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術者が気付いていない状態なら簡単に大蛇に枯草の山を通過させる事は出来る。大蛇と影弘の直線距離上に枯草の山が有るように間合いを測れば良いのだ。

右往左往に逃げた後、影弘は枯草の山に着地した。火傷するか火種が消えるか等と少し不安だったが足元が若干温かいだけで終わった。

息つく暇となく大蛇の頭部だけが横に広がり影弘を襲いう。斜め上に跳躍して接触を交わす。

上から見た大蛇は金槌の様な形をしていたがそれも一瞬にして球体になり空中の影弘に向かって一直線に伸びる。それを体を捻ることで何とか避けるが長く跳びすぎたのだろう、森の木に横から落ちた。

―――あぶねぇ!!

咄嗟に手の中の栗鼠を庇う。

木が衝撃を和らげてくれたのと妖怪と云う種族の大部類が頑丈に出来て要るのか、大した怪我もなく地面に背中から落ちる。

あわてて起き上がり手の中の栗鼠を確認すると栗鼠はぐったりしていた。

落ちるときに握ったのが悪かったのだろう。呼吸を確認すると正常に動いている。影弘は安堵の息を洩らすと栗鼠を袴の紐にくくりつけた。

―――これで両手は自由になった。

だが、逃げるのもそろそろ手詰まりとなる。大蛇が影弘の動きを見切り始めているのだ。このまま逃げても相手に手の内をさらすだけであるし最悪こちらが殺される。

それに何度も跳躍したせいで足を踏み出す度に痛みが走り火傷した手は脈打っているのがわかる。大蛇は式神なので体力の限界はない。体力の削り合いでは影弘は明らかに不利である。

早く決着を着けなければこちらの限界が近づくばかりだ。

影弘はどうやれば勝てるのか思考を巡らせる。

影弘の現時点での策は枯草の山に火を点け、そこに大蛇を誘き寄せるものだ。これなら大蛇の中を風が循環しているので火の巡りが早い。

火力が弱いなら栗鼠を投げ入れて爆発を起こし火力を増せばいいと思っていたが、それ以上に影弘の限界が近いことが問題となる。

今のところ、これは根性論で何とかするしかない。

影弘が森に落ちる前に大蛇が枯草の山の上に登って居たことを考えて術者は火の存在は気付いていない、または火を恐れなくて良い理由がある。

こちらは前者の可能性は低いだろう。何せ相手に感づかれるだけの材料を見せてしまっている。

―――なら、何故平然と罠の真上に来たんだ?

そこまで思った矢先に背後からしゅるしゅると紙が擦れる、お馴染みの大蛇中の式神が擦れる音が聞こえ始めた。

その音を聞くと影弘は大きく迂回して野営地に戻る。どのみち今、実行出来る策はこれしかない。影弘は枯草の山の火に賭ける事にした。

広場に戻ると枯草の山から煙が上がって居た。どうやら先程、大蛇がとどまってくれたお陰で火種が育ったらしい。微かに火が爆ぜる音もする。

影弘は火が燃えやすいように枯草の山を少し堀り風が当たりやすくする。

もう少しで火が枯草を多い尽くすだろう。その時、都合良くしゅるしゅと云う音が聞こえ始める。

首だけで振り向くと案の定、大蛇が此方を睨んでいた。突撃して来ない所を見ると火が怖いのだろうか。

影弘が体を大蛇に向けようと動くと目の端に白いものを捉え真横に飛び退く。視線はずっと大蛇を捉えていた、動く素振りどころが今でさえ動いてすらいない。

影弘は体を捻り空中で白いものの正体を見据えるようと体勢を立て直す。視界に飛び込んで来たのは白く染まっる程の式紙の大群とそれに吸い込まれる葉や小石、そして橙色が見え隠れしていた。

影弘は咄嗟に栗鼠を式神の中に投げ入れる。栗鼠に''ごめん''と謝る暇もなく河原の時より大きな爆発が起こり影弘は爆風で風向きを変え大蛇に飲み込まれるのを阻止することに成功した。そのまま地面に両手足で這いつくばる形で着地を果した。

