第三話 ありえない噂
狐太郎と狐次郎は『気になる話』を耳にしたらしい。
昼間、神使像に化けて神社を見守っている彼らが、参拝客からある話を聞いたようだ。
居住まいを正し、話を聞く姿勢を取った。
「それで、聞いた話とは?」
『呪いです』
『です』
「え?」
『この神社で参拝すると、呪われるから止めたほうがいい、と言っておりました』
『ました』
「そ、そんな……うちの神社で参拝したら呪われるって、そんなわけないのに」
ここで、玄関から「ただいま」という母の声が聞こえた。
続けて、ミケさんの「ただいま戻りました」という声も聞こえる。
すると、だらだらしていた狐太郎と狐次郎の姿勢が正され、部屋の隅に並んで座るということが一瞬の間で行われる。
ミケさんはまっすぐに、リビングにやってきた。
「あ、ミケさん、おかえり」
「ただいま戻りました」
「何か、収穫があった?」
「ええ」
ミケさんは母と一緒に骨董店に神具を見に行っていたのだ。
近所にある有江骨董店と印刷されたビニール袋から、ミケさんは細長い箱を取り出した。
蓋を開けると、中には扇子が収められていた。
広げると、檜扇よりも骨が少ない。形は変わらないが、檜扇よりもずっと軽いようだ。
平安時代の雅な人達は、これで扇いで酷暑を乗り切っていたらしい。
「え~っと、これも、神具なの?」
「はい。蝙蝠扇と言いまして、夏に使うものになります」
「へ~。檜扇とは、違うものなの?」
「檜扇は、冬に持つものなのですよ」
「そうなんだ」
檜扇を使ったのは春先で冬ではなかったので、能力が最大発揮できなかったようだ。
「扇子にも季節があるなんて、知らなかったな」
「季節にあった神具を使うと、神力を揮った時に効果がまったく違います」
実際に持たせてもらったが、檜扇よりもずっと軽くて驚いた。
これならば、ずっと扇いでいても疲れないだろう。
昔の人の工夫はすごい。
ここで、ミケさんはちらりと子狐を見る。
二匹は緊張しているのか、背筋がピンと伸びていた。
「神力を練る修業は、上手くいっていますか?」
『は、はい、滞りなく!』
『なく!』
ミケさんはスパルタ教育のようで、可愛らしい見た目の子狐にも容赦しない。
「では、見せてください」
狐太郎と狐次郎は、耳と尻尾をピンと立てて神力を具現化させる。
これが自由自在にできるようになったら、風や火を作り出すことができるようだ。
『くううううう~~!』
『ううう~~!』
見たところ、狐太郎と狐次郎は同じくらいの大きさの神力の塊を作っていた。能力に変りはないようだ。
一分ほど時間をかけて、神力の大きさを安定させる。
しかし、頑張って作った神力も、ミケさんがふっと息を吹きかけて消してしまった。
「まだまだです。日々、精進するように」
『あ、ありがとうございます!』
『ます!』
狐太郎と狐次郎はそそくさと帰ろうとしていたが、話の途中だったので引き留める。
「あ、狐太郎と狐次郎は。呪いの話、ミケさんにも聞かせてくれないか?」
『はい、そう、ですね』
『ですね』
乗り気な感じではないが、又聞きした情報を伝えるより直接小狐から聞いたほうがいいだろう。
『えっと、今日、聞いたのですが、七ツ星稲荷神社は呪われている、という噂話があるようで』
『ようで』
「なんですって!?」
ミケさんの目が、クワッと開く。子狐達は怖かったのか、俺の後ろに隠れた。
「どこの誰が、そんなことを言っていたのですか?」
『お、女の子でした』
『でした』
十五から十六歳くらいの、女の子だったらしい。
『わ、若様の服と同じ模様をお召しでした』
『した』
「俺と同じ服ってことは、同じ学校の奴か?」
高校の指定制服である、ズボンとスカートのチェック模様は男女共通だ。
「ネクタイは何色だったか、覚えているか?」
『え~~っと、なんだったか……』
『緑!』
『緑、らしいです』
『です』
緑のネクタイということは、一年か。うちの学校は学年ごとにネクタイの色が変わるのだ。
一年は緑、二年は赤、三年は青、といった具合に。俺は二年なので、赤いネクタイを締めている。
「一年の間で、うちの神社が呪われているって噂になっているのかもしれないな」
「しかし、とむ。参拝客が減ったのは年代問わず、ですよ」
「そっか。そうだった」
でも、一年のヤツを調べたら、何かわかるかもしれない。
「一回、調べてみる価値はあるかも」
もしかしたら、噂の出所もわかるかもしれないのだ。
うちの学校の一年に、氏子がいた気がする。何度か、巫女のバイトにも来てくれた子だ。
「明日、学校で聞いて来るから」
「ええ、お願いします」
しかし、驚いた。うちの神社を参拝すると呪われるという噂が出回っていたなんて。
「そういえば、前に来た友達も稲荷神の呪いとか、祟りがどうのとか言っていた」
「なぜ、そのような噂が出るのか……理解できません」
「たぶんだけれど、妖狐の伝承とまぜこぜになっているのかも」
小学生の時に、一時期『こっくりさん』の噂が流行った時があった。
「こっくりさん、ですか?」
「そう。紙に文字を書いて、十円玉を置いて、呪文を唱えるんだ。すると、こっくりさんがやってきて、質問に答えてくれる」
その先は記憶が曖昧だけれど、こっくりさんに祟られる話とかもあったような気がした。
「とむ、こっくりさんというのは、何者ですか?」
「たぶん、妖狐だと思う。霊狐ではなかったような」
妖狐はおなじみ、あやかしだ。一方、霊狐は神社に仕える神聖な狐を呼ぶ。
この二つのイメージは、わりとごっちゃ混ぜになっているようだ。
「みんな、呪いの話とか、あっさり信じちゃうんだよね。俺も、こっくりさんは信じていたなー。じいさんに、ありえないと怒られたこともあったっけ」
「そうだったのですね」
「まあ、とにかく、明日、調べてくるよ」
「お願いいたします」
ここで、やっと狐太郎と狐次郎は解放される。ホッとした表情で、帰っていた。




