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6 『死闘』

「先手必勝! 行っちゃえ炎蛇!」


 戦闘の火蓋を切ったのはイルルの魔術だ。彼女を取り巻く炎の一端が千切れ、蛇へと姿を変じさせて化け物へと一直線に飛んでいく。炎の蛇は獲物を丸呑みにするために大きく口を開けている。ゴブリン相手のときより獲物の図体が巨大につき、裂けんばかりに広がっていた。

 それに対する化け物の行動は実に単純明快。

 腕の中にある、大きな斧を真横に振るった。飛来する蛇を撃ち返すみたく豪速の横一文字だ。

 あえなく炎蛇は消し飛び、周囲の闇が強くなる。

 やはりただ者じゃない……普通のモンスターがあそこまで正確無比に斧を扱えるものか。

 獣は火を恐れる。当然だがモンスターも基本的に変わらない。しかし化け物は動揺一つ露わにもせず、冷静に期を見極めて斬り伏せてみせた。力任せに叩き付けるばかりの、獣以上の知性は間違いなく存在するだろう。軽々、数十キロあるような大斧を振り回す腕力も厄介だ。

 油断ならない相手と改めて認識し、早綾は魔剣を握りつつ冷静に状況を見る。

 その瞬間だった。


「……ッ!」


 ──ぎぃん。硬質な響きが洞窟内に木霊する。

 咄嗟に魔剣を引き抜き、早綾は剣身の腹で不意の刺突(・・)を受け止めた。

 踵で岩肌の凹凸に引っ掛け、後退せずに踏ん張り切った。


 彼に音もなく突き出されたモノの正体は、化け物の黒い前脚……に当たる部位になるのだろうか。ぴんと鋭い杭の形状にも似ている。よく見ると、その前足二本が地面に付いていない。身体を支える十本もの脚のうち、歩脚として扱うのは蜘蛛と同様に八本のようだ。

 槍に似た形状から察するに、きっとエトナを貫いた武器はこれであろう。

 人体を容易く刺し穿つ威力を秘めた刺突──しかし早綾は手のひらにかかる痛みを感じない面持ちだ。早綾程度の非力が吹き飛んでいないのは、魔剣による筋力増強の恩恵である。異様なほど冷め切った脳内も魔剣の影響だろうか。『死』が近くまで狭まってくるのに対して、早綾は眉一つ動かさない。

 受け止めた脚の切っ先を剣で弾こうとする。しかし早綾に更なる脅威が風を貫き去来する。


「──チっ」

「サーヤ! ごめん任せるっ!」


 一転してその場から早綾は飛び退く。刹那、宙に飛んだ彼の脇腹に真っ黒の棘が擦過する。快音とともに足元の岩盤を突き刺した。もう片方の脚で早綾を狙い撃とうとしたのだろう。

 バックステップは最小限だ。下がりすぎれば、怪物の至近に無防備なイルルが立つことになる。

 イルルは炎の渦を纏っているものの、物理的な壁がある訳ではない。

 炎を恐れず突き破れば少女はいとも容易く槍の錆と化すだろう。

 だから早綾は彼女の盾役を務めなければならない。

 無言のうちに戦闘での役割分担は済んでいる。蜘蛛の怪物への攻撃は──。


「【日輪の輝き】【眩む白熱の閃火】【陽炎を率いて咲き誇るは光の花弁】! サーヤ、一瞬目ぇつむって!」


 詠唱と同期してイルルの炎渦が爆発的な業火へと変じる。

 途端に灼熱と光が迷宮内の岩盤を舐め、傍で身構える早綾にも熱波が襲い掛かった。しかし意図的に抑えているのか、熱はそれほどでもない。だが迸った閃光は尋常ならざる輝きだ。イルルの言に従い、瞼を咄嗟に閉じたものの早綾の眼窩が焼き付きそうである。

 再び目を開けると、視界が明滅した。眩暈にぐらつく。協調性もへったくれもない全体攻撃は、イルルが多人数での戦闘に不慣れなせいだろう。事前にイルルの灯の下で目が慣れていたおかげか失明に至らなかったが……早綾は目を細めながらも、警戒すべき対象へ視線を飛ばす。

 直後、弾丸じみた速度で肉薄する黒槍の連撃。怪物は眩みもしていないようだ。

 即座に魔剣を器用に動かし、鋭く重い突きを捌いていく。

 一撃、一撃。左右の脚が交互に狙う。イルルに向けられた分は、間合いに割り込んで叩き落す。自らに受け止めるのでなく受け流す。突きに対して剣に角度を付けることで直撃を避ける。

