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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉
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第五話『ざんざめく、七ツ星神社』

 夕食はいなり寿司と五島うどん、ほうれん草のおひたし、筑前煮。

 茹でピーナッツ入りの筑前煮は好物なのに、どうしてか箸がいつもより進まない。

 母と妹も、朝の事件を引きずっているようだった。父の居ない食卓はとても静かで、重たい空気のまま、夕食の時間は過ぎていく。


 風呂に入ったあと、スマホのゲームをしていたけれど、なんだか眠くなって、まだ九時なのに寝てしまった。


 朝までぐっすり眠りたかったけれど、あんなに眠かったのに何回も起きてしまった。十時、十二時、一時半……。


 次は朝まで眠りたい。そう思いながら、時間を確認したのちに、スマホを裏にして眠る。


 よく眠れなくって、何度も寝返りを打つ。

 やっぱり我慢をしておけばよかった。早く寝たのでなかなか眠れない。


 ここでスマホなんか触ったらますます眠れなくなる。

 なので、目を閉じて眠る努力をしなければならない。


 起きてからどれだけ時間が経っただろうか。スマホの画面を見る気すら起きない。明日は大丈夫だろうか。


 ……それにしても、親父は無事にお祓いを終えたのか。


 もうすぐ、丑三つ時のような気がする。

 そういえば昨日も、今頃の時間に――。


 うわ、昨日神社を荒らされた夢、綺麗に思い出してしまった。最悪。


 頭から布団を被ってギュッと目を瞑った。

 早く眠らせてくれと、神様にお願いしてみる。


 シンと静かな夜だった。

 なのに、さっきからカリカリと窓を引っ掻くような音が聞える。


 止めてくれよ……。


 ベッドは壁際に沿うように置いていて、その面にある窓から物音が聞こえている。

 耳を塞いで必死に聞かないようにしているのに、どうしてか頭の中で響いているような錯覚に陥った。

 布団を被っているからか、汗びっしょりになっている。まだ四月で、肌寒い日が続いているのに。


 ガタンと窓が揺れたのと同時に起き上がる。

 ベッドから飛び起き、電気を点けて、鞄に付けていた鈴のストラップを取ってリンリンと音をかき鳴らした。

 これは神社の手伝いを始めた頃、祖父から貰ったありがたい鈴だ。

 効果があったのか、ガタガタと窓枠を揺らす音は鳴り止んだ。

 やばかった。まだ手先が震えている。鈴の効果があってよかった。

 なんでも、鈴には魔除けの力があるらしい。他にも自身の魂を清める力もあるとか。

 子供の頃に祖父さんから聞いた話を覚えていたお蔭で助かった。年寄りの豆知識は偉大だと思う。


 静かになれば、家族の様子が気になる。

 紘子は昔、目には見えない存在モノを怖がることがあった。最近はどうだか分からないけれど、何度か祖父さんに母が相談していたのを覚えている。

 このまま寝るわけにはいかない。

 とりあえず、カーディガンを羽織って、妹の部屋を覗いてみることにした。

 途中、母親の部屋を覗いてみる。室内は静かなものだった。ひとまず安堵。

 次に妹の部屋に向かう。

 一応、扉をノックしてから中を覗いた。


「――っ!!」


 口に手を当てて、悲鳴を堪える。

 びっくりした。心臓が飛び出るかと思った。


 妹の部屋は、ガタガタと窓枠が揺れ、獣の鳴き声のようなものが響いていた。

 そんな大賑わいの中で妹はすうすうと安らかに眠っている。ありえないと思った。

 さきほど同様に、祖父の鈴を鳴らしてみるが、効果はまるでない。

 どうして妹だけこんなに大人気なのか。


「おい、紘子ひろこ、起きろ、紘子!」


 ここで眠るのは危険だ。母のところまで移動して眠ってもらおうと声を掛けるが、びくりともしない。


 揺り動かしても、大声で叫んでも、気持ちの良さそうな寝息を立てるばかりだった。


「――クソ!」


 俺が大声を上げれば、窓に張り付いている奴も鳴き声を大きくする。


 ――いや、張り合わなくっていいから!


 仕方がないので、妹を抱き上げ、母の部屋まで連れて行くことにした。

 狐の尻尾がモフモフ太ももに当たってくすぐったい。

 妹のパジャマは尻尾穴がある特別仕様だった。母が作ったのだろう。


 母の部屋は依然として静かだった。

 いつもは父が眠っている場所に、妹を横たわらせる。

 昔、祖父が言っていた。母には強力な守護霊がついていると。なので、ここに居れば安心だろう。


 問題は父かもしれない。

 神社でのお祓いは大丈夫なのだろうか?

 どうしようか。なんだか目が冴えてしまった。

 ここにあやかし(?)が来た、ということはお祓いを失敗していることになるのか。


 父に電話をしてみたが、出ない。

 夕方からずっと覚えていた胸騒ぎが、じわじわと不安をかき立てる。


 あやかし(?)が妹の部屋の周辺にとどまっていれば平気だと思った。

 恐る恐る部屋を覗いてみる。


「――え?」


 さきほどまでガタガタと大賑わいだった部屋の中は、静寂に包まれていた。

 急いで自分の部屋に戻る。

 やはり、窓枠を揺らすような音は聞こえていなかった。


 あやかし(?)は、また父の元に戻ったとか!?


