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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉
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第三十一話 『驚くべき事実』

 黒い獣は体を低くして、大きく跳躍する。

 恐ろしくて、ギュッと目を閉じたが、衝撃はやって来ない。

 ふわりと、柔らかな風を感じるだけだった。

 相変わらず、頭は割れるようなズキズキとした痛みを訴えている。

 もう、声が枯れていて、叫び声も出せない。

 息を吸い、呼吸を整えようとするけれど、途中で咳き込んで、激痛が全身を駆け巡る。

 俺は一体どうしてしまったのか。

 冷や汗がつうと額から頬へと伝っていった。


 瞼を開けば、黒い獣があやかしを蹂躙している様が見える。

 三本の尻尾は逆立ち、怒りを表しているのが分かった。


 圧倒しているのは一目でわかったが、急に黒い獣がびくりと体を揺らす。


 てん、てんと後退したかと思えば、大量の血を吐き出していた。


 その刹那、黒い獣と目が合う。


 あれは――ミケさんだ。間違いない。

 この前見た時は、モチと同じくらいのサイズの狐姿だったのに、今日はどうして、あんなに大きくなっているのか。

 目は血走っていて、いつものやさしさは感じられなかった。

 限界状態であると、すぐに気付く。


 咳き込むたびに血を吐き出していた。

 もしかして俺を、この七ツ星神社を守るために、無茶をしているのだろうか?

 もう、いい。ミケさんは頑張った。だから――。

 残った力を振り絞り、彼女に手を延ばそうとすれば、頭上に何かの気配を感じた。


 ――だから、止めいと言ったろうに。


 この声は、蘆屋あしや大神。

 もう、見上げる余裕なんてないけれど、呆れている感はひしひしと伝わっている。

 ミケさんはあやかしに対し、低い声で唸っていた。

 あやかしは、ミケさんから受けたダメージで動けないように見える。


 頭上でトンと地面を叩く振動が伝わり、しゃらんという音が鳴った。蘆屋大神が持っている錫杖だろう。

 何やら呪文のような言葉が聞こえたかと思えば、周囲が一瞬だけ光り、次の瞬間、ドーンという爆音と共に雷が地面に落ちてきた。

 あやかしの居た場所に、火柱が上がる。

 地面からビリビリと電撃のようなものが伝わり、俺の意識も遠のいていこうとしていた。


 ――ああミケさん、助けられなくってごめんなさい。


 謝罪の言葉は、カラカラに乾いた口から発せられることはなかった。


 ◇◇◇


 それから三日三晩、俺の意識は戻らなかったらしい。ミケさんも。

 偶然にも、同じようなタイミングで、二人仲良く目覚めた。

 病院に居るかと思えば、自分の部屋で眠っていた。

 怪我は思ったよりも軽傷だったのか。

 枕元には涙目の父の姿があった。どうやら多大な心配を掛けてしまったようだ。申し訳なく思う。母はミケさんの傍で看病をしているらしい。

 それにしても不思議なものだと思った。

 あれだけ感じていた後頭部痛みは綺麗さっぱりなくなっていた。恐る恐る触れてみれば、傷なんて何もなくて、ぎょっとしてしまう。


 後頭部に衝撃を受けた瞬間、頭が割れて脳の中身が飛び出したかと思った。

 けれど、現実はそうではなかったようだ。


「父さん、俺に、何が――」


 父に問いかければ、頭上から返事が聞こえた。


『魂と直接繋がる鞘で殴れば、痛いに決まっておる』


 んん? 魂と直接繋がる鞘?

 その声は父のものではなく、若くて凛としたような男の人の声。

 慌てて声がした方向を見れば、なんと、蘆屋大神が居て、軽蔑をするような冷たい眼差しでこちらを見下ろしていた。


「え、あ、蘆屋大神、様!?」


 眉間に皺を寄せ、ジロリと睨みつけながら「如何にも」とおっしゃっていた。

 ご機嫌を窺えば、最悪だと言う。

 蘆屋大神は父に依り代を準備しろと命じていた。出来るだけ小さな物が好ましいと居ていた。

 父は跳ねるように立ち上がり、一礼をすると一階へ駆け降りて行く。

 どうやら、神社を離れると気分が悪くなるらしい。そこまでして傍に来てくれるなんて、優しい神様だと思った。


 父が持って来たのは、お隣さんのハムスター。キンクマという種類で、アニメに出て来そうなコミカルな顔付きをしている。名前ははむ子と、ケージに小さな看板のようなものがかけてあった。