 威力が腕に響かなくなったが、誤って逸らした黒脚の切っ先が皮膚を抉る。

 浅い傷口が量産されていく。


「……洞窟のモンスターなのに、この光量で怯みもしないのかぁ」


 何てことなさげに独りごちたイルルは、炎にも似た髪を逆立たせて「ならっ」と笑みを深める。

 

「爆ぜてっ!」


 ──爆裂。轟音。

 散華の花びらを連想させる跳ね火が、莫大な発光を見せ──怪物の頭部近くで炸裂する。

 烈火が膨張し、獣を包む深黒の瘴気を揺らがせる。口元は苦痛に歪んでいた。

 爆裂はそれなりに効果覿面らしい。威力は折り紙付きなようで、当然のごとく早綾にも影響を及ぼす。爆裂により発生した烈風は、目を開けることすら困難にした。

 怪物はそんな即席の連携の穴を突く。脚以外の──手にする斧の標的をイルルに狙い定めたようだ。


「……っ」


 振り下ろされる大斧の一撃。見上げるイルルの足が竦んでいる最中に早綾は飛び込んだ。

 片手で剣身を抑えながら全力で受け止める。


「づう……ッ!?」


 轟然の衝突音は地響きの如く。

 重い。腕が軋む。肩が異音を発す。膝が悲鳴を上げる。足は潰えてしまいそう。食い縛った歯の隙間から苦悶の声が漏れた。早綾は総身にかかる圧倒的な力に食い下がる。魔剣は異様な硬度を見せ、綻び一つ生じない。だから単純な力の鍔迫り合いだ。怪物の腕は筋骨隆々、武器の重量も相当なもの。対して早綾は非力を絵に描いたような、女性らしさすら思わせる貧弱な腕だ。

 だが、受け止めた。受け止められたのだ。魔剣の筋力補助の限界も見えるほどの僅差だが。


 ただこれは隙だ。蜘蛛の化け物はそんな隙だらけの早綾を見逃す手はないらしい。

 無情にも二本の黒槍が、胴体を貫通させんと左右から一直線の刺突が襲い来る。

 手は離せない。重圧は未だ加え続けられている。

 回避も不可能。無暗に体勢を崩せば一瞬で押し潰されて、イルル共々脳天を割られてしまうだろう。


「皆ごと吹っ飛んじゃえ!」


 瞬間、小さな両手が早綾の左右の脇から伸び──腕を伝ってその拳から炎が射出される。

 槍が炎に触れた途端、小規模の爆発。連続的な爆音は鼓膜と腹の底に響く。威力も生半なものではないようで、怪物は黒槍を素早く引っ込めた。黒槍である脚からは仄かに煙が立ち上っている。

 これ以上は無駄と諦めたのか、蜘蛛の化け物は大斧を振り上げて攻撃を止める。

 そして──徐々に、数秒後には虫特有の機敏な動きで背後の闇に消えていった。


 駭然と立ち尽くす二人は、たっぷり一分間ほど状況が飲み込めなかった。

 ようやく口火を切ったときも当惑の色が強かった。


「逃げ……た?」

「……思ったより、あっさりだったねっ」


 剣を収めて、早綾は尻餅をついた。イルルも渦を巻く炎火を解き、火の玉サイズの照明を宙に浮かす。

 どっと疲れが押し寄せてくる。緊張で喉もからっからだ。肺腑の底から息を吐き、全身の力を抜いた。熾烈な刺突と豪快な斧の一撃で疲弊した手足はボロボロ。靴を脱いでみると、耐え続けた踵は真っ赤だ。魔剣を握っていた腕も感覚がなくなる一歩手前である。

 頬を緩めているイルルの方は無傷に近い。盾役で攻撃を惹きつけていた早綾のおかげだろう。

 互いに目立った外傷はない。だがあと数分でも戦闘が長引いていれば、と思うと途端に背筋が寒くなる。


 ……し、死ぬかと、思った……。


 あのまま戦闘続行していて打ち勝てた保証はない。いや、早綾とイルルは攻め手に欠けていた。果てはジリ貧だっただろう。心情としては「助かった」が本音だが実に不可解だ。何故に化け物が急に退いたのか、早綾にはどうにも理解できない。あと一押しで盾役を担っていた早綾が崩れて、全滅は免れなかっただろうに。結果論と言えばそれまでだが、あの知能を持つ化け物はそれを見抜けなかっただけなのか?

