第十六話 言霊
大森さんは処置室に運ばれ、眠っている。診察をしたが、異常なし。おそらく、貧血だろうとのこと。
親御さんと連絡が取れたので、そこまで心配することはないだろう。
問題は、別にある。
なんと、大森さんには、何かが憑りついていたようだ。
その何か、というのはわからなかったらしい。
ただ、妖狐ではないことは確かであると、ミケさんは言い切った。
暴走していた紘子は、紅白のしめ縄を巻かれて我に返り、今は大人しくしている。
母もやってきて、家に連れて帰ってくれた。
「みなさんが無事で、本当によかったです」
「うん。ミケさんは?」
「私は……平気です」
ワンピース姿なので、一度家に帰ったのだろう。
もう、戻って来てくれないのでは? という考えも脳裏に過ったので、本当によかったと思う。
今は、いろいろ聞かないほうがいいだろう。
以降、かける言葉が見つからず、気まずい時間を過ごす。
そんな俺達に、父が話しかけてきた。
「勉、これからどうする?」
「あ、俺は、修二の手術が終わるまでここにいる」
「そうか」
ミケさんも、残るようだ。
父が俺に千円札を二枚渡してくれる。おそらく、手術は数時間かかるから、病院にある食堂でごはんでも食べて来いと。
気が付けば、夕食の時間だった。
タイミングよく、お腹がぐう~~と鳴った。
「ミケさん、食堂でごはん食べよう」
「はい」
ここの病院の食堂は、かなりおいしいらしい。病院の患者さん以外も利用でき、昼食時は毎日賑わっているのだとか。
父と別れ、ミケさんと共に食堂に向かった。
病院とは思えない、レストランのような外観の食堂に行きつく。
出入り口には、営業中と書かれている札がぶら下がっていた。
料理はまず、食券を買うところから始まる。
「ミケさん、ここの自販機で料理を選ぶんだけれど、どれがいい?」
「そうですね──」
ショーウインドーには、サンプルの料理がズラリと並べられている。
定番のハンバーグ定食に、カレー、オムライス。和食はてんぷら定食にカツどん。中華は天津飯にエビチリ定食と、種類は豊富だ。
ミケさんと二人で散々迷った結果、俺はハンバーグ定食、ミケさんはエビチリ定食に決めた。
ハンバーグ定食は四百五十円、エビチリ定食は五百円と、かなり安い。
「ミケさん、デザートも選べるよ」
「いいのでしょうか?」
「いいって」
デザートはチョコレートパフェにプリンアラモード、白玉ぜんざいにゴマ団子と、和洋中と取り揃えてある。
「とむ、プリンアラモードとは、どんな食べ物なのですか?」
「プリンに果物を添えて、生クリームを絞った食べ物かな」
「では、私はプリンアラモード、とやらにします」
白玉ぜんざいを選ぶかと思っていたら、まさかのプリンアラモードだと。
俺は、白玉ぜんざいにした。
「とむは、白玉ぜんざいを選ぶと思っていました」
「バレバレですか」
「ええ。和菓子、好きですよね」
「そういえば、好きかも」
常日ごろから、母の和菓子ばかり食べているからだろうか。
甘い物といったら、ケーキよりもお饅頭を選んでしまう。
「それで、子どもの時に饅頭大好きって言ったら、修二から、お前はお婆ちゃんっ子か! って言われて……。でも、俺のお婆ちゃん、片方は半分イギリス人でもう片方は生粋のイギリス人なんだ。だから、クッキーとかケーキ作りが得意で、和菓子は母さんが作っているって言ったら、お前ん家わけわかんねえ! 言われて」
「子どもの時のとむは、しゅうじと毎日遊んでいましたね」
「うん。友達だけど、家族みたいだって、思っているから」
「ええ」
修二は大丈夫なのか。両親にはどんな状態で手術をすることになったのか、聞ける雰囲気ではなかった。
「とむ、しゅうじは治ります。絶対、治るのです」
ミケさんの言葉には、力があった。
同時に、それは言霊なのだと気づく。
「そうだ。修二の手術はきっと成功する。大丈夫」
「そうですよ。さ、ごはんを食べましょう」
「うん。お腹空いた」
食堂のおばちゃんに食券を手渡し、料理を待つ。
ハンバーグは肉汁たっぷりで、すごくおいしかった。ミケさんとおかず交換もする。
エビチリはピリッとした辛さがほどよく、身がぷりっぷりで絶品だった。
デザートはもちろん別腹。
ミケさんと二人、ペロリと完食した。
残ったお金で、お茶を買う。修二の両親と兄さん、義姉さんに持って行った。
みんな、手術が始まってから、手術室の前からずっと動いていなかったらしい。喉の渇きも忘れていたようだ。
「勉くん、ありがとう」
「いえ」
「修二の容態に気づいてくれたのも、勉君だったわね」
修二の家族に深々と頭を下げられる。
「いや、そんな、偶然です」
「でも、勉君が気づかなかったら、今頃修二は……」
修二の母さんの眦から、ポロポロと涙が流れる。
「あの子の異変に気づかなくて、本当に、ダメな家族ね……」
修二の実家は家族経営の饅頭屋で、年がら年中忙しい。「うちは放任主義だから」ということを修二は時たま話していたことを思い出す。
食事も、家族が揃って食べることは少ないと言っていた。
やはり、家族そろって食事を取る、ということは大事なのだなと、改めて思ってしまった。
各家庭、いろんな事情があるから、毎日は難しいかもしれなけれど。
「もしも、修二が、ダメだったら──」
「おばさん、大丈夫ですよ。修二は、絶対元気になりますから」
そう言った瞬間、手術室中の赤いランプが消えた。




