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見習い神主と狐神使の、あやかし交渉譚  作者: 江本マシメサ
第一部 見習い神主と狐神使の、あやかし没交渉
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第十九話『鬼の子』

 アパートから持って来た石――井戸の欠片を持って父に報告しに行った。

 今夜も父とミケさんと三人で、丑三つ時になったら神社に向かうことになる。


 井戸の石はミケさんが持っていた。

 拝殿の前にガラスのコップを四方に置き、中に水を注ぐ簡易結界を作った。中心に石を置いて、あやかしが近づけないようにする。


 あやかしの弱体化を狙うため、大きな桶にも水を張った。

 盛り塩も用意しておく。


 拝殿の中で正座をしていた父は今日こそ眠らないと、キリリとした顔で居た。だが、強い風が吹き始めたのと同時に、あっさりと倒れてしまう。寝顔から無念さが伝わってきた。


 遠くから物音が聞こえる。

 ずるり、ずるりと地面を這いずるような音だった。


 目を凝らせば、閉じていたはずの楼門から黒い物体が現れる。

 大きさは前回のライオンよりも小さい。


 ミケさんは永久とこしえはなづきを紐で括って腰に吊るし、手には扇を持ってあやかしを待ち構えていた。

 檜扇ひおうぎと呼ばれるそれは神より授かりし神具の一つで、三十九枚の板から作られ、縁起のいいたつの絵が描かれた紙が張られている。左右に細長く切った赤い布を垂らしており、扇を揺らせば蝶のようにひらりと舞っていた。

 大変美しい扇であるが、ミケさんの神力に反応して風を起こす力があるらしい。

 昨日、神降ろしの儀式の時に霧を払ったのもあの扇だった。


 あやかしはサンショウウオのようなシルエットをしている。

 対峙したミケさんは、早速攻撃を出る。


 こちらも賽銭箱の前に座り、祓詞の奏上を始めた。


 神力を使うために、ミケさんは狐の耳と三本の尻尾を生やしている。

 ズルズルと這うように移動するあやかしも、速度を速めて来た。


 ミケさんは檜扇ひおうぎを翻し、神楽を舞うような動きをすれば、竜巻のようなものが発生する。

 鋭く巻き上がった風はまっすぐ飛んで行ったが、あやかしが甲高い咆哮を挙げれば霧散してしまった。


 風による攻撃が効かないと分かれば、禁縄きんじょうを取り出し、鞭を扱うようにしてあやかしを打った。

 バチンと音が鳴り、火花のようなものが散ったが、残念ながらあやかしは無傷のようだった。


 今度は、あやかしが先ほどとは違う鳴き声を上げる。

 耳の鼓膜を突き破られるような音が、あたり一面にくまなく行き渡った。

 地面がグラグラと揺れ、刺さるような痛みを感じ、その場に倒れ込んでしまう。


 死ぬほど耳が痛い。鼓膜が破れたのだろうか。

 耳に触れたら血だらけなのではと思ったら、恐ろしくなる。

 爆音と表現してもいい怪奇現象は、周囲の音を聞き取る手段を奪う。


 ――……。


 しばらく意識を失っていたようだ。

 瞼を開けば、目の前にあやかしが居た。


 悲鳴を呑み込み、耳の痛みを忘れて立ち上がる。


 どうしようか迷ったが、ふとあることに気付く。あやかしは俺のことを一切気にしていない。


 オオサンショウウオ風のあやかしは、賽銭箱の前に置いていた井戸の石をじっと眺めるばかりだった。


 もしかして、水の結界のおかげで触れることが出来ないとか?