 お隣さんは信仰熱心な氏子さんで、少しの間神事に使わせて欲しいと言えば、深く追求せずに貸してくれたと言う。

 一応、父は額に汗を浮かべながら、依り代への負担がないか聞いていた。心配は要らないという答えが返ってくる。

 蘆屋大神はひまわりの種を食べているはむ子さんを一瞥し、「まあいいだろう」と言って錫杖を地面に叩き付ける。

 シャランとした音と同時に、はむ子さんがポテンと倒れた。

 すぐにむくりと起き上がったかと思えば、チュウチュウと不満そうな声をあげる。同時に、いつもの蘆屋大神の不機嫌な声が頭の中に聞こえてきた。


 ――獣臭い箱だ。早う身どもをここより出せ。


 父は返事をしてゲージを開き、慎重な手つきではむ子さんin芦屋大神を出す。

 両手で依り代となったハムスターを持っていた。

 つーか、キンクマハムスター、でかいな。

 若干、父の手のひらからはみ出している。


 そんなことはさておいて、蘆屋大神の話を寝台に寝た状態で聞くことになった。


 ――まず、あの刀、『永久とこしえはなづき』だったか、あれはお主と関係深い神具である。


 驚きの事実。

 『永久とこしえはなづき』は、俺の体の一部らしい。

 鞘は魂を守る結界の役割を果たしており、叩いたら直接こちらへダメージが来ると言う。


「だから、あんな風に頭が割れるような痛みがあった、というわけですね」


 ――左様。


 俺の魂を守る鞘であやかしを叩いたのは、どうやら二回目らしい。

 以前、神社で倒れたことがあったけれど、あの時にも『永久とこしえはなづき』を使ってあやかしを倒そうとしていたとか。

 その時の記憶がないのは、蘆屋大神が消していたからだと言う。


 ――二度と、あのような真似をせぬように、記憶を消したのだ。だがまさか、そこまで日も開けないうちに、同じ行動を繰り返すとは。


 お恥ずかしい限りで。反省はしている。

 無理はするなと怒られてしまった。


 ――でないと、あの神使を荒ぶらせる結果となる。


 神使、ミケさんのあの姿は、怒りに身を任せ、神力ではなく、妖力を使って具現化されたものだと教えてくれた。


 神力は神聖な魂を磨き、人々の信仰の力を受けて高まる力で、妖力は自らの負の感情を糧とし、人々の悪いを受けて高まる力、らしい。


 ミケさんは妖狐になりかけていたと言う。


 蘆屋大神は、そんなミケさんを痛烈に批判する。


 ――あれは呆れた神使よ。己の感情を支配しきれず、悪の力に身を任せるとは。


 違う。ミケさんは俺達を守ろうとして……。

 でも、その個人を助けたいという気持ちが神に仕える御使いとして、相応しくない行動なのだろう。


 全ては俺に責任がある。どうか彼女を責めないでくれと、頭を深く下げた。父も同様に、平伏していた。


 ――もしも、あれが神使でなくなった場合、お主は責を負うことになる。


「それは、はい。いかなる罰も、受けるつもり、です」


 神の怒りに触れ、頭の上に雷が落ちてくるかもしれない。

 怖い。怖いけれど、当事者のミケさんはもっと怖いだろう。

 この件に関しては、深く考えないようにした。


 ――ふうむ。楽観的な男よの。


 いやいや、そんなことは……謙遜しかけて、ハッとなる。


「あ、蘆屋大神様、もしや、頭の中の考えていることも筒抜けで?」


 ハムスターに身を移した蘆屋大神は目を細め、意地悪を言うような声で「チュウ」と鳴いた。


 その刹那、部屋の中の張り詰めた緊張感がなくなった。

 父の手のひらに鎮座していたはむ子さんは、ころんと転がり、次の瞬間にはハッと目覚める。


「父さん、蘆屋大神様は、お帰りに?」

「みたいだな」


 二人揃って大きな息を吐き、脱力する。

 結局、『永久とこしえはなづき』の謎は解明しないまま、新しい朝を迎えることになった。


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