 ――どうしよう。どうすればいいのか。


 俺が神社に行っても何か出来るわけではない。

 でも、このまま眠るという選択肢はなかった。


 恐怖よりも、不安感の方が勝ってしまった。

 深夜のテンションで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。


 祖父さん、どうか、家族を守って……。


 願いを込めながら、頬を両手で打って気合を入れる。


 ありがたい鈴をカーディガンのボタン穴に繋ぐ。リンリンという音が、勇気づけてくれるような気がした。意を決し、外へ駆け出した。

 何だか怖いので、飼犬でも連れて行こうと小屋の中を覗いたが、いくら声をかけても出てこなかった。いつもは近づいただけで弾丸のように小屋から出てくるのに。気持ちよさそうに寝ている。

 仕方がないので一人で行くことにした。

 自転車に跨り、ライトを点けて夜の道を走り抜ける。


 外に出た途端、家に張り付いていたあやかし(?)に襲われるのではとビビッていたが、外は驚くほど静かだった。

 途中で、何かが飛び出して来るのではと想像したら恐ろしくなって、自転車を漕ぐスピードが加速してしまった。

 いつもより早く神社に到着する。鳥居の前で自転車を止めた。

 懐中電灯を持ってくればよかったと早速後悔。玄関に置いていたのに。


「……あれ?」


 思わず声に出してしまった。

 自転車の灯りは消えたのに、どうしてか周囲の様子がはっきりと分かる。

 夜目なんか効くわけがないのに。

 気味が悪いので、スマホを取り出してライトを点けた。

 まずは狐像ミケさんを照らす。何事もなくそのままだったのでホッとした。

 けれど、鳥居の傷が昨日より増えているような気がした。


 父は拝殿に居るし、門も閉まっているのに。背筋がぞっとする。

 スマホの灯りを頼りに参道を駆け上がり、自転車の鍵と一緒に束ねている楼門ろうもんの鍵(※予備)を使って扉を開いた。


 境内は不気味な程にシンと静まり返っている。

 手水舎は昨日同様に荒らされていた。柄杓の柄は折られている。酷すぎるとしか言いようがない。


 父の状態を確かめるため、拝殿まで駆けて行った。

 賽銭の中身は抜いていたからか、荒らされた様子はない。鈴と鈴緒も無事だ。


 中はぼんやりと蝋燭の灯りが点いていた。

 外から声を掛け、拝殿の中へと入る。


「――!?」


 父は居た。

 けれど、大麻おおぬさという儀式の道具を握ったまま、倒れていたのだ。


「父さん!」


 駆け寄って体を揺さぶる。

 すると、安らかな寝息が聞こえてきた。

 烏帽子からはみ出た狐の片耳が、ぴくぴくと動いている。


「……あれ、寝てる、だけ?」


 父はぐっすり眠っていた。そんな馬鹿なと、脱力してしまった。

 そのあと、色んな方法で起こそうと試みたけれど、目を覚まさなかった。


「なんだよ、それ」


 心配をして損をした気分になるのと同時に、これからどうするか迷ってしまう。

 社務所に布団一式もあるけど、ここで眠るのも不気味な気がする。

 かといって、家に帰るのもなんだか怖い。


 父の無事を確認して我に返れば、深夜のハイテンションはすっかり治まっていた。


 十秒ほど迷ったけれど、やっぱり家に帰ることにした。


 神様に父を頼みますとお願いして、拝殿から出る。


 広い境内を見渡した。

 やっぱり、夜目が効くようになっている。

 真っ暗闇の筈なのに、昼間のように景色が鮮明に見えるのだ。


 強い風を感じ、背後を振り返る。


「――あ」


 拝殿の屋根に、黒い影があった。

 いつもなら見えないはずの目は、見てはいけない存在モノまで捉えてしまった。


 家で聞いた獣のような叫び声が響き渡る。

 気が付いた時には全力疾走で楼門を抜けようと頑張っていた。


 背中をドンと押されているような、圧力を感じる。

 全身鳥肌が立ち、頭もズキズキと痛んでいた。


 慌てながら楼門を抜け、参道の階段を全力で降りる。

 背後なんて振り返る余裕はない。

 ひたすら何も考えずに走った。


 ひときわ強い風が押し寄せ、足元がもつれて転倒した。

 階段なのでそのまま無残に転がっていく。


 ドンとぶつかったのは、鳥居を抜けた先にある狐像ミケさんだった。

 この先は砂利道だったので、そこに突っ込まなくて良かったと思う。


 安堵したのも束の間、再び強風が吹いた。

 顔を上げれば、大きな熊のような、四足歩行の生き物が居た。

 赤い目がこちらを見ている。赤く染まった牙を剥き出しにしていた。


「――うわ!」


 今度は悲鳴を押さえきれず、叫んでしまった。


 のっそりと、一歩、一歩、慎重な動きで近づいてくる。

 足が竦んで立ち上がることが出来なかった。


 熊のような何かは咆哮を上げ、鋭い爪が付いた手を振り上げた。


 終わった。

 俺も鳥居のようにズタズタにされるんだ。


 そう思っていたのに、どうしてか衝撃は襲ってこない。


 今まで見ていた存在モノは、自らの恐怖心が作った幻だったのか。

 そう思って、ゆっくりと瞼を開く。


「って、居るじゃん!!」


 あやかし――熊っぽい不思議生物は居た。

 だけど、俺の前でぴったりと動きを止めている。


「え、なんで?」

「とむ、下がりなさい!」

「え!?」


 突然、凛とした声に叱られた。

 びっくりして声がした方向を見上げれば、狐像の台に誰かが立っている。

 声からして女の子だろう。

 混乱状態の中だったが、とりあえず言葉に従い、その場から離れる。


 改めて状況を目の当たりにすることになった。


 鳥居の前には熊っぽいあやかし(?)が居て、その前に対峙するように一人の少女が立っている。

 どうしてか、彼女は白衣はくえに浅葱色のはかまという、神主の格好で居た。

 そして、手には赤い長い紐を持ち、獣を捕獲するように巻き付けている。


 ――あのは一体?


 成す術もなく、呆然と少女と獣を眺めることになった。


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