第十一話 嫉妬
帰宅後、夕食の時間となる。
母が作っていた煮物やみそ汁と共に、紘子が大量生産したいなり寿司を食べる。
こんなにたくさん作って食べきれるのかと思ったけれど、ミケさんが嬉しそうに食べる横顔を見ていたら大丈夫そうな気がした。
食後──母がお土産として買ってきたアップルパイを食べる。
「母さん、これ、野岳湖にある喫茶店のアップルパイ?」
「ええ、そうよ」
「久々だな」
野岳湖とは田畑に利用する水を溜め込む人工湖で、周囲に公園やサイクリングロード、キャンプ地がある。
山に囲まれた湖をくるりと回った先に、アップルパイがおいしい喫茶店があるのだ。
祖父の家から車で十分ほど。小学生のころ、何度か祖父と公園に行って遊び、アップルパイを食べて帰ったものだ。
「懐かしいな。何年行ってないだろう?」
「おじいちゃんが、最近勉が遊びにきてくれないって、寂しそうにしていたわ」
「あ、そうだっけ?」
なんとなく、従兄のリチャードが祖父の家に来てから、疎遠になっているような気がする。
あいつ、チャラいし。
久々のアップルパイは絶品だった。
生地はサクサクで、甘く煮込まれたリンゴはシャキシャキで甘酸っぱい。
お腹いっぱいだったけれど、あっという間に食べてしまった。
「そういえば、今日はなんでおじいさんのところに?」
「神社の現状を報告に行ったの」
「ああ……」
俺も、一年の女子に聞いた話を、報告しなければならない。
父がお風呂に行った隙に、母さんとミケさんに報告する。
「あの、今日、一年の女子から話を聞いて──」
うちにパトカーが停まっていたことをきっかけに、失踪事件の行方不明者はうちの神社でお参りしたあと、呪われてしまった。だから、神隠しのような状態になっているのだという話をする。
その話を広げたのは、修二の彼女である大森歌恋だ。
「大森、可憐……!」
その名前を呟いた紘子の尻尾が、ピンと立った。ゆらゆらと揺れて、二本の尻尾が三本になる。
「なっ!?」
「あら?」
「これは!」
部屋の中にいるのに、風が吹く。
カーテンが揺れ、ファンが付いたシーリングライトがぐらぐら揺れている。
風は、紘子を中心として吹いていた。
ゆらゆらと、陽炎のようなものも上がっている。
これは、紘子の神力が暴走しているのだろうか?
「おい、紘子、落ち着け!」
「あの女が、修二兄さんを、唆した!」
「はあ、何を言っているんだ!」
「あの、女狐め!!」
「女狐だって!?」
ドン! と家が建て揺れしたように揺れた。
「あ、やばい!!」
シーリングライトの根元が切れ、落下する。
部屋はまっくらになった。
紘子を助けようと手を伸ばしたが、間に合いそうにない。
「紘子!!」
母が叫び、紘子の上に覆いかぶさる。
ガチャン! という音と、意識が一瞬途切れたのは同時だった。
「──危なかったですね」
ミケさんの手には、神刀『永久の花ツ月』があり、シーリングライトを一刀両断したようだ。
倒れ込んだ母と紘子には、怪我はない。
俺はミケさんに刀を抜かれ、幽体離脱したような状態になっていた。
ミケさんが握る『永久の花ツ月』は、俺の魂に宿った刀となっている。
俺の中に常に刀があり、ミケさんが俺の心臓部に鞘を当てて引くと刀が抜ける仕組みとなっているのだ。
ちなみに、ミケさんが刀を使っている間、俺は霊体となってしまう。
「とむ、すみません。すぐに、お返しします」
『あ、ちょっと待って。心の準備を──』
使った刀は、俺の体に直接刺すようにして戻される。
なかなか衝撃的な様子で、簡単に「はいどうぞ」なんて言えやしない。
けれど、思い切りのいいミケさんは、俺の心の準備など待たずに『永久の花ツ月』を胸に刺し戻してくれた。
『ぎゃ~~す!!』
ハッと目覚めた時には、幽体離脱は終わっている。痛みもなにもない。
「な、なにがおこったんだ!!」
父が腰にタオルを巻いた状態で、慌てて風呂からでてきた。
禿げ頭に狐耳親父の半裸など、見たくなかったのに……!
夜目が利くようになっているので、灯りがなくても見えてしまうのだ。
とりあえず、蝋燭を持ってきて部屋を明るく照らす。
アウトドア用の、ランタンも灯してみた。
「水主村殿、すみません。『しーりんぐらいと』とやらを、両断してしまい」
「いいや、両断していなかったら、紘子と妻は大怪我をしていました。感謝しております」
「だったら、よかったです」
紘子はすっかり落ち着きを取り戻している。ちなみに、暴走は母が抑えてくれたようだ。
尻尾も、消えてなくなっている。
「って、紘子、尻尾はどうした?」
「あれ? お母さん、私の尻尾が……ない」
「消えてと願ったら、消えたみたい」
母はいったい……。
その疑問に、父が答えてくれる。
「母さんは、うちの神社の大巫女を受け継いでいるからね」
「大巫女?」
初めて聞いた。
大巫女というのは、神力が高い女性を呼ぶ言葉らしい。
先代は祖母だったようだ。
「ってことは、父さんの耳も母さんが消せるのでは?」
その疑問に、父がハッとなる。期待の眼差しを向けていたが、母は今の紘子を押さえたことで力を消費してしまったという。
「そ、そうか。今日のところは、諦めよう」
父は狐耳をしょぼんと垂れさせながら、呟いている。
それを見た母は、目を細めていた。もしかして、父の狐耳姿が気に入っているとか?
だとしたら、父は一生狐耳を消してもらえないような気がする。




