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やるせなき脱力神  作者: 伊達サクット
第2章 リレー作戦
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第23話 胡散臭い爬虫類野郎

「レーダー、改造か?」

 ウィーナが問いかけた。

「はい。あ、ちょっと見ていいですか?」

 ロシーボがテーブルに転がっている、金属の耳当てのような通信機の一つをおもむろに手に取った。そして、工兵服の胸ポケットから、ドライバーを取り出して慣れた手つきで分解を始めた。

「おい、壊さない?」

 ヴィクトが不安げな目つきをロシーボに向ける。ロシーボは「うーん……」と適当な生返事をしてヴィクトをいなした。彼の意識はもはや通信機にしか向けられていないようである。

 しばらく指先で機械の中身をいじった後、彼はまた手早い動作で蓋を閉じ、分解された状態から元に戻した。

「できます。少し時間を頂ければ、この通信機に魔物の反応や周囲の地形を把握する機能を追加できます」

 ロシーボはウィーナに訴えた。

 口元は固く結んで真面目さを作り出そうとしていたが、その瞳はまるで新しい玩具(おもちゃ)を与えられた子供のように、嬉しそうに輝いている。

「うん、確かに、時空の塔の内部の様子は分からないから、地形や敵の位置を把握できることは大きいな……」

 ウィーナは彼の提案に興味を示す。

「でも、この通信機を改造するってすぐにはできないだろ? あの立てこもり犯(ヘイト・スプリガン)が本当に二十四時間以内という言葉を守るとは到底思えない。できればニチカゲ殿の傷が癒えたらすぐにでも出たいんだけど」

 ヴィクトが押し迫った現実をロシーボに突きつけた。

「ニチカゲさんが治るまでにどれくらいかかる?」

 ベッドの端に座るロシーボが、すぐ横のニチカゲを見た。

「さっきかけた俺の回復魔法だと、一時間から一時間半位だな」

「無理だ、死ぬ気で急いでも三時間はかかる!」

「この通信機を全部改造するのにか?」

 ウィーナも言葉を添えた。

「いや、その、何と言うか、一個当たり改造するのに三時間です」

 ロシーボが見る見る内に悲しそうな顔つきに変貌していく。

「戦術的にいい改造だとは思うけど、それはちょっと時間がかかりすぎて厳しいな」

 ヴィクトは残念そうに腕組みをした。彼は一刻も早い作戦の発動を望んでいるようで、通信機の改造に乗り気ではない。

「いや、やってみせる。必ずニチカゲさんが治るまでに一個は改造する。一からの改造じゃなくて、俺のヘルメットと接合する形式をとれば……二時間半、いや、二時間でやってみせる!」

 何が彼を駆り立てているのかは不明だが、ロシーボは必死に主張した。おそらく、何とか自分の得意分野で作戦に貢献してみせたいのだろう。

「いや、それでも間に合わないよ。今は本当に悠長に構えていられない状況なんだぜ」

「そんな、大丈夫だよ。ちょっとぐらい遅れたって大したことねーって! そうだ、ニチカゲさんなら俺の提案がいかに重要か分かってくれますよね?」

 不意にロシーボはニチカゲに助け舟を求める。

「ロシーボ君、それは僕に聞くことではないッスね……。本当に自分で自信を持っている意見なら、堂々と胸を張って、自分の言葉で親方に言うべきッスよ」

 ニチカゲは力強い口調でロシーボに叱咤激励をして、ロシーボをひるませた。

「ウィーナ様、お願いします、自分にやらせて下さい。塔の地形や敵の存在が事前に知れるようになるのは必ず有利となります! 一時間半でやってみせます、私にお任せ下さい!」

 ロシーボは腹を決めたようで、ウィーナに向かって頭を下げて大きな声で懇願した。

 彼の意見を採るか、はたまたヴィクトの意見を採るか。

 ウィーナもどうすべきか迷いが生じ、しばし考えた。

「ウィーナ様、慎重を期すことは重要です。しかし、今時間を無駄に浪費しては冥王が殺される、またはヘイト・スプリガンが冥王となる。そうなっては手遅れです。この戦い、先に動かねば負けです」

