テンガロンハットの女
テンガロンハットの似合う女だった。いや、そう表現するよりは、全身余すところ無くいわゆるカウボーイの格好に身を包んだ妙な女だった。そのコスチュームの再現率はかなり高く、ご丁寧に腰にはリボルバー式拳銃ーーどうせモデルガンだろうーーまでぶらさげていた。
そんなイタい女と、オレ達は小競り合いをしていた。理由は単純なことだ。オレの進行方向にこの女が入ってきやがった。どうやら向こうも道を譲る気はないらしい。だったら譲らせるまで、シンプルだ。
「ってかさぁ、アンタら何なの? 人の迷惑になるから広がって歩いちゃいけません〜、って親に教わんなかったわけ?」女が正論を出す。
「ッせえな‼︎ オレらはこのまま真ーっ直ぐ進みてェだけなんだよ‼︎ 親の言ったことなんか知らねェわ‼︎」オレは感情論を出す。この戦いに正しさはないからこそ、勢いで押し切ろうとしたのだ。
「っはぁ〜……。アンタら、今ここで殺してやろうか?」と、女はおもむろにリボルバーをこっちに向ける。
「……! ハッ、やってみろよ!そんなチンケなモデルガンで出来るんならな‼︎」
「へぇ、そういうこと言うんだ……」と、女は不敵な笑みをみせ、「よし、ならアンタ、アタシとロシアンルーレットしな。勝ったらこの道を譲ってやるよ」と言った。
「……は? なんだと?」
「ロシアンルーレットだよ、知らないのかい?」
「それくらい知ってるわ‼︎ てか、なんでオレがそんなこと……」
「あらぁ? モデルガンなんかにビビってるのかい?」
「……‼︎」
ここで引いたら、周りにしめしがつかねぇ。受けるしかないだろう。
「解った、やってやるよ」
「そうこなくっちゃな」と、女がニヤリと笑った。
「お、おい。マジでやるのかよ?」と、オレのツレが心配してきやがった。
「大丈夫だって、ホンモノの銃じゃねぇんだ、死にゃしねぇさ」
「だけどよぉ……」
心配も、ここまでされるとただウザいだけだな。
「さ、準備はいいかい?」シリンダーを回して、しっかりシリンダーリボルバーに込め直しながら、女が話しかけてきた。
「ルールはご存知の通り。このリボルバーをこめかみに当て、イケると思ったら引き金をひく。ヤバいと思ったら、空にむけて引き金をひく。死んじまったり、玉が空に向かってでなかったら、あんたの負けだ。オーケイ?」
「ああ」
そう言いながら、オレは女からリボルバーを受け取り、こめかみに当てた。
自分でもかなり驚いた。さっさと引き金をひいて、とっととこの女に道を譲らせるつもりだったのに、いざとなると、引き金がひけない。……クソ、なにビビってるんだよ……。もう何分過ぎただろう。周りには明かに緊張感というものができていた。
「おーい、まだやらないのかーい?」と、ニヤニヤしながら女はこっちを見ている。
「ッるせえ‼︎今やってやらァ‼︎」
そうだ、単純なことじゃないか。あとは引き金をひくだけだ。これはモデルガンなんだ。失敗したって死ぬことはないーーーー死ぬことは、ないーーーーはずだーーーー 。
人差し指に力を入れる。引き金が動くのがわかる。ゆっくり、ゆっくり引き金が動いてーーーー
撃鉄が落ちた。
生きてる。
オレは、勝負に勝った。
「……ッハハっ‼︎ どーだぁ、カウボーイ女! オレの勝ちだぞー!」オレはここぞとばかりにはしゃいだ。モデルガンでのロシアンルーレットでこんなに戸惑ったことを払拭しようとしたのかもしれない。
女のほうは、パチパチと拍手しながら、なおニヤニヤと笑っている。
「オラ、オレの勝ちだ! とっとと道を開けやがれ‼︎」そう言いながら、女にリボルバーを投げ返す。
女はリボルバーをキャッチして「いや〜、本当にやるとはね〜。アンタには無理だと思ったけど」と言いつつ、リボルバーを空に向けた。
女は不審に思う俺たちを見ながら、「度胸だけは認めてやるよ」と言い、立て続けに引き金をひいた。
ガチンガチンと撃鉄が空振りするを音が続いたと思った刹那、破裂音が一発響いた。
女の持つリボルバーからは、一筋の煙が昇っていた。
そう、疑うまでもなく、さっきオレがロシアンルーレットに使っていたリボルバーは、紛れもない本当のリボルバーだったのだ。
あまりの恐怖に、オレ達が凍りついているのを、女は心底楽しそうに見つめながら、
「運が良かったね」
とだけ言った。