黒の河川
キャラ崩壊注意
花見の後に、人は何を連想するだろうか。ゴールデンウィーク? 子供の日? あるいとは飛んで夏休みかもしれない。なるほど、どれも間違いではない。むしろそれが正常であり普通であり百点満点の正解である。人其々、十人十色というものだから正解以外にはありえないのだけれど。ここで僕たちを前提とした場合、それらは全て不正解となる。何故か。
「男、寺島! 遥夏に自分を貢ぎます!!」
「ぎゃはははッッ!! ぜんっっっっっっぜんいらない」
「寺島ーーー!! 俺はいつでも待ってるぞぉー!!」
「どげざはいや。むり」
「」
顔を真っ赤にした男三人が下品な声をあげてさも愉快そうに騒ぐ。僕はそれに思うところがあったにはあったけれど、言い出せば臭い上にうるさいあれに巻き込まれると考えるとどうにも面倒になり、適度に尻目に置いてはちびりちびりと酒を煽っていた。
二次会。僕たちにおける、花見の後に連想されるものだ。桜の元で飲むのは飽くまで風情と季節、それと適度な料理。騒いでいる彼ら曰く、そんなのは本当に飲んでいるとは言わない、らしい。酒の味がそんなに劇的に変わるものだろうかと疑いの念を抱えてはいるが、僕としては家飲みを断る理由はなかった。
というわけで今いるのは八田尾プロの自宅。とはいっても一戸建てではなくそこそこの広さをもったマンションの一室だ。こんなに騒いでいるのだから隣から壁ドンの一つもされそうなものだけれど、なんでされないんだろうか。甚だ疑問である。
「あーっ! つまみがねぇ!?」
「あっ、ほんとだ。土下座食い過ぎだって~僕のぐらい残しとけよ~!」
「遥夏は。。。俺をつまみにしても、いいんだょ☆」
「うるせー!」
今度の騒ぎの論点はつまみの買い出しらしい。三人は意外にも誰かに行かせるような真似はせず、仲良くそのまま買い出しに向かうようだ。遥夏がこちらに視線をやる。
「あぁ~……イクシマはとりあえず二人分の酒でいいよな?」
「何言ってんだ虹谷、どっからどうみても逆立ちしてるんだから飲んでる場合じゃないだろ」
「二人とも酔いすぎ~w 生島は上半身しかないじゃ~ん」
「何言ってんのマジで」
二人分って僕が二人いるのか? しかもなんでこの状況で僕は逆立ちしなきゃいけないんだ? そもそも上半身しかないってなんだ!?
「………いい、三人とも。僕は一人だし座ってるし五体満足だよ。だからお酒はチューハイでいい」
「あぁっとそうだったそうだった。カンチューな」
本当に大丈夫だろうか。今の彼らならお土産と称してアダルト雑誌かなにかを寄越してきそうだ。そうなったら僕はどう反応してやればいいんだ……!
「んで……タダトモ。タダトモはなんかほしいもんある?」
「猫缶とかどうだ?」
「唯友には小魚だってば~」
好き放題言ってる彼らに対して、彼女は本へと向けていた視線を上げて、黒真珠の瞳を三人へと向ける。肩にかかったポニーテールを背中へと払うと、一言。
「ボソッ。とりあえず私はなっちゃんオレンジでお願いします」
と、至極全うな意見を伝えた。いや、なにか最初に聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。僕としては気のせいということにしておきたい。
「そっかぁタダトモは未成年だもんな~」
「唯友も酒が飲める頃にはでっかくなってるだろうなぁ」
「大人な唯友よりちっちゃい唯友の方が俺はかわいいと思うんだけどね」
「えぇい揃いも揃って近づかないでください、臭い。撫でないでください、鬱陶しい!」
三人同時によるナデナデは流石に効いたらしく早口で大声をあげるひとえに、男子三人はきゃーだの怒ったーだのこわーぃ♪だの散々言い残して機嫌良く部屋を出ていった。一方残されたひとえは大きくため息をついて床に姿勢良く座る。
「あぁもう、髪がぐしゃぐしゃ……最悪」
ぶつくさと呟いてはいるが、表情と言っていることは一致していない。ひとえの良いところは、こういう所なんだろうなぁ。なんて思っていることがばれたのだろうか、彼女を目をつり上げ今度は僕へと矛先を向けた。
「何か?」
「あぁ、うん。いや、なんでもない。そうだ、髪といてあげようか?」
「……生島さん、そういうの得意なんですか?」
「うん、ブラッシングの評価は上々だし、問題ないと思うけど」
「私は動物と一緒ですか」
じとーっと見てくるひとえに苦笑いで返す。僕としてはそう言われても困ってしまうのだ、身内以外の女性の髪を触る経験なんてそんなにない、多く見積もって片手で数えれるかどうかレベルだ。だからどうしてもあの子達で例えるしかない、僕の世界は案外狭いのだから。
「……そうですね、綺麗にまとめるだけならブラッシングだろうがなんだろうが似たようなものでしょう」
長髪を一本へと束ねていたヘアゴムを器用に解く。癖っ毛もはねっけもない直毛だけで形成されたその黒川は、彼女の一挙一動に合わせてその流れとうねりを変えていく。それに一切のタイムラグがなく、動きそのものは美しいと言われる長髪そのものだ。
ふとした彼女の行動。固まった髪を離すためか、手首のスナップで髪を跳ねれば、夜の帳のように広がるそれに、僕は見惚れてしまった。純粋に綺麗だと、思ってしまった。
「……生島さん?」
「っ。あぁいや、なんでもない」
不思議そうに覗いてくるその瞳は川と同じ色に染まっていて、瞳孔には真っ直ぐに僕が写し返されていた。改めて彼女の容姿を思い知らされるとは、僕らしくもない。
ふっと息をついて整えた。
「それじゃあ、ブラッシングと行こうか。サマーでいい?」
「なんでカットに話が飛んでいくんですか。普通にといてくださいよ」
どうやら案外、僕も取り乱していたようだ。そんな僕がおかしく見えたのか、彼女は小さくくすりと笑う。花見の後の二次会には、珍しくこういう時間もあるのだ。