第十三話『陰陽師』
放課後。
掃除当番を終えて、家に帰ろうかと廊下を歩いていたら、学級委員長の吉田が大量のプリントを抱えていた。何かと聞けば、生徒総会の生徒用の冊子を作るものらしい。職員室でコピーして、生徒会室で閉じる作業をするとか。
一人ですると言うので、ちょっとだけ手伝うことにした。
「悪いな、水主村」
「いやいや、いつも世話になっているし」
予備の体操服を借りたり、授業で分からないことがあったら聞いたりしている。
黒縁眼鏡に真面目そうな姿は、生徒の模範と言ってもいい。
生徒会にも所属していて、役割はなんだったか。忘れた。書記だったかな?
「あ!」
「どうした?」
「ちょっと家に連絡」
「大丈夫なのか? 家業の手伝いをしているのだろう?」
「平気平気」
父に神社の手伝いは出来ぬというメッセージを送っておいた。
基本的に、神社の手伝いは強制ではない。好きにするように言われていた。
「よし、始めるか」
「頼む」
作業開始! プリントをひたすら綺麗に折り曲げる。
他の生徒会員はどこに行ったのかと思えば、みんな部活に行っているらしい。
吉田は部活動をしていないので、職員室に行ったら顧問の先生に高い確率で捕まってしまうのだとか。お気の毒としか言いようがない。
「日ごろから先生のお手伝い、大学入試の面接のネタに使えそう」
「しっかり推薦文にも書いて貰わないと」
吉田は地元大学の医学部を目指しているらしい。
「水主村は神主になるんだっけ?」
「将来は、まあそうだけど、大学にも行こうかなと」
神職資格取得課程がある大学への進学を希望していた。両親も「いいんじゃない」的な感じで許可は貰っている。
「神職の資格が取れるって、そんな学校があるんだな」
「祖父さんがいろいろ調べてくれて――」
勧めてくれたのは母方の祖父だ。神道学科のある四年大学は東京都と三重の二ヶ所にあるらしい。
しっかり勉強をして、立派な神職者になれと言われている。
「そういえば、神社にいったことないな」
「へえ、それは珍しい」
吉田の家は敬虔な仏教徒で、クリスマスもしないし、神社への初詣も行かないらしい。お正月はお寺に年始回りに行くと言う。
「変だよな、日本人って。十二月はクリスマスにケーキを食べて、年末は寺で除夜の鐘を聞いたあと、神社に初詣に行くとか」
「かなり自由だよね。うちもクリスマスはするけどさ」
「そうなのか」
というか、母の実家のパーティに呼ばれると言った方が正しいのか。
母の実家のクリスマスはセレブ過ぎて、毎年行っていても場違い感が拭えない。
吉田は慣れた手つきでプリントを折り曲げながら、「大変だな」と呟く。
「でもいいと思うけどな。経済的な意味で」
「そっちか」
最近はハロウィンとかもイベントとして広まっているし、ますます日本が混沌の地になっていそうな気がする。まあでも、吉田の言うとおり経済が動くのはいいのかもしれない。
話をしているうちにプリントを全て折り曲げてしまった。ほとんど折ったのは吉田だけど。壁掛け時計の針は六時半を指している。
「そろそろ帰るか」
「そうだな」
残りは他の生徒会員に任せると言っていた。
吉田はバスなので、校門で別れた。
陽はすでに傾き、地平線に沈みかけていた。辺りは薄暗くなっている。
あやかし時間のことを思い出し、若干ビビりながらの帰宅となった。
◇◇◇
やっとのことで帰宅。
モチを撫でてから家に帰る。散歩は紘子が行ってくれたようだ。綺麗にブラッシングされていて、毛がピカピカしている。
「おかえりなさい」
「ただいま」
家に帰れば、ミケさんが玄関口で迎えてくれた。自転車のブレーキの音が聞えたので、待っていてくれたらしい。こういうことをされたことがないので、ちょっとだけ照れる。
「今日は、神社に来られないという連絡がすまほに届いたと、水主村殿から聞きました」
「ちょっと学校で奉仕活動の手伝いをしていて」
「そうだったのですね」
ミケさんが分かりやすいような言葉を選びつつ、学校であったことなどを話した。
今日は神庫の中を大捜索していたらしい。
「何かあった?」
「いいえ」
神庫の中身は目録帳があって、収容している品はしっかりと管理されていた。
