第二十九話『魔除けの鈴』
夕食後、宿房で出す食事の試食会が始まっていた。
「こちらは地産のニンジンを使ったきんぴらです」
「歯ごたえがいいですね。甘めな味加減も素晴らしいです」
試食会に付き合っているのはミケさんだ。
俺はトンカツを二枚食べたので、お腹いっぱいだった。……いや、ミケさんもトンカツ二枚食べていたけれど。
にんじんのきんぴらの他に、茹でピーナッツごはん、筑前煮、角寿司、白和え、煮魚、鶏団子の甘辛煮など、周辺地域で育った食材を使った料理が並んでいた。
夕方から母と妹の二人で作ったもので、残った物は明日のお弁当のおかずになるらしい。
デザートもある。
白玉ぜんざいに、桜の花びらのゼリー、ぼたもちにきな粉のわらび餅。
ミケさんはキラキラと目を輝かせながら、どれも美味しいと絶賛していた。
そんな彼女を笑顔で見守る母と妹。
果たして、あれは試食会の意味があるのか。
明日の弁当で、俺が真面目な品評をしようと思った。
父は孫娘を見るような目で、ミケさんの食いっぷりを眺めていた。
「いやはや、葛葉様の食欲は見ていて気持ちがいい……くっしゅん!!」
「まあ、お父さん、風邪ですか?」
母は心配そうに声をかけ、戸棚の中から薬を出した。が、その場でボトリと瓶を落とす。
こちらにコロコロと転がってきたので、拾って父に渡そうとすれば、俺も瓶を落としてしまった。
「おい、どうしたんだ?」
偶然にも、薬は父の方へ転がって行ったので、拾い上げている。無事に本人の手に辿り着いたのはよかったが、よくないことが一点。
呆然とする母と俺を見て、父は不思議そうな顔をしている。
「どうかしたのですか?」
ミケさんも父を見て目を丸くする。妹は既に気付いていて、顔を背けていた。
「だから、どうしたんだ、みんな?」
「……水主村殿」
「はい?」
「非常に言いにくいのですが、頭に、狐の耳が」
「え!?」
ミケさんに指摘をされ、父は禿げた頭を撫でる。
すると、モコモコとした狐の耳の触感があり、驚いた顔をしていた。
「ど、どうして、耳が!?」
つい先日、有馬大神が消してくれたはずの耳が、父の頭部に生えてピコピコと動いていた。
「もしかしたら、くしゃみで神力が外に放出されてしまったのかもしれません」
「そ、そんな!」
有馬大神は狐耳を揉んで消していたと教えれば、父は自分の耳をもふもふし出す。
その様子は悲惨の一言。妹同様に、目を逸らしてしまった。
結局、狐の耳を消すことは出来なかった。
明日からまた、頭にタオルを巻いて仕事をしなければならないとか気の毒過ぎる。
頑張れと、心の中で応援をした。
◇◇◇
とうとうコンビニ店長こと、大村さんが三日間うちの神社で宿泊するお祓いイベントが始まった。
土、日、月の三日間で、土日は可能限り手伝いをしようと思っている。
母は妹と共に駅前まで大村さんを迎えに行っていた。
神社は朝から大忙しだった。加えて土曜日なので、参拝客もそこそこ多い。
役割を分担しつつ、時間を無駄にしないように作業を進めていく。
参道の階段を竹箒で掃いていたら、鳥居の前に居た母に呼ばれる。
振り返れば、以前コンビニで見かけた男性、大村さんの姿があった。
母にこちらへ来てくれと手招かれる。
母と妹は祖父の喪に服している最中なので、神社の境内には入れないのだ。
階段を降りて行けば、丁寧な態度で挨拶をしてくれる。大村さんの下の名前は純広というらしい。痩せ細った姿がなんとも痛々しかった。
「水主村さんは飯田君のお友達なんですよね?」
「はい、そうなんです」
「宿房も紹介してくれたみたいで、ありがとうございます」
「いえいえ」
周囲から絶対に何かにとり憑かれているので、お祓いか何かに行った方がいいと勧められていたらしい。
「でも、うちはキリスト教なので、来てもいいのかと、ちょっと気が引けて」
「心配はいらないですよ。仏教の方もいらっしゃいますので」
「そうなんですね」
それが八百万の神が存在する日本である。古代より自由な信仰が許されていた。
鳥居の前でうっかり話し込んでしまった。大村さんの顔色が悪くなっているような気がする。
とりあえず、社務所へ案内して少し休んでもらった方がいいかなと思った。
母と妹とはお別れして、神社の中に向かおうとしたが――。
「水主村さん、ちょっと待ってください!」
