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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉

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第二十四話『神憑りの儀式』

 ミケさんはこうべを垂れながら、丁寧にこれまでの経緯を語っていた。

 有馬大神ありまおおかみは、親身な態度で話を聞いてくれている。

 さすが、この地の氏神様。

 声色は厳しそうな感じだけど、腕を組んでうんうんと話を聞いてくれる姿は良いお父さんみたいだと思った。


「――それで、対あやかし戦を行うためにこちらの刀をお借りしたのですが」


 これは有馬大神の持ち物かと、ミケさんはお伺いをたてていた。

 反応がないので、ちらりと神様の顔を拝見してしまう。

 年頃は父と同じくらいか。声と同じく厳しそうな印象があった。

 今はミケさんが両手で持って掲げる刀を注視していた。


 もしかしたら有馬大神にしか使えない神刀とか、封印の力が込められているとか、そんな情報を期待していた。

 けれど、有馬大神の口から出た言葉は、皆を落胆させるものだった。


『左様な刀、初めて見たぞ』


 ナ、ナンダッテ~~!?


 生前、いろんな刀を愛用してきたらしいけれど、白い鞘に白い柄の刀は覚えがないと言う。

 ショックを受けるだけの俺とは違い、ミケさんは有馬大神に更なる質問を重ねていた。


「ならば、こちらの刀が抜けないのですが、何か理由が分かりますでしょうか?」

『刀が鞘から抜けぬだと?』

「はい」


 粗悪品を掴まされたのではないかと、有馬大神は言う。古代の刀工の全てが腕のいい職人ではなかったらしい。

 各地で戦が起きていた当時は、刀の需要が高まった時代でもある。

 短い納期を言い渡され、無理なスケジュールの中で鍛えられた刀には、どこかに欠陥がある物も珍しくなかったという。

 当時、抜けない刀というものはいくつも存在したとのこと。


「粗悪品ということはないと思います。手にすれば分かりますが、『永久とこしえはなづき』は特別な力に満ち溢れた刀です」

『なるほどな。されば、それがしが、この手にて抜いてみせよう』


 今まで神力不足で抜けなかったとすれば、有馬大神ほどの力がある神様には抜けるかもしれない。

 自然と期待が高まる。


『だが、このままでは刀を手に取れん』


 現在、有馬大神に実体はない。この世界の物に触れることは不可能な状態になっている。

 一体、どうやって刀を抜くのだろうか。

 何やらぼそぼそと有馬大神と会話をしている。

 話が終わったミケさんは、父と俺を振り返って言った。


「すみません。二人のどちらかが有馬大神の依り代になって頂きたいのですが」


 依り代、ということは、神様に体を貸す、ということだろうか。

 ミケさんは神憑かみがかりの儀式を行うと言う。

 それは神が人の体を預けるもので、神託などを受ける時にする神の一つらしい。

 父は俺の肩を叩き、深く頷いた。何を訴えたのかまったく分からなかった。

 頭に疑問符を浮かべていると、こうべを垂れた父が発言をする。


「では、わたくしが依り代を務めさせていただきます」


 依り代に名乗り出たのは父だった。先ほどの視線は俺に任せろ! 的な意味合いだったらしい。


 神を降ろす目標が分散しないように、茣蓙ござの上から退くように言われた。

 別の場所で姿勢を低くして、儀式を見届ける。

 ミケさんが鈴の音を鳴らしながら、儀式を執り行った。


 先ほど吹いていたような穏やかな風が漂い、辺りは温かな光に包まれる。


 ミケさんは鈴の付いた棒を振り上げ、父の胸を軽く打っていた。

 その刹那、父は糸の切れた人形のように地面に倒れ込む。

 それと同時に、有馬大神の姿が消えた。


 ミケさんは父の背中を摩ったあと、強く叩いた。すると、ピクリと身じろぐ。

 それからいきなりガバリと起き上がると、キョロキョロと辺りを見渡し、手を閉じたり開いたりを繰り返していた。


「有馬大神様、いかがでしょうか」

「過不足ない」

「ありがとうございます」


 立ち上がったのは父ではなく、父の体を依り代とした有馬大神。

 確かに、雰囲気とかも違うような気がした。


「なんぞ、これは?」


 有馬大神は父の狐耳を両手で触り出した。

 にぎにぎ、にぎにぎと、獣の耳を確かめるように触れている。

 なんていうか、中年おっさんが自らの獣耳ケモミミをモフモフする様子は、いろいろと辛い。

 そっと、視線を逸らしてしまった。


「この男は、神の使いの血を受け継いでおるとか?」

「……ええ、そのようです」

「摩訶不思議なえにしが、あるものだ」


 有馬大神は神力を操れていないのかと呟き、パンと柏手かしわでを打った。

 すると、父の頭部から狐の耳が消えていった。

 神力の流れを正しいものに戻してくれたらしい。


 や、やったーー!!


