第六話『謎の美少女』
少女と黒い奴。
女の子の正体は謎だけど、黒い奴はあやかしだ。
やっと頭の中の整理が出来た。
だからといって、現状を好転させる方法なんて一つもないけれど。
少女は紐(よく見たら細く赤い縄だった)を操り、あやかしを縛っている。
一方で、縛られたあやかしは抵抗しようと体を捩りながら、低い鳴き声をあげていた。
両手で絞めて、始末をしようとしているのか。
よく見れば、あやかしの体はジュウジュウを焼けるような音を出し、煙が立っていた。
あの赤い縄は、霊験あらたかな神具か何かなのかもしれない。
あやかしがひと際大きな鳴き声をあげた。
ビリビリと空気が震える。
頭痛が酷くなり、心臓もどくどくと激しい鼓動を打っていた。
強風が吹き荒れ、立っていられなくなり、地面に膝と両手をつく。
地面が砂利なので、地味に痛い。
これがテレビとかでよく見る霊障とか、そういう現象なのだろうか?
よく分からないが、キツすぎる。
それにしても、あやかしと戦うあの娘は一体誰なのか。
少しだけ顔を上げたら、ブチリと何かが切れる音が聞えた。
あやかしの方を見ると、幾重にも巻かれた縄の一本が切れている。少女の辛そうな横顔も見えた。
なんだか、雲行きが怪しくなってきていた。このままではあやかしは縄を千切り、再び暴れ始めるだろう。
これ以上好き勝手されるのはこちらも悔しいばかりだ。
けれど、抵抗する手段は何もない。
なんて無力なんだと、打ちのめされるような気持ちになった。
なんとか、立ち上がるだけでも試みる。
頭も痛いし、動悸も激しいけど、蹲っているまま居るのはあまりにも情けない。
なんとか立ち上がれば、カーディガンに付けていた鈴の音がリンと鳴った。
「そ、そうだ、鈴!」
鈴も神具の一つだ。神霊の反応性を高め、魂を清める効果がある。
それから、鈴の音は辺りを浄化させる力もあった。
リンリンと鳴らしてみたが、効果があるように思えなかった。
なんという無力。
がっかりと肩を落とした瞬間に、巻き付けてあった二本目の縄が千切れた。
少女の顔にも焦りが滲み出ているように見えた。
やばい。俺はどうすればいいのか。
小さな鈴は大きなあやかしには効果がない。
「――ん?」
そういえば、大きな鈴があったような。
「あ!」
賽銭箱の上にある鈴!!
あれを鳴らせば、あやかしが弱体化するかもしれない。
最後の力を振り絞り、階段を駆け上がる。
拝殿に取り付けられた鈴の緒を握り、一心不乱に振り続けた。
ガラン、ガランと大きな鈴の音が鳴り響く。
近所迷惑かもしれないけれど、こちらは命がかかっている。申し訳ないと思いながら、鈴の音を鳴らし続けた。
しばらく鈴を鳴らしていたら、遠くから獣の叫び声が聞こえた。力尽きるような鳴き声であった。
今まで感じていた頭痛は消え、動悸も治まる。
辺りの空気もいつも通りに戻ったような気がした。
終わった、のか?
鈴緒から手を離し、そろそろと背後を振り返る。
あの娘は一体どうなったのか。
現場に戻るのは怖かったが、見ず知らずの少女の様子も気になったので、鳥居の前に行くことにした。
まっすぐに下る緩やかな階段の下には、おぞましいあやかしの姿はない。
代わりに、鳥居の前で倒れる少女の姿があった。
「うわ、やばい」
慌てて階段を駆け下りる。
赤い縄は細かく千切れ、あちらこちらに散らばっていた。
まずはうつ伏せになって倒れている少女に声を掛けてみる。残念ながら反応は無い。
体を揺さぶってみるも、結果は同じ。
申し訳ないと思いながらも、体を仰向けにして半身を支える。
外傷はない。
顔を近づけてみれば、すうすうと寝息のようなものが聞こえてきた。
どうやら眠っているだけみたいだ。
でもよかった。あやかしに襲われて死んでいたなんて、縁起が悪すぎる。
このままにしておくわけにもいかないので、そのまま抱き上げて社務所に連れて行った。
布団を敷いて履き物を脱がせ、そのまま寝かせておく。
少女を寝かせれば、拝殿に戻った。中を覗き込めば、父は体を大の字にさせて眠っていた。
「おい、父さん」
「はっ!?」
今度はすぐに目を覚ます父。
「勉、どうしたんだ?」
「それはこっちが聞きたいっていうか」
「私は――!?」
父は祝詞を上げている途中、いつの間にか気を失っていたらしい。
前後の記憶があいまいだと言う。
「もしや、何かあったのか?」
神社の空気が変わったと、父は言う。
信じてくれるか分からなかったが、これまでの経緯を説明することにした。
◇◇◇
「そんなことがあったのか」
父はあっさりと話を信じる。まず、鳥居の前の赤い縄を確認しに行った。
父は縄を掴むと、ハッと何かに気付いたような反応を示す。
「これは、『禁縄』だ」
「キンジョウ?」
「大昔に使われていた、あやかしを捕縛し、焼き尽くす神具だよ」
禁縄は神社に置かれている神具で、昔は鎮魂祭の儀式で出すこともあったらしい。
蔵に数本あるはずだと言っていた。
「狐の像もなくなっているではないか」
「あ!!」
そういえば、狐像が居なくなってる!
