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1 『始まりの日』

 ──雨が降る日は、いつだってろくなことが起こらない。



 見渡す限り背の低い草花が広がる平地に、間断なく降る激しい雨が打ち付けている。

 目立った物体もないため、満遍なく降り注ぐ。

 辺りは分厚い雨雲のせいか、昼間にしては薄暗く、見通しも悪い。

 こんな日に好き好んでこんなところに誰も来ないだろう、人気のない草原だ。


 

「はあ、はあ……っ、くそ、待て!」

「ヒ……ヒヒッ!」



 そんな悪天候の中、僕は約十分ほど傘もささずに標的を追っていた。

 前を駆ける標的──小鬼のように頭部から二つの短い角を生やした、通称ゴブリン──はその小柄で身軽な形のせいか、思いの外すばしっこく逃げ回る。

 対して僕は安物とは言え鎧や剣などの装備を装着しているせいで、速度に関して劣っていた。

 そのため予定では雨が降り出す前に済ませられるはずだった討伐依頼も、雨天続行と相成っている。

 自業自得っていうのは分かってても、嫌になるな、本当に。

 顔にかかる雨粒が煩わしくて片腕で拭いながら、僕は懸命に走っていた。

 ゴブリンの緑色の背中を忌々しく睨んで、目測で彼我の距離を測る。

 

 よし十分、今なら僕の間合いだ。

 無骨な直剣を抜き放ち、前に飛び出すように右足で強く地面を蹴った。

 一気にゴブリンの背中との距離が縮まる。

 このまま追いかけっこして、風邪をひいたら元も子もない。一撃で決める。

 

「っ──いっけぇ!」


 僕は気合いを入れて、横に薙ぐ力を強める。

 そしてそのまま腰に差す直剣を抜き放ち、ゴブリンを横一閃に斬り裂いた。


「ァアギィァ──ッ!?」

 

 耳障りな甲高い断末魔を聞きながら、僕は濡れた草に足を取られないよう着地する。

 何ぶん勢いがあるせいで昔は難しかったけど、少しばっかり経験を積んだ今なら何とかできた。


 ちょっとの達成感に浸る前に、すかさず横目でゴブリンの現状を確認する。

 よし、ゴブリンは地面に倒れ伏していた。

 多分もう息はないだろう。

 

「やっとか……」


 ため息混じりに呟いて、頭を掻きむしる。

 水分を含んで十分に湿った黒髪は、べっとりと額に張り付いていて、切りたくなって仕方ない。

 そう言えば、最後に切ったのが確か四ヶ月前だったから、もう長いこと切ってなかったな。そろそろ切らないと……うわ、肩まで伸びてる……これじゃホントに女の子みたいじゃないか。

 この半年間てんてこまいで、すっかり失念していた。

 

