第十話『巫女装束と変態(仮)』
夕食後、風呂に入ったミケさんがお礼を言いに今にやって来る。
「お風呂、頂きました。ありがとうございます」
畳の上に膝と指先をつき、母に頭を下げるミケさん。
なんていうか、神の使いってもっと偉そうにしているのかと思っていた。漫画とかテレビの影響だけど。
今宵のミケさんは浴衣を着ていた。やっぱり和服が似合うなと、思わず見入ってしまう。
海老茶の生地に矢絣柄の浴衣は母が子供の頃に着ていたものをサイズ調整ものだとか。
渋い柄も着こなしてしまうミケさんであった。
妹は浴衣で寝ると朝方肌蹴ていて寒いからパジャマがいいと言っているらしい。なので、母のお下がりは、今日まで日の目を見ることがなかった。
母はミケさんに着心地などどうかと聞いている。
「とてもいい品です。それに、和服の方が落ち着きます」
和服と言えば、ミケさんはどうして神主が着るような白衣に袴姿で現れたのか。
気になるので質問をしてみた。すると、意外な事実が発覚する。
「あれは神より授けられし、神使の霊装です」
「なるほど」
「ですが――」
ミケさんの顔は不機嫌なものとなる。聞いてはいけない話だったのか。
謝れば、そうではないと首を振る。
「あの霊装は狐鉄――とむの祖父の品なのです」
「え!?」
なんでも数十年前、神の怒りを沈めようと人型と化した祖父さんが、人間界に降り立った。その時、焦るあまりミケさんの霊装を着て、出て行ってしまったらしい。
祖父さんの『変態巫女装束事件』の真相が今、明らかにされる。
そういう訳があって、ミケさんは仕方なく祖父さんの霊装を纏って現れることになったのだ。
「そんな経緯が……」
「本当に、しようもない事件でした」
その霊装一式は泥だらけになっていたので、綺麗に洗ってあることを母が伝えていた。
ミケさんは母にお礼を言っている。
「そういえば、お義父さんの巫女服、どこかにあったような」
「!」
母の言葉に、ミケさんが本当かと食いつく。
なんでも、祖父が一人で部屋に居る時、たまに巫女服を眺めている時があったらしい。
母は何度か目撃したが、見ない振りをしていたとか。
多分、ミケさんの大切な霊装を間違って着て来てしまったという懺悔の気持ちで見ていたのかもしれない。だが、事情を知らない人から見たら、巫女服を眺める変態ジジイにしか思えないだろう。
「明日にでも、探してみますね」
「お手数おかけします」
「いえ、そろそろ義父の遺品整理をしなくてはと、思っていたので」
霊装があれば、神力も発揮出来るだろうと言っていた。
早く戻って、ミケさんが普段通りに過ごせるようになればいいなと思った。
ちょっとだけ勉強をして、眠ることにする。
時刻は十一時過ぎ。眠るにはちょうどいい時間帯だ。
スマホを充電器に繋いでから、アラームをセットし、灯りを消す。
祖父さんの鈴はスマホにつけてあった。リンリンと賑やかになってしまうけど、常に身に付けておいた方がいいと思ったからだ。
布団を被り、目を閉じる。意識はすぐになくなった。
――とむ、とむや
なんだか聞き慣れた声を聞いた気がして、辺りを見渡す。
――とむ、こっちだ
周囲は濃い霧のようなものが漂っていて、人の姿を見つけることが出来ない。
――おうい、こっちだと言っているだろう
この声は……もしかして、祖父さん!?
