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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉
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第二話『神主のお仕事』

 けたたましい目覚ましの音で目覚める。

 時刻は朝、五時十五分。

 のろのろと起き上がり、制服に着替える。今日は三日ぶりの学校。

 土日を挟んだので、学校を欠席したのは一日だけだった。

 それでも、授業に追いつくためにノートなどを写さなければならないので、気合いを入れて登校することになる。


 制服を着て歯を磨き、顔を洗う。母が昼食用の弁当と、朝食用の三段重ねの弁当箱と温かいお茶の入った水筒を渡してくれる。

 学校の帰りに豚肉と白菜、椎茸を買って来てくれと頼まれた。

 千円手渡され、おつりは小遣いにしてもいいと言う。


 家を出て、自転車に跨る。

 行く先は、自宅より少しだけ離れた場所にある父の職場だ。


 七ツ星ななつほし神社。

 うちの家が代々守っている神社である。

 俺は毎朝、父の仕事の手伝いをしていた。


 最初に行うのは、周辺地域を守ってくれる神使像のお手入れ。

 本来ならば左右対称となった狐の像があるはずの場所だが、片方だけしかない。

 父が生まれた時から、無かったらしい。


 祖父は今際の時に、自分はここの神使だと言っていた。

 にわかには信じがたい話だった。


 祖父の体が狐に変化してしまったことも、父に狐の耳が生えたことも、妹に狐の尻尾が生えてしまったことも、全てはあやかしに化かされているに決まっている。

 みんな、祖父の死受け入れることが出来ずに、幻を見ているのだ。


 ……そう思わないと、やっていけない。


 神社の息子だから、霊が見えたり、怪奇現象に遭ったりするだろうとよく聞かれる。

 だが、答えはノー

 幼少時より、ごくごく普通の環境で育ってきた。

 なので、いきなりこのような事態に瀕しても、困惑するばかりだった。


 とりあえず、答えの出ないことを考えるのは止めて、お仕事を始めることにした。


 参拝客を出迎えるのは幾重にも並んだあけの鳥居。数は二十以上ある。裏の参道にもいくつか。

 祭っているのが商売繁盛と五穀豊穣の神なので、願いが成就した企業などから贈られるのだ。

 朱い鳥居がずらりと並んでいるので、「夜に見ると怖い」と友達に言われることもある。そもそも、朱は神聖な色合いで、魔除けを意味するものでもあった。怖い要素なんてまったくないのに、不思議なものだ。

