第二十三話『永久の花つ月の謎』
夕方、楼門を閉めて本日の参拝は終了。
残ったカレーとサフランライスは一人暮らしをしている河野さんがお持ち帰りをすることになった。
いろいろと後始末をして、最後に掃除をしたら本日お仕事は終了。
帰りがけに父とミケさんと三人で、とある場所まで向かう。
車のトランクにあるのは名物・永久の花つ月。
辿り着いたのは包丁や鎌を製作・販売をする専門店。
父が話を聞こうと連絡をしていたらしい。
木箱に入った刀を父と二人がかりで店まで運ぶためにトランクに回り込む。
ミケさんが持とうかと聞いて来たが、女の子に持たせるわけにはいかなかった。
「とむ、女の子って……」
困った顔でそんなことを呟いていたが、ミケさんが荷物を持ち、そのあと俺と父が悠々と歩いて来るという図はなんだかおかしい気がしたので、いいからと言って運ばせて頂いた。
相変わらず、刀は驚くほど重い。
ここで謎が解決すればいいなと思った。
古代の刀相談ということで、店の職人さんが対応してくれた。
店の五代目という店主は父と同じくらいの年齢のおじさんだった。
ここはネットの情報にあった通り、五百年の歴史がある刃物工房だと話していた。
元々平氏に使える刀工だったけれど、負け戦をしたのちに源氏から逃れ、肥前の国といわれたこの地に辿り着いたとか。古くは神社の神域で刀を鍛えていたらしい。
その繋がりで、七ツ星神社に刀が奉納されたのだろうか。
刀工がもっとも輝いていた戦国時代が幕を閉じ、以降、様々な歴史が刻まれていった。
そんな中で日本刀が廃れた大きな原因は、明治時代に施行された『廃刀令』だろう。
刀工達は鍛冶師と名を変え、細々と作っていた農具を主に鍛えるようになる。
国から文化財として保存をするように言われていたらしいが、刀を作る職人は減少していった。
この地の刀工も、廃業の道を辿る者も多かったと言う。
「こちらが、名物・永久の花つ月です」
父が箱を開いて見せた。
店主は真剣な眼差しを向けている。
「左矢川八之丞作、でしたっけ」
「はい」
わざわざ調べてくれたらしいけど、残念ながらこの辺りの工房で永久の花つ月を鍛えた文献などは見つからなかったとのこと。刀工の名も発見には至らかった。
父は申し訳なさそうに頭を下げる。
「お手数をおかけしました」
「いえいえ、蔵の古い文献を見るのは久々だったので、勉強になりましたよ」
刃を見ればどこの物だと分かるかもしれないと言っていた。が、この刀には最大の問題があった。
「その、抜けないんですよねえ、その刀」
「へえ、それはまた」
触ってもいいかと聞かれ、どうぞと手で示す父。
先に、重量がかなりあることを伝えた。
「二人がかりじゃないと持てない? そんな馬鹿な――」
手袋を嵌めて鞘を掴んだ店主は、驚きの表情で父を見る。
「なんですか、この刀は?」
「私達もよく把握をしていなくて」
普通の日本刀は1キロから1.5キロくらいだと言う。
「重くても2キロあるかないかですよ」
重さだけでも普通の刀とは一線を画す品のようだ。
それが抜けないとなれば、さらに首を傾げることになる。
とりあえず、父と二人で鞘を持ち上げて、店主に抜いてもらうことにした。
「刀が抜けなくなった時の原因として、鞘の材料になった木が乾燥で収縮している場合があります」
これの解決法は梅雨の時期を待つしかないとか。
もう一つの原因は、鞘の口が堅く閉まっていること。
「もしかしたら、原因はこちらかもしれないですね。非常に重たい刀なので」
そう言いながら店主は柄を握り、引いてみた。
案の定、刀はびくともしない。
「無理に引いたら怪我をするので止めましょう」
「ですね」
鍛冶職人に刀を見てもらったが、まずます謎が深まって終わった。
