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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉
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第九話『結界の新たなる事実』

 朝。スマホのアラームで目を覚ます。時刻は五時十五分。いつもの起床時間だ。

 制服に着替えて顔を洗い、歯も磨く。

 台所で朝と昼の弁当と温かいお茶が入った水筒貰ってバッグの中へ。

 なんだか朝食が詰め込まれた弁当が重たい気がする。


「おはようございます」

「ん?」


 振り返れば、白いワンピースに青のカーディガンを纏ったミケさんが。

 どうやら朝の清掃を手伝ってくれるらしい。

 お弁当が重たかったのは、三人分だったからだ。


 家から出て、車庫に向かう。自転車の二人乗りは禁止されている。なので、荷物を乗せた自転車を押して神社まで歩いて行くことに。


 駐輪場に自転車を置いて、ミケさんが待つ鳥居の前まで小走りで向かった。

 像があった台の上は空。なんだか像磨きをしなくてもいいというのは、物足りない気がする。


 ミケさんは階段と共に並ぶ鳥居を見上げていた。

 あやかしに付けられた傷は父が一生懸命修繕をしている最中だ。

 何を思って眺めているのか、その後ろ姿からは窺えない。

 ……いや、正面から見ても分からないだろうけれど。


「とむ」

「はい」


 咎めるような声色だったが、振り返ったミケさんの表情はいつもより柔らかい気がした。

 なんでしょうかと言いながら、少しだけ近づく。


「ありがとうございます」

「え?」


 何のお礼かと聞き返せば、七歳の頃から十年間像磨きをしていたことに対しての感謝の言葉だった。

 いつから始めていたかだなんて覚えていなかったので、驚いてしまう。


「なんていうか、ミケさん磨きは生活の一部になっていたと言うか」


 毎朝顔を洗って歯を磨くのと同じように、習慣になっていた。

 だから、何もない像の台を見ると、寂しく思ってしまう。


「すべての問題が解決すれば、元の神使像に戻ります」

「あ、そうなんだ」


 人型のまま過ごすということは、緊急時のみ許されることらしい。祖父さんみたいに人として居続けるのは、神様の意に背くことになる。

 たまに会って話す、なんてことはありえないことなのだ。


「とむ、行きましょう。神社の朝は忙しいのでしょう?」

「そうだった」


 階段を駆け上がり、ミケさんと父と共に清掃を開始する。


 ◇◇◇


 六時間目の授業のあと、HRが終われば鞄に教科書を詰めて帰宅を急ぐ。


「おい、トム」


 背中をトンと叩いてきたのはクラスメイトの飯田。何用かと聞けば、このあと図書館でお勉強をしないかと声を掛けてくる。


「小テスト、ヤバかったんだよ。まったく分かんなくて」

「大丈夫、心配するな」


 俺もヤバかったから。

 そんなことだろうと思って誘ってくれたらしい。


「すまん。今日は先約があるんだ」

「なんだと?」


 ミケさんと結界の調査をしなければならない。


「もしかして、女か?」

「え、なんで?」

「顔が一瞬ニヤけた」


 マジか。

 至って真面目な顔をしていたつもりだったけど。


「お前、いつ彼女作ったんだよ」

「彼女じゃないって」

「だったら俺に紹介しろよ」

「無理」

「なんだと!?」

「とにかく、今日は無理だから」


 お勉強会はまた今度で。そう言ってから、教室を飛び出す。

 後ろから詳しく話を聞かせろと飯田が追い駆けて来た。まさかの展開だ。

 帰宅部なのに、飯田は足が速い。

 偶然通りかかった陸上部の部長がスカウトしてくれないかと思ったが、そんな奇跡が起こるわけがなかった。


 職員室の方へ回り込み、ガラッと出入り口の扉を開く。

 素早く角を曲がって、階段を降りた。

 すぐに廊下を走るなという怒鳴り声が聞こえた。あの声は数学の西川。飯田の奴、どうやら小テストの点数がヤバかったみたいで、ついでとばかりに足止めを食らっている。

 申し訳ないが、作戦は成功した。

 下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場に向かう。

 校門までカラカラと自転車を押していたら、女子の集団が校門目指して全力疾走していた。

 その中の一人がポケットからスマホを落とす。気付いていないようだった。

 拾って届けることに。

 どうやらバスの時間がヤバイと走っていたようだ。みんな、パンツが見えそうだったよ。


「すみませーん、青い髪ゴムポニテの人、スマホ、落としましたよ」


 バス停がある道路脇から、スマホを落とした女子に声を掛ける。

 振り向いたのは、うちのクラスの学級委員長の白石さんだった。


「あ、スマホ!」


