が流れる。
まるでハイムの赤い瞳から発せられる冷たい殺気がウィーナの首筋に突き刺さるようだ。
「……咎めは生きて会えたときに。今は時間がありません。ここは私とロシーボに任せていただきます」
「手荒過ぎやしないか」
「ウィーナ様があのとき私を運命から解き放ち、導いて下さった。今度は、私があなたを導く番です」