 まあ、小さい頃から見慣れているからそう思うだけかもしれないけれど。


 空に太陽の陽が差し掛かっていた。時間がないので朝のお仕事を開始しなければならない。


 まず、家から持って来たペットボトルの水で手と口を清める。

 それから、鳥居の前で軽く会釈。

 神社は神様が鎮座する所なので、いつでも敬意を払うのを忘れないようにする。


 鞄の中からブラシを取り出し、鳥居の前にある狐の像に近づいた。


 バイトの巫女さんに磨いておくようにお願いをしていたが、昨晩は風が強かったからか、葉が積もるように像の上にかかっていた。

 それを取り払い、水で清め、ブラシで丁寧に磨いていく。


 狐像の名は『ミケ』。祖父が付けた名だ。

 初めて聞いた時、猫じゃないんだからと指摘したのを覚えている。


 俺が初めて習った神社の仕事が、ミケさん像を磨くことだった。ちなみに、ミケはさん付けするように言われていた。理由は謎。

 祖父はこの行為を機嫌取りだと言っていた。意味はよく分からない。

 寂しがるといけないから、なるべく毎日会いに来て、たまに話し掛けてやってくれと祖父は言っていた。

 像を綺麗にすることよりも、その方が重要だとも。

 一回だけ、像に話し掛けながら泣いていたこともあった。小さい頃だったので、何を言っていたか覚えていないし、記憶違いだったのではと思っている。

 いつか真意を聞こうと思っていたが、それもままならなかった。


 そうこうしているうちに、時計の針は六時をさしていた。

 慌てて階段を駆け上がる。


 途中、参拝客が手を清める手水舎を覗き込み、水面に浮かんでいる葉っぱを取り除いた。


 拝殿の前では、父が先に仕事に取り掛かっていた。


 父は白い作務衣姿に、頭は豆絞りを巻いている。大体いつもこの格好なので、違和感はないが、よくよく見れば、頭部の形が狐の耳を抑え込んでいるので、僅かに歪んでいる。


  まあ、気付く人も居ないだろうと、そのまま放置。


 朝は境内の掃除をする。

 神様が居る神社の中を綺麗にすることは、神職において重要な仕事の一つである。

 先に起きてきた父は掃除の他に各神殿で朝拝をしたり、本殿や拝殿の床掃除をしたりしている。


 七時を知らせる朝の音楽が鳴るまで、竹箒で落ち葉を掃いていった。


 時間になれば朝食を摂ることにする。

 向かった先は社務所。ここは食事をしたり、巫女さんや神主が休憩をしたりする場所である。

 それ以外にも、おみくじやお守りの授与、お祓いや祈願の受付をする場でもあった。体を清める風呂や、休憩できる寝室、宴会を行う広間もある。

 いつもはここに母が居るが、喪中であるのでしばらく来ることが出来ない。

 代わりの巫女さんをもう一人増やすと言っていた。


 父と二人、黙々と朝食を摂る。

 父の頭の上に生える耳がピコピコと動いているのは気にしたら負けだ。


 時刻は七時三十分。そろそろ学校に行かなければならない。


 父の見送りを受けて、鳥居の近くに止めていた自転車の元まで駆けて行く。


 鳥居を抜けたら、振り返って再び会釈。


 ――神様、祖父さん、祖母さん、それから水主村家のご先祖様。いつもこの地を守ってくれてありがとうございます。どうか今日もよろしくお願いします。


 心の中で祈り、頭を上げた瞬間に背後から声が掛かった。


「よっ、行こうぜ」


 自転車に跨り、手をひらひらとさせているのは、幼馴染の山田修二やまだしゅうじ

 近所にある饅頭屋の息子で、小さい頃から付き合いがあった。

 うちの神社は百年以上も前から、神様にお供えする神饌しんせんに修二の家の饅頭を供えていた。


 最初に会った記憶は残っていない。気が付けばいつも修二と妹と三人で遊んでいた。


 そんな訳で、自然と饅頭屋の息子とは仲良くなった。


「おい、大丈夫か?」

「ん? うん」

「そっか」


 修二は背中をバンと叩いた。

 気を落とすなと暗に言ってくれているのが分かる。


「トム、肩に葉っぱ」

「おっと、ありがとう」

「Don’t mention it!」

「なんで英語なんだよ」

「トムだから」


 トムというのはつとむという名前を短縮したものだ。

 名前由来の他にも、見た目がトムっぽいという、訳が分からない理由もある。


 トムっぽいかはさておき、うちの一家はイギリス人の血が混じっていた。

 曾祖母がイギリス人で、祖母はハーフ。