父は何か結界について分かるものがあるかもしれないから探してみようと言っていたものの、そういう品は無いだろうなとも呟いていた。
「結界の場所は地道に歩き回って探すしかないのか……」
「難儀な話です」
モチレーダーを駆使しつつ捜索を続けるしかない。
結界の範囲が分からないので、なかなか骨の折れそうな作業になりそうだけど。
「父さんにも言わなきゃなあ」
「ええ」
陰陽師ネタ、大丈夫だろうか。なんだか父は陰陽師を敵対視をしているというか、なんというか。
以前お祓いを依頼された時に、テレビで見た陰陽師のようにして欲しいと言われたことがあったらしい。最近はブームも治まり、言ってくる人も居なくなったみたいだけど。
結界について話していた物の、陰陽師云々については話をしていなかったのだ。
夕食後、早速父に言ってみることに。
すると、意外な事実が発覚する。
「うちの末社に祀ってある神様は陰陽師だよ」
「マジか。もしかして、その人が結界を作ったとか?」
「そういった伝承があったかどうかは分からないが」
七ツ星神社には稲荷神社の総本社から勧請している宇迦之御魂神を主祀神としているが、他にもいくつか神様を祀っている。
厄除けの御利益がある蘆屋大神に、家内安全の御利益がある有馬大神。こちらの二柱は古代の英魂だと聞いたことがあった。それ以外では宇迦之御魂神と縁のある神様を何柱か祀っている。
「蘆屋大神が陰陽師だったような」
「そうだったんだ」
神様の名前やご神徳を知っていても、神様そのものの逸話を知っている訳ではなかったので、驚いてしまった。
会話が途切れたので、スマホで「蘆屋 陰陽師」で検索をしてみた。
「こ、これは……」
二つのキーワードで、すぐにヒットした。
道摩法師。またの名を蘆屋道満。
平安時代の陰陽師で、あの安倍清明のライバルと記されていた。
晴明に負けず劣らずの実力を持つまでの説明までは良かったが、その後に綴られていたのは悪事の数々。
清明との術比べにズルをして勝とうとしたけど失敗。その後弟子入りしたけど清明の留守中に奥さんと不義の関係になる。それから、ありがたい書物を盗み見て勝手に術を覚え、師匠である清明を殺しに掛かった。けれど逆に殺されてしまったという、とんでもない御方だった。
とても神様として祀られるような行いをしていない。
もしかしたら、荒魂として祀っているのかもしれないけれど。
まあでも、うちで祀っている神様とは違う人の話かもしれない。そっとスマホのwebページを閉じた。
「何か見つかったのか?」
「いや、なんにも」
父は家の裏にある蔵に何か資料が残っていないか探ってみると言っていた。
図書館の資料室とかに何かあるかもしれないので、学校の帰り道に寄ってみようと思う。
「とむ、明日も神社に来ないのですか?」
「どうかな? 資料探しが早く終われば行くけど」
今まで黙って話を聞いていたミケさんが質問をしてくる。
学校がいつ終わるのか聞かれたので、十六時半には校門を出ると伝えた。
このままもうちょっとミケさんと話をしたいような気もしたが、今日は課題が出ていた。
そろそろ始めなければならない。
二階に上がって鞄を開き、古文のプリントとの見つめ合いを開始した。
◇◇◇
朝、神社に行く途中で自転車の車輪をパンクさせてしまった。
仕方がないのでバス通学となる。
数学の時間ではこの前の小テストが帰ってきた。
飯田の言っていたとおり七十点。平均点が五十四点だったので、良かった方だろう。
十点だった飯田は恨めしそうな顔でこちらを見ていたが、関係ないので気にしないでおく。
放課後。用事があるので、サクサクと帰る支度をする。
途中、誰かがガラッと勢いよく教室の扉を開いた。
「おい、トム!!」
やって来たのは飯田だったらしい。
今日は図書館に行くので、勉強を付き合ってやろうかと考えていたが、思いもよらない情報が提供された。
「お前、この前一緒に写メに写っていた女の子が、校門前に居たけど!」
「え?」
――ミケさんが学校に来ているだって?
びっくりして手に持っていた保健体育の教科書を床に落としてしまった。