第三十二話『永久(とこしえ)の花(はな)つ月(づき)について』
三日ぶりにミケさんと会った。俯いて、なんだか気まずそうな感じ。
「あ、あの、ミケさん、大丈夫だった?」
「なぜ、私の心配を」
「だって……」
妖狐のミケさんは、とても苦しそうだった。
「だから──」
顔を覗き込もうとしたら、肩を突き飛ばされてしまった。恥ずかしいくらい、体がゴロゴロと転がっていく。
「あっ……」
起き上がったら、ミケさんはショックを受けたような顔をしていた。目が合うと、サッと逸らされる。
「ミケさん、やっぱり、もう少し休んだ方が」
「私は平気です。今までとは、違いますから」
それは、妖狐になってしまったことを言っているのか。
「違わないよ。ミケさんは、ミケさんだから」
ぶんぶんと首を振って否定をするけれど、それを決めるのはミケさんではない。俺だ。
「俺がミケさんをどう思うかは、俺か決めるから」
「でも、私は一度、化け物に、成り果てました。もう、神使には、なれません」
「そんなことはない。ミケさんは、神社を守った。立派な神使だ」
「しかし……」
「俺がそう言っているんだから、絶対そうに決まっている!」
ミケさんの目をまっすぐに見て行ったら、コクリと頷いてくれた。
◇◇◇
大村さんは憑き物が落ちたので、すっかり元気になったらしい。よかった、よかった。
しかし、俺達の状況は変わらず。
「しかし、『永久の花つ月』がとむの体の一部だったとは」
「それであやかしぶったたいたら、倒れるわけだよな~って」
「……」
「ミケさん、どうかした?」
「いえ。以前、狐鉄が言っていたような気がしたのです。緊急事態の時は、刀を抜け、と」
そういえば、ミケさんは完全体ではなく、記憶も一部抜け落ちていると言っていたような。
「その時の物言いが、まるで、自分の中に刀の刃があるような感じで」
「祖父さんの中にあった『永久の花つ月』が、俺の体に移って今に至るわけだよね?」
「だと、思います」
「だったら、『永久の花つ月』は俺の中から刃を抜くってことにならない」
「そう、ですね。そのはずです」
しかし、しかしだ。『永久の花つ月』の鞘と柄はここにある。
なぜ、刃と別になっているのか。わからない。
「狐鉄が、とむにもっと説明していたら、こんなことには……」
「う~~ん。前に、夢枕に祖父さんが立った時は、ミケさんと協力してなんたらと言っていたような気がする」
「私と、とむが協力して……」
でも、それは神社を守ってくれというメッセージで、『永久の花つ月』には関係ないのかもしれない。
「ミケさんと協力って具体的にはどんなことが……」
「とむ、この刀、二人で抜くのでは?」
「試してみよう!」
まず、ミケさんが鞘を持って、俺が柄を握る。
「ミケさん、いくよ」
「はい」
いっせ~の~で、で一気に引いた。しかし──びくともしない。
「ダメか」
「とむ、今度は逆です」
「あ、そうか」
続いて、ミケさんが柄で、俺が鞘を持つ。
「では、行きますよ」
「いっせ~の~で!」
ミケさんが思いっきり柄を引く。きちんと踏ん張って、引っ張られないようにしていた。
「あ!」
「え?」
あっさりと、鞘が抜けた。いったい、どういうことなのか。
「え、な、なんで?」
「これは……」
ミケさんが握る柄には、刃がなかった。持っている鞘にも、刃はない。
「そう、ですよね。刃は、とむの中にあるのですから」
「あ、そっか」
鞘から抜けたのは良かったけれど、刃がなければ意味がない。
「なんだろう。俺がピンチになったら、刃が現れるとか?」
「そうだとしたら、今までも刃のみ現れていたかと」
「そ、そうだよね」
きっと、ミケさんが刀を使うから、意味があるのだ。
「しかし、刃はどうやって……」
「俺が握ったら、刃が出てくるかも!」
ミケさんから柄を借りたが、ダンベルのように重たくってすぐに床に下ろしてしまう。
ずっと握っていたけれど、刃が現れることはない。
「これ、なんなんだよ……」
「本当に」
謎は深まるばかりだった。
午後からは意外過ぎるお客様がやってくる。玄関を開いたら、豆柴のもちより小さな二匹の狐がいたのだ。
『ふう、ここに来るまで大変だったのですよ』
『ですよ!』
彼らは、伏見稲荷大社の神使仁枝狐乃葉に命じられてやってきた、神使見習いらしい。
『ここでの任務を全うしたら、一人前の神使として認められるのです』
『です!』
しばらく、神社の神使像の代わりも務めてくれるようだ。これで、氏子さん達も安心するだろう。
『あやかしの調査もしておきますので』
『ので!』
それは助かる。テスト前だし、調査をしている時間がなかったのだ。
「私も同行します」
「まあ、無理のない程度に」
とりあえず、見習い神使とミケさんに任せることにした。
その日の晩、不思議な夢を見る。大きな大きなあやかしがやって来て、神社を破壊するのだ。
すぐにミケさんがやって来て応戦するけれど、神器は破壊され、戦う手段を失ってしまう。
ミケさんはあやかしに食べられてしまった。ここで、夢が終わる。
ハッと目覚めて、起き上がる。全身汗でびっしょりだった。
なんだか、最初にあやかしに襲撃された晩に似ている。不安がじりじりと、胸の辺りを炙っているようだった。
このままでは眠れない。一度、ミケさんと話をしよう。
そう思って扉を開いた途端、目の前が真っ暗になる。
いや、夜だし、真っ暗だよと言いたいけれど、祖父さんが死んでから夜目が効くようになっていたのだ。
そんなことを考えている間に、意識が遠のく。




