第30話 私は諦めない!
「本当なのかそれは!」
流石のウィーナも、にわかに訪れた状況の変化に驚きを隠せなかった。
バリアナが儀式が終わるのは一時間ぐらいだと言っていたが、その見積もりより遥かに早い時間だった。
だが、ウィーナにとって、自分の力を取り戻す仕事がやりやすくなったという見方もできる。
死者であるヘイト・スプリガン自身が冥王になって魂を自在に操れる力が備わったのなら、彼が自分で自分を生き返らせて現世に舞い戻ればいいのである。
冥界で肉体を所有できるのは、ウィーナのように刑罰として島流しにあった例外を除き、冥界で生まれ育った住人のみである。生き返ったら、自動的にもといた世界に戻るのだ。
「ひとまず、この場を防衛することには成功した。上の戦況はどうなっている?」
『ヘイト・スプリガンがイケメンコに復讐しに行くって暴れだして、こっちの勢力は総崩れよ。かろうじてアメリカーン様の身柄を保護できたぐらい』
「奴はまだ悪霊のままなのか?」
『知ってる? 冥王はね、よほどの例外を除いては、原則として冥界から離れることができないという定めがあるの』
「え?」
通信機から漏れるバリアナの深刻そうな話し方が、ウィーナの不安を煽った。
『儀式が終わって、確かにあいつは新しい冥王になったわ。彼はすぐに自分を生き返らせて肉体を手に入れた。だけど、冥界の約定によって彼は冥界を離れることができなくなった』
「それで奴は怒り狂って暴れているというわけか」
『そうなのよ』
「確かに、真上の方から凄まじいエネルギー反応を感じます。ヘイト・スプリガンだ……」
脇にいるロシーボが、工兵服のポケットから、掌サイズの探知機のようなものを取り出し、画面を操作している。
「さっきから何の話?」
通信機をつけていないアツアーがロシーボに小声で問いかける。
「儀式が終わったって……。それってやっぱマズいんですか?」
「最悪だね」
「なるほど。そうなのか」
ウィーナとバリアナの通信と平行して、ロシーボとアツアーのどこか緊張感のない会話が始まった。
『その約定には、但し書きがあるの。冥王自身が指名した代理人にその力、権限を一時的に継承させた場合はその限りではない』
バリアナが信じられない発言をした。
「何と! よもやその代理人とは……」
『お察しの通り、ミズキよ』
「……まんまと謀られたということか」
ウィーナは全てを理解した。
先ほどミズキが言った『ヘイト・スプリガンの強大な力を抑止力として、冥界の民をひざまづかせる』という言葉の意味がいまひとつ分からなかったのだが、ヘイト・スプリガンの代理人となることで、冥王の力、権限を手に入れようとしていたのだ。
そして、あの頭の悪い悪霊なら、いくらでも口車に乗せることができるだろう。冥王の代理人に力を継承させる儀式のついでに、彼の圧倒的なパワーもミズキに継承させてしまえばいいのだ。
相当な魔力を必要とする高度な儀式となるだろうが、冥王四天王の一人である大神官キヌーゴであれば造作もないことである。
しかも、今のままでは下界に戻れないと知り怒り狂ったヘイト・スプリガンを暴れさせて、執政部側についた軍勢を総崩れにさせる。
このゴタゴタに便乗して、ミズキとキヌーゴの謀反に抵抗する勢力をこの段階で消しておこうというのである。
敵ながら見事な策略であるとしか言いようがない。
『これから、継承の儀式が始まるわ。残念だけど、もう誰もヘイト・スプリガンを止めることができない……』
「まだだ! まだリレー作戦は生きている! 私は諦めない!」
何としても、次の儀式が終わるまでに下界との道を繋ぎ、イケメンコを冥界に連れ出さなければならない。
元は人の身であるカマセーヌをヘイト・スプリガンたらしめているのは恨み、憎しみの力。何としてもその復讐を完遂させて、行き過ぎた力を取り除かねばならないのだ。
『分かったわ……。あなたに懸けたものね。それじゃ』
バリアナが力なく答えた。そこで通信は途切れた。
「ウィーナ様、まだやるんですか?」
ロシーボが尋ねる。
「当たり前だ」
「そうこなくっちゃ! 女神ウィーナ、あんたについて正解だったみたいだな」
アツアーが、清々しい表情で柔らかく笑った。その様子を見ると、ウィーナの胸にも少し希望がわいてくる。
「うまくいったときには、協力者に報酬の分け前を考えないとな。フフフ……商売上がったりだ」
ウィーナも笑みを浮かべながら言って、時空の塔にグヮンモドキに回線を開いた。
「グヮンモドキ! こちらはウィーナだ、今何階にいる?」
『13階じゃ!』
半分を切った。
目標の20階まであと七階層。
「よくやってくれた。次はアツアーが塔を登る。交代だ!」
『よっしゃ、アツアーも来よったか。お前は来ると信じとったでぇ! 了解、交代や!』
