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「お腹すいたー、なんか持ってない?」


 俺の部屋に入ってきて早々ニーナがそんなことをほざいた。今日も俺の部屋で澪のことを待っているつもりらしい。ここ最近放課後に彼氏と会っているために澪の帰りが遅いことを知っていながらも、「今日こそは」「今日こそは」と俺の部屋で忠犬ハチ公のように待ち続けるニーナはバカみたいだ。

 実際バカだけど。

 ドス、と遠慮なくベッドに座って、ニーナがもう一度「お腹すいた」と言った。こいつには遠慮ってものがないのか。


「飴くらいしかねえよ」


 机の上に置きっぱなしのパイン飴の袋を顎でさすと、ニーナが手を伸ばしてひとつそれをとった。綺麗に磨いた爪の先が包装紙を破く。


「あたしパイン飴きらーい」

「じゃあ食べるな」

「でも食べるー」


 ドーナツみたいに真ん中のあいた黄色い飴がニーナの口の中に消える。ころん、とニーナに似つかわしくない可愛らしい音がする。


「あたしがパイン飴嫌いな理由わかる?」

「知らねえよ。パインアレルギー?」

「ぶぶー」

「だる」


 突き放してスマホに視線を落とすと、視界をニーナの手が横切った。続けざまに二往復。澪以外から好かれてもドライなのに無視されたらされたで嫌なんだから、ニーナってば、厄介な奴だ。

 仕方なく視線をあげたら、かちりとニーナと目が合った。カラコンを入れた不自然な色合いの瞳に俺が映っている。半開きの口の、バカみたいな顔してる。笑えるぜ。


「ぶりっこみたいな味がするから」


 投げやりに言いながら、ニーナがベッドに仰向けに転がる。飴舐めながら横になるなよ、と注意したら、うん、と頷いたまま動かなくなった。長いまつげが空に向かって手を伸ばしている。ニーナの口の中でパイン飴が転がる音が、いやに大きく聞こえた。

 それにしても、ぶりっこみたいな味、っていうのはいったいなんなんだ。ぶりっこが食べていそうってことだろうか? それならパイン飴よりいちごミルクのほうが適任だと思う。おまけにパイン飴はそれほど甘くはない。


「この前告白してきた男いるでしょ」

「……俺がゴースト彼氏やらされたやつ?」

「うん、そう。あいつね、澪の初恋の人なんだ」

「そうなんだ」


 その言葉しか俺には思いつかない。

 でもどうせ、ニーナは俺の返答なんて気にも留めていないだろう。俺なんてどうせ鼻くそみたいだからな、はっ。


「澪が小学六年生のときに好きだった男の子でね、バレンタインにチョコレートをあげて、お返しにもらったのがパイン飴だったの」

「趣味悪いな」

「小学生なんだから勘弁してあげなよ」


 それからニーナは二、三回、忙しないまばたきをした。涙をこらえているみたいだった。


「直」


 短く、鋭く、名前を呼ばれる。


「初恋の定義を知ってる?」

「初めての恋ってことじゃないのか?」

「……初めて“叶わなかった”恋のことだとあたしは思うわ」


 泣きそうに見えた表情はどこへやら。ニーナはあっけらかんとした明るい笑みを浮かべた。


「ざまあみやがれ」


 俺はため息をつくことしかできなかった。


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