 父に耳が生えて二週間。気の毒な見た目に慣れないままだったが、ようやくサヨナラをすることになった。

 有馬大神様、本当にありがとうございます!

 感謝のあまり、深々と頭を下げた。


 そして、本題に移る。


 有馬大神は祭壇の上に置いてあった永久とこしえはなづきの鞘を掴む。

 男二人がかりで持ち上げ場くてはならない刀は、あっさりと持ち上がった。

 左手で鞘を持ち、右の親指で鞘口を切った――が。


「……抜けん」


 神様の力を以ても、刃は抜けなかった。

 有馬大神は今までいろんな刀を持ち、抜いてきたと言っていたが、永久とこしえはなづきのような不思議な手ごたえは初めてだと言う。


「これは、一体なんなのでしょうか?」

「分からん」


 ミケさんは思いの外、落ち込んでいる様子だった。

「もしや、霊験あらたかな品であるというのは、気のせいであったのか」とまで言っている。


「否。これは特別な品にて、相違ないだろう」

「ほ、本当ですか?」


 間違いないと有馬大神は頷く。

 ミケさんは永久とこしえはなづきを受け取り、胸の前でぎゅっと抱きしめていた。


 その様子を見て、ふっと微笑み、声を掛ける。


「――それがしの血族に由来する刀があらば、力を貸すぞ」

「!」


 その言葉を最後にして、有馬大神はその場に倒れた。

 今まで吹いていた緩やかな風は止み、辺りは真っ暗闇の静かな世界となる。


 父に駆け寄って体を揺すれば、すぐに目を覚ました。

 神憑りの間の記憶は全く残っていないらしい。

 耳が消えたと教えたら、随分と喜んだ様子を見せていた。


 時刻は十一時過ぎ。

 随分と長い時間、この場で儀式を行っていたようだ。

 後始末を行って家に帰る。

 母は寝ないでまっていたようだ。

 耳が無くなった父を見て、愕然としている。

「可愛かったのに……」という言葉は聞かなかったことにした。

 お茶を淹れようかと母が言っていたが断った。 

 両親はミケさんと俺におやすみなさいと言って、二階に上がって行った。

 帰宅後の父は思いの外元気であったが、神降ろしを行ったミケさんはぐったりとしていた。


「ミケさん、大丈夫?」

「はい、平気です」


 神力を回復させるために祝詞を詠もうかと聞いてみたが、首を横に振る。


「神力は、問題ありません。ですが――」

「ん?」


 深刻な顔をするミケさん。

 もしかして、何か言いにくい問題でも起きたのだろうか。

 俺に言えないのなら、父か母か妹を呼んで来ようかと聞いたけど、大丈夫だと言ってお断りをされた。


「いえ、そんなに大事でもないので」

「でも、なんか心配だし」


 困ったことがあれば、なんでも言って欲しいと伝えた。

 ミケさんは躊躇うような様子を見せていたが、教えて欲しいと頼み込めば、ポツリと呟くようにして言ってくれた。


「……なんです」

「え?」


 ミケさんは頬を染め、俯きながら何かをぼそぼそと言っていた。

 なんだって? と聞き返せば、「お腹が空いただけなんです」と恥ずかしそうに言ったのだ。


 そんなことだったのか。

 俺にも解決出来そうな問題で、ホッとする。


「確かに、小腹が空いたかも」


 夕食から数時間経っていた。そのあと一仕事をしたので、腹が減るのも当たり前だ。


「ミケさん、今から夜食の時間にしよう」

「い、いいのでしょうか?」

「いい。家にあるものは何でも食べていいって、父さんが言ってたから」


 神饌用の食材が家に置いている場合もあるが、それは小さな冷蔵庫にあるので間違いようがない。


 さっそく、何かを戴くことにした。


 ますは炊飯ジャーを空ける。

 水に浸かった米が入っていた。よくよくジャーを見れば、予約中という表示がある。

 明日の五時に焚ける設定になっていた。


 おにぎりでも握ろうかと思ったが、予定が頓挫する。


 鍋の中を開けば、煮物が入っていた。多分、明日のお弁当用だろう。

 そっと蓋を元に戻す。

 美味しそうだったけど量が少ないし、ご飯がないのでおかず系はだめだ。


 うろうろと彷徨うように台所を探り、棚を開けば、いいものが出てくる。


「お、ホットケーキミックス!」


 たまに妹が朝食用に焼いているものだ。

 作ったことはないけれど、方法はパッケージの裏に書いてあるので、挑戦してみることにした。

 その前に、ミケさんにも聞いてみる。


「ミケさん、甘い物でいい?」

「え、はい。ありがとうございます」


 了承を戴いたので、さっそく調理に取り掛かった。


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