それぞれの思い
川で水浴びをし、痛みが引く頃には日がくれていた。
炎に飛び込む前に汗をかいていたせいだろうか。全身、妖怪にしては軽い火傷で済んでいる。
このまま、荷物を取りに村の方向へ跳躍して移動する。
―――それにしても変な夢を見た。
影弘が村にある宝を求める理由があの夢だ。
『家族を生き返らせる事』ソレだけが影弘の願いで目標だ。
家族が死んでから毎日のようにあの夢は見ていたが、最後に母が自分を抱き締めてくれることはなかった。
影弘にとって都合の良い夢だ。だが、その夢に少しだけ報われた気がした。
影弘は足に力を込めてよりいっそ高く跳躍する。
空高くから見下ろす世界は森とその先の海。そして、孤島の上にそびえ立つ村にソレに寄り添う大岩だ。
昨日の夜も見た風景だと云うに何処か違って見えるそれは雄大で忌々しかった。
影弘はこれを全てを壊そうす事を決める。
―――正直、成果のない情報収集は飽きた。
大蛇との戦闘で影弘の存在は確実に村の術者に確認されただろう。死んだように偽装したならまだしも、影弘は薄皮一枚で大蛇を倒しただけである。
凶悪な危険分子にはならずとも目の前の煩い蝿は叩き落とすのは誰だって一緒だ。
逃げ隠れしても同じだろう。
影弘は奥の手を使うことの対しての迷いは消えていた。
**********
桔梗は村の巫女だった。
護衛役の笹倉に言わせれば、当代一の巫女だろう。
幼い頃から巫女になるべく教育された桔梗の霊力は他の誰よりも優れており、性格も慈愛に満ち非の打ち所等なく村人達に慕われていた。
女としても美しく育った桔梗は村の巫女と言うだけではなく、村が籍を置いている藩主にまで妻にと求められた程だ。
だが、ある日を境に桔梗は村の隣にある岩牢、正確には村の隣の大岩をくりぬき迷路とした牢屋の中に閉じ籠ってしまったのだ。
その理由は村の妖怪退治を生業としている場所、通称"宮"の者なら誰でも知っている。
ある日、桔梗に鬼女が取り憑いたのだ。
鬼女は桔梗の霊力を持ってしても祓えなかった。
鬼女は桔梗を乗っ取るつもりだったのだろうが其処までには至らずに取り憑く状態となった。
最初は根比べだったが、鬼女は桔梗を乗っ取るべく昼夜問わず桔梗の精神力を削るために桔梗に幻覚や幻聴を見せた。
日に日に弱っていく桔梗は鬼女を押さえる為に自分の全霊力を使うことを決めた。そのかいあって鬼女の力も弱くなり幻覚や幻聴などの呪いは消えた。
それも鬼女は桔梗に取り憑く事を止めなかった。力が封じられて尚、桔梗に悪心を囁き続けるのだ。
一方、鬼女を押さえつけるのに霊力全てを使っている桔梗は他の術に使える霊力が少なくなった。全く使えなくなった、と言っても過言ではない。
それは鬼女も同じらしく桔梗の側にいる間は術が使えない。
それは、お互いがお互いを縛り合う呪いとなった。だが、それもいつまでに続くか解らない。言い方を帰れば根比べが長期になっただけなのだ。
それに時間がたつほど体力もなく、寿命が短い人間の桔梗には不利になっていく。何が切っ掛けで桔梗が鬼女に乗っ取られるかは誰にも解らない。
また、巫女の力を使えなくなった宮の人間は桔梗の存在を恐れ始めた。
桔梗は今までの巫女の中でも優秀とされている。その桔梗がいつ鬼女に乗っ取られるか解らない状態なのは宮の人間にとっても驚異でだった。
それを肌でで感じた桔梗は自ら岩牢に入った。
そして鬼女の声を聞き、和解を求めながら鬼女の罵詈雑言に耐えて抜く日々を過ごすことを決めたのだ。
その聖女のごとき諸行を村人達は揃って讃えた。
「私は聖女なんてものじゃないわ」
「ですが、巫女様の様に慈悲深いお人を私は他に知りません」
「笹倉さんが大袈裟なだけですよ。そんな風に言われたら、わがままが言えなくなってしまいます」
「御希望がございました、何なりとお申し付け下さい」
「急に言われても出てきせんね。あ、そうだわ!村の子供達にあげるお菓子をつくるので、その試食をしてください」
「お菓子ですか?」
「そうです。男性でも食べられる様に甘さは控えめなんです。材料も安いから村の奥さん達と行商の人に売れないかなと、話してて…」
「本当に巫女様は慈悲深くていらっしゃる」
「試作品の味見ですよ?」
「常に村のためを思い行動してる貴女を誇りに思います」
「…なんだか恥ずかしいわ」
そこでまで思い出して笹倉は瞑想を終わらせ目を開ける。
ここは宮の道場で笹倉は神棚に向かって座禅を組んで居たところだ。
笹倉の目の前の盆には二つの札が置いてある。
一つは丸が三つ連続で繋がっていて丁度、団子のような形である。
もう一つは長方形だが文字の下に鳥のような模様が書かれている。