 ヴィクトの進言に耳を傾けるも、ウィーナの答えは出ていた。

「いや、ここはロシーボの改造作業が終わるのを待つ」

「ありがとうございます! 今すぐ始めます。開発室にいますので!」

 ロシーボは明るい喜びの表情を見せ、すぐさま医務室を飛び出した。

 そして、すぐ体を反転して部屋にまた飛び込む。

「おっと、すいません、これ忘れました」

 照れ笑いをしながら通信機を一つ持って、彼はいそいそと再び退出した。

「ウィーナ様、大丈夫でしょうか?」

 その様子を見送るヴィクトはどうも不安を隠せないようだ。

()くなヴィクト、お前の言うことも分かるが、何も前進することのみが先に動くということではない。知略に優れた者、利に(さと)い者ほど到来したチャンスに敏感で、それをつかむことに急ぐ。だが、それでは状況の変化に翻弄されているに過ぎない。それは既に後手の行い……。真に肝要なのは敵が動き出す前に、気付かれぬよう周到な準備を行い、自ら有利な状況を、具体的な勝機を作り出しておくこと。お前が先ほどシュロンを陥れた手並みのようにな。……さっき投げたメモ、ドアの向こうにいるときに書いてたろう。何通りか用意していたのか?」

 ヴィクトがはっとしたような顔つきで、コートの片側をつまんで広げてみせた。数ヶ所ある内ポケットには多くの紙片が差してある。

「即興で、八パターン。遠くまで投げれるように紙の内側にコインを包んで、コインの大小とポケット四つの位置で内容を記憶しました」

「そう、それだ。戦いで先に動くとは、そういうことだ」

 ヴィクトがめくったコートを見て、ウィーナは微笑んだ。入念な事前準備で圧倒的な力の差をスマートにひっくり返す。これぞ正に先手を取るということだ。

「分かりました。申し訳ありません、少し焦り過ぎたようです……」

 ウィーナの忠告を聞いて自制をしたヴィクトに対し、ウィーナは柔らかく微笑んだ。

「それでは、ニチカゲの傷が癒えるまで、しばし休むとしよう。戦いに備えた準備もしておかねばならん。ビギナズ、足を運んでくれてご苦労だった」

「はい、それでは自分も準備をして参ります。私は詰め所におりますので」

 ビギナズは直立してウィーナに一礼をして、姿勢正しく部屋を後にした。若干緊張しているらしい。

「それでは、私も部屋に戻るとしよう……。ニチカゲ、少しの辛抱だ」

「すみません……。お言葉に甘えて今は休ませてもらうッス」

 ニチカゲは深い眠りの表情を見せ、休息に入る。

 ウィーナとヴィクトは医務室を後にし、屋敷のそれぞれの部屋に向かって共に廊下を歩いている途中だった。

「ウィーナ様、一つ、お願いしたいことがあります」

 話が途切れ一段落したタイミングを見計らったように、ヴィクトが神妙な顔つきで切り出した。

「何だ?」

「私は真っ先に塔に入るので、ウィーナ様達からは離れます。なので、そちらが危なくなったら、ビギナズを逃がしてやってほしいのです」

「なるほど、お前らしい」

「あの者は自分より人のためを優先する、本当に真っ直ぐでいい奴なんです。直属の上司としてだけでなく、私の個人的感情としても、ああいう人間に死んでもらいたくないのです」

「お前の部隊には厄介な依頼ばかり優先して回してしまったからな。お前の直属から多くの死人を出してしまったのはすまないと思っている」

「いえ、とんでもございません。それは私の力が及ばなかっただけのことです。ですが、ビギナズには生き残ってもらいたい。あいつ、故郷に女が待ってて、今度結婚するんですよ」

「そうか……分かった。約束しよう。ビギナズは死なせない」

「ありがとうございます。では、私は一足先に部屋へ戻ります」

 ヴィクトは、さっきのビギナズのように深々と一礼をして、駆け足で部屋へ走り出す。

「話は聞かせて頂きました。このリレー作戦、この私もお力添えしましょう」

 そのとき、不意に前方の方からトーンが高めの男性の声が聞こえた。

 ヴィクトも思わず足を止める。

 見ると、廊下の壁に寄りかかっており、ウィーナを待ち伏せしていた様子の男が遠目に見える。

 その男は、上下黒を基調とした衣装に身を包んでおり、首元にはきらびやかな装飾が施された赤い布を巻いている。黒い頭髪はぴっちりと七三分けになっており、両目共に細くいやらしそうな顔つきだ。 片方の目は人間のものだが、もう片方は金色の瞳を持った爬虫類のものである。