お店で菜切り包丁を一振り購入する。父は母にお使いを頼まれていたようだ。
一本一本手打ちの伝統工芸品なので、そこそこいいお値段。
鉄と鋼を何層にも重ねて鍛え上げ、何代にも渡って使えるような品だと言っていた。
店主にお礼を言って帰宅となった。
帰りの車の中で、父がぽつりと呟く。
「やはり、有馬大神に縁ある品なのかもしれないなあ」
有馬大神は戦国時代の武将の英魂らしい。
家内安全のご神徳があると聞いていたので、びっくりした。
「水主村殿、今から神にお話を伺ってみますか?」
「今から、ですか?」
「はい」
前回のように力を貸して欲しいと言うわけではないので、そこまで気を遣う必要もないだろうと、ミケさんは言う。
「蘆屋大神とは違い、有馬大神は穏やかな神です」
「でしたら、神饌の用意をして、食事をしたのちに体を清め、神社に向かいますか」
「そうですね」
そういえば、今は何時なのか。
スマホの電源を入れてみれば、八時過ぎだった。
帰りがけにスーパーに寄って、神様にお供えをするお酒、野菜に果物、魚介に餅などを買って帰った。
夕食は揚げ出し豆腐に刺身、肉じゃが、つくしの佃煮に味噌汁。
ジャガイモは皮ごと切ったものが入っていた。
春のジャガイモなので皮が薄く滑らか。ホクホクしていて美味しい。
つくしは母が近所の子供と一緒に摘んだものだとか。なんというか、ほろ苦いもやしって感じで、大人の味だと思った。ミケさんは美味しいと絶賛していた。
父は今から神前に出るということで、緊張のあまり食があまり進んでいない様子だった。
風呂に入り、今日は最初から正装を纏う。
ミケさんも思うところがあったのか、白衣の上から千早と呼ばれる神事の際に着る巫女さんの正装で出て来た。額には桜の花を模して作った挿頭を付けている。これは神力を高め、神を招く装備らしい。
「今日は私が御神楽を奉納します」
ミケさんはやる気に満ち溢れていた。今回は父も演奏に参加をすることに。
釣太鼓を持って神社に行く。
まずは祭壇作りから。
夜目が利く俺とミケさんはテキパキと動いていたが、懐中電灯片手の父は右往左往しながらの作業となる。
祭壇の中心に刀掛けを置いて、永久の花つ月を設置させた。
時刻は十二時前。
丑三つ時前には帰りたいなと、心の片隅で考えていた。
そんなことよりも、今からの儀式に集中しなければ。
父は真顔で太鼓のばちを握り締めていた。
太鼓のドン! という音を始まりに演奏が始まる。
採り物は左手に扇を持ち、右手に鈴の付いた棒を持っていた。
普段はきびきびとした動きをするミケさんであったが、神楽は柔らかく舞う。
くるりと円を描き、場を清めるためにシャンと鈴を鳴らす。
扇は宙を舞う蝶のような優美な動きを見せていた。
彼女の神楽はとても綺麗だった。
俗世間からかけ離れた美しさとは、こういうことを示すのだろう。
突然、ふわりと頬を撫でる柔らかな風が吹き始めた。
これが、有馬大神の神風だろうか。
蘆屋大神の力強い風とはまったく違う、穏やかなものであった。
流麗な舞は終盤に差し掛かる。最後にミケさんは平伏の姿勢を取った。
演奏を止め、父と俺もそれに続いた。
辺りがポカポカと温かくなり、淡い光に包まれた。
『――面を上げよ』
重みのある、低くて太い声がかかった。
父が姿勢を正しているのを見て、同じように背筋をピンと伸ばして座る。
柔らかな光の中に居たのは、戦国時代の甲冑に身を包んだ人の姿。
あの鎧は当世具足という名だと、日本史の時間に習ったような気がする。
鎧の上から纏っているのは陣羽衣。胸には五瓜の家紋が描かれていた。
あれは、うちの市を領していた藩主の家紋に似ているような?
有馬大神もここに縁のある神様かもしれないと思った。
顔は恐れ多くて見ることが出来なかった。