 どうやら彼女が持ち主で間違いないらしい。


水主村かこむら君、ありがとう。危なかった」

「良かったね」


 ついでにこの前のお礼も言っておく。白石さんが教えてくれたところがテストに出たのだ。


 また分からないことがあったら聞いてくれと言ってくれた。いい人だ。


「あ、バス」

「おっと」


 早く行かないとクラクションを鳴らされてしまう。

 白石さんは二回目のお礼を言ってくれた。手を振って応えつつ、自転車を漕ぎ始めた。


 一回家に帰り、服を着替えた。

 母にどこかに行くのかと聞かれ、ミケさんと結界の調査に向かうことを報告した。

 ならば、ショッピングモールに新しく出来たクレープ屋さんにでも行けばいいと勧めてくれたけれど、そこまで遠くには行かない。


「そういう訳だから、ちょっと行って来る」

「はい。いってらっしゃい」


 母の見送りを受けながら、昨日同様、モチを連れて行くことにした。

 喜ぶモチに今日は特別任務なので気を引き締めておくようにと言っておく。


 モチを鳥居の前に繋ぎ、階段を駆け上がる。

 ミケさんは神社に居た。巫女装束で境内を竹箒で掃いている。

 その姿は理想の巫女さんそのもの。

 今まで見た中で、一番巫女装束が似合う人だと思った。

 心の中で勝手に『ベストオブ巫女服』を授与していたら、「おかえりなさい」と声を掛けられた。


「もう行きますか?」

「うん。あ、朝の服に着替えてもらってもいい?」

「分かりました」


 なんだか準備OK! みたいな顔で居たので、着替えるようにお願いをした。

 危ない危ない。美少女巫女が街中を歩いていたら、注目を集めて調査どころじゃなくなるから。


 モチを繋いでいる鳥居の前で待つ。その間、白いお腹をモフモフしていた。

 十分後、ミケさんがやって来た。肩には真っ赤なポシェットを掛けている。


「お待たせしました」


 いやいや、今来たところだから、と言いたくなるほど完璧なデートのシチュエーションだった。しかしながら、そういった予定はない。

 残念に思いながらも、さっそく調査を開始する。


 田植え前の田んぼ道を歩いて行く。

 モチは嬉しそうに尻尾を振りながら歩いていた。


「ミケさん、質問していい?」

「分かる範囲であれば」


 まずは結界について。どういう構造になっているのか気になっていたのだ。


「それについての記憶もあやふやなのですが――」


 大昔に建てられた七ツ星神社であったが、その結界は陰陽師の手によって作られたものだと言う。


「あの神社は貴族だった水主村家が作ったもので、結界作りを陰陽師に依頼したと」

「なるほど」


 うちって元々貴族だったんだ。知らなかった。

 そういえば、祖父さんが昔山を売ったと言っていたような、言ってなかったような。

 酔っぱらっている時だったので、嘘の可能性もあるけれど。

 それにしても、神社造りに陰陽師が何故と疑問に思う。けれど、平安時代の貴族と陰陽師は密な関係だったと聞いたことがあった。詳しいことはあとでググらなければ。


 ミケさんが気になっていた場所は、道路脇にある大きな木だった。育ち過ぎて根が道路を盛り上がらせている。


 モチは木に近づきたくないのか、散歩紐をピーンと伸ばして避難していた。

 そういう人には見えない何かが見えているようなリアクションは止めたまえと言いたくなる。


 ミケさんは木に耳を付け、何かを調べているようだった。

 しばらくその状態でいたかと思えば、ぽつりと呟く。


「おかしいですね」


 確かに。

 その木は春なのに、葉っぱが一枚も生えていなかった。明らかに周囲にあるものと様子が違う。


 ミケさんはポシェットの中から何かを取り出す。それはしめ縄だった。

 可愛らしい肩掛け鞄の中身はしめ縄だったなんて……。


 何をするのかと思えば、縄を木に巻き始める。

 しめ縄には災いや不浄な存在から守るための結界的な効果があるらしい。


 ぐるぐると巻いて応急処置的な対策を取ることにした。


 帰りがけにコンビニに寄ってドーナツとお茶を買い、公園のベンチで食べる。

 ドーナツとお茶の組み合わせはどうなのかと思ったけれど、ミケさんが紅茶を飲みそうにないので、苦渋の選択となった。

 モチには家から持って来ていた犬用ジャーキーを与える。


 ミケさんは黙々とチョコレートのかかったドーナツを食べていた。

 食べ終わった後、感想を述べる。


「美味しかったです。ありがとうございました」


 そいつは良かった。


 一個では物足りないだろうけど、夕食の時間でもあるのでガッツリ食べるのは推奨出来ない。

 今度、お菓子作りが趣味の妹に、ドーナツ作って下さいとお願いをしてみようかな。


 食べ終わった頃には、日が沈みそうになっていた。

 速足で帰宅をする。


 本日はこれにて任務終了!


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