団子形の札は丸の一番上が水で濡れており、真ん中の一つは焦げて焼き切れ、一番下の蛇の目が書かれたモノだけが残っていた。
笹倉は団子形の札を隻眼でじっと見つめてから、ため息を吐く。
―――やはり、巫女様の様にはいかぬか。
元来、笹倉は宮の警備責任者であって術者ではない。一応、式神は使えるがそれは連絡用だったり、運送用だったりと戦闘には縁の無い物ばかりだ。
本人もそれは重々招致している。
別に宮に術者が居ないわけではない。
笹倉は久々に術を使ってまで連絡を取ってきた桔梗の言葉が気になっていた為、式神を使った。
それは"西からくる大きな何か"の方ではない。ましてや、今しがた式神を使って対峙した妖怪が桔梗の示唆していたモノだとも思っていない。
ただ、進行方向に妖怪がいて、その妖怪が行商の子供を食べた事が見過ごせなかった。
だから、目的のためのに創った式神を急遽、討伐に回した。
真意は別にある、それは鬼女の捜索。
鬼女が桔梗から離れた事だ。
まだ、桔梗に取り憑いてはいるが桔梗の霊力にどんなに力を封じられようと桔梗の側を離れはしなかった鬼女が離れた。
それは何かが動く前触れで有ることは間違えない。
鬼女は何をしようとしているのか、笹倉はそれを探るべく式神を出したのだが徒労に終わった。
先程より深いため息を吐くと笹倉の目の前にある鳥の模様が書かれた札から声が発せられる。
「笹倉サマ、大百足ガ村ノ大岩ニ進入シテ御座イマス」
「引き続き監視せよ」
「畏マリマシタ」
笹倉はそれが当たり前で有るかのように札に命令すると、喋った札だけ懐にしまい盆を持って立ち上がった。
道場から庭に出ると柘榴の花や鬼灯の花が咲いている。もう初夏なのだと改めて感じられる。
足元に桔梗の花を見付けると笹倉はそれを複雑そうに眺めていた。
**********
暗い。闇の中に意識が漂っている。
これは夢だと理解した。
―――だって、何時もの笑い声が消える。
倦怠感が体を支配していて指一本、動かせる気がしない。遠くから聞こえる老婆の笑い声が日に日に近付いて来ている。
後、数回この夢を見れば老婆はここにたどり着くだろう。根拠はないがそう思えた。
体は動かない癖に視覚以外の感覚は敏感になっていて汗が体を伝う感覚や内臓の痛みだけは現実的に感じられる。
この分だと身体中ベタベタになっているだろうけど、その事実も受け入れたくはない。
―――ここじゃない何処かへ行きたい。
そう強く思うのに、こんな体じゃ無理だと冷静な自分が自身を嘲笑っている。
―――どうせ、無理。助かるわけがない。
自分自身が己の無力を肯定する。
自分自身が己の不幸を嘲笑う。
―――ああ。なんて、無意味。
この暗い場所には自分しかいなくて、ここを抜け出す為の鍵も、助けてくれる誰かも居ない。
それでも自分ではどうにも出来ないから、助けてくれる誰かを待っているしかないのが滑稽でそして無意味だ。
足先から蛇が登ってくるような感覚に憎悪するも、逃げる手段がない。
蛇はそのまま足に絡み付き太ももの内側にまで這い上がってくる。自身の体を固くし身構えるも蛇はそんなことも関係なく、体を汚し、体の上を這いずり回る。
―――なんて無力。
生まれてきて何度目になるか解らない程の絶望を噛み締める。
『それなら、その体を私におくれ』
何処からか老婆の声が聞こえた。
**********
桔梗は牢屋の中で目を覚ますした。
不思議な夢を見た気がする。
とても懐かしいのに思い出したくない記憶、一言でいえばそんな感じだろうか。
夢の中で感じたのは不快感以外の何者でもない。それは昔に何処かに置いてきた感情と揶揄すればいいのだろうか。
突然、何かが溢れて泣き出したくなる、悲しみとも後悔とも、どの感情にも当てはまらないもの。
桔梗は暗闇の中で既に薄らぼんやりとしか思い出せない夢に思いを馳せた。
どれくらい、そうしていたのだろう。
体を起こせば何時もの敷き布団の柔らかい感触が肌を擦る。
術を使えば部屋にいとも簡単に光が灯る。
それは鬼女に取り憑かれる前では当たり前の事で、今では逆に新鮮だった。
足元には探索用に創った札が散乱しており、桔梗は自身が札を書いている間に力尽きて寝てしまったと推測した。
―――こんな事したら、宮の皆に怒られるわね。
日頃『巫女様』と桔梗を聖女か女神と勘違いしている節の有る宮や村人達にはこんな、だらしない姿を見せられはしない。
絶対的に一人だと確信がなければこんな失態犯しはしないだろう。皮肉では有るがそういった点では今の桔梗は自由だった。
これが良いのか悪いのか、苦笑しかでない光景なのに頭の中で声が響いた。
『私は昔からこんな感じだよ』
明らかに桔梗の心境と違う感想。だが、周りに人が要はずもない。
―――今のは何?