祖父さんと大声で呼んでみる。
――そうだ。わしだ
誰かと判明したのは良かったけれど、相変わらず姿を捉えることは出来なかった。
とりあえず祖父にどうしたのかと聞けば、伝えたいことがあると言っていた。
――……の、……きは、……みけと、協力して……を
突然風が強くなり、霧が渦巻く。
祖父の声も途切れ途切れになってしまった。
立っていられなくなるほど風が吹きつける中で祖父の名を呼んだが、返事はなかった。
気が付けば、真っ白な世界の中で一人立ち尽くしていた。
結局、ミケさんと協力がどうこうという話しか聞こえなかった。
肝心の主語が分からなかったので、何を二人で協力するのか謎のままになる。
伝えようとしていたことが気になってうわあああ! と叫んだところで目が覚めた。
頭の上に置いているスマホのアラームが鳴っていた。
音を止めて時間を見れば、朝の五時十五分。いつもの起床時間であった。
今朝も父とミケさん、俺の三人で神社掃除。
ミケさんは本殿の掃除に向かっていた。
俺は境内の掃き掃除を命じられたが、ふとあることを思い出す。
「あ、父さん」
「どうした?」
さきほど母に、祖父の遺品整理をすることを父に伝えておいてくれと言われていたのだ。
「今日、母さんが祖父さんの遺品整理をするって」
「そいつは大変だ」
「?」
何が大変なのかと聞き返せば、気まずそうな顔をしながら父は言う。
「実は、昨日、父さんが夢に出て来て」
「マジか!」
「ああ、あの声は間違いなく父さんだった」
「祖父さんはなんって?」
「それが――」
明後日の方向を見る父。
目線を合わせずに、「参考書の処分依頼があった」と話した。
「参考書?」
「父さんが特別詳しく、好んでいた学科だ。他の人に見られたら恥ずかしいと」
「……」
祖父さんの好きなものと言われたら、一つしか思いつかない。
つまりエロ本を処分しろと、父の夢枕に立って伝えたというのだろうか。
「他には?」
「いや、父からはそれだけだった」
なんというか、しようもなさ過ぎる。もっと他に伝えた方がいいこともあっただろうに。
「勉にはなんと言ったんだ?」
「いや、なんかミケさんと協力がどうこうしか聞こえなくって」
「そうか」
祖父は二人で今回の事件を解決しろと言いたかったのか。よく分からない。
というか、父さんのところに行って遺品の処分を頼むよりも、こっちに来てしっかり用件を伝えて欲しいと思った。
今更祖父さんの部屋からエロ本を発見しても、家族は何も思わない。無表情かつ冷静な態度でごみ収集センターに持って行くだけだろう。
本当にしようもないと思った。
ついでに、昨日の結界調査の結果も父に伝える。
「陰陽師が作った結界か……」
「なんか記録とか残っていないかなって」
「神庫にいくつか巻物があったような気がする。それらしいものがないか探してみよう」
話が終われば掃除を再開。
昨日は風が強かったので掃除のやり甲斐がありそうな境内を見渡し、気合を入れた。
◇◇◇
教室に入れば、俺の席は何者かに占領されていた。座っているのは飯田だった。
よっ! と朝の挨拶をしたら、「よ! じゃねえよ」と怒られてしまった。はて?
「何怒ってんだよ」
「怒るに決まっているだろ!」
「あ、もしかして、昨日の」
「そうだ! 俺は西川に見つかって、テストが十点だったと怒られた!」
「それ、俺関係なくねえ?」
「確かに!!」
指摘をすれば、飯田は席から退いてくれた。物わかりの良い奴め。
「あのあと、職員室で怒られたんだが、お前のテストの点数も見えた」
西川、恥ずかしいから本人以外には隠せよ……と思ったが、意外な結果だった。
「七十点」
「マジか!」
「マジだ!」
駄目だったかなと思っていたけれど、そこそこいい点数を取っていたみたいだ。委員長に再び感謝。
「お前、前日にガリ勉して、抜け駆けしていただろう? たかが小テストに本気を出しやがって!」
「いや、あんま勉強とかしてないし」
「してたろう!?」
偶然白石さんに教えて貰った箇所が集中的に出ただけだと言えば、さらに食いついて来る。
「おまっ、い、いつ習った?」
「この前、休み明けに」
聞きに行ったら教えてくれるらしいよという耳より情報を提供したのに、まったく聞いていなかった。
今まで俯いていた飯田は、俺の顔を見てハッとする。
「ま、まさか!?」
「なんだよ」
声大きいよと言っても、血走った目をした飯田の勢いは止まらなかった。
「昨日、バス停で白石とお前が話しているところを見たって、隣のクラスの奴が」
「なんだよ、その情報網」
「付き合っているのか!?」
「はあ?」
どうやったらそういう風に話が飛躍するのやら。
違うと言っても聞く耳はないようで。困った奴だ。
「昨日出掛けたのは委員長じゃない。嘘じゃないから三組の山田に聞いてみろよ」
「山田って、あの山田か?」
「ああ、あの山田だ」
三組に山田三人くらいいるけど、まあいいかと思った。
「ってことは、どっちにせよ、昨日はデートだったってことか!?」
「もういいよ、なんでも」
「クソォ、羨まし過ぎだろおおお! 彼女欲しいいいい!」
飯田を見ながら思う。孤独とは人を狂わせるものだと。
一刻も早く、彼女を作って欲しいと思った。