第十話 いなり寿司大量生産事件の真相
「紘子はねえ、たま~に、こうして大量生産スイッチが入ることがあるのよね?」
母曰く、半年前も大量のクッキーを生産し、近所に配って消費していたらしい。
その日、俺は友達の家で泊まり込みの勉強会をしていたので、知らなかったのだ。
「その前は寸胴鍋いっぱいのおぜんざい、その前はマドレーヌ、お芋の煮っころがし、アップルパイ」
なんだその、和、洋、和、洋の繰り返しは。
紘子の趣味が大量生産料理だなんて、知らなかった。
「でもなんで、京風のいなり寿司なんだ?」
紘子は尻尾を畳にたしたしと叩きつけながら、事情を説明してくれる。
「夢に狐の神使様が出てきて、京風いなり寿司が食べたいって訴えてきたから」
ちらりと、隣に座るミケさんを見る。
「私ではありませんので」
「だったら、狐太郎と狐次郎?」
「おそらく」
京風いなり寿司の話をしたから、食べたくなったのか。人間の食べ物はよくないのに。
それにしても、作りすぎだ。数えてみたら、百八個あった。
「人間の煩悩の数か」
ぽつりと呟いた言葉に、父が噴き出す。が、真面目な雰囲気の中だったので、父は紘子に睨まれ、針の筵の中にいるような気まずい表情となった。
「これは、神饌として、神使様に持って行こう。葛葉様、問題ありませんか?」
「ええ。正式に神饌とするのならば、問題ないでしょう」
母が重箱を用意し、紘子がどんどん詰めていく。
すぐに、いなり寿司は神社に持って行くことになった。
夜の神社に、ミケさんと徒歩で向かう。
田舎道なので、街灯はほぼない。神社の近くになったら、ちらほらあるけれど。
雨が降って、田んぼのあぜ道には雑草が元気に生い茂っている。
虫の鳴き声もリンリンジージーと、大合唱だ。
夏がやってくる気配を、身をもって感じる。
「昼間よりは涼しいけれど、じめっとしているかも」
「すっかり梅雨の時季ですね」
天気予報では、明日は雨らしい。またバス通学になりそうだ。
「そういえば、最近シュウジが来ないですね」
「ああ、彼女ができたから、一緒に毎朝登校しているんだって」
「彼女とは?」
「恋人のこと。友達よりも親しい相手」
「恋人……」
聞きなれない言葉なのだろう。
稲荷神社は商売と五穀豊穣の後利益がある。縁結びの神様であったら、常日ごろから聞いてそうだけれど。
「とむと私は、どのような関係なのでしょうか? 何か、言葉があるのですか?」
「え!?」
思いがけない質問に、歩みを止めてしまう。
ミケさんと俺の関係とは……いったい?
「友達ではないですよね?」
「うん、違う?」
「恋人でも、ない」
「ない、ね」
何か、しっくりくるものがあるような、ないような。
「逆に、ミケさんはどう思う?」
「私は、二人で一つみたいな、強い絆で結ばれた関係だと思っています」
「ああ、そっか!」
ミケさんの言葉を聞いて、ぴったりな言葉が思い浮かんだ。
「俺達、パートナーなんだ」
「ぱーとなー、ですか?」
「そう!」
「どういう意味なのですか?」
「改めて聞かれると説明が難しいけれど、敢えて言葉として当てはめるのならば、唯一無二の、二人組、みたいな」
「ああ、なるほど。たしかに、私ととむは、ぱーとなー、です!」
互いに納得できる言葉が見つかってよかった。そんな話をしているうちに、神社に到着する。
階段を上がり、楼門前にいる狐太郎と狐次郎の前まで向かった。
ミケさんが一緒だからか、妙に大人しい。いつもだったら、すぐに狐像の変化を解くのに。
「狐太郎、狐次郎、御望みの品を、持ってきましたよ」
『……』
『……』
「変化を解いて、返事をしなさい」
『はあい』
『あい』
ミケさんに命じられ、狐太郎と狐次郎は子狐の姿に戻った。
何やら、怯えている。
「あなた方は、ひろこの夢に出て、いなり寿司を要求したようですね?」
『……』
『……』
「返事は!?」
『しました』
『した』
その後、狐太郎と狐次郎はこっぴどく怒られていた。
人の夢に出ることは、緊急時以外してはいけないらしい。
説教が終わると、いなり寿司を狐太郎と狐次郎に捧げる祝詞を詠んだ。
二匹の子狐の前にいなり寿司を置き、祝詞を詠む。なかなかシュールな感じになってしまった。
「次に、こんなことをしたら、白狐社に報告しますからね」
『それだけは、ご勘弁を~!』
『を~!』
狐太郎と狐次郎の慌てようは尋常ではない。どうやら、ミケさんよりも恐れている相手がいるようだ。
「狐太郎、狐次郎、うちの神社は今、大ピンチなんだ。だから、これからも助けてくれると嬉しい」
『若様~~!』
『様~~!』
キラキラした目で俺を見てくる。その傍らで、ミケさんに「甘やかさないでくださいね」と言われてしまった。
ミケさんから許可を貰った子狐達は、嬉しそうにいなり寿司を食べている。
重箱には三十個ほど詰められていたが、次々と食べている。
ミケさんもだけれど、神狐は健啖家なのか。
『おいしい、おいしい!』
『おいしい!』
尻尾を振りながらはぐはぐと食べている様子は、なんだか癒される。
と、背後からミケさんの圧を感じたので、帰宅することにした。
「狐太郎、狐次郎、じゃあ、明日もよろしく」
『よろしくお願いいたします!』
『ます!』
そそくさと、夜の神社をあとにした。