先程まで影弘が見据えていた大蛇の位置は変わっていない。だが、明らかに長さは短くなっている。

今しがた攻撃された場所を横目で見ると黒く焦げた草と燃えカスが残っていた。

先程の式神の塊はしっぽだったのだろう。影弘が正面に気を取られて要るうちに死角からの攻撃する。―――奇襲の基礎中の基礎だな。

大蛇は分裂が出来きたのだ。

考えてみれば大蛇の動力源となる式神が数ヵ所あると予測したのは影弘自身だ。それはあの巨体を動かす為なのだから小さく為れば動力源は少なくて済む事は少し考えれば解った。

―――先入観に嵌まってたって事か。

「…尻尾切るとかトカゲかよ」

影弘は自身の浅はかに苦笑する。

蛇の見た目にもいくら逃げても追い掛けてくる執念深さにもアレを『動く紙の束』ではなく『蛇』と無意識に思っていた自身に嫌気がさす。

影弘は大きく息を吐き出すと大蛇に突っ込む。

大蛇は影弘を包み込むため腹の辺りが開き式紙が影弘を覆うように広がる。完全に飲み込まれる前に枯草の山の方へ跳躍し、炎へと誘導する。

影弘の思い通りに大蛇の一部は炎の上まで伸びて来るが途中で動きが止まり元へと戻る。

先程までは平気で火の上に登っていた大蛇がためらった。

―――実は火の存在に気付かなかった?

枯草の山を挟んで反対側に着地した影弘は山から燃えている太めの枝を引き抜き大蛇に向かって投げる。式神はそれを避けるように大蛇の形を崩し風に吹かれた様に一枚一枚、空へ飛ぶ。

空へ舞い上がった式神は鳥の形になるり影弘に向かって降下してくる。

咄嗟に横に跳躍しようとするが、何処からか紙の束が擦れるが聞こえ視線を走らせる。そこには何もなく上に視線を戻せば式神の大鳥が目と鼻の先だった。

影弘は考える暇もなく目の前で燃え盛っている枯草の山に飛び込んだ。

全身に容赦ない熱さを超えた痛みが影弘を包む。熱さでのたうったのか立ち上がったか自身でも定かではないが燃えている枯草を式神に向かって蹴ったか投げたかはした。

目測も定めていない式神の場所も解らないままの行動なので式神に当たったかすら危ういが影弘は枯草の山で暴れた後に跳躍して火らか逃れる。

着地など気にする余裕もなく地面に落ちると転がって体を土に擦り付け火を消す。髪が燃えているのは土を被って鎮火した。

熱さが引くとやっと思考する余裕ができる。

―――とにかく今は式神から出来るだけ遠ざかる事が優先だ。

影弘の残った僅かな理性を総動員して式神と距離を取るため枯草の山がある場所と別方向に跳躍する。

目の端に燃えていた枯草の山が写るが霞んでいて良くは見えない。次の対策を考えなければならないと解って要るのに体は本能に従い火を消そうともがく事に必死だった。

だが、頭の片隅で冷静な何かが式神の姿を探していた。周りに視線を巡らせても式神の足音どころか式神が燃えた残骸すらない。何も考えられず、まるで何かの義務の様に目を動かし続ける。上半身は裸な事も幸いし火はすぐに消えた。

体を起こすと横から火にまみれた式神の大蛇が影弘に飛びかかる。人間の男ぐらいの大きさだろうか。それを寸での所で交わすが大蛇は火の粉を散らしながら旋回し再度、影弘に突進をかける。

