第三十話『おろかもの』
夜、丑三時になる前に神社に向かう。
父は大村さんと一緒に社務所に居るので、ミケさんと二人で神社まで歩いて行くことにした。
先ほど貰った鈴はスマホに付けてある。歩けばリンリンと音が鳴っていた。
ミケさんは巫女服の霊装を纏っている。腰には永久の花つ月が吊るしてあった。
もしも今、お巡りさんに発見されたら確実にヤバいだろう。だけど、ミケさん特製の不可視のお札を刀に貼っているので大丈夫、らしい。
祖父さんのお守りの鈴は刀に付けてくれている。
本当だったら神庫に保管しておかなければいけない物だけど、今回ミケさんが不安そうにしていたので、父が持ち出していいと特別に許可を出してくれた。
リンリン、リンリンと、二人分の鈴の音が静かな夜道に響く。
鳥居の前まで辿り着く。
なんだかいつもより不気味に感じて、鳥肌が立ってしまった。
参道を見上げるミケさんの横顔も緊張しているように見えた。
「大丈夫、ミケさん?」
「……ええ、行きましょう」
鳥居の前で一礼をしてから、階段を上がって行く。
境内に入れば、しだいに風が強くなる。蘆屋大神がお怒りなのか……?
霊感なんて全くないのに、奥に進むにつれて背筋がゾクゾクしていた。確実にいつもと雰囲気が違う。
まずは社務所に向かった。
だが、途中でぐっとミケさんに腕を掴まれる。
「ん?」
「とむ、あそこには、近づかない方が、いい」
「もしかして、ヤバい?」
コクリと頷くミケさん。社務所の中には父と大村さんが居る。
「中の二人は、生きていると思います」
「あ、うん」
良かったと言える雰囲気ではない。
二人の状況が気になる。
境内の風は強くなる一方だ。蘆屋大神は、今日は特に荒ぶっている。
ミケさんは、顔が真っ青になっていた。
なんて声をかけたらいいのか分からない。何も出来ない俺は、平気? とも、大丈夫だよ、とすら言えない。
刀を握る手が、ガタガタと震えていた。
その姿は見ていられなかった。今日ほど自分の無力さを恥ずかしく思ったことはない。
手持ち無沙汰となり、スマホで時間を確認する。
「あれ?」
「とむ、どうかしましたか?」
「いや、スマホの電源が、入らな――」
スマホの電源のボタンを強く押した瞬間、バチンと大きな音が鳴り、驚いて倒れそうになった。
「――とむ!」
「!」
ミケさんに押し倒される形で転倒する。
自分達のすぐ上を、何かが通過していった。
「な、あれ、は……」
「とむ、可能なら拝殿の中に居て下さい。アレは、とても危険な存在です!」
顔を上げれば、アレと示された存在を見てしまった。
赤黒くて巨大な、狼のような何かだった。
今まで見たあやかしの中で一番大きい。剥きだした牙は、鋭く尖っていた。
ミケさんは立ち上がると、すぐに地面を蹴った。
同時にあやかしも動き出す。
俺も微力ながら協力をしなければならない。拝殿に行って、祝詞を詠まなければ。
ぶっちゃければあやかしにビビッて力が入らないんだけど、ミケさんが戦っているのに、このままここで転がっているわけにはいかない。
ぐっと腕に力を入れて立ち上がる。風が強くてふらついてしまった。蘆屋大神、頑張り過ぎだろう。
ふらふらしながら拝殿までの道のりを歩く。
視界の脇では、ミケさんとあやかしが戦っていた。
はっきりと戦う様を見るのが怖かった。チラチラと映る限り、ミケさんがあやかしに圧倒されているように見えて。
拝殿に辿り着くことだけを考えながら、一歩一歩進んで行く。
なんとか、ミケさんの言う通り拝殿に到着することに成功。
境内の様子を把握しようと振り返る。
「――え?」
ミケさんの小さな体が、あやかしの体当たりを受けて弾け飛ばされていた。
何度か地面を跳ね、転がっている。
顔や胸元に赤く見えるのは――血?
