第34話 己を貫け!?
ウィーナは、今まで一頭身だったために装着できなかった通信機を改めて耳につけた。
ロシーボはバトンを握りしめ、固唾を飲んで、戦場の様子を眺め始めた。
『聞こえるか、こちらはウィーナだ。今どこまで進んだ?』
ウィーナは時空の塔を登るアツアーに問いかけた。
『今16階にいる。まだ体力的には問題ない』
先ほどのグヮンモドキと比べて、かなり登るペースが遅く感じられた。あの男は、一階で戦死したヴィクトに代わり、あっという間に13階まで駆け上がったのだ。
『もう少しペースは上げられなかったか?』
『無茶言え。体力を温存するために魔物との戦闘は避けてるんだ。気配や殺気を消してそんなに速くは移動できない』
『そういうことか……』
ウィーナは彼の言うことは道理だと思った。グヮンモドキは壁を破壊しながら進み、出くわした魔物を全て相手にして進んだ結果、傷つき、倒れたのだ。
『アツアー、よくやってくれた。次はロシーボと交代してほしい』
『了解した。いまバトンを使う』
「ロシーボ頼んだぞ。16階からだ。20階に着いたら必ず連絡しろ」
ウィーナは、先ほどから戦場の様子を確認しているロシーボに声をかけ、注意をこちらへ向けさせた。
「はい、頑張ります」
ロシーボの体は光に包まれて消滅し、その場に赤い鎧を身にまとった騎士が現れる。手にした長剣をぶら下げるように構えているアツアーは、傷ひとつ負ってない。
「悪い。少しペースが遅かったと思う」
アツアーはすまなさそうに言い、周囲の景色を無表情で見渡す。
「しかもあまり敵と戦わなかった」
彼は苦笑して赤い兜に手を当てた。
「構わない。これから汝には存分に働いてもらう。まず、こちらの状況は……」
「ああ、説明はいいや。通信機でそっちの会話拾ってたから」
「そうか」
「それより、砲兵はどこに陣取ってんだろ?」
アツアーは、先程から、会話の傍らで目を細めながら遠くを見渡し、何かを探している様子だった。
「砲兵? なぜ?」
「いや、城に撃ってほしくて」
「弾を?」
「いや、俺を」
「はい!?」
「時間ないし」
「アツアー様、砲兵部隊なら少数ですが、城壁西側の台地に集中配備する予定です。まだ城門付近の白兵戦で精一杯で、大砲をそこまで移動できてませんが」
ウィーナ達の会話を聞いていた、髪を長く伸ばした肌の青い中年の兵士が、すかさず説明をした。
西側は、城の構造を考えると、最上階の祭壇を狙える地理関係にある。だが、その兵士の話では敵もそれを承知らしく、既に西側の台地を確保されており、大砲を有効に使うのは厳しい状況らしい。
「今大砲は後方に控えてるのか?」
アツアーが問うと、兵士は「はい」とうなずいた。
ウィーナはアツアーの意図が今ひとつ読めない。よもや、自分を大砲で発射させて、敵地に突っ込むというのか。
結果、ウィーナの予想はそのまさかであった。
アツアーは近くの伝令兵に「俺が入るサイズの大砲一台と砲兵をここに呼んできてくれ」と指示を出して走らせた。
そして、伝令兵がその場を去ったあと、彼はとんでもない発言をした。
「俺はしばらく仮眠を取る」
「な、何?」
「俺十日位寝てないんだった」
普段から冷静で、滅多なことではうろたえないウィーナも、さすがに驚きを隠せなかった。この逼迫したタイミングに仮眠とは、何かの冗談としか思えない。
「勝利の女神、見ている暇があったら自分の仕事をしたらどうだ?」
アツアーはミラージュソードを鞘に納め、腕を組んで直立して、両の目をつむった。
「えっ? ……いやいやいやいや!? お前が仕事しろ、どれだけマイペースであるのか!」
ウィーナがツッコミに回る、かなり稀な状況であった。
「いや、四、五分でも寝とけば、かなり動きが違ってくるから。絶対寝といた方が役に立つよ?」
「そ、そうなのか?」
「すまん、ぶっちゃけた話、時空の塔でも何回か意識飛んでた。たぶん何匹か寝ながらモンスター倒してる」
「ば、馬鹿な……!」
「マジ眠い」
アツアーのあっけらかんとした態度に、ウィーナは不安を隠せない。この男、ロシーボに似たものを感じる、彼女は思った。
「ああ、そこの青い人、俺もう寝るから。大砲が来たら城へ向かってそのまま撃ってくれ」
「どの辺に向かって撃つんですか?」
「上の方、まあ適当でいいや」
「はい、了解しました!」
先ほどの兵士が慌てて敬礼をしたときには、アツアーは直立したまま睡眠状態に入っていた。
そして、すぐに、人ひとり入りそうな超特大の大砲と、数名の砲兵がやってきて、眠ったアツアーを担いで急ぎ砲身に詰め込んだ。
彼は安らかな寝顔のまま爆音とともに上空の彼方へ発射され、城の三階辺りの外壁に衝突し、姿を消した。
その様子を見送ったウィーナは深くため息をつき通信機の回線をロシーボに開いた。
すでに、傷が癒えた兵士達はそれぞれ前線に復帰し、衛生兵は新たな負傷兵の治療に当たっている。わずかな時間の経過で、治療所の兵士の顔ぶれは既に入れ替わっていた。
