第89話
「そろそろ行く?」
「そうだな。すいませーん、そろそろ出発しまーす。今回1年から誘導なんで、1年は俺と光宗についてきてー」
声を張った四ツ橋くんに合わせて1年生に手招きして合図する。ぞろぞろとやって来る1年生は10人くらい。
四ツ橋くんと歩いて連れて行くのは、駅から3分くらいの距離にある居酒屋。といっても、そもそもキャンパスから駅まで15分くらい歩くから、部室から集団で行くと25分くらいかかってしまう。四ツ橋くんと話しながら行くからそんなに体感時間は長くないけど。
「俺の席、あとは園道さんって1年いたんだけど、分かる?」
「あ、知ってる知ってる。茶色いショートボブの子だよ。ほら、あの子」
振り向いて教える先には、栄美ちゃんと並んで歩く真希ちゃんと朋子ちゃん。下の名前は朋子ちゃんね、と教えて。
「へー…あ、隣にいる黒髪の子可愛い」
「渕上栄美ちゃんだよ。すっごい美少女だよねー」
「だよなぁ。あーでも性格悪そう」
「なんでそんなこと言うの!?」
すぐ後ろを1年生が歩いてるから、四ツ橋くんは声のトーンを落としてそう言った。けれどその背中をばしっと叩いた。可愛いの次の言葉がそれなんて、失礼な。
「もー、來未ちゃんもそんなこと言ってたし…何を根拠に」
「ほら、美少女って性格悪いじゃん、大体」
「そんな一般論あり…?」
「大丈夫、光宗は美少女じゃねーから」
「それ褒めてる…?」
「褒めてる褒めてる」
ははっ、と渇いた笑い。思わず頬を膨らませて四ツ橋くんの横顔を見上げていると、徐にパーンッ、と酷く頭を後ろから叩かれた。
「あ痛っ!! 何──」
驚いて振り向く前に、隣にぬっと人が現れた。日焼けした黒い肌が目に入ったかと思うと、凪砂くんが隣に並んで歩いてた。
「凪砂くん! ちょっと何すんの!?」
「おっす。何この集団」
「新歓だよ」
「ふぅん。んじゃ新也先輩どっかにいんの?」
「先輩達は後ろ。…何で一緒に歩いてるの?」
「俺は帰るんだよ。今日部活ないから」
当然のように隣を歩いている凪砂くんは不機嫌そう。最近試験中であんまり話してなかったなぁと思いながらその姿を見上げる。
「…凪砂くん、また焼けたね」
「そりゃ、部活やってますから」
新也先輩だって焼けてんだろ、と言われて、そうだっけ、と首を捻る。あんまり注意して見てなかったからなぁ。
「何、お前ら誘導なの? えーっと、四ツ橋だっけ? 授業で見かけるわ」
「そうそう。桐生だよな? 名前は知ってるわ」
「どもっす。あ、俺サッカー部だから、新也先輩の後輩なんだよ」
「なるほど、それで知ってんだ」
同じ法学部だから、四ツ橋くんと凪砂くんは名前だけは知ってたみたい。
「あと光宗とよく話してるよな?」
ギクリと、私の頬がひきつった。四ツ橋くん、凪砂くんの認識の仕方…。
「あぁ、中学の同級なんだよ」
また余計なことを…! と思うけど、後ろを1年生が歩いてるせいで凪砂くんをこっそり殴れない。