「俺の手でこの戦いも終わらせてやるさ」
アツアーがウィーナから予備の通信機とバトンを受け取ると、彼はすぐに光を放ちその場から消え、代わりにグヮンモドキが姿を現した。
その姿を見てウィーナは驚いた。
彼の全身は血にまみれ、切り裂かれ、肉すらそげ取れていた。先ほど彼を覆っていたオーラはもうかすかにしか感じられず、満身創痍であるのは誰の目にも明らかだったのだ。
「ヘ……ヘヘッ……。貸しに……しとくけん……のう」
グヮンモドキは、ウィーナの方を見て、その血塗られた顔を不敵な笑みに歪め、木こりが切り倒した大木のように床に倒れた。
既に彼は事切れていた。不敵な笑顔が、己の全てを出し切った達成感、塔を登ることでミズキに一糸報いた本望を物語っていた。
『グヮンモドキ、お前みたいな男はミズキみたいなクソ女には勿体ないぜ。後は俺に任せて安らかに眠れ』
塔に入ったアツアーも彼の死を悟り、弔いの言葉を通信した。
「グヮンモドキ、お前という奴は……。余裕だと言っておきながら……。サル・マタ、私はお前の兄貴分に大きな借りを作ってしまったようだ」
そう言ってウィーナはサル・マタの方を見ると、何と彼もぐったりと倒れており、ぴくりとも動いていなかった。
「ああ、こいつさっきから死んでましたよ」
ロシーボの口から衝撃的な発言が抑揚なく注ぎ出された。
さっきミズキがレンチョーを氷の矢で射殺す寸前、サル・マタはミズキの尻尾ビンタを首筋に食らっていたことをウィーナは思い出した。
死体の様子から察するに、そのとき首の骨を折って即死したようだ。
「全然気付かなかった……」
ウィーナはその言葉しか出なかった。
「おお、ウィーナ、無事でしたか!」
部屋の出口の方から聞きなれた声が流れてきた。見ると、あの冥王アメリカーンが、普通の人間の身長に縮まって、こちらに駆けつけてきたのだ。護衛に、三人の武装した魔族の兵士が付き従っている。
「アメリカーン!」
(元)冥王は、玉座に鎮座しているときは下々の者に威厳と威圧感を与えるために巨大な姿をしているが、外出して行動する際や日常生活時は、普通の人間のボディサイズになるのである。(元)冥王は、このようにボディサイズを自由に変化させることができるのだ。
「まんまとキヌーゴにしてやられましたよ……。ヘイト・スプリガンに人質にされたまま、儀式が行われました。私は冥王の座を追われ、力を奪い取られてこの通りというわけです。もはや付き従っているのもこのバイル、デッキ、ジョアンの三人のみ」
元冥王は肩をすくめて説明した。同時に三人の兵士も無念そうに顔をうつむける。
「しゃべり方が全然違うぞ?」
ウィーナが何よりも気になるのは、あの妙な王族ことばが跡形もなく消えうせている点だった。
「あの口調は王族の言葉。もはや私が話す権利はないのです」
アメリカーンは少々暗い口調で、落ち込んだ様子を見せた。
「で、何しにきた?」
ウィーナは冥王を嫌っている。突き放すように尋ねた。
「もちろん、この世界を治めていた者としての責を果たすため。そして、愛する方を守るため」
アメリカーンは真っ直ぐにウィーナを見つめた。
「必ずや、あなたの呪いを解き、元の姿に戻しましょう」
たとえ、冥王の力を失っても、その力強い眼差しは変わっていなかった。そこからは、一頭身のウィーナを見て気絶した先ほどの情けなさは微塵も感じられない。
ウィーナは、その真摯な態度に若干心を打たれた。あくまで若干、であるが。
そして、表面上はうんざりしたようにため息を漏らし、仕方なく諦めたように言う。
「分かった。共に戦おう」
・アツアー
冥王四天王の一人である冥界の騎士。
ヒューマンタイプで、女性を思わせる整った顔立ちを持つ美丈夫である。
冥王軍の紋章が刻まれた、真紅に輝く鎧を身に着けており、深く被った兜から淡い青の前髪を覗かせている。
「終騎士」の称号を持ち、冥界にあまた存在する騎士達の行き着く先、究極点に位置すべき存在、また、全ての争いを終局に導く存在とされている。
心悪しき者に幻を見せ、心正しき者に真実を見せるという剣、ミラージュソードで戦う。
その鏡のような剣から織り成される剣の舞は、時に人の肌を傷つけずに衣服だけを数ミリ単位の世界で切り裂くほど繊細であり、時に全ての抵抗を強引にねじ伏せる力強さを持つ。
自分の思想や意見をはっきりと持たずその場の流れや感性・感覚で動くタイプだが、不殺の信念は強く、戦いにおいては犠牲者を最小限にとどめようとする。
ミズキの野心に巻き込まれるのが面倒だったらしく、ウィーナ側に加勢した。
HP 1300 MP 0 攻撃力 4400 防御力 4300 スピード 4300
運動能力 3700 魔力 0 魔法耐性 4000 総合戦闘力 22000