考えようにも自分だけが知る一瞬の出来事は情報が少なすぎた。
りいぃぃいん。
と、響く鈴の音に桔梗の意識はそちらに向かった。
**********
暗い洞窟の中を進みながら百足は"自分が何をした"と憤りながら前へと進んでいた。
"臭いが消えたら這い上がってこい"
そして、海にほおり投げられる。これはあんまりだ。
人型の影弘と違って百足は体が大きい分、それだけの食事が必要である。腹が減った状態で目の前に餌と呼ぶべき人間が歩いるなら、それは自然の摂理が働いても仕方がないことだ。
―――なのにぃ影弘さんときたらぁ!全然、僕の事をぉ考えてくれないんですもぉん。
確かに追っ手が来て百足達を襲ったが、それは村を敵に回しているのだから仕方がないことだと百足は考えていた。
遅かれ早かれそうなっただろう。
―――海にぃ投げるのはぁいくらなんでも!!
確かに、追手の式神は全て影弘に向かった。これは百足に取って喜ばしい事では有るが、影弘の性格だ。敵を全部、背負ってくれるような善人じゃない。
只の運による誤算と言っていい。
だが、それを差し置いても影弘は百足の逃げ道は用意してくれた。確かに百足は影弘によって助けられた事になるが、その方法が気にくわない。
―――もうちょっとぉ丁寧にぃ逃がしてくれてもいい気がぁするんですよねぇ!!
洞窟に入って何度目かになる悪態を着くが、それも既に限界だった。
―――止めよぉ。いくら意気がってもぉ出口ないもぉん。
目に涙が溢れて来て、やっと百足は足を止めた。
ここで反省点を述べても心許ないのに寂しさが増すだけなのは招致している。
だが、この一人で迷っている状況の今だけでも全てを影弘の性にして奮い起たなければ何かが崩れてしまいそうだった。
百足も一応は影弘の忠告を無視した事は気にしている。
だが、次の瞬間には『でもぉ』や『だぁてぇ』と言い訳が出てしまうのは自分の悪い癖だ。百足もそれは理解していが、今だけは仕方がないことだと胸を張って言える。
海に落ちた、までは良かった。
そこから波に揉まれ、掴まった岩肌の隣に穴が空いていれば虫ならそこに避難する。それが虫の常識である。
百足は泳げるが、元が水中移動の長けた種族ではない。逆に木に登ったりする方が得意である。
ならば、海に浮かんでいるより、岩を登って陸に着いた方が建設的だと考えたのだ。
結果、途中で迷ってしまえば世話ない。
百足が何度目か解らない分かれ道を進んでいくと"りいぃぃん"と余韻が長い鈴の音が聞こえる。
最初は村の追手かとも思ったが百足が入って来たのは海に続く穴である。人間が入ってくることは不可能だ。
ならば、他の出入口から入って来たのだろう。後ろを着いて行けば出口に行ける可能性がある。
もし、見付かっても殺して食べればいい。百足にはそれが効率的で魅力的な策に思えた。
鈴の音は洞窟に反響しているので解りにくいが何度も音が鳴るので見失うことはない。
目の前にある左右に別れている道に片方ずつに頭だけ入れて、音がするか確かめる。
だが、分かれ道に入ると音は逆に遠ざかる。
―――もしかしてぇ、後ろぉ?
そう思えば思うほど後ろから鈴の音が響いて来ているように感じる。
ここで迷っていも埒が空かない。百足は鈴の音に向かって踏み出した。
伏線を張りました。
バレないで下さいと祈ります。
読んで頂きありがとうございます。