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 俺がニーナの秘密を知ったのは、俺が小学五年生、澪とニーナが中学一年生の夏休みだ。

 ちょうどお盆を過ぎて、夏休み終了へのカウントダウンが始まっていた。ニーナは課題の問題集も漢字の書き取りも読書感想文も終わっていなくて、当然、毎年そうしているように澪に泣きついた。そこで澪が「お泊まり会をしよう」と提案したのだ。


 ニーナは案の定喜んでそれを受け入れた。

 澪の計画では、昼頃にニーナが来て、そこからずっと宿題をやるつもりらしかったけれど、ニーナがそんな長い時間机に張り付いていられるはずもない。おやつの時間にはすでに、隣の俺の部屋にまで、二人の笑い声が聞こえてくるようになった。

 二人はくすぐりっこをしていたみたいで、「やだ、やめてってば」と澪がしゃっくりをあげながら言って、ニーナが何やら答えているのが聞こえた。ちょっとニーナ、本気になりすぎ。ニーナってば。くすぐったい。やだ、バカ、どこ触ってんの。


 ニーナはやんちゃものだからきっとふざけて澪の胸でも触って怒られているんだろうと思った。

 澪の胸は性に興味を抱きだした俺たちの間でもちょっとした話題になるくらいに大きかったし、ニーナなんか、遠慮もなしに「メロン」とか「スイカ」と挨拶がわりに澪の胸を触るような動きをしていたくらいだった。

 だから、夜になって風呂に入ろうとして、澪の部屋の前でばったりニーナと出くわした時は死ぬほどびっくりした。ニーナのパジャマの一番上のボタンと二つ目のボタン、さらに三つ目のボタンまであいていて、中身のつまっていないすかすかのブラジャーが見えていたからだった。


 ニーナは無防備な表情だった。当時はまだカラコンを入れていなかった青い瞳が、ぼんやりと自分の胸の部分を見つめていた。なんだかおもちゃみたいな目だと思った。生気がない。元気もない。ニーナらしくない。

 ニーナは俺に気づくと、慌てたように二つ目のボタンだけ閉めて、頬をぐっとおしあげて笑顔をつくった。


「澪のブラジャーだよーん」


 ははは、という声が乾いている。ニーナのそんな笑い方を聞いたことがなかった。


「メロンスイカ澪のおっぱい」


 ニーナが泣きそうな顔になる。それは、サイズの合わないブラジャーをしているところを異性に見られた恥ずかしさや気まずさでないだろう。なんたってニーナ、もっと深刻な……まるで明日世界が終わるようなたっぷりの悲壮感をちっとも隠しきれていなかったから。

 俺は幼かったけれど、そういうのには聡かった。でもやっぱり幼かったから、こういう時になんて返したらいいのかわからなかった。


「ニーナ、なんで女子のくせにそういうこと言うの」

「そういうのに女子も男子もないよ」


 あんたも好きでしょ澪の、とニーナは言いかけて途中で止めた。澪のなんなのかは聞けなかった。俺が黙りこくっていると、ニーナは手に持っていたくしゃくしゃに丸めた何かを俺に押し付けて、廊下をばたばたと走って行ってしまった。階下から澪の声と、ニーナが笑って返すのが聞こえて、なんだか急に恥ずかしくなった。

 ニーナからもらったそれを、俺はTシャツのおなかのしたに隠して部屋に逆戻りした。

 ドアにぴったり背中をつけて二人の声を聞きながら、それを引っ張り出す。小さくて、生暖かくて、なんだか俺はいけないようなことをしている気分になって息を殺した。思わず飲んだ生唾が喉で引っかかりそうになって慌てた。


 それは、真っ白で、真ん中の部分に水色のリボンがついた小さなブラジャーだった。洗濯中のブラジャーならいつも見慣れているはずなのに、ほんの少し暖かさを抱いたままのそれを、俺は親指と人差し指で雑巾みたいにつまんだ。背中のホックの近くに洗濯の表示がついていて、端に「A-65」と書いてあって、すぐにそれがカップの大きさだとさとった。

 それから、これがニーナのものであることも。


『あんたも好きでしょ澪の』


 澪のなんであるかはわからない。

 けれど、ニーナがどんな気持ちで澪のブラジャーをつけて遊んでいるかはうっすら理解できた。


『あんたも好きでしょ澪の』


 きっとこれは口止め料だと思う。


『あんたも好きでしょ澪の』


 けど、こんなものもらわなくたってきっと澪には話さないだろうに。


『あんたも好きでしょ澪の』


 永遠とリフレインするそれを押し込めるように俺はわざと咳払いをして、真っ白なAカップのブラジャーを勉強机の鍵付きの引き出しの深く深くにしまった。ドキドキした。少年漫画のちょっとエッチなシーンやグラビアの切り抜きを見つめている時なんかよりも。

 ああ、ニーナは女の子だけど……ううん、こういうのに男も女も関係ないんだ。

 その日から、俺とニーナは時々部屋で話すようになった。

 ニーナはあの日俺に押し付けたブラジャーが、こうやって机の引き出しに眠っているのを知らないだろう。俺だって話すつもりはない。それはニーナの秘密でもあったけれど、いつしか俺の秘密にもなっていた。



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