第九話 狐の怪
紘子の尻尾が──二本に割れただと!?
「な……ひ、ひろ……」
「どうした?」
父は気づいていないようで、きょとんとしている。
紘子の尻尾を指差したが、「尻尾がどうした?」と言うばかり。
「俺にしか、見えていない?」
見間違いかと思ったが尻尾は二股状になって、ゆらゆらと揺れていた。
ここで、思いがけない事態となる。
バチンと音が鳴り、突然暗くなったのだ。
「うわっ!」
「ひええっ!」
悲鳴を上げたのは、俺と父だけだった。紘子はまったく声をあげない。
今、どのような状況かわからないので、声をかけてみる。
「ひ、紘子、だ、大丈夫か?」
「兄さんのほうこそ、大丈夫なの?」
「……」
なぜ、逆に俺が心配されているのか。
夜目は効くけれど、いきなり暗くなるのは恐ろしい。
隣にいた父が、「スマホはどこだったか」と言っていたので、ポケットから取り出して懐中電灯のアプリを開いた。
すると、台所は僅かに照らされる。
紘子に灯りを当てると、驚くべきものを目の当たりにしてしまった。
「ぎゃあ!」
紘子の影が、完全に狐そのものだったのだ。
いったい、どうして?
「おい、勉、どうしたんだ?」
「ひ、ひろ、紘子の影が……」
「影? 普通じゃないか?」
「父さんには、見えていない?」
こうなったら、本人確認させるしかない。
「おい、紘子、お前の影、変だぞ! 見てみろ?」
紘子は「はあ? 何言ってんの?」みたいな視線を向けていたが、早く見るように急かすと振り返った。
「別に、普通。尻尾が生えているのは、変だけど」
「普通? だって、お前……あ、尻尾! 尻尾も二つに割れているだろうが!」
「割れていない」
今一度、父のほうを見る。父も「割れていない」と言った。
「なんだよ、俺だけ、おかしく見えているのかよ」
頭を抱え、今の状態を嘆く。
もしかして、紘子には妖狐が憑いていて、うちの神社を呪ったとか?
紘子の異変は、そうとしか仮定できない。
しかし、紘子の異変は俺にしか見えない。
せめて、ミケさんがいたら──!
そう思った瞬間、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
ミケさんと母が帰ってきたようだ。玄関まで全力疾走する。
「お、おかえり!!」
勢いよく玄関にやってきたので、ミケさんと母は目を丸くしている。
「あら、勉、どうしたの?」
「そんなに慌てて」
「紘子が、紘子が!」
ミケさんが弾かれたように動く。まっすぐ、台所に向かった。気配でどこにいるのかわかるのだろう。
台所へ飛び込んだミケさんは、驚愕する。
「こ、これは──!」
やはり、大変な事態なのか。
「ミケさん、これはどういうこと?」
「わ、私にも、わかりません。こ、こんな……」
神狐であるミケさんまでもわからない状況とは。
胸が、嫌な感じにドクドクと高鳴る。
「こんなにたくさん、いなり寿司があるなんて!」
「え?」
「とむ、このいなり寿司、百個以上ないですか? こんなの、初めてです」
「あ、うん。俺も、こんなに大量のいなり寿司は初めてだけど」
反応するところが違う。がっくり項垂れていると、続けて母がやってくる。
「ブレーカーが落ちたのね。お父さん、玄関に行って、ブレーカーを上げてもらえる?」
「あ、ああ」
「母さん、突然暗くなったんだ」
「あらあら。紘子、家電、何か使っていた?」
「洗濯機とエアコンと電子レンジとIHクッキングヒーター、食器洗浄機、電気ケトル、炊飯器、布団乾燥機……」
「そんなに使っていたら、ブレーカーも落ちるわ。特に、洗濯機と食器洗浄機、IH、ケトルは消費電力が高いから、別々に使わなきゃダメよ」
「わかった」
なんと、電気が消えたのは怪奇現象ではなく、紘子が家電を使い過ぎていたかららしい。
まさか、睡眠に備えて布団乾燥機まで使っていたなんて。
「いや、いなり寿司の大量生産とブレーカーが落ちた件はどうでもよくて! ミケさん、紘子を見て! 尻尾が、二つに割れているんだ」
スマホを灯りで紘子を照らす。二つに分かれた尻尾は、怪しく揺れていた。
「ああ、ついに割れましたか」
「あら、本当!」
「んん?」
ミケさんと母にも、紘子の尻尾は割れて見えたようだ。
しかし、反応はずいぶんとあっさりしている。
「とむ、紘子の神力は上位なのです。本人に把握する力がないので、尻尾が割れているのも見えていないようですが」
「ええ……」
「ちなみに、もっとも神力が多いのは、母君ですよ」
「それは、なんとなくわかっていたけれど」
なんといっても、母には最強の守護霊がついている。水主村家最強なのだ。
ここで、台所が明るくなった。戻ってきた父が、ミケさんに質問する。
「ちなみに、一番神力が低いのは誰だい?」
「……」
珍しく、ミケさんが気まずげな表情を浮かべる。
おそらく、父の神力がもっとも低いのだろう。ミケさんはなんと答えるのか。ドキドキしながら見守る。
「ハ…………ハム子さんです。ハム子さんの神力が、一番低いかと」
「そうか」
なんとか、誤魔化すことに成功したようだ。家族と限定していないところが、よかったのかもしれない。
しかし、密かに明らかになったことは、父がもちよりも神力がないということだった。




