第三十四話『放たれた神刀、そして……』
ミケさんの驚く声を、随分と遠くから聞く。抱き上げようとしていたのに、どうしてこんなに遠いのか?
「刀が……抜けた!」
──なん、だと?
ミケさんの手には、純白の刀が握られている。
「これが、『永久の花つ月』!」
とうとう刀を手にすることができたようだけれど、どこから出てきた?
――あれは、鬼の子の体の中から出てきたものだ。
──へ、どうやって?
──刀を抜くように、お主の体に柄を当てて引いたら、出てきよったぞ。
──ええ~~?
っていうか、今の俺、体がおかしいというか、フワフワしているっていうか。
今の状態を、蘆屋大神様が教えてくれた。
──今は霊体のようだな。俗に言う、お化けというやつだ。
──な、なんだってー!
ミケさんに刀を提供する代わりに、俺は霊体とやらになってしまうようだ。
受け入れられない状況だけれど、今は小鬼との戦いに集中しなければ。
『もう、限界か。すまんの』
──あ、有馬大神様! ありがとうございました!
有馬大神様の具現化が解けるのと同時に、『永久の花つ月』を握ったミケさんが前に躍り出る。
ボロボロのミケさんだったが、『永久の花つ月』を手にしたことによって、神力が元に戻ったようだ。
ミケさんは小鬼を力強く睨んだあと、刀を振り上げて一撃食らわせる。
以前、鞘であやかしを殴って大きなダメージを受けたことがあったので、斬りつけた瞬間目を閉じてしまった。しかし、衝撃は襲ってこない。『永久の花つ月』は小鬼を傷つけ、大きなダメージを与えているようだった。
一撃、二撃と連続で斬りつける。
小鬼は抵抗することなく、斬り刻まれていった。そして、その姿は消えてなくなる。
──さて、仕上げとするか。
蘆屋大神様が俺のポケットから這い出て、何かを始めている。
小さなハムスターの体なので、可愛いとしか言いようがない。
ハムスターがジタバタとしているだけに見えたが、何かの儀式をしているのだろう。
タン! と地面を両足で踏んだ瞬間、境内は光に包まれた。
これは、何なのか?
「とむ、これは、結界です。今までにない、強力な……!」
なんと、蘆屋大神様は壊れてしまった結界を修繕し、更にパワーアップしてくれたようだ。
これで、この街はあやかしの出現を防げる。鬼も、やってこないだろう。
「とむ、ありがとうございました」
──いや、これは、ミケさんの頑張りで、俺は何も……。
「あ、いえ。刀をありがとうという意味です。今、返しますね」
そう言って、地面に倒れた俺の体に、ミケさんは刀を突きさそうとしている。
──え、待って。その刀、そんな風に返すの? 大丈夫なの?
「では、いきますよ」
──ぎゃあああああ……。
以降の記憶は定かではなかった。
◇◇◇
ようやく、平和が訪れた。もう、怪異現象に悩まなくてもいいだろう。
この街には、蘆屋大神様の作った極力な結界がある。
ミケさんは、神使に戻ると言った。そういう約束だったし、覚悟もできていた。
けれど、寂しい。
父も母も妹も犬のもちだって、ミケさんを家族同然に接していた。
「しかし、私は神の御遣い。務めを果たさなければ」
「ミケさん……」
最後に、ミケさんは手を差し出す。握り返したくなかったけれど、手を差し伸べた。
「とむ、ありがとうございました。あなたと、あなた達と過ごす時間は、とても、かけがえのないもので──」
「ミケさん……」
ミケさんはボロボロと涙を流す。そんなミケさんの元に、神使見習いの狐がやって来た。
お別れの時が来たようだ。
『三狐様~、伏見稲荷大社より、お手紙が届いております』
『おります!』
「どなたからです?」
『宇迦之御魂神様からです』
『です!』
「え!?」
なんと、伏見稲荷大社の主神である、宇迦之御魂神様より手紙が届いたようだ。
ミケさんは大きな葉っぱに書かれたそれを受け取り、読み始める。
「──なっ!」
「ミケさん、どうしたの?」
手紙を、そのまま俺に渡してくる。葉っぱには、『君、人間の食べ物食べすぎて、人間になっているよ』と書かれていた。
「ってことは、ミケさんは、うちで暮らすしかない?」
『みたいですねえ~』
『ねえ~』
代わりに、伏見稲荷大社から派遣された狐が七ツ星神社の神使見習いに昇格したようだ。
ミケさんには、見習い神使の指導をするようにと命じられたらしい。
突然の昇格に、狐達は喜んでいた。
『神使見習い、やった~!』
『やった~!』
「やった~!」
狐達と一緒になって喜ぶ。勢い余ってミケさんの手を握ってしまった。
ミケさんは目をまんまるにして、俺を見る。
「俺、ミケさんと、ずっと一緒にいられるんだ!」
「とむ、本気なんですか?」
「何が?」
「ずっと一緒に、という部分です」
「もちろんだよ。これからも、二人でこの神社を守っていこう」
それは、きっと今までミケさんがしていたことと変わらない。
そう言ったら、やっと微笑んでくれた。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、ミケさんは大和撫子らしく頭を下げたのだった。
やっとのことで、七ツ星神社はいつもの姿を取り戻した。
これからもずっと、平和な日々は続くだろう。