蛇が火を恐れて無かった理由を理解した。それは式神にとって"燃える"事は時間制限付きの攻撃手段の一つに過ぎないのだ。

そのまま数度、影弘の体をかすめ爆発はするものの紙一重で避け続ける。火傷で既に全身に痛みが走るため新たな痛みを痛みと感知しない影弘は気力のみで動いていた。

大蛇も猪の様に突進するだけなので、なおのこと避けやすい。数度避けているうちに大蛇はそのまま燃え尽きた。

枯草の山に付けた火もいつの間にか消えていた。

「…終わったのか?」

影弘はその場で大の字に寝転がる。

全身が痛む。枯草の中に紛れている枝の先で体を切ったかもしれないが傷口すらも火に焙られ痛みしか感じない。早く水に冷やさなければならないのに体が動かなかった。

ここは人間の野営地だ。夕方には人間がやってる可能性が高いと解って要るのだが影弘は痛みか逃れる様に眠りへと落ちていった。


**********


夢を見ていた。

手を繋いで横を歩いて要る弟と反対側に俺よりも大きな毛並みの良い黒犬が歩いて要る。これは俺の腹違いの兄貴だ。

その数歩先に両親が寄り添って歩いて要る。

今は戻らない、俺の唯一の幸福な時間がそこにあった。

弟は「弘兄ちゃん」と俺を呼び無邪気な笑顔を向けて来る。兄貴は俺達の会話を笑いながら聞いてくれた。

屋敷が近くなると俺と弟は兄貴の背に乗りたいとせがんで兄貴を困らせていたが最後には兄貴も快く了承してくれた。兄貴の背中で風を感じるのが好きでよく乗せて貰っていた。

それを見て親父は快活に笑い、母も咎めなかった。幸せだったのに。

――…これ以上進まないでくれ。

何度も念じるのに夢は俺の意志を無視してあの日の記憶を写し出す。

両親の寝所に血で真っ赤になった俺が母さんを抱き起こしている。母さんは虫の息で尚、俺の着物の襟を掴み悲しみに満ちた目で俺に問う。

「影弘。どうして、こんなことをしたの?」

―――違う。俺じゃない。

言葉を募ろうと母さんは既に事切れていて、弟も俺のすぐ側で頭から腰にかけて縦二つに別れて動かない。

どうしてこうなったのか俺自身にも解らないま多数の足音と兄貴が俺の前に現れる。

いつも、俺達をあやす為に獣の形を取る兄貴が人に化けていた。俺と同じ灰色の髪に少し鋭い目付きに整った顔立ち、美丈夫と云うに相応しい男の顔が驚愕と絶望を露にしていた。

「父上を食い殺しただけでは飽きたらず、貴様と云う奴は!!!」

兄貴の怒鳴り声の意味さえ俺には解らなかった。俺に親父を食い殺すなど不可能だ。何故なら俺はーーーーーーー。

叫んだ所で景色が闇に変わる。

俺との目の前に母さんがいた。母さんは微笑んで俺に手を伸ばす。

「影弘のせいじゃないわ。影弘が私達を殺したんじゃない。」

そう言って母さんは俺の頭を胸に埋める。心臓の音が心地いい。ガキの頃は大泣きすると母さんはこうやって俺達をあやしていた。

「大丈夫よ。私達では無いけれど貴方に寄り添ってくれる人が現れるわ。だから、泣かないで」

「…意味、解んないよ」

頭を撫でる母さんの手が懐かしくて、されるがままなる。

「今はまだ、それでいいの。影弘、一緒に居てあげられなくて御免なさいね。大好きよ」

『あの子を助けてあげて。』

母さんが最後に呟いた言葉の意味を聞こうと顔をあげると母さんの姿は薄れて消えていった。

「あの子って誰だよ」

確かに母さんの声なのに何か違和感があった。自然に手を握り混む。 俺は兄貴の"俺が親父を食い殺した"誤解も解けず、母さんや弟を殺した犯人のままの屋敷から出ていったままだ。

―――何一つ解決しちゃいない。

だから村にある『何でも願いを叶える宝玉』を手に入れなくちゃならない。家族を取り戻して俺の無実を証明するために。


**********


そこで影弘の目が覚めた。

顔中、涙でぐちゃぐちゃで気持ち悪いと感じ着物の裾で顔を拭こうとするが目に映ったのは火傷だらけの自分の体だった。

大蛇の攻撃を避けるために火に飛び込んでいては世話ない。影弘は疲れた顔で笑うしかなかった。

空を見上げれば日が既に傾いている。そろそろ夕焼け空になるだろう。

―――何でこんなことになったのか。

全ては人間を勝手に食いあさり、人に面倒だけ押し付けて逃げ仰せた百足が悪いと結論付ける。

影弘は暗い笑みを浮かべながら百足を本格的に私刑することを検討した。

今しがたまで寝た性か体は先程より動く。

影弘は重い体を動かし火傷を冷やすべく川へと向かった。向かう途中、木上に干した着物の上着や刀を取りに行かなくてはと漠然と夢想していた。


風に乗って微かに響く老婆の笑い声を影弘は聞くことはなかった。


有難う御座いました。

やっと一区切りつきました。

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