 加えて、俺の母は父のはとこで、イギリス人である。

 妹も俺も、髪は金髪、目は青色で、見た目は割と外人寄りなのだ。


 ちなみに、父はクオーター。禿頭で目の色は黒で、祖父さんの血が濃かったからか、日本人にしか見えず、誰も信じてくれないと嘆いていた。


 それはさておき、修二こいつのせいもあって、トム呼ばわりが広がってしまった。

 今では学校の友達のほとんどがトムと呼んでくれる。

 事情を知らない人からは、留学生だと思われていることも珍しくない。

 神社の家の子だと言えば、さらに驚かれる。


 トムとか気安い呼び方のお蔭で友達も出来やすいし、今では若干の感謝を心の中だけでしていた。


 そういえば祖父さんも「とむ」と呼んでいた。勉が今風の名前ではないから、という理由で。古風な名前を考えてくれたのは母方の祖父だった。


 まあ、好きなように呼べばいいと思っている。


「トム、コンビニ寄ってから行こう。今日朝飯と弁当無かったんだよ」

「いいけど」


 自転車に跨り、緩やかな坂を下っていく。

 饅頭屋の朝は神社の朝より大変だ。

 家族が饅頭作りに行っているので、朝、家には誰も居ない。

 従業員は修二に両親と六歳年上の兄ちゃん、兄ちゃん嫁、以上。家族経営の店だ。繁忙期は俺も小遣い稼ぎに行っている。


 そんな環境なので、運が悪かったら、朝食の準備もしていないらしい。


「なあ、修二、朝飯無い時はうちに来ていいって言っているだろ?」

「いや~、親子水入らずの中に入るのも悪いからな~」

「悪くねえって」


 こういう日は週に一回あるかないか。

 母さんが作った飯を一緒に食べようと言っても、なかなか誘いに乗ってくれない。

 大ざっぱに見えて、案外遠慮しいと言うか、繊細な奴なのだ。


 最寄りのコンビニに到着。

 駐輪場には他の学生の自転車が大量に並んでいた。

 盗まれたら大変なので、きっちり施錠して店に入る。


 修二は買い物カゴの中にメロンパン二つとおにぎり(鮭・昆布・梅)を三つ放り込む。 

 レジ横にあるホットスナックもいくつか買っていた。

 俺は非常食として、棒状駄菓子を三本購入。

 それから、十分で学校に到着した。

 ちょうど、八時の鐘が鳴る。


 修二は部室で朝飯を食べるらしい。下駄箱前で別れることになった。


 教室に行き、友達に頼み込んでノート借り、必死になって書き移す。

 今日は四月十六日。

 数学の授業まであと少し。数式の解き方も解説して欲しい。そう言えば、静かに顔を逸らす友たち。


 残り時間を見ようと時計を見れば、表示された日付にハッとする。


「あ、やべえ! 今日十六日じゃんか!」

「うわ、トム、ツイてない……」

「休み明け早々、気の毒だな」


 毎月十六日は不幸の日でもある。

 教師の持つ名簿には、はっきりと記されている。水主村かこむら つとむ、出席番号十六番。


 つまり、今日は十六日だから、という理由で授業中に教師からばんばん当てられるのだ。


「あ~、クソ、だったら、吉田――は駄目か。じゃ、白石さんに聞く!!」

「トム、お前、勇気あるな」


 こういう時、学級委員の吉田を頼るが、今日は日直のようで、黒板を綺麗にしたりと忙しそうだった。

 白石さんは学年で一番の美人で、成績もトップクラスの完璧女子だ。俺達にとっては高嶺の花。

 話し掛けるのも恥ずかしくなる。

 だが、困った時は照れている場合でもない。


 一番前の席に座る白石さんは、たくさんの女子に囲まれていた。

 あそこだけ、神聖な結界が張ってあるようにも見える。普段だったら絶対に絡まない。

 でも、吉田が忙しくしている今、頼りは女子の学級委員である白石さんしか居ない。頑張って腹をくくる。


「行って来る!!」

「さ、さすが、メリケン人。コミュ力高えな」

「アメリカ人じゃねえよ」


 俺は日英ハーフだ! いや、親父はクオーターで……。ええい、面倒くさい。もうなんでもいい。

 捨て台詞を残し、ノートを握って白石さんに頼み込みに行く。


 幸いにも、心優しい白石さんは数式の解き方を丁寧に教えてくれた。

 取り巻き女子の視線が刺さっていたが、気にしないでおく。

 お礼にポケットの中に入っていた、コーンポタージュ味の棒状駄菓子をあげたら、苦笑いされた。


 吉田はこれで喜ぶんだけどな。失敗、失敗。

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