『ロシーボ、そちらの状況は?』
『はい、問題なく17階まで来ました』
『アツアーは単独行動を取った。次は私が交替する。あまり無理はしないように』
『分かりました。ありがとうございます』
通信は簡潔に終わった。
そして、次は執政官のバリアナに回線を開く。
先ほどから、城下町の状況が不透明だった。突然、謎の光線が発射されたりもしたし、悪霊との戦闘がどうなっているのかも分からない。
そもそも、正規軍が城の反乱軍と、城下町で暴れる悪霊の両方を相手にしているから戦力が分散されてしまっている。
しかも、先ほどのデストロイ・エッセンス砲なる光線はバリアナの話によると、冥界民間軍事契約組織調整委員会が何らかのギルドから接収したとのことだ。
この突然の戦乱において、あのような兵器を勝手に使用した冥民調の独断専行も大いに気になるところだ。
何せ、冥民調は冥王の城へ向けてこの光線を放った。そのときアメリカーンは城の外へ陣を構えていたからよかったが、彼らにそれを確認することは物理的に不可能である。
もっとも、物理的に不可能でも、魔術的には、アメリカーンの所在を確認できないこともないだろう。
しかし、そんなことは関係なしに、城に弓を引くこと自体が王に対する謀反である。執政部が共同で作戦に当たっているのに、なぜこのような暴挙が起きるのか。もはや城は反乱軍の手に堕ちたので、破壊しても構わないという判断なのだろうか。
ともかく、ウィーナは無線でバリアナに語りかける。
『聞こえるか、こちらはウィーナだ』
『ああ、こちらバリアナよ』
『先程の兵器、一体どういうことだ。こちらの軍の兵士まで巻き添えになったぞ!』
それにロシーボもだ。
事と次第によっては共に足並みを揃えることを再考する必要もある。
『ごめんなさい、あれは冥民調の独断なの。執政部じゃ彼らを抑えられなかったのよ』
バリアナが狼狽した口調で弁明した。
『冥民調はそこまで過激なのか。何が狙いだ』
ウィーナには、調整委員会がここまで強硬な態度を取る目的が分からない。
『分からない。一介の執政官に落ちてくる情報なんてたかが知れてるのよ。ウィーナ、あなた冥民調の運営メンバーでしょ、こっちに来て力を貸してよ』
『部下に頼まれて形式上名義を入れただけだ。ほとんど委員会には参加していないし、発言権もない』
冥民調の結成時に、ヴィクトの呼びかけに応じて、運営メンバーに名を連ねたが、ほとんど細かいことはヴィクトに任せていたし、近頃はいちいち資料に目を通す暇もなく、組織の細かい実情もウィーナは把握していない。
『とにかく、メンバーに名を連ねていれば総会に参加する資格はあるでしょ。急進派を抑えられるのは、民間組織のあなたしかいないの』
『こちらの戦場はどうする? リレー作戦の指揮をとっているのは私だぞ』
『あなたは、戦術的なレベルでは収まらないわ。戦略的なレベルで貢献してもらわないと』
『買いかぶり過ぎだ』
『依頼主の指示だとしても?』
『今、目の前で他の者たちが命を捨て戦っているのだ。勝利の女神であるこの私に、そんな状況で一人逃げ出し、安全な場所で会議でもしろと言うのか!』
『頭を冷やして! それじゃあ、ハッキリ言うけど、現場で右往左往しているあなたに大局は見渡せないわ! まずはこっちにきて、正しい方法を模索すべきよ』
ここにきて、ウィーナは初めてこの魚人の執政官が声を荒げるのを聞いた。
『貴様に戦いの何が分かる! 戦いの勢い、流れを肌で感じないと趨勢を見極めることなどできない』
ウィーナも自分の声に感情が入り始めたのが分かった。
また、今、自分が冷静になれていないということも十分に分かっていたが、ここは己の誇りにかけて自分のやりかたを貫きたかった。
『あなた、もう部下がほとんどいないでしょ。一人では作戦にならないわ』
『覚悟の上だ! どのみち、私は政府と傭兵組織の小賢しい利害競争に首を突っ込むつもりはない。すまないがもう通信を切るぞ!』
ウィーナは指に強い力を入れて、通信機のスイッチを切った。
自分は、女神の誇りを燃やして常に最前線に身を置く。天界から追放された自分を拾った、この暗黒の冥界に秩序を取り戻すために。
バリアナの言う通りにした方が効率的だろう。
しかし、自らの意思を曲げて苦渋の決断をせねばならないときもあるし、「利」や「理」を捨てて自らの意思を貫かねばならないときもある。
今は、後者だ。
ウィーナは、そう感じた。
にわかに髪をなびかせた、殺伐とした戦場に吹く一条の風が少し心地よかった。
・正規軍司令官
上級魔族の冥王軍人。
赤い肌を持っており、起こっているときにはさらに顔を赤くさせる。
冥王の居城で繰り広げられた内乱で、アメリカーン不在の間に正規軍側の司令官を担っていた。
ガチガチのタカ派軍人で、部下の兵士に死ぬまで戦うことを強要する割には、アメリカーンのような目上の人物に対しては腰が低く柔らかい態度をとる。




