第十五話『クッキーと祝詞』
朝、日課の神社掃除をして学校に行く。
「とむ、いってらっしゃい」
「いってきます」
ミケさんは鳥居の前まで降りて来て、見送りをしてくれた。
手を振るミケさんに笑顔を向け、登校する。
下駄箱で運動靴から上履きに履き替え、ハアとため息を吐いてしまった。
何故ならば、昨日、ミケさんが来ていたのを飯田に見られたからだ。きっと変な風に絡んでくるだろうと、憂鬱な気持ちになっている。
足取りが重い状態で階段を上がり、のろのろと廊下を進んで行く。
教室の中に入ったが、この前みたいに尋問を受けることはなかった。
席に座って教科書を机の中に入れていたら、飯田がやって来た。
片手を挙げて朝の挨拶をする。
「よう」
「おう」
飯田は空いていた前の席に座り、じっとこちらを見る。
「なあ、トム」
「何?」
「神社って若い巫女さんいっぱい居るのか?」
「若いって……」
女性の何歳までを若いと表現すればいいのか難しく思う。
ミケさんは年齢不詳だし、うちでの巫女歴が長い瀬田さんは二十代半ばだったような気がする。最近入ったバイトの野中さんは大学生で未成年だと言っていた。
よく分からないので、みんな若いってことで一括りにしておいた。
「そうか、若いのか」
「まあ、そう、多分」
「そ、掃除とかのバイトは?」
「ないって」
年末はちょこっとだけ募集しているけど、たいてい近所の氏子さんの息子さんや娘さんで人員が足りてしまう。
友達に声を掛けたことは今まで一度もない。
「そうか、やっぱ無理なんだな」
「そんなに彼女欲しいんだ」
「欲しいに決まってんだろ」
飯田は言う。男子五人組で回転焼きやコンビニの肉まん・餡まんを買い食いして、他の味を一口齧らせてもらうとか切なすぎると。
「お前、まさかあのつり目美少女と一口あ~んとかしてねえよな?」
「してないって」
回転焼きを千切って分け合うことはしたけれど。これは黙っておいた方が良さそうだ。
飯田は諦めたようで、自分の席に戻って行く。
そんな彼にいいことがあるように、心の中で願っておいた。
一日の授業が終わり、家路に就く。
今日までバス通学をしている。帰ったら自転車が修理から戻ってきているはずだ。
さっさと帰り支度を終わらせ、バス停まで歩いて行く。
バス停はどうしてか女子多めだった。みんな、きゃっきゃと楽しそう。
「あ、水主村君」
女子集団の中に白石さんが居た。小走りでこちらへとやって来る。
何の用事かと思えば、リボンの付いた袋を渡された。
「これ、調理実習で作ったの」
「へえ」
「この前のお礼に、あげる」
そういえば、白石さんのスマホを拾ったことがあったなと思い出した。
そして、一部男子の挙動不審だったわけを知った。
「そわそわしていた理由はこれだったのか」
「そわそわ?」
「そう。女子からお菓子貰ったら嬉しいから。みんな欲しくてそわそわ」
「水主村君も?」
「当然嬉しい」
ありがとうと言ってお菓子を受け取った。
中身はクッキーらしい。帰ってから休憩時間のお茶受けとして出してみようかと思った。
「あ、バスが来た」
白石さんの乗るバスは俺と逆方向みたいだ。手を振ってお別れをする。
女子集団はバスに乗って居なくなってしまった。
代わりに、帰宅部選抜の男子生徒達でバス停は占領される。
乗ったバスは見事の男だらけ。なんていうか、すごい切ない。
◇◇◇
そのまま神社に向かう。
今日はバイトの野中さんとミケさん、父の三人が居た。白衣に袴姿となり、しばらくおみくじやお守りの授与所の番をする。
一時間くらいたったあとで、野中さんが休憩交代をしてくれた。
休憩所ではミケさんがおかえりなさいと言いつつ、座布団を勧めてくれた。
「とむ、お茶の淹れ方を教えてください」
「ん、どうして?」
「いつも、誰かに淹れてもらうのは、居た堪れないので」
本来ならばもっと偉そうにしててもいいのに、ミケさんはとことん謙虚な神の眷属だと思った。
気にしなくてもいいと言えば、お茶汲みに興味もあるとも言っていた。
