第三十三話『最後の──』
──とむ、とむや。
祖父さんの声がした。
──とむ、起きないか。
祖父さんは酒の相手をしてくれる人がいないと、眠っている俺を起こす時があった。
もちろん、未成年なので酒は飲めない。だから、俺はあたりめを齧りながら、祖父さんの話に耳を傾けるだけだ。
酔っぱらった祖父さんは、不思議な話をたくさん聞かせてくれた。その中でも印象的だったのは、鬼の話だった。
あやかしの中でも最強と言われる鬼という存在は、人の悪しき感情から生まれるのだと。
昔は、辛い時代だった。秩序はなく、戦争が起き、腹を空かせた子どもたちがいる。
その時代は、多くの鬼がいたのだとか。
鬼は人を喰い、力を大きくしていく。
餓死した、流行り病で死んだ、災害に巻き込まれた。
そんな死因の全ては、鬼が人を手にかけたものだったらしい。
鬼から人々を救ったのは、神社だった。祈りを捧げ、魂を清浄化させる。そうすれば、鬼は滅びてしまう。
人は神に祈ることで、鬼を遠ざけていた。
長い長い時を経て、人々の信仰心は薄くなる。
そんな中で、悪しき感情が大きくなった時、人々は鬼に呑み込まれるのだ。
悪い気持ちは溜め込んではいけない。神様に頼んで、綺麗にしてもらうんだよ。
祖父さんは、そんな話をしていた気がする。
──と、ここで目が覚める。
「あれ、知らない天井だ」
というか、真っ暗のままで、何も見えない。しかし、近くに何かが居た。気づいた瞬間、全身鳥肌が立つ。
「あ、うわっ……!」
それは、夢の中で見た、大きな大きなあやかしだった。
姿形は、ガマガエルのようだ。全長は五メートルくらい?
真っ赤な目に、とげとげの歯が覗く裂けた口が不気味だ。手を伸ばしたら、届きそうなほど近くにいる。
もしかしなくても、俺はこのあやかしに誘拐されてしまったらしい。
事件が解決しないことを不安に思っていたから、あやかしを惹きつけてしまったのか。
恐ろしくて、指先が、肩が、震えてしまう。今にも、叫びだしたい。けれど、震える歯をぐっと噛みしめ、恐怖心を押し隠す。
こういう存在は、きっと、恐れたら恐れるほど力を増していくのだろう。
「お、お前なんか、ぜんぜん、怖くないからな!」
なんで、こんなことを言ってしまったのか。自分でもよくわからない。
この発言であやかしを煽ってしまったようで、パックリと大きな口が開く。
「うわあっ!」
食べられる! と思ったが、衝撃は襲ってこない。その代わり、お腹の上にぽとんとハムスターが降りてくる。
「え、はむ子さん?」
──否、身どもだ。
「あ、蘆屋大神様……!」
時同じくして、あやかしの体がぶっとぶ。豪快な体当たりをかましたのは、大きな黒狐の姿をしたミケさんだ。
この前みたいな禍々しさはない。神力を使って具現化させた力だろう。
周囲の景色がぐにゃりと歪み、闇が消えてなくなる。
瞬きをした瞬間、別世界となっていた。
「ここは──」
『七ツ星神社ですよ』
『すよ!』
近くに居た、神使見習いの狐達が教えてくれた。周囲は薄暗いけれど、確かにここは神社の境内であった。
『鬼が、あなた様を攫い、大騒ぎでした』
『でした!』
「お、鬼? あれが?」
あんなガマガエルみたいなのが、鬼なのか。その疑問に、蘆屋大神様が答えてくれた。
――あれは、小鬼よ。
「あんなに大きいのに、小鬼、なんですね……!」
ミケさんと小鬼は、小競り合いとなっていた。力は、互角なのか。
――否。このままでは、あれは負ける。鬼は、神力では倒せん。
「だったら、何を使って退治をするのですか?」
――鬼を倒せるのは、刀匠が作った神刀のみ。
「神刀って、『永久の花つ月』のことですよね?」
――然り。
「えっ、うわっ、どうしよう」
そうこうしているうちに、ミケさんは小鬼に組み敷かれる。首筋を噛みつかれ、悲痛な叫びをあげていた。
変化の術が解け、少女の姿に戻ってしまう。ミケさんは戦意喪失状態になっていないようで、まだ戦うつもりのようだ。
檜扇を取り出し、神力を使って風を起こしたが、小鬼とってはそよ風だったよう。咆哮と共に、打ち消されてしまった。
その衝撃で、ミケさんの小さな体は吹き飛ぶ。
「ミケさん!」
気づいたら、ミケさんの元に駆け寄っていた。はむ子さんの体に憑依した蘆屋大神様を握りしめた状態で。
「ミケさん、しっかり!」
「とむ、下がって、いてください」
「わかっているけれど!」
俺は何もできない。だから、こうして倒れたミケさんを支えることしかできないのだ。
「ミケさん、蘆屋大神様が言っていたんだけど、鬼は神刀でしか倒せないんだ」
「そう、だったのですね」
そんな話をしているうちに、小鬼が接近してくる。慌てて蘆屋大神様をポケットに入れてミケさんを持ち上げようとしたが、死ぬほど重かった。
「はあ、はあ、うっ。ミケさん、なんで?」
「一応言っておきますが、重さの大半は、『永久の花つ月』です」
「あ!」
そんな会話をしていたので、小鬼の接近を許してしまった。大口を開けて、俺達を呑み込もうとしている。
「うわ~~!」
ミケさんを庇うように立った。もう、どうにでもなれ! と思いながら。
小鬼に呑み込まれ、鋭い歯でばりんばりんに砕かれるだろう。しかし、その予想は外れた。
「へ?」
目の前に、戦国武将が現れ、小鬼に斬りかかったのだ。
「あ、あなた様は──有馬大神様!」
蘆屋大神様だけではなく、有馬大神様まで助けに来てくれたようだ。
『すまぬが、私は長い間具現化できん。それに、この刀は神刀ではない』
ということは、有馬大神様であっても、小鬼を倒せないということなのか。
「ど、どうすれば?」
──鬼の子よ、もう、逃げよ。
「しかし、蘆屋大神様……!」
──いいから、逃げよ。
一人で逃げるわけにはいかない。ミケさんを連れて行かなければ。
「とむ、私のことはいいので、一人で逃げてください」
「いや、それができないんだってば」
こんなにボロボロなのに、見捨てるなんてできない。
このままでは持ち上げることはできないので、ミケさんの腰から『永久の花つ月』を引き抜く。
「とむ、ダメです」
「ダメじゃないから」
ミケさんは柄を掴み、俺は鞘を引く。パックリと、『永久の花つ月』は二つに分かれた。こういう仕組みだったことを、すっかり忘れていた。
ミケさんを横抱きにしようとしたが、抵抗される。
「とむ!」
「ミケさん、大人しくして──」
ミケさんが俺の胸を柄で叩いた瞬間、全身の力が抜ける。
魂が抜かれるような、不思議な感覚となった。
「え?」




