第十一話『ミケさんの誓い』
放課後、ミケさんとモチと共に二回目の調査に向かった。
今日は昨日しめ縄を巻いた場所を見に行く。
「ん?」
「何か問題でも?」
「いや、モチが」
どうしてかモチ公は木が見える前から足取りが遅くなっていた。今までこんなことは一度もなかったのに。
最終的には完全に動きを止め、四足で踏ん張り始めた。調査が滞るので、抱き上げて移動する。怯えるように震え、ずっとクウクウ鳴いていた。
その理由は目的地に着いたあとで発覚することになる。
「うわ!」
「これは……」
結界の一つと思われる木の周囲に、昨日巻いたしめ縄が千切れた状態で散らばっていた。
しかも、切り口はすっぱりと刃で裂かれたようになっていて、真っ黒に焦げ付いている。
人の手で千切られた状態ではないということが分かった。
「ミケさん、これって」
「あやかしの仕業です。もう少し、私に神力があれば、足取りを辿ることも出来るのですが」
神力を上げるにはどうすればいいのか聞いてみる。
方法として、巫女装束を纏う、神社の日本刀を持つなどが例として挙げられたけど、どちらも現代日本ではアウトだと思った。
街中に巫女さんが居たら目立ちまくるし、刀はお巡りさんに連行されてしまう。
「夜、人目がない時間帯にまた来てみるとか?」
「いえ、夜は危険なので止めた方がいいでしょう」
夜はあやかしの活動時間になる。結界が壊れた今、迂闊な行動はしない方がいいと言われた。
「ってことは、またあやかしが出る可能性が?」
「高いですね。もしかしたら、もちの恐れ方を見ていると、近くに潜んでいるかもしれません」
「うわ、そうなんだ……」
ミケさんの力が現地点で一番発揮出来るのは七ツ星神社内だけらしい。
その神社内の戦いでも、前回はギリギリの勝利だったと話す。
辺りにあやかしが潜んでいると聞けば、ぞっとしてしまった。
っていうかモチはあやかしレーダーか何かなのか?
お前、そんな特殊技能が……。
「それで、本日の対策は?」
ミケさんが真っ赤なポシェットから取り出したのは、『塩』。
塩の結界は聞いたことがある。優れた浄化能力があるらしい。お勧めは素材の味を生かす粗塩だとか。
小さな皿にしっかり盛り付けておいた。
道行く人がびっくりしないように、雑草の中に紛らせるようにして置いておく。
「これでよし」
隣でミケさんも頷く。
時計を見れば父からメールが入っていることに気付いた。今日の夜ご飯はちらし寿司だと。
「ミケさん、大変だ、早く帰ろう」
「どうかしたのですか?」
「夜ご飯はちらし寿司らしい」
「!」
ミケさんが一瞬だけ嬉しそうな顔を見せれば、モチも尻尾を振り出す。
どうか塩結界の効果を発揮しますようにと、祈りを捧げながら、帰宅をすることになった。
◇◇◇
夕食後、あやかしについて父と母に報告した。
「……そうか」
父は神妙そうな顔で返事をする。
鳥居の修繕も終わっていない。その状態で攻め入られたら大変だ。
そんな中で、ミケさんがある提案をする。
「今日は神社で番をしていようかと」
「葛葉様、それはちょっと、お辛いのでは?」
「私は七ツ星神社の神使です。神の声をお届けして、その地を守るのは私の使命」
見た目の通り、か弱い少女ではないとミケさんは言う。
それを聞いた父は、普通の人として接してしまったことを謝罪していた。
「いいえ、お気になさらず。私も人型となって、得るものがありましたから」
ミケさんにはどうしても理解出来ないことがあったらしい。だけど数日間、ここで暮らして答えが見えてきたと。
「それは、あなた方の家族だった狐鉄のことです」
彼女は神の使命を放棄してまで、祖父が人で居る理由が分からなかったのだと話す。
長い間、祖父さんに問い続けていたらしい。何故、苦しい思いをしてまで人で在り続けるのかと。
「ミケさん、苦しいって?」
「神より授けられしこの人型は人と同じ作りをしていて、いつかは朽ちます。人間的に言えば、老い、ですね」
神の加護で永遠の命があるのに、祖父さんはそれを捨ててまで人として暮らしていた。
ミケさんには愚かな振る舞いにしか見えなかったらしい。