 ただイルルも自分も生きている。今はそれを噛み締めておこう。


「……結局、あのモンスターは何だったんだろう」

「んー。サーヤも見たことないの? なら新種じゃないかな。新種モンスター」

「たぶんね、聞いたこともないし……帰ったら、他にも犠牲者が出ないようにギルドに報告しないと」

 

 きっとギルドは騒然とするだろう。第一層で未知の手強いモンスターが出現。比較的安全と目されてきた第一層の常識が崩壊するのは間違いない。迷宮の収穫物で生計を立てる者なら、第一層を第五層、六層に潜る最前線の冒険者たちも必ず第一層は通る。……もしかすれば、予想以上に大事になるかもしれない。

 討伐隊が組織される可能性も高い。これから忙しくなるだろう。

 途方もない展望に眩む早綾に、ポツリとイルルは「そーだ」と気のない声で。


「報告したら、そのモンスターの名前ってサーヤが付けるのかな?」

「えっ。えっと、よくわかんないけど、そうなのかな?」


 思いつきのままに放たれた一言に、早綾は曖昧に微笑みながら首筋を掻く。

 元の世界では発見者が名称決定するのが通例だ。もっとも迷宮都市ではどうかは知らないが。


「むむ、サーヤ蜘蛛。蜘蛛サーヤ、とか」

「自分の名前をモンスターに使いたくないよ!? 蜘蛛、苦手だし」


 冒険者から「死ねいサーヤ蜘蛛!」と言われたら複雑な気分になってしまうだろう。

 うーんと頭を巡らせる。


「僕はうーんと、ええと、付けるなら『アトラ=ナクア』とか、かなぁ?」

「たしかにそっちの方がかっこいいねっ! じゃー、それでいこう! 決定っ!」

「気が早いような……まぁいいけどね」


 疲れているだろうに元気なイルル。早綾は気の抜けた声を漏らす。

 『アトラ=ナクア』と適当に名付けたものの、はて何の名称だったか。蜘蛛に関する何かだった気がするが、聞きかじっただけなので詳しくは知らない。あくまで仮名称だから別にいいか、と思い直す。

 これ以上無駄話する時間はない。気の緩みから間抜けた会話に興じてしまったものの、エトナの容態が心配だ。接敵の時間はそれほど長丁場でなかったが、

 疲労の重さに負けず立ち上がり、早綾は壁際に横たえたエトナへと近付いていこうとする。


「それじゃあ、早く迷宮の外にエトナを──」

「────っ!」


 突然、横合いからイルルに突き飛ばされる。

 不意の行動に早綾は、あまりにも呆気なく壁際近くまでよろめいた。

 何を、と目を瞬かせる彼は──咳混じりの息漏れを聞く。



「…………っ、かは。……大、丈夫……?」



 一瞬前に早綾が立っていた場所。突き飛ばしたイルルは、そこで儚げに笑みを向けてきていた。純粋に早綾を心配する表情へと変化した少女を、思わず彼は凝視する。

 少女の紅色に染まっていく腹部には、交差した黒色槍(・・・)が突き出ていた。

 見覚えはある、嫌と言うほどに。鋭利なそれは、緩みかけた早綾の気を打ち据える。


 気が付けば少女の背後には禍々しい化け物が。

 蜘蛛と獣の合成魔獣『アトラ=ナクア』が間近でほくそ笑んでいるのを、早綾は目の当たりにする。


 ──なんで──まさか──迷宮を遠回りして別の道から──!?


 立ち竦む早綾の前で、矢鱈に杭打たれた人形のごとき有様のイルルから槍が一気に引き抜かれる。

 身体を留めていた物の喪失により、力なく少女は頽れた。燈色の髪はふわりと舞って彼女の表情を覆い尽くす。白布のローブを血の染みは侵していく。真ん中に空いた源泉はあまりにも大きく、華奢な少女の身体からぼたぼた命が零れ落ちていくようだった。

 彼女の魔術で灯していた火炎は急激に光を失っていく。

 それがイルルの生命の灯と重ね合った。目の前で消えゆく命に鼓動が鳴り止まない。


 ──獣の術中であるところの闇に周囲が呑まれていく。 

 茫然自失の早綾は再び『悪夢』と相対する。勝ち目の見えぬ処刑が、始まろうとしていた。

 


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