 ──それに、あんな……異世界転移だなんてことあったら、散髪くらい忘れるよね、普通。

 こうして考えるとあっと言う間だったけど、僕が異世界に転移して既に一年以上が過ぎていた。



 ※※※※※※※※※※



 如月(きさらぎ)早綾(さあや)。僕の名前だ。

 女の子みたいな名前でコンプレックスなんだけど、歴とした高校二年生の男の子。

 成績は中の中、運動は苦手で学年の男子の中では最下層。

 身長は百六十にぎりぎり届かない、男子高校生にしては低身長で、体重も五十キロないぐらい。

 若干あがり症で、コミュニケーションも苦手。

 それで友達って言う友達は少ないのがいつもの悩み。

 普通の高校生って言うにはちょっと色々足りないのが僕だった。

 ただ一つだけ、僕が他の人と違ったのは、容姿、なんだろうな……。


「さーやちゃん可愛いーよ、ほら抱き着いちゃるぞー!」

「あーあまた、さーやが女子に捕まってるよ」 

「俺たちの姫様なのになぁ」 


 クラスメイトからこんな扱いされてるのだ。

 高校生の癖に中学生にも見える、幼くて女性的な顔と身体つき。

 そのせいで男女どちらのクラスメイトに弄られるのは困っていた。

 男なのに姫扱いは、流石に僕でも怒るよ。

 絶対、そんなのからかわれてるだけじゃないか。


「さーやちゃん、やっぱりこのお洋服似合っててお母さん嬉しいわぁ」

「妹的にもこれはかわいい! 友達にも自慢してきていい!?」


 そもそも僕がこんな女の子みたいになった理由は家族にある。

 私服も下着も女子用のしか揃えてくれない家族には、ほとほと難儀したものだった。

 僕とお父さんの二人で説得して、何とか許可をもらえるまで幾つもの困難があったことは言うまでもない。

 僕の真なる味方はお父さんだ。

 お母さんの説得前まで、男物の下着回りや洋服を準備してくれたりしてとても助かってた。

 寡黙なお父さんだったけど、子供の頃からずっと僕は憧れている。


 それで僕は男らしくなりたいと常々思っていた。

 思い立って、男らしくなろうと家族に内緒で髪を切ったら、泣かれてしまった。

 翌日に学校に登校すると、クラスメイト達の号泣が教室内に木霊することになったりした。

 解せぬ……。

 ただ次の日辺りになると「これはこれであり」と言われて、扱いは戻ってしまったのだけれども。

 解せぬ……。


 そんなある日、僕は俗に言う異世界転移をしてしまった。

 原因不明、前兆も思い返してみる分には全くない。

 運に恵まれてこうして生きてるけど……あの頃は毎日泣いていた気がする。

 今だって、元の世界の夢を見たりすると泣いてしまう。

 ……ちょっとだけ、ちょっとだけだけどね。


 元の世界に、帰りたい気持ちは本当だ。

 不満とかはあったけど、やっぱり家族やクラスメイトの皆にもまた会いたいのだ。

 でもそんな方法なんか見つかってない今、一日一日過ごすだけで精一杯だけで。



 ※※※※※※※※※※

 

 

「うぅ……おえ」


 モンスターの部位を切り取るために、小刀を扱いながら僕は顔をしかめる。

 僕はモンスターの死骸を持って帰るほど力持ちではないから、その場で解体しなければならない。

 たとえ雨の中でも。


 血肉の感触が刃を通じて手に伝わってくるのが、どうしても慣れない。

 今日の依頼だった『ゴブリンの頭部』を切断する作業は、特に苦手だった。

 最下級の冒険者のランクに身を置いてる今、贅沢なんか言えないけど。

 ゲームなんかじゃ簡単に剥ぎ取れるものだったのに、現実じゃそういかない。

 

 元から手先は器用な方だったおかげか、別世界で平穏に暮らしていたけども、他の駆け出し冒険者とそう変わらない程度の技量はある。

 血抜きとか下手すぎて不完全だったら買い取ってもらえなかったりする。

 冒険者にとっては死活問題なんだよね。

 戦闘技術もまだまだだけど……これから頑張っていかなくちゃ。


 ポジティブに思考を変える。

 そうでもなきゃ、異世界でやってられない。


 何とか『ゴブリンの頭部』を切断し、拙いながらも血抜きをして、袋に包む。

 さっさと帰ろう。服もぐしゃぐしゃだし、風邪ひくの確定かな。

 うう、憂鬱だ。


「……うん? 何だアレ」


 足早に去ろうとしたとき、不意にある物が目に留まった。

 少し距離はあったが見晴らしの良い草原では結構目立つ。

 何となく興味を惹かれて近寄ってみた。


「骸骨……」


 任務途中に朽ちた冒険者だろう。

 雨晒しの白骨死体だ。

 不可解なことに、八本もの刃物が骨にまで突き刺さっていた。

 モンスターじゃなくて、誰かに殺されたみたいだ。仲間割れか諍いの末なのか。

 ゾッとしてしまう。

 異世界に転移してから随分慣れたけれど、こういう黒さには全然慣れやしない。


「これ……この人の、持ち物だったのかな……?」


 そして傍らに、何とも立派な剣が落ちていた。

 形状としてはショートソードだ。

 黒々とした刀身は、白骨化した持ち主の風化具合と比べて明らかに劣化してない。

 妖異なまでの『美』を秘めた流線型の刃は、見る者全てを惹きつける魅力があるように思う。

 あまり目利きじゃない僕でも分かる。

 この剣は名のある業物に違いない。

 けど……何か。


「不吉な、予感がする」


 第六感なのかな。

 禍々しい、何だか邪気みたいな瘴気が剣から感じる。

 手も震えちゃうのも、寒いからじゃない。

 本能が危険だって警鐘を鳴らしてるんだ。


 それに、ちょっとネコババは気が引ける。

 しかも死んじゃった人のを追い剥ぐのは、いけないことなのは重々承知してるんだけど……。

 ううん、僕の現状じゃあ、願ったり叶ったりなんだ。

 お金も毎日かつかつだし、剣の切れ味も落ちてしまっている。


「ごめんなさい、大切に扱いますから使わせてください」


 どうか許してくれますように、と僕は手を合わせて瞑目した。

 そして遂にその邪悪な剣を、握った。

 持ち上げてみると異様なほど軽かった。

 まるでナイフを手にしてるみたい。

 今の僕の貧弱な筋力で長物は難しかったけど、これなら軽々振り回せるだろう。


「べくひ……ッ」


 うう、くしゃみが。

 いつの間にか全身も総毛立って、寒気が覆ってる。

 とりあえず、この人を埋葬したあと街に戻ろう。

 ……ギルドに達成報告しなくちゃだし、このままじゃ風邪引いてしまうや。

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