 それよりも、ミケさんはどうしたのかと、先ほどまで居た場所を見る。


「――!?」


 ミケさんは地に伏した状態で、微塵たりとも動いていなかった。耳や尻尾は消失している。

 慌てて駆け寄った。

 体を揺すりながらミケさんの名前を呼ぶ。

 耳が聞こえないので、上手く発音出来ているか謎だけど。

 手を取って脈があるかどうか調べる。良かった。ミケさん、生きている。

 ホッとしたのも束の間。とにかくあやかしをどうにかしなくてはならない。

 聴力を失ってしまったので、祝詞を詠むことは出来なくなっていた。

 言霊の籠った祝詞は、正しい発音で詠まないと意味のないものだからだ。

 他に、抵抗する手段はないか周囲を見渡す。

 すると、賽銭箱の斜め前に置いている、桶に張った水と塩が目に付いた。


 奴は水が苦手なのかもしれない。

 ここでぼんやりしているわけにはいかないので、勇気を振り絞って桶の元まで走って行く。


 無事、桶の元まで到着した。

 幸い、あやかしはこちらを気にする様子はなかった。距離にして一メートルほど。懸命に井戸の石を眺めているように見える。


 その間に、対策を取らせて頂いた。

 まず、盛り塩を水の中に入れた。次に、柄杓でよく混ぜる。

 そして、塩水の入った桶を持ち上げ、一気に中身をぶちまけた。


 あやかしから、大量の湯気のようなものが発せられる。

 地面も揺れていたので、先ほどと同じような咆哮をあげているのだろう。


 なんだか激しく震え出したので、距離を取る。

 ミケさんの元に行き、腰の刀を抜いて地面に置くと、体を横抱きで持ち上げて手水舎の元まで駆けて行った。


 もくもくと上がる煙のようなものを、じっと眺める。

 そのまま天に昇るように浄化をしてくれと、心の中で願った。


『――鬼の子よ』

「!」


 突然隣から聞こえてきた声に驚き、抱えていたミケさんを地面に落としそうになった。

 顔を上げれば、目の前に狩衣に袴姿の神様の姿がある。


 あ、あれは、昨日ご降臨された、蘆屋大神あしやのおおかみ様では?


『いかにも』


 脳内会話が出来るらしい。

 ってことは、昨日も考えていることが筒抜けだったのかな?


『下々の者の考えなど、どうでもよい』


 で、ですよね~~……。


 寛大な神様で本当に良かった。

 一体何をしにいらっしゃったのか謎だったが、恐れ多くて話し掛けることが出来ない。


『まどろこしい奴よ』


 信仰心が飛びぬけて高いのです。


 こうして頭の中を無に出来ない時点で意味がないかもしれないけれど。


『そろそろ、用件を述べたいのだが?』


 ミケさんを抱いたまま、なるべく頭の位置を低くして話を聞く姿勢を取る。

 それを確認した蘆屋大神は、とある指摘をしてくれた。


『あのあやかし、未だ息絶えぬ状態だ。止めを刺せ』


 な、なんですと!


 激しい煙を発していたので、てっきりこのまま解けきってくれるものだと思い込んでいた。

 だが、現実は甘くない。

 足止めにはなっているが、そのうち動き出すだろうと教えて下さった。

 水と塩であやかしが倒せたら、古代を生きた陰陽師は苦労しないというお叱りを受ける。


『呪術は使えるのか?』


 陰陽師ではないので使えない。

 耳も聞こえないし、祝詞も詠めない。大変な役立たずであった。


『耳が聞こえぬのは、あやかしの呪いのようだな』


 倒したら元に戻るらしい。よ、よかった!


 蘆屋大神は、忌々しいとばかりにあやかしを睨んでいる。


『あやつめ、身どもの神域を穢してからに』


 それに関しては、申し訳ないと謝罪をするしかない。

 ミケさんが戦う以外に、あやかしに対抗出来る手段はないのだ。


『諦めるな、鬼の子よ』


 蘆屋大神様はにっこりというよりは、にやりと表現した方がいいような笑みを浮かべている。これは嫌な予感しかしない。


『ほうれ、あそこにいいものがあるでないか』


 すいっと畳んだ扇で示したのは、神社の中心部に置きっぱなしにした刀、永久とこしえはなづき


 ……あれ、すっごい重くて持ち上げるのが大変だし、鞘から刃が抜けないんですけれど。


『なあに、その娘よりは軽いだろう』


 いや、まあ、そうかもしれないけれど。


『抜かなくともよい。鞘で打っただけでも、あやかしを消すことが出来るだろう』


 そんなすごい刀だったとは。


 神様のお墨付きをもらったからには、実行に移さなければならない。

 ミケさんは手水舎に体を預けておく。


 行ってきますと心の中で言えば、蘆屋大神様は手にしていた錫杖を軽く上げ、見送るような仕草をしてくれた。


 あやかしは、依然として白い煙を漂わせている。

 早く止めを打たなければ。


 速足で刀の所まで行って、三十キロはありそうな物体を持ち上げる。

 記憶に残っていたとおり、ずっしりと重い。

 念のために柄を引いてみたけど、やっぱり抜くことは出来なかった。

 仕方がないので、重い足取りであやかしの元まで速足で向かった。


 驚いたことに、あやかしは一回り程小さくなっていた。一応、塩水はそこそこ効果があったようだ。


 刀をよいしょっと言いながら大きく振り上げたその時、あやかしが最後の力を振り絞って襲いかかって来る。


 うわ、今更!!


 開いた口は人を丸のみ出来るような大きさで、一瞬怯んでしまったが、ここで引いたら確実にやられてしまう。


 振り上げていた刀を、全力で振り下ろした。


「!?」


 バキンと、弾けるような大きな音が鳴り響いた。


 確実にあやかしを叩いた感触があったのに、何が起こったのか後頭部を激しく叩かれたか感触があった。


 本日二度目の激痛。


 ぐらりと景色が歪み、視界は真っ白に染まっていく。


 ――ああ、失敗をしてしまった。


 そう思いながら、意識を手放した。


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