第八話『犬のお散歩と、饅頭屋の息子と』
他に武器になりそうな物は『禁縄』以外見つからなかった。
「水主村殿」
「はい」
「この刀は、私が預かっていてもいいでしょうか?」
不思議と手に馴染むらしく、ミケさん自身の神力も刀の力で活性化されているとか。
父はどうぞ、どうぞとあっさり承諾する。
なんと言うか、ミケさんみたいな背筋がピンとした人が日本刀を持つ姿は絵になるなと思った。
ミケさんは神社に残ると言ったけど、父がここは寒いし、紘子にも紹介したいからと言って連れて帰った。
俺は帰宅後、モチの散歩に出かけることに。
柴犬のモチは家から出た途端にクウクウと鳴いて散歩に行ける喜びを示していた。
多分、小屋の前で尻尾を振りつつ、跳びはねていることだろう。
「とむ」
「ん?」
続いて家から出てくるミケさん。
一緒に散歩について来てくれるらしい。
スニーカーを履くのに苦労をしているようだったので、お手伝いをした。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
モチに散歩紐を繋ぎ、歩き始める。
「この犬が朝言っていたモチ」
「餅?」
「そう。子犬の頃、まんまるで、モチモチしていたから、モチ」
「なるほど」
モチの毛は白じゃなくて、茶色なので、醤油味の餅だと、本気でどうでもいい説明を加えた。モチはミケさんに向かって尻尾をぶんぶん振っていた。女の子が大好きなのだ。
それから、ちょっとだけ気まずくなる。
黙ったままの空気が耐えきれなくなったので、ペラペラと頼まれてもいないのに、街の案内をした。
「あそこがスーパー。パンの半額は五時半からで、弁当は七時過ぎから。火曜日がアイスクリーム半額で……」
神の御使いにどうでもいい情報ばかり提供する。
酒屋に駄菓子屋、公園にコンビニそれから――。
「あれ、修二の家の饅頭屋」
一階が店舗で二階三階が住居という、『饅頭店やまだ』。
ここの饅頭生地はモチモチでふっくら。餡もほどよい甘さで美味しい。
なんだか食べたくなったけど、残念ながら閉店している。
ミケさんは店を無表情で眺めていた。
「悪ガキだった修二、分かる?」
「しゅうじ、とても元気な、子供だった」
「そう」
ミケさんは修二を知っていると頷いた。
修二と遊ぶ場所と言ったら、鳥居の前の狐像の前だった。
祖父さんから、悪さをしないようにそこで遊べと言われていたのだ。
修二は子供の頃、思いっきり「ミケ!」と偉そうに呼んでいた。
「あれ、トムじゃん」
「ん?」
部活から帰って来た修二と偶然鉢合わせになる。
ミケさんに気付いていないのか、明日の小テストの話になった。
「テスト、トムのクラスが先だっけ?」
「二時間目」
「そっか~」
修二は大きな鞄を背負い直し、こちらへとやって来る。
「おっと?」
ここで、ようやくミケさんに気付いたようだ。
「おいトム、その子、誰?」
「……」
ミケさんをどういう風に紹介すればいいのか。
その件について、まだ話し合っていなかった。
とりあえず、ここは誤魔化しておく。
「親戚の子。葛葉三狐さん」
「へえ、みけつ。変な名前だな」
思ったことをなんでも口に出してしまう正直者の幼馴染は、とんでもない暴言を吐いた。
だが、ミケさんは無表情で、「よく言われます」と、無難過ぎる返事をしていた。
なんて出来る神使だろうかと、感心してしまう。
「お前ん家の親戚、ほとんどイギリス風味じゃなかったっけ?」
修二はいつも妙なところで鋭い。
確かに、うちの親戚はイギリスの血が混じっているので、日本人には見えない。
神社の跡取りだった曾祖父は一人っ子だったので、水主村家の純粋な日本人の血脈は途絶えている。
祖母以外の姉妹もマカリスター家に縁のあるイギリス人と結婚したので、親戚一同、どちらかと言えば、向こう寄りになっていた。
日本人顔のミケさんが親戚の娘だという設定はいささか無理があった。
「遠い親戚だから」
「ふ~ん」
それで納得をしてくれたようだ。
深い突っ込みが入らないうちに、ここから退散することにした。
「じゃ、また明日」
「あ、ちょっと待て!」
修二が店の中に入って行き、何やら叫んでいる。
戻って来たかと思えば、ミケさんに『饅頭店やまだ』という文字が入ったビニール袋を持ち上げて示す。