 そして、その目を有する側の顔の半分は緑色の鱗に覆われている。人間の目を有する側の耳には、シルバーリングのピアスが光る。

 七三分けの頭から二本の短い角が生えており、尻からひざにかけて、トカゲのような尾がぶら下がっている。

「レンチョー?」

 ウィーナが声をかけた人物は、レンチョーといい、例によってウィーナに仕える幹部クラスの従者であった。

「レンチョー、お前、今までどこに行ってたんだ。全体集合のときにもいなかったじゃないか」

 ヴィクトは怪訝な顔つきでレンチョーに向かって歩んだ。

「これだよ、これ」

 鼻で笑いながらレンチョーは、指だけ白く細いが、それ以外の掌や手の甲の部分が緑色の鱗で覆われた手をヴィクトの前に出し、小指を立てた。

「女か?」

 ヴィクトは少々驚いたような表情をレンチョーに見せた。

「なーんてな、冗談だよ。本当は、ロシーボが取りこぼした依頼を処理しててね。戻るのが遅くなったのさ」

「どういうことだ?」

 ウィーナが問う。

「ロシーボの奴、今日受け持っていた依頼を途中で投げ出して、ハチドリの呼びかけに応じて屋敷へ戻ったんですよ。だから私が奴の尻拭いで動いたってわけです。まあ、ご安心下さい。きっちり依頼は達成しました、やれやれ、疲れましたよ」

 レンチョーがキザったらしく説明した。

「そうだったのか……」

 ウィーナは苦々しげにうなったが、結果的にロシーボが屋敷にいたおかげで窮地を乗り越えたことを考えると、ロシーボの依頼放棄を追及するのは忍びない。

「実は、こっそり医務室の影で話を聞かせていただきました」

 レンチョーは得意げに、手を軽く広げた。

「なぜ、部屋に入らなかった?」

「簡単なこと。無礼ながら、ウィーナ様が、真に私が仕えるべき主君として足りるかどうか計らせていただきました」

「ほう……」

 部下が自分をどう試したのか、非常に興味深い。

「そのようなお姿になられても、望みを捨てず、あくまで依頼の達成に向けて尽力する心意気。このレンチョー、胸打たれました。微力ではありますが、今一度忠節を持ってお仕えしたく存じます」

 レンチョーは、爬虫類の流れを含む冷ややかな視線でニヤリと笑い、一頭身のウィーナの前にひざまづいた。

 その爬虫類顔の見た目が語る通り、爆発的な胡散臭さと漆黒の腹黒さを炸裂させる男だ。しかし、彼も今までウィーナの部下として戦ってきた一人には違いない。

「分かった。是非力を貸してほしい」

「ハッ! もったいなきお言葉にございます」

 すぐにレンチョーは立ち上がり、言葉を続ける。

「そこでお願いしたい儀が。邪魔者の排除、私にお任せ下さい」

「ロシーボでは不服か?」

 ウィーナが言った。

 ヴィクトも「うーん……」とうなりながら腕組みをした。

「いや、ただ、私向きの役回りだと思いましてね。ロシーボは別の役目で使えるでしょう?」

「分かった。お前にもロシーボにも、作戦本部の守りとヴィクトの後に続く予備人員としての役目を割り振るとしよう」

「かしこまりました」

 レンチョーは一礼して「その辺をブラブラしてますので」と言って去っていった。

 ヴィクトも「私も失礼します」と一言添えてレンチョーについていき、こちらに背中を見せながら行ってしまった。

 ウィーナは特に準備するものも無く、心落ち着かせ自室で待機する。ニチカゲの傷が癒えたのは四十分程度後のことで、ヴィクトの予想より早いものだった。彼は驚異的な回復力を有していたのだ。

 そのため、出陣の準備は整っても、ロシーボの改造待ちになった。

 一時間半で完成させると言っていたが、レンチョーに急かされながらの作業が終わったのは結局二時間と少しだった。

 かくして、準備を終えて冥王の城へ舞い戻ることになったのである。

 ニチカゲ、レンチョー、ヴィクト、ロシーボ、ビギナズ。

 ここまで自分についてきた従者を死なせたくはないとウィーナは思ったが、一方で、そう上手くは事は運ばないだろうという、実戦慣れしたが故の縁起の悪い利己的な想像も心の片隅に厳然と存在していた。


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