ならばと、本人のやる気を尊重する形で教えることにした。
「じゃ、お湯の作り方から」
ポットにお湯を入れ、電動ポットのお湯を沸かすボタンを押すだけ。
「湯が湧いたら音が鳴るから」
「……はい」
ミケさんはポットの使い方を熱心にメモに取っていた。
「で、その間に急須の用意」
実は、俺もお茶の淹れ方は適当だ。母親がやっているのを見様見真似でしているだけなので、帰ったらきちんと方法を習って欲しいと前置きをしておいた。
まず初めに茶壺の茶葉を二杯くらい入れる。湯が沸くまでしばし会話を楽しむ。ポットが電子音を鳴らしたら、湯の注ぎ方を教えた。湯飲みに人数分の湯を注ぐ。ちょっとだけ冷まして急須の中に入れ、一分経ったら完成。とってもシンプルだ。
「ありがとうございます」
「詳しくは母さんに習って」
「分かりました」
お茶を湯のみに注いだのと同時に、父がやって来る。ナイスタイミングであった。
さっき白石さんに貰ったクッキーを思い出したので、皿の上に置いて出す。
「勉、どうしたんだ、これ?」
「クラスの女子に貰った」
「へえ、女性に……」
父がより先に、何故かミケさんが反応を示す。
クッキーは猫の形をしていて、チョコペンで目と鼻と口に髭が描かれた可愛らしいもの。喜ぶかと思いきや、ミケさんは険しい表情で居る――と思ったけれど、気のせいだった。
一つ摘まんでじっと見下ろし、「猫を模したお菓子なのですね」と言っている。
早速、一枚食べてみた。
「うん。素朴な味」
これぞ手作りクッキーという感じで美味しかった。
その後、父やミケさんも美味しいと言って食べてくれたので、良かったなと思う。
休憩後は父に祝詞を習うため、社務所の奥の部屋に移動。
何故、祝詞を習うことになったかと言えば、以前読んだ時に、ミケさんの神力が戻るきっかけになったからだ。
もっと上手く祝詞を奏上出来るようになれば、更なる効果があるのではと期待をしていた。
「さて、始めようか」
父は狐の耳をピンと立てながら言う。
いつまで経っても、このビジュアルだけは慣れない。噴き出しそうになるのを我慢するしかなかった。
基本的な動作、歩き方にお辞儀の仕方、儀式中の動きなどは小さい頃からちょこちょこ習っていた。けれど、祝詞を教えて貰うのは初めてなので、緊張する。
祝詞と言っても種類は多々ある。
この前読んだ『大祓詞』は、年に二回の大祓式で奏上される祝詞だ。
他には神前の前で上げられることが多い、『祓詞、身滌大祓』に、神棚の前で奏上するものと挙げたらきりがない。
「まず、祝詞の中の言葉を一つ一つ大切にするように」
言葉には霊が宿っていて、口から発することによって現実のものになると信じられていた。
教えの数々を頭の中に叩きこんだ。
「今日はこれくらいにしておこう」
「ありがとうございます」
授業は一時間ほどであったが、背筋をピンと伸ばした状態で慣れない文字を目で追い、独特な発音で読んだので、疲れてしまった。
外はすっかり暗くなっている。
野中さんは少し前に帰ったようだ。途中、声を掛けに来たらしいが、まったく気づかなかった。
「私達も帰るとしよう」
今日の夜ご飯は天ぷららしい。
足取り軽やかに帰宅をすることになった。
◇◇◇
夜、ミケさんに話があると言われ、父と二人で話を聞くことになる。
「葛葉様、話とは、一体」
「結界についてです」
ミケさんは神社内をくまなく調査をしていたらしいが、それらしい痕跡すら見つけることが出来なかったと報告する。
「このままでは、大変よろしくありません」
結界がなければ、きっとこの地によくない存在を呼び寄せてしまうのだろう。
不吉なことなので、誰も口にしないが。
「それで、最後の手段に出たいと思います」
ミケさんの口から驚くべきことが発表された。
「――蘆屋大神の末社を調べさせてもらいます」
なんと、今までノータッチだった神様の社の中身を発くというのだ。
大丈夫なのか、それは。
ちょっぴり不安になってしまった。