「私も、狐鉄がここに居たい気持ちが分かりました。――ここは、とても温かい」
人々の願いを聞いて神に伝え、守護する土地が危機に陥ろうとすれば神力を篩う。
それがミケさんのお仕事だ。けれど、直接人と関わり合うことはない。
「今回、あなた方と過ごして、心地いい時間を過ごしました」
言葉をかけ、返事が返ってくるというものは、愉快なことだと言う。
何かが満たされるような感覚を覚えたとも。
「これが、狐鉄の大切にしていたものだと、私は気付いたのです」
今まで見ていただけでは知ることの出来なかったものだと、ミケさんは言う。
ここでの暮らしを案外楽しんでいたらしい。俺達のことは祖父の血が混じっているので、他人のような気がしないとか。
ミケさんはこの地を、祖父さんと繋がりがある水主村家を守りたいと言ってくれた。
「私を、稲荷神の眷属の力を信じて下さい」
「葛葉様、ありがとうございます……」
父は両手をつき、頭を畳につけて礼の姿勢を取る。母もそれに続いた。
両親が揃って頭を下げれば、ミケさんと目が合う。
その瞬間に、体が勝手に動いていた。
立ち上がって、目の前に座る。
ふと、祖父の言葉を思い出した。ミケさんと二人で協力しろと。
そんなことを頭に浮かべていたら、とんでもないことを口にしていた。
「ミケさん、俺も行く」
「え?」
「一緒に戦おう」
そんなことを言ったが、俺には何も出来ない。けれど、どうしてか「一緒に戦おう」だなんて言葉を言ってしまった。
「もしかしたら、神社の鈴を鳴らすとかしか出来ないけれど」
神使は対が揃って初めて最大の力を発揮すると言っていた。
俺も、一応祖父さんの血は受け継いでいる。
だから、彼女の力になるのではと思った。
ポカンとした表情をするミケさんに、手を差し出す。握り返してくれなかったので懇願をしてみた。
「どうぞ、よろしくお願いします!」
元気が良くて心に響いたのか(?)ミケさんは指先をそっと重ねてくれた。
その手をぎゅっと握り、二人で立ち上がる。
「そういうわけで、今日は社務所で待機をするから」
「勉……」
一応、色々と問題がありそうなので、父も一緒に付いて来てくれと頼んだ。
「いや、私は最初から神社に行こうと思っていた」
神社は俺とミケさんと父の三人で守ることになった。
母が祖父の部屋から巫女装束を発見したようで、半世紀ぶりにミケさんの元に霊装が戻ってくる。
帰って来た一式を抱き締め、安堵したような顔を見せていた。
◇◇◇
あやかしが出るのは丑三つ時。つまり、夜中の二時前後。
それまで家でしっかりと睡眠をとることにする。
夜中の一時半。スマホのアラームで目が覚める。
目を擦りながら白衣と袴姿に着替え、顔と手、口を清める。
父の車に乗って神社に向かった。
ミケさんは手には奉納刀、『永久の花つ月』を持っていた。
抜けない刀だが、神力上昇効果があると言う。
四月といえど夜はまだ寒い。背中にホッカイロでも貼って来ればよかったと後悔した。
「ミケさん、寒くない?」
「ええ、心配ありません」
顔が強張っていたので聞いてみた。寒さが原因ではなかった模様。
相変わらず、無駄に夜目が利く。慣れたら便利かなと思ってしまった。
素早く着替えた父と共に、拝殿に向かった。
「――あやかしめ、今宵こそ、祓ってやろう」
榊の枝に紙の束を挟んだお祓い道具、大麻を手にした父は勇ましく言い放つ。
俺は斜め後ろに座って待機をすることになった。
三十分経過。変化なし。二時になる。
さらに三十分経過。
ミケさんが立ち上がったのと同時に、父が倒れた。
びっくりして様子を見れば、安らかな寝息を立てて眠っていた。
「これは――」
「あやかしの呪いによる、強制睡眠です」
「あ、そうなんだ」
霊力がそこそこある者にも利くようになっているらしい。
それが効かなかった俺は一体……?
「とむはここに居て下さい」
「あ、ミケさ」
ミケさんは刀を腰に挿し、禁縄を持って外に飛び出した。
扉を開いた途端、強い風に襲われる。
拝殿の出入り口から境内を覗けば、前に見たものよりも大きなあやかしと対峙しているミケさんの姿があった。