第二十一話『マカリスター家』
祖父の家まではバスで三十分ほど。
どんどん山の中へと進路を進めて行っている。
今日は椅子に座れた。というか、自分たち以外に乗客は居ない。
二人掛けの椅子に座り、窓の外の風景を見ながらあれやこれやと街の中を案内していた。
ほどなくして、祖父の家に到着。
驚くべきことに、マカリスター邸前というバス停があるのだ。
入口門をくぐり抜ければ、美しく手入れされた日本庭園の景色が広がる。
広大な池には鯉が優雅に泳ぎ、向こう側には東屋があった。
大きな松の木は綺麗に切り揃えられている。至る場所に配置されている灯篭は、夜になれば火が点され、幻想的な雰囲気になるのだ。
玄関先のチャイムを鳴らせば、お手伝いさんが出てくる。
靴を脱いで上がり、長い廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。
「おい、ツトム!」
振り返れば、長身のイギリス人がこちらに手を振っていた。
「どうしたんだよ。祖父ちゃんにお小遣い貰いに来たのか?」
「いや、そうじゃないって」
人懐っこいような笑顔で近づいて来たのは、従兄のギルバート。
母の二番目の兄の子で、東京育ちなんだけど、チャラ過ぎるという理由でこちらの大学に通うことになった残念なお兄さんだ。
髪の毛は肩まで伸ばし、耳にはピアスがたくさん付いている。
指にはブランドものっぽい指輪、チャラいネックレス、どれも伯父さんに見つかったら怒られそうな物ばかり。大丈夫なのだろうかと心配してしまった。
「つーかさ、ツトム、お前なんでいつも呼び出し断るんだよ」
「神社の手伝いで忙しいんだって」
「強制じゃないんだろ?」
「そうだけど」
ギルバートは週末になると、合コンに来いと誘ってくることがある。
今年の新年会の時に、彼女の有無を聞かれて「居ない」と言ったらメールが届くようになったのだ。余計なお世話である。
チャラい人はどこに行ってもチャラいようで、去年のクリスマスも周囲に女性を何人も侍らせていた。
彼女は毎年違う人を連れていて、電話帳にはずらりと女の子の名が登録されているらしい。俗にいう、リア充という生き物なのだ。
ミケさんを見られたくなくって背中に隠していたが、目敏いギルバートは気付いてしまう。
「後ろに居る着物の子、誰?」
「……お祖父さんより先に、紹介出来ないから」
「いいじゃん。ケチだなあ」
女の子を見つけたらあいさつ代わりに口説きまくるギルバートの前だったら、ケチにもなる!
このまま隠し通したかったけど、俺より五センチも背が高いので、ひょいっと上から覗き込まれてしまった。
「ははは、Japanese kokeshi」
な ん だ っ て ! ?
こいつ、ミケさんを見て、こけしって言って笑った。絶対に許さん。
ミケさんのどこがこけしなんだ。
漆黒の美しい髪に白い肌、清楚で控えめな雰囲気、凛とした佇まい。ミケさんみたいなお嬢さんをジャパニーズ・ビューティと言うのに。それを、こけしって……。
ギルバートは親切のつもりなのか、ミケさんに早口でアドバイスをし始めた。
「ねえ、君、ちょっと野暮ったいからさ、髪の毛茶色にして、アイプチして、コンタクト入れてさ、化粧をしたら美人になると思うよ。いい美容院を紹介しよっか?」
「ギルバート、ちょっとごめん、急ぐから!」
立ち話、終わり。
ミケさんの手を引き、祖父さんの部屋までサクサクと歩いて行くことにした。
歩きながらミケさんに謝罪をする。
「ミケさん、いきなりギルバートが絡んできてごめん」
「別に言っていることの半分も分からなかったので、構いませんが。……あのお方は?」
「従兄」
ギルバート・マカリスター。二十歳。大学二年生。東京に居た頃は読者モデルとかしていたらしい。非常にチャラい。
「とむとは、似ていないですね」
「それは良かった」
そうこう話をしているうちに、祖父の部屋の前まで辿り着く。
外から声を掛ければ、入って来るように言われた。
「こんにちは、お久しぶりです、お祖父さん」
「ツトムさん、ひさびさですネ」