ドクドクと心臓が高鳴る。
ミケさんは動かない。
なのに、あやかしは余裕ぶった足取りで一歩、一歩近づいている。
気付いた時には走り出していた。
何も出来ないのに、その場に立ち尽くすことが出来なかった。
当然ながら作戦も何もない。
全力疾走をしたので、すぐにミケさんの元へ辿り着く。
「ミケさん!!」
ミケさんは全身血まみれだった。
肩に触れたら、じんわりと湿っているのが分かる。
怪我をしているのに、苦しんでいる様子でもなかった。
その表情は、まるで、眠っているような――。
そんなわけないと首を振る。
手首を掴み、脈拍を調べた。指先に、トクトクという鼓動を感じる。
生きてた。ホッと一息、出来るわけがない。
あやかしは目の前まで迫っている。
随分と余裕を見せていた。
今になって、指先が、肩が、体の至る場所が震えているのに気付く。
怖い。今の状況が、たまらなく怖いのだ。
どうすればいい、何をすれば助かる?
全く分からなかった。
スマホであやかしの倒し方、検索出来ないかなと、馬鹿な考えが頭の中に浮かぶ。
ポケットの中からスマホを取り出す。
駄目元で電源を押したが、やっぱり、起動しなかった。
その刹那、突然あやかしが咆哮する。
びっくりして、スマホを地面に落としてしまった。
どうやら威嚇で一吠えしたらしい。
十分に恐ろしさは伝わっているっての!
地面に落としたスマホからちりんと鈴の音が鳴る。
ミケさんから貰った魔除け!
慌ててスマホを手中に収め、握り締める。
あやかしは眼前まで迫っていた。
手先が震え、鈴の音がちりんとなる。
その時、ふと頭に浮かんできたのは、もう片方の鈴の存在。
祖父さんから貰った鈴は、永久の花つ月の鞘に付けていた。
ミケさんが腰から吊るしている刀の存在を思い出し、紐を外して手に取る。
相変わらず、めちゃくちゃ重い。振り回すのなんて無理だろう。
抜けないと分かっていたが、奇跡を信じて鞘と柄を掴み、思い切って引いてみた。
――やっぱり抜けない。
神様なんか居ないんじゃないかと思った。……いや、確実に居るけれど。
もう一度、あやかしが咆哮する。
これ以上ぼやぼやしていられない。
覚悟は決めた。
チャンスは一度きり。
そう思って、永久の花つ月を持ち上げる。
たった一度のやけくそ攻撃。
鞘に入ったままの永久の花つ月を、あやかしにぶつけることにした。
鞘だけでも強力な武器である、という情報は誰に習ったのか。ちょっと思い出せない。
重たいので、攻撃は一度しか出来ないだろう。
そんな風に考えながら、地面を蹴ったあやかしに向けて、鞘を振り上げる。
――止めよ!!
どこからか声が響いたが、持ち上げた鞘はすでにあやかしに向かっていた。
無我夢中で刀を振り下ろす。
刀はまっすぐにあやかしの額へ向かって行った。
ガチン、と、大きな衝撃が、何故か、俺の後頭部、に……?
「う、うわああああああああああああああああ!!」
最初、誰の叫び声か分からなかった。
だが、途中で気付く。大声を上げていたのは、俺だ。
頭が、割れるように痛い。
視界が真っ暗になる。
どうして、どうしてこんなに痛いのか?
誰かに襲われた?
そんなはずはない。そんなはずは……。
頭が割れた。
そうに違いないと思った。
地面を転がり、痛みに耐えようとしたが、無駄な行動に終わる。
――痛い、痛い、痛い、いたい、イたい、イタい、イタイ!!
今まで感じたことのない、激痛に襲われる。
気を失えたら、どんなに幸せだったか。
「はっ、はっ、はっ、うっ!」
息を整えようと、大きく空気を吸い込めば、ゲホゲホと、咳き込む。
ゴホリと、ひと際大きな咳をすれば、喉から何かが溢れ、更に咳き込むことになる。
吐き出したのは、大量の鮮血。
――いったい、なにがおこったのか、わけがわからない。
痛みで意識がぼんやりとなる中で、何かの気配を背後から感じる。
最後の力を振り絞り、背後を見るために転がれば、そこにはとんでもない存在が居た。
それは、夜の闇よりも暗い、大きな獣だった。