あやかしが盗んだのだろうか。
鳥居や賽銭箱のように、爪で傷つけるという荒らし方ではない。像自体が綺麗になくなっていた。
なんだか寂しくなった。
物心ついた頃からほぼ毎日手入れをしていたものなので、喪失感というかペットロスというか……。
周囲に像の欠片でもないか確認をしたが、発見に至ることはなかった。
捜索は太陽のある時間に改めて行おうと父が言う。
今は諦めて、鳥居の前まで戻った。
「それで、巫女服ではなくて、白衣に袴姿の子が、これであやかしを捕まえていたと?」
「まあ、そうかな」
あれは夢だったのか、現実だったのか。
既に記憶がぼやけていた。
「とりあえず、その子をうちに連れて帰ろう」
「え!?」
「社務所で寝せるわけにもいかないだろう?」
まあ確かに、あそこは寒いし……。
少女を抱きかかえ、車に乗せてからの帰宅となる。
スマホで時間を確認すれば、朝方の四時。まだ日の出には早すぎる時間帯だ。
父は母を起こし、少女の世話を頼む。
母は多くのことを聞かずに、淡々と様々な用意をしてくれた。
「勉、疲れただろう。少しだけ眠れ」
「……うん」
言われてみれば、眠たいような気がした。
汗を掻いたのでパジャマを着替え、布団の中に潜り込んだ。
目を閉じた瞬間に意識はなくなる。
翌朝。
六時半過ぎに母から起こされた。
寝坊したと焦ったが、昨日のことを思い出して無理もないと自らに言い聞かせる。
果たして、あれは夢だったのか、現実だったのか。
制服に着替え、鞄を持って一階に行く。
紘子はすでに学校に行ったようだ。朝の勉強会に参加をしているらしい。
顔を洗って歯を磨き、跳ねた髪の毛をブラシで整える。
くわ~っと大きな欠伸が出た。まだ眠い。布団が恋しくなって震えた。
スマホを見れば、修二から「今日から朝練が始まるので先に行くという」メールが入っていた。奴のことをすっかり忘れていた。神社で待っていなくて良かったと読みながら思う。
「ああ、勉か」
「あれ、父さん?」
いつも神社で朝食を食べている父だったが、今日は家に戻って来ていたようだ。
「さあ、朝食にしよう」
台所に行って手伝うことはないかと覗いたが、既に朝食の準備は終わっているようだ。
居間に移動する。
「――ん?」
誰も座っていない上座に、誰かが鎮座している。
年頃は俺と同じくらいか。
綺麗な黒い髪をボブカットにしていて、百合の花のように背筋がピンと伸びた女の子。
猫みたいなアーモンド形の目は、少しだけキツそうな印象がある。
でも、びっくりするくらい肌が白くって、そそとした雰囲気のある美少女だ。
着ている白いワンピースはどこかで見覚えがあるような?
「――あ! 昨日の」
昨日あやかしを退治してくれた少女が、なぜかうちの食卓の前に座っていた。
「な、どう……」
「勉、早く座りなさい」
どうやら出入り口を塞いでいたらしい。
素早く自分の席に回り込み、座布団の上に座る。
件の美少女は、じっと俺の顔を見ていた。
なんだか照れる。
父は困ったように少女を見ていた。
「さて、何から話せばいいのか」
「まずはご飯にしましょう」
母の言葉をきっかけに、食事の時間が始まった。
机の上に並んでいるのは、白米と豆腐とわかめのお味噌汁に、焼き海苔、卵焼き、焼き鮭、たくあん。
献立を確認していたら、お腹が空腹を訴える。
とりあえず、手と手を合わせていただきますと言った。