「はい?」
慌てた様子で引き止めるので、何事かと思えば、神社にお参りするための作法をあまり知らないと言う。
「すみません、一応、ネットとかで調べたのですが、間違っているかもしれないので」
「では、お教えしますね」
以前、友達に教えたように、大村さんにも神社の中を案内しつつ、参拝方法について教えることになった。
いろいろと作法を説明しながら参道を上がっていると、手水舎の前にミケさんと父が居た。
ミケさんは大村さんの後方を見て、目を細めていた。
どうやら神域の中にも、しっかりとあやかしは憑いて来ているようだ。
ここより先の案内は父が代わって行うことになった。
このあとは社務所の中で人形作りを言い渡されている。
ふと、ミケさんの顔色が悪いことに気付いた。
「ミケさん?」
「!」
声を掛ければ、ハッとしたように肩を揺らす。
具合でも悪いのかと聞けば、あやかしの瘴気に中っただけだと言っていた。人の形を取っているが故の弊害らしい。
「なので、何かをすれば良くなるとかの対処法はないと」
「そうか」
何も成す術はないと言うことになる。
「大丈夫?」
「ええ、平気です」
そんな風に言うが、顔色は真っ青に見えた。
「あ、そうだ」
「?」
首を傾げるミケさんに、袴の投げの中に入れていた鈴を取り出した。
「これ、ミケさんに貸す」
「なんでしょうか、これは?」
「祖父さんから貰った魔除けの鈴」
差し出しても、ミケさんは貰えないと首を横に振る。
「狐鉄から貰った大切な物でしょう? ずっと身に付けておくように言われたのでは?」
「そうだけど、ミケさん具合悪そうだし」
俺は霊感なんてないから、昼間はあやかしの瘴気に中ることもない。
だから、ちょっとでも楽になるようになればと思ったんだけど、遠慮をされてしまった。
「でも、ミケさんが倒れたら、困るし」
そう言って彼女の手のひらに鈴のストラップを握らせた。
「――あ」
「どうかした?」
「いえ、狐鉄の神力を感じました」
ミケさんは鈴を胸の前で抱きしめ、目を閉じる。
すると、少しだけ楽になったような気がすると言っていた。
「本当によろしいのでしょうか?」
「いいから、いいから」
最終的にミケさんは祖父さんの鈴を受け取ってくれた。
これから境内の掃除をすると言っていたが、室内での軽作業である人形作りと交代しようと申し出た。
「ですが――」
「ちょっと座っていれば良くなるかもしれないし」
「え、ええ、そうですね」
背中を軽くポンポンと叩き、見送った。
夕方六時過ぎ。夕食を社務所まで運ぶ。
食卓の上に並んだ料理を見て、大村さんは喜んでいた。
食欲がないというので、一日目は消化に良い料理を選んでいたようだ。
温泉豆腐に鮭とキノコの酒蒸し、ニンジンの白和え、カブと挽き肉の煮物など。
母にミケさんの元気がないとメールで送っていた。すると、夕食の重箱の中には大量の鶏からあげが……。
それを見たミケさんは少しだけ元気になった。
帰りがけ、ミケさんは鈴を返すと言ってきたけど、もう少しだけ持っておくようにお願いをした。見た感じ、まだ本調子ではなかったからだ。
夜。
九時過ぎに一度家に帰って風呂に入る。ちょっとだけ勉強もした。週明け、また小テストがあるのだ。
そろそろ仮眠を取らなければならない。
あやかしが活発になる丑三つ時には、また神社に向かわなければならないのだ。
寝台に片足をかけた瞬間に、部屋の扉が叩かれる。
誰かと思って戸を開けば、パジャマ姿のミケさんだった。本日は水玉模様のパジャマを着ている。
「何? どうかしたの?」
「とむに、魔除けを」
「魔除けの鈴は、まだミケさんが持って――」
「いえ、私が呪いを込めた鈴を、とむに」
また鈴を返しに来たのかと思っていたら、勘違いだった。
ミケさんは神社で売っている厄除けの鈴に呪いをかけ、俺にくれると言うのだ。
「あの、こういうのはあまり得意ではなくて、利くかどうか分かりませんが」
「あ、ありがとう」
青いストラップの紐の付いた鈴を受け取る。
手のひらに置かれた鈴は、ちりんと涼やかで綺麗な音が鳴っていた。
「じゃあ、また、あとで」
「あ、うん、おやすみ」
まさかこんな展開になるなんて思いもしなかった。
ミケさんが作ってくれた厄除けの鈴を手に、呆然としてしまう。