祖父は髪の毛をきっちりと撫でつけ、理想的な英国紳士といった風貌なのに、普段着として纏っているのは着物だった。
祖父が洋装を着ている姿を見たことがない。誰よりも日本の古き良き文化を大切にしている人なのだ。
「彼女が父の言っていた葛葉三狐さんです」
ミケさんのことは父が話をしていたらしい。
一応、神使であるということも信じてくれたとか。
「はじめまして、アシュリー・マカリスターと、申しマス」
祖父は神道の中で一番深いお辞儀をミケさんにしていた。
「クズハ様がここで過ごしやすいような、お手伝いをさせて頂きマス」
「ありがとうございます」
「ささ、立ちっぱなしもなんなので、どうぞそちらへ」
祖父に座布団を勧められた。
腰を下ろす前に蔵で見つけた茶器と母のお菓子を渡した。中身を伝えたら、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
祖父は座る前に、そわそわとした態度を見せている。
もしかして、はぐをしたいのだろうか。
日本人らしく振る舞いたいのに、たまにイギリスに住んでいた時の癖が抜けないようだと母が言っていた。
「お祖父さん」
ぱっと手を広げれば、祖父は俺の体を抱き締め、頬にキスをしてくれる。
ミケさんには握手だけで我慢をしていた。
一連の行動を終えてすっきりしたようで、座布団の上に座ってニコニコと微笑んでいる。
可愛らしいお爺さんコンテストがあったら優勝だなと思った。
祖父の言うお手伝いとは、ミケさんがこの街で暮らしやすいような手続きをしてくれたことだった。
どこどこ出身でとか、マカリスター家の遠縁の誰の何番目の子供で、みたいな情報を決めてくれたらしい。
これで、親戚の誰に会っても、氏子さんにいろいろ質問をされてもすらすら答えることが出来る。
「お祖父さん、ありがとうございました」
「いえいえ、神使様のお役に立てるなんてうれしいデス」
しかし、よく信じたなあと思った。
父の言うことを疑わなかったのかと聞いてみる。
「ワタシもびっくりでシタ。でも、テレビ電話で、ツバサの耳を見テ」
「ああ、父の……」
祖父と父は相手の顔を見ながら話せるテレビ電話で会話をしたらしい。
そこで、ピコピコと動く狐の耳を見てしまったとか。
「もう、本当に、大変驚愕しまシタ。Fantastic! ……あ、イエ、荒唐無稽デス」
祖父は興奮すると英語が出てしまう。以前、妹が神楽を舞った時は、滑らかな英語で感想を述べていた。
ちょっぴり英語は苦手なので、半分くらい何を言っているのか不明だったということがあった。
「エット、話がズレました。――クズハ様、何か困ったことがあれば、なんでも言って下さいネ」
「はい。お心遣いに感謝を」
こうして、祖父にミケさんを紹介するお仕事は終了となった。
その後、祖父の運転手の送迎で神社まで送ってもらう。
これから神社のお手伝いをすることになった。
白衣に袴姿に着替え、境内を掃いていると、よく見知った後姿を発見した。
「あ、西川先生!」
西川はスーツを纏って神社に来ていた。
「ああ、水主村か」
「どうしたんですか?」
「お礼参りに来たに決まっているだろう」
俺に相談した日の夕方、西川はうちの神社にお参りに来たらしい。お守りと厄除けのお札を買って帰ったとか。
で、その日の晩から悩んでいたラップ音などもぴったり鳴り止み、神様の力を実感したと興奮気味に話す。
「ああ、そうだ。神様にお礼を持って来たんだが」
西川は酒を持って来ていた。きちんと奉献と書かれた熨斗も巻いてある。
どこに持って行けばいいのかと聞いて来たので、社務所の受付を教えた。
「そ、そういえば、あそこで掃除をしている人……」
「瀬上さん?」
指先で示す方には、瀬上さんが居た。
「水主村の神社で働いている人なんだな」
「ええ、まあ」
いつもきっちりとしたスーツで出勤する姿を見かけるので、企業の秘書さんか何かだと思っていたらしい。
「瀬上さん、だよな? 下の名前は……」
「個人情報なので」
「お、お前」
これから昼食の準備が始まるので、西川と別れることになった。