「これ、うちの饅頭。レンジで二十秒くらい温めてから食うとうまいから」
修二はミケさんに饅頭を押し付けるように渡した。
「ありがとうございます」
「いいってことよ!」
元気な返事をして、「また明日」と言いながら手を振りながら帰って行った。
「お饅頭……」
「う、うん」
無表情で貰った饅頭を見下ろすミケさん。
母さんに渡せば、蒸してくれるよと、ここでもしようもない情報を提供してしまった。
それにしても修二の奴、行動の全てが雑過ぎる。
もう少しどうにかならないものか。今度、生活態度を指導するために、家庭訪問をしなければと思った。
この辺でUターンして、家に帰る。
空を見上げれば、綺麗な夕陽が浮かんでいた。
◇◇◇
家に帰れば、台所で妹・紘子と鉢合わせになる。
後ろからついて来ていたミケさんを紹介することに。
「その人が、葛葉様?」
「あ、うん」
どうやら先に話を聞いていたようで、妹は丁寧なお辞儀をしながら自己紹介をしていた。
ミケさんも淡々とした態度で、事務的な挨拶を返す。
それから、双方見つめ合って気まずい空気となった。
ミケさんの饅頭を台所の机の上に置き、居間に案内する。
夕食の時間らしい。
母が「おかえりなさい」と言って迎えてくれる。そして、ミケさんに座布団を勧めていた。
食卓には既に食事が並んでいる。
五穀米になめこ汁、鶏のからあげ、ひじきと大豆の煮もの、白和え。
「では、いただこうか」
父の言葉をきっかけに、いただきますと言って食べ始める。
母に修二から貰った饅頭のことを伝えておいた。
食後に蒸してくれるらしいが、あそこのお店の饅頭は手のひらサイズだ。餡もボリュームがある。果たしてミケさんは食べられるのか。
そう思ったが、大盛りになっていたご飯をしっかり食べきっていたので、なんだかいけそうな気がした。
妹はミケさんの見事な食べっぷりに驚いているようだった。
たくさん食べてくれたのが嬉しいのか、母はにこにこと微笑みながら神の使いが食事をする様子を眺めていた。
ミケさんは食事のお礼だと言って、食器を洗っていた。
なんて出来た娘さんなんだと、父は感心していた。
……いや、ミケさん、普通の娘さんじゃなくって、神使だけどね。
神の眷属は大変礼儀正しい存在であった。
◇◇◇
お風呂に入ったらしいミケさんは、妹お気に入りの猫柄パジャマを着て現れた。
二人は背丈が同じくらいなので、サイズもぴったりらしい。
ちなみに、風呂も一緒に入っていた。気まずい様子しか想像出来ないけれど。
ミケさんはあのあとしっかり饅頭を戴いていた。大きな物を二個、ぺろりと食べてしまう。
どうやら饅頭はとても美味しかったようで、食べている間は目が輝いるように見えた。
食後、さすがは神に捧げている饅頭だと絶賛していた。
お気に召していただけたようでなにより。
それにしても、この細い体のどこに入っているというのか。
お狐様の神秘というものだろう。
話をしている途中、欠伸が出てしまった。
昨日、ほとんど寝ていないので、まだ十時過ぎだったけれどもう眠い。
最後に、なんとなく気になっていた、あやかしの活動について聞いてみることにした。
「ミケさん、今日、あやかしって出たりする?」
「しばらくは大丈夫でしょう」
それを聞いてホッとした。
なんでも、昨晩倒したモノはこの周辺で出る中では大物に分類されるらしい。
小さなあやかしの集合体でもあったとか。
悪い気配も薄くなっているので、心配はいらないと言ってくれた。
「ですが、安心は出来ません。まずは、結界をどうにかしなくては」
結界を直さないと、他の土地からあやかしが移って来て、暴れ出す可能性があるらしい。
「今日、歩いた中に結界のようなものがありました。明るくなってから、もう一度確認をしたいのですが」
「だったら、明日の放課後、行ってみよう」
「そうですね」
明日は神社の手伝いをお休みして、結界の補強作戦に出ることにする。
「じゃあ、ミケさん、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
猫柄のパジャマを可憐に着こなしたミケさんは、妹の部屋に入って行った。
二人は